2スレ目197

作者:◆/zsiCmwdl.

「はじめまして、時逆 美野里さん。そしてようこそ、2000年2月21日10時15分の東京駅八重洲口へ」

5年前のあの日の当日。
巨大隕石の接近による非難勧告が出され、人気が無くなった東京駅前。
目視で見える位に接近した隕石が見える空の下、自身の1年分の寿命と引き換えに過去へ訪れた私のその前に、
白いスーツ姿に杖をついた見知らぬ老人が待ち構えていた。

「貴方は……誰?」
「私ですか? 私の事は時の番人、とだけ申しておきましょう」
「時の番人!? まさか……私を止めに来た訳?」

まるで最初からそう言うと決めていた様な老人の一言に、私は戦慄を憶えた。
思わず奥歯を噛み締めたのか、私の頭の奥でギリリと音が響く。
……私はある目的の為に、自身の魂をも削るリバウンドを覚悟でこの時代の場所に訪れたのだ。

そう、後にチェンジリングディと呼ばれる事となる、巨大隕石の落下を阻止する為に。

世界を一変させたあの巨大隕石――実は落下を阻止する事が出来たのかもしれなかったのだ。
……それを知ったのは2005年の春のある日、病気でなくなった祖父の遺品を整理していた時の事だ。
権威のある天文学者だった祖父が書き残した一冊のノート、其処には驚愕の事実が書き記されていた。

実は、チェンジリングディから数ヶ月ほど前には既に、あの巨大隕石は観測されていた。
計算の結果、隕石が地球への直撃コースを辿る事を知った祖父は直ぐ様に政府機関各所へ連絡をとった。
――隕石の危険性を知らせ、地球への直撃を食い止める為に。

しかし、祖父の話を聞き入れる人は誰も居なかった。
いや、その当時、何人かは祖父の話を聞き入れ、直ぐに対策へ乗り出そうとしたらしい。
だが、彼らは皆、祖父が隕石の話をしてから数日を持たずして謎の不審死を遂げてしまった。
それはまるで、隕石の落下を阻止されるのを拒む何者かが邪魔したかの様に。

結局、祖父の話を信じなかった者達は祖父を邪魔者扱いした挙句、学会から追放し。
祖父が発見した地球への直撃コースを辿る隕石を”無かった事”にしてしまったのだ。

結果、何ら対策を講じられる事無く、隕石は地球へと到達、
そして、誰もがそれに気が付いた時には――全てが終わり、そして始まった。

……ノートの巻末にはこう記されている。

『あの時の私は確かに、隕石の落下を止められる筈だったのだ。
しかし、それを望まぬ悪魔のような者達が、私からその機会を永遠に奪い去ってしまった。
隕石落下の数ヶ月前のあの日の私にもう少し、もう少しだけ力があれば!
あの隕石によって約10億5000万人の命と、平穏なる日々が奪われる事は無かったのに』

余程悔しかったのだろう、その文字は所々が歪み、そして何かの液体で滲んでいた。
このノートを書いている時の祖父は、一体如何言う想いを抱いていたのだろうか?
それを知る術は、祖父の亡き今、完全に失われてしまった。

そしてノートを読み終えた時、私は一つの決意を芽生えさせていた。

――そう、祖父に代わり、私が隕石の落下を止めて見せると。


幸いな事に、天は私へそれを成し遂げる為の術を与えていた。

――自身の寿命を1年削る事で、望んだ好きな時間好きな場所へと移動できる夜の能力。
――そして、視界内にある質量体を、望んだ場所へワープさせる昼の能力。

私の作戦はこうだ。
先ず、私は夜の能力でチェンジリングディ当日の昼へと遡り、
その時には恐らく視界内へ現れているだろう落下寸前の隕石を、昼の能力を用いて遠い宇宙の果てへとワープさせる。
たったそれだけの作戦とも言えない作戦。しかし、私に唯一出来る最大限の作戦。

多分、私はあの巨大隕石をワープさせる事で
巨大過ぎる質量を移動させた事によるリバウンドを起こし、確実に死に至るだろう。
だけど、私はそれでも構わなかった。

もう、私には何も残されていないのだ。生きていても仕方が無いのだ。
私を育ててくれた父と母は、能力を使って押し入った強盗によって殺された。
そして何の取り柄も無い私を愛し、そして同時に私が愛したあの人も、誰かの能力の暴走に巻き込まれて死んだ。
そう、私の周りの大事な人達は皆、間接的にではあるが隕石に殺されたような物だ。

だから、あの隕石さえなくなれば、
祖父も死ぬまで後悔する事は無いし、あの人も死なずに済むのだ。
その為ならば、私自身の命なんか、何ら惜しくは無かった。

――しかし今、私の前に立つ、時の番人と名乗る老人。
彼は、私のやろうとしている事を阻もうとしているのだろうか?
もし、そうであるのならば……。

「そんなに怖い顔をしないでください。折角の美人が台無しですよ?」
「ふざけないで! 貴方は私を止めに現れたの? それとも……」
「いえいえ、私にはそんな事が出来る権限も力も持ち合わせてはおりませんよ」
「……じゃあ、貴方は一体?」

老人の言葉に、私の表情が次第に怪訝な物に代わるのが自分でも分かった。

「私は、ただ時逆さんへ忠告しに来ただけです。
今この時、時逆さんが隕石の落下を阻止したとしても、何も変わらないと」
「何も変わらない? それって如何言う事よ!」

思わず声を荒げる私、しかし老人は何ら臆する事も怒る事も無く言う。

「ご存知ですか? 時間の流れという物は、ビックバンと呼ばれる瞬間を起点にして、木の様に無数に枝分かれしている事を」
「……何処かのSF小説か何かで聞いた事がある話ね。 それが如何したの?」
「その時間の流れの木の枝の様になっている部分の事を、if(もしも)の枝先と申しましょうか? 
もしあの時ああしていれば、もしあの時ああなっていたら、可能性は何時でも生まれる物です。
そして、その生まれる可能性――if(もしも)の分だけ、ifの枝先は無限に枝分かれし続けているのです」

……これ以上は聞きたくない。
これ以上話を聞いたら、私の”ここへ訪れた意義”が失われてしまう!――私は何故かそう確信していた。
だけど、如何言う訳かこの時の私の身体は、小指の先すらも動かなかった。


「そう、例え貴方がここで、隕石を別の場所へワープさせる事で隕石の落下を阻止したとしても。
それは結局、『隕石は落下しなかった』と言うif(もしも)の枝分かれを生じさせるだけで、
貴方が住んでいた『隕石が落下した』後の時間の枝先へは、何一つとして影響を及ぼさないのです」
「……私の、やろうとしている事が、無駄だと言うの……?」
「いえいえ、決して無駄ではありません。
貴方のお陰で10億7862万5582名の命が救われます、そして、誰も能力に芽生える事もありません。
そして貴方の祖父も一生後悔することもありませんし、更に貴方の大切な人達も死ぬ事もありません。
ただし、それは『隕石は落下しなかった』と言うifの枝先での事、ではありますが」
「…………」

何も、言葉が出なかった。
そう、私が自分の命を捨てて隕石の落下を阻止しても、私の居た世界は何も変わらないのだ。
祖父は一生後悔をし続けたまま死に。私の大事な人達も能力によって殺される。
それらは何ら変わる事は無い、既に経ってしまった道筋なのだ。
私の決心は、無駄に終わってしまう。

…………。

「さて、如何しますか? 無駄だと知りつつも自分の命を賭けて隕石の落下を阻止しますか?
それとも、素直に諦めて元居た時間の枝先へと戻りますか? ――と、何処へ行かれるのですか? 時逆さん」
「安全な場所に避難するのよ」
「……はて、如何言う意味です?」

今度は逆に怪訝な表情を浮かべる老人に、私は振り向き様に自分の考えた事を言う。

「先ずは、安全な場所に避難したら夜の能力が使える時間まで待って
夜の能力を使える様になったら、今から数ヶ月前の時間へ行って祖父のやろうとしていた事を邪魔した連中を確認するのよ。
そしてその後、私が元居た時間に戻った時、もしそいつ等が生きていたら、出来うる限りの手段を用いて復讐するの」
「おやまぁ……何故その様な事を?」

そして、きょとんとした表情を浮かべて問う老人へ向けて、私は精一杯の笑顔を浮かべて言う。

「そうね……”今まで”が変えられないと言うなら、”これから”を変える事にしたのよ、私は」

そして、私は呆然と佇む老人へ一瞥する事無くその場から駆け出す。
……生きていても仕方が無かった2005年の私の、”これから”を変える。
その為にも、先ずはこれから起き得るだろう惨禍から生き残らねば。
安全な場所はわかっている。2000年2月21日当時の私の居た避難所こそが、その安全な場所だから。

かくて、私は新たに芽生えた強い決意を胸に、今はひたすら走るのだった。


「やれやれ、前回の時逆さんは自分の命を省みずに隕石をワープさせましたが。
今回の時逆さんはまさかああ来るとは思いませんでしたね……意外と言うかなんと言うか」

走り去って行く美野里の後ろ姿を見送りつつ、老人は何処か呆れ混じりに漏らす。
そして美野里の後ろ姿が完全に見えなくなった後、彼は空に見える隕石を見やり、誰に向けるまでも無く言う。

「さぁて、”次の”時逆さんは果たして如何言う行動に出るんでしょうかね?
今度こそ素直に元居た時間へ引き返してくれると有り難いのですが……」

そうぶつぶつと漏らす老人の姿が次第に陽炎の様に揺らぎ始め、やがて周囲に溶け込む様にして姿を消す。

……そして、誰も居なくなった東京駅前を、一陣の風が静かに吹き抜けるのだった。

―――――――――――――――――― 一つの終わり――――――――――――――――――――――

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最終更新:2010年07月10日 10:55
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