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避難所1スレ目418

作者:◆BY8IRunOLE

スーパーでカートを押していると、大学生くらいの男の子が、小学生くらいの女の子を連れて
買い物をしている姿が見えた。
チェンジリング・デイ以降には、よく見られるようになった光景だ。


隕石衝突により、多くの生命が失われた。
両親や親族を失い、身寄りが無くなった子どもたちも大勢いた。
そういう子どもたちは自然に、年上の者が年下の子たちを保護するかたちで共同生活を始めた。

――例えば彼女や、彼女と同居する青年のように。

そして彼女もまた、同じように小学生の女の子を連れて夕飯の買い物に来ているのだった。


「夕飯、何にしよっかぁ……」

つぶやきながらカートを押す。

6月の第3日曜が近づいているためか、お酒のあてにもってこいなホッケとか枝豆なんかが
安くなっている。


彼女たちには、関係の無い日かもしれない。

けれど、彼女のカートには缶ビールの6缶パックが入っている。

「こーちゃん、きっと喜ぶよ」

ハーフのような容貌の、小学生くらいの女の子が、嬉しそうに言う。

「ふふ、そうだね。でもあのヒト、酔うとすぐ寝ちゃうからなー」

三つ編みをした女子高生が、食材を手にとって吟味しながら答える。


+ + +


   『わたしのお父さん』
     4年4組 薙澤 アイリン

   わたしのお父さんは、タクシーの運転手をしています。お父さんは、車の運転が上手です。
   後ろを振り向かなくても、ちゅうしゃじょうにぴたっと車を止めます。道に迷うこともない
   です。お父さんは、夕方に帰ってくるとご飯のしたくをします。お父さんの作る炊き込み
   ご飯は、とってもおいしいです。お料理のとき、わたしもお手伝いをします。ごぼうを削っ
   たり、たけのこを洗ったりします。お父さんはお料理しながら、色んなことを教えてくれ
   ます。わたしもお料理がうまくできるようになりたいです。ご飯のとき、お父さんはビー
   ルを飲みます。それからテレビを見ます。テレビを見ながら、しかめっつらをしています。
   お父さんは、いつもしかめっつらをしています。朝、鏡の前で髪を後ろに流してる時も、
   ネクタイを結んでる時も、むつかしい顔をしています。お父さんはいつも、「早く
   食べろ」とか「早くしたくしろ」とか、言います。でも、お父さんはいつも優しいです。

   わたしがカゼをひいたとき、お仕事を休んでおかゆを作ってくれたりします。そういう時の
   お父さんは、むつかしい顔はしていなくて、心配そうな顔をします。お父さんの心配な
   顔を見ると、わたしは悲しくなります。だから、わたしはカゼをひかないように、いっぱい
   ご飯を食べたいと思います。
   おわり


―― 一生懸命、辞書を引きながら書いたんだな。

原稿用紙の横に、漢字辞典が開かれたまま横たわっている。

青年はしばらくそれを眺めていたが、ふと、違和感を感じた。


『おわり』の文字の後ろに、他の文字の消された跡がある。
よく見ると、『――食べたいと思います。』の後にも文章が続いていて、
それを消しゴムで消したようだった。

作文は鉛筆で書かれているので、目を凝らせば筆跡から文字が判読できた。


   ご飯を食べたいと思います。ずいぶん長い間、お父さんは、お仕事から帰ってきません。
   きっと、ずっと遠い国でお仕事をしているのかもしれません。帰ってきたら、びっくり
   させてやりたいので、漢字の練習をいっぱいしようと思います。いっぱい漢字を覚えて、
   お父さんの代わりに書いてあげたいと思います。それから、お料理もできるようになって、
   お父さんに作ってあげたいです。お父さんから腕時計をもらったので、今度はわたしが
   お父さんに時計を買ってあげようと思います。


そこまでで、筆跡は消えている。
強く消しゴムをかけたためだろう、原稿用紙が少し引き攣れている。


その時、階下で玄関が開く音がした。

「たっだいまー! あれ? こーちゃん、帰ってたの?」

青年は慌てて原稿用紙を元あった状態に戻し、

「お、おう、早かったな」
と声をかけて玄関に向かった。


+ + +


夕食後、ビールを飲んでくつろいでいると、小春が声をかけた。
「こーちゃん、携帯鳴ってる」

「んあ?」
携帯が宙を舞って、幸助の目の前に飛んでくる。

「あっぶねぇ! お前、モノを飛ばすのはいいけどな、コントロールも鍛えて欲しーんだが」
すんでのところで携帯を受け止め、台所に向かって怒鳴る。

「文句言わない」
水音に混じって、小春の声。
これ以上言うと飯を作ってくれなくなりそうだから、黙って携帯の画面に目を移す。


川芝鉄哉。

小春は洗い物を片付けながら、先に風呂に入るようにアイリンに伝えている。

幸助はベランダに出ると、通話ボタンを押した。

「テツ……!」

「よお、幸助。おひさ」
聞き慣れた朗らかな声が、耳に入ってくる。

「ばっ、おめ、全然連絡よこさねぇで今まd」
「あの子は、どうよ?」
通話口に向かってまくし立てかけた矢先、出鼻を挫くように向こうの声が覆い被さる。

その声が、いつになく真剣でちょっとばかり切羽詰ったように聞こえたのは、
きっと気のせいだろうと思う。


「どうって……元気にガッコ行ってるよ。まぁ、けっこう小春に任せちゃってるし。
あいつ、意外にお姉さん――つーか、おかん特性あったんだな。面倒見いいよ」

「そうか」


「テツ。お前、今どこにいる?」

「……遠いとこだ。話せない。また連絡すっからよ」

「おい!」
話を終わらせられそうな気配を感じ、とっさに呼びかける。

けれど電話の向こうの声は、何か決意を持ったようにきっぱりと、返答してきた。

「幸助。……あの子のこと、くれぐれもよろしく頼むぜ」

その気配に気圧され、二の句が継げない。

「おい、待てって」
「じゃあな」

ツー、ツー、……という音を虚しく聞き、終話ボタンを押す。


――なんだってんだ。
あいつ、また出張なのか? 公務員ってのは、出張の多い職業なんだな。


なんとなく解せない思いを胸に、居間に戻る。

――テツ。アイリンは、お前の何なんだ? 隠し子か?
なんでそんな子を、俺らに預けるんだ。

聞きたいことが多すぎる。
例えば、
「お前は本当に『公務員』なのか?」
とかだ。

あいつは突然連絡が取れなくなったり、かと思えばいきなり病院に呼び出して、
小さな女の子を引き取れと言ってきたり。

……そんな仕事が、公務員のやることなのか?

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最終更新:2010年06月23日 15:24
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