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俺の名は岬 月下。
俺の右手はあらゆる物質を生み出す。悪の手に渡れば一瞬で世界は闇に染まる。忌まわしき力。
学生という立場は"組織"の目を逃れるための仮の姿だ。組織もいつかここを嗅ぎつけるだろう。
退屈な授業が終了し、俺は単独で帰路につく。何も知らない一般人を巻き込むことは俺の流儀に反する。
警戒は常に続けながら、俺は携行栄養食を口にする。む、しまった。口の中が乾燥しt

「こら陽太ー!!」

後頭部に突然叩かれた衝撃に、少年は口の中の物質を噴き出して盛大にむせるのだった。

「まーた勝手にひとりで帰ったりしてー!」
「う、うっせーな晶! 俺がいつ帰ろうと勝手だろうが!」
「最近猛犬が出るからひとりで帰るなって先生言ってたでしょーが!」
「んなもん俺の能力で瞬殺っつってんだろ! あと俺は月下だ!」
「まーたそういうこと言う。お母さん悲しむよー太陽君」
「月下だ!!」

僕の名前は水野 晶。僕の目線の下から、1hydeの身長を必死に伸ばすこいつの名前は岬 陽太。
僕と陽太はよくある幼馴染というやつだ。家もお隣で家族ぐるみの付き合いがある。
陽太は言ってしまえば、変な奴。俗に言う「厨二病」ってやつなのかな。昔はそうでもなかったんだけど…。

「俺にいちいち付き纏うなよ。足手纏いなんだよ!」
「また能力を狙う組織ー? いい加減そんなの卒業しなよ中二にもなってー。
 僕は来年高校だから陽太ひとりなっちゃうよ?」
「俺の能力がそれだけ強力でやべーの!」
「だからそのやばい能力見せてみなって。どーせホントは大したことないんでしょ?」
「こんな街中で使えるわけねーだろ!」

そう、この世界にはごく一般的に「能力」というものが存在する。無論、この僕にも。
電気を操る、心を読む、テレポートする、肉体を強化する。通常あり得ない現象を引き起こす、それが「能力」。
ただ、能力は千差万別、玉石混合で、さっき挙げた強力な能力なんてニュースの中のお話。そんな人はそうそういない。
たとえば僕の母は「服を一瞬でたたむ能力」を持っている。本当に一瞬だ、肉眼で確認できない。
おおよそ能力とは呼べそうにない能力だが、母はとても気にいっている。

「陽太っていっつも何か食べてるよね。今日はカロリーメイト?」
「いつ組織が襲ってくるかわからないからな。栄養補給は怠らない。月下だ」
「はいはい。間食ばっかしてるから背が伸びないんだよ。ほら」
「は?」
「あげる。どーせ口の中パッサパサで困ってたんでしょ」
「む…」

黙って缶コーヒーを受け取りまじまじと見ているのは、加糖であるか確認しているのだ。ブラックは飲めないから。
生意気だが、なんだかんだ言ってかわいい奴だと思う。僕にとってこいつは、手のかかる弟のような存在だ。

何てことない雑談を交わしながら繁華街を抜け、人通りの少ない住宅街へ。家まではあと10分といったところか。
いつも通りの帰り道に、変化が現れたのは突然だった。
アスファルトの地面を硬い何かが定期的にぶつかる音。その音はたちまち大きくなり、それは曲がり角から姿を現した。

「え、犬!?」

奇妙な犬だった。警察犬として見られる、中型の漆黒のシェパード・ドッグ。
筋骨隆々な身体つきにしっかりした足取りと、対称的に虚ろな双眸。その額には、血のように紅い宝石が埋め込まれていた。

そいつは僕たちの目の前でピタリと停止し、顔だけを動かして僕を見て、陽太を見た。紅い、第三の目で。
カチリ、カチリと、小さな機械音は確かにその犬から聞こえた。
茫然とする僕たちの前で、そいつは身を低くし、戦闘態勢をとる。

「こいつが…猛犬か…!」

思い出したように陽太が身構える。僕と犬の間に陽太の手が伸ばされ、僕も遅れて身を硬くする。
逃げるのが得策。だが低く唸る犬は、目を離せば一瞬で飛びかかり、その首を噛みちぎると全身で訴える。それだけの迫力があった。

「こいつは…逃げるぞ…晶」
「わかってる…けど…どうやって…」
「こいつは何考えてる、晶。どうして怒ってる」

普通はわからない質問を陽太がするのはわけがある。僕の昼間の能力。それは、動物の心を読み解く力。
僕はなんとか恐怖を抑えながら犬に意識を集中し、さらに驚愕する。

「嘘…なに、この犬。変だよ、絶対変!」
「見たまま変だろうが!」
「違う…この犬…意識が混濁してる。こんなんで動けるはずない…」
「は!? 能力なまってんじゃねえのか!? どう見たって怒ってんだろうが!」
「違う! 意識は感じるんだって! でも怒ってない、むしろ寝てるみたいな…」
「はあ!!?」

ガチャ

犬が一歩、こちらに踏み出し、僕たちはビクンと身体を震わせた。飛びかかってくるまでに、もはや一刻の猶予もない。

「そ…そう、能力! 今こそ陽太の能力使うときでしょ!」
「の…能力…か…」

陽太はチラリと西に目を向け、チッと舌打ちした。太陽は沈みかけているが、完全な日没までにあと10分はかかるだろう。
たったの10分間が、今の状態では気が遠くなるほど長い。

「昼間の能力は…その…」
「なんでもいいから! 何かできるでしょ! 早く!!」
「くっ…仕方ない…やるか…」

開いて伸ばされていた陽太の右手が下がり、グッと握られた。そこでおこるであろう現象を、僕は固唾を飲んで見守る。
手の甲を下に向け、ゆっくりとその指が開かれる。開いた手の平には、何もなかったはずのそこには…

カロリーメイトが乗っていた。

「…は?」

完全に予想外の現象に拍子抜けする僕の反応をよそに、陽太は少し屈み、地面にそのカロリーメイトを置いた。
そして一歩、二歩。慎重に犬から距離をとる。陽太に押されて僕も少し下がる。
同時に犬も踏み出し、クンクンと謎のカロリーメイトの臭いを確認する。そして顔を上げ、再び唸り声を上げはじめる。

「くっ…カロリーメイトは駄目かっ…!」
「ね…ねえ、あの陽太…」
「ならばっ…」

陽太は再び右手を握り、開く。その手には今度はハンバーガーが乗っていた。
先程と同じ動きで後ろに下がる。犬もまた、謎のハンバーガーの臭いを確認し、顔を上げ唸り声を(ry

「ハンバーガーでも駄目なのかっ…!」
「陽太の能力って…その…」
「これならっ…」

同じ動きで次に発生したのは、唐揚げ棒。串つき。
僕たちは三度下がり、犬は謎の唐揚げの臭いを確認し、顔を(ry

「晶っ!!」
「はいぃ!?」

真剣な陽太と犬。ひとり蚊帳の外だった僕は、突然呼ばれて奇妙な声をあげてしまった。

「何を出せばいい!? 何なら奴の気を引ける!?」
「え…えと…ドッグフード…とか?」
「んなモン食ったことねーよ馬鹿!! 真面目に考えろ!!」
「ええっ!!?」

理不尽に怒られた気がするが、陽太はあくまでも真剣で、どこか気が抜けている僕は反論できなかった。
どうやら陽太の能力は、過去に食べたことのあるものを手から出す、というものらしい。
考えを巡らせたが、唐揚げに反応しなかった犬が反応する食べ物を思いつかない。

「ええと…ファミチキとか…」
「…む!? そうか!! ファミチキ美味いもんな!!」
「えええっ!?」

なんとなく口に出した、突っ込まれることを前提にした提案が、陽太には素晴らしい提案と取られてしまったらしい。
慌てて言い返そうとしたが、陽太は途端にシリアス顔に戻り、その機会を失ってしまった。

「いいか、次はファミチキを出す。気は引けないかもしれないが匂いは嗅ぐはずだ。あの匂いならば…!
 …顔を下げたタイミングで逃げるぞ」
「う…うん…わかった」

陽太は慎重に右手を握り、少し力を込めてから、開く。その手には香り立つ熱々のファミチキが乗っていた。
顔を歪めたのは熱さによるものだろう。素手には間違いなく熱いそれを、慎重に慎重に地面に置く。
下がる僕たち、踏み出す犬。そして犬はファミチキの匂いを…嗅いだ!

「今だ!!」

陽太の手と声に押され、弾けるように僕たちは逃走を開始した。日没まで…約5分。

<続く>
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最終更新:2010年03月01日 22:40
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