「…今日で二年生の勉強は、全ておしまいです。春からは立派なお兄さん、お姉さんとして…」
…肌寒い終業式が終わり、通知表を渡し終わった
理恵子先生の声が教室に響く。もうすぐ私たちは三年生、そして理恵子先生は、先生の仕事を辞める。
まだ大学を出たばかりで初めて私たちを担任した先生。優しくて、ちょっと頼りなくて、でも大好きだった先生…
ずっと学校を休みがちだったノリちゃんと斎藤くんが二学期から一度も休まず学校に来ているのは、きっと二人も理恵子先生が好きだったからだ、と思う。
「…先生はみなさんや学校とサヨナラすることになりましたが、精一杯新しいお仕事を頑張ります。日々立派になるみなさんに負けないように…」
教壇を降りた先生は窓辺に佇んで、まだ花開かない校庭の桜並木を見つめる。やがてその白い手は、カタカタと木枯らしに震えるガラス窓へと触れた。
「…最後にみんなで桜を観ましょうね。全員、席を立って窓に集まって下さい。」
いつもならみんな歓声を上げて、我先にと窓に駆け出す先生の素敵な『能力』。ガラスの向こうで一瞬だけ靄に包まれた淋しい校庭の景色は、雲から差す暖かい光と共に桜舞い散る春の風景へと変わった。
「わ…あ…」
ガラスに映る春の幻に、みんなの顔がまるで遠足の朝みたいに明るくなった。理恵子先生や私たちをすぐそこで待っている新しい春はこんなに美しく、穏やかに輝いているのだろうか…
「…新しいお仕事って、危ない仕事なんだろ? 先生この前から、ずうっと怖がってるじゃないか?」
普段は無口な斎藤くんが、満開の桜を見つめながらポツリと先生に尋ねた。でもそれは他人の感情が『見える』斎藤くんじゃなくても、クラスみんなが気づいていることだった。
「…先生…」
初めて理恵子先生は、私たちの質問に答えてくれなかった。私たちの胸に渦巻く疑問に、きっと正しい答えなどないのだ…
『機関』という聞き慣れない言葉。近ごろ先生を訪ねて来る背広姿の人たち。六年生が噂していた理恵子先生の新しい『力』…
でも、きっと先生は世の中の役に立つ、大事な仕事の為にみんなと別れるに違いない。そして私も、一緒にこの桜吹雪を見た二年三組のみんなも、きっと先生のような偉い大人になるんだ…
遠く流れる別れの歌を小さく口ずさみながら、私は手が届きそうな窓越しの春をいつまでも眺め続けた。
おわり
登場キャラクター
最終更新:2010年07月06日 23:52