「っだぁぁぁぁっ! チ・コ・ク・するぅぅぅぅぅ!」
大声を上げながら、俺は生焼けのトーストを口に咥えたまま、新しい学生生活の舞台となる私立夜見坂(よみさか)高校への通学路をダッシュしていた。
両親の都合により、一人暮らしが決まって一週間。ゲームに漫画に料理にと、自分の趣味を優先させまくった結果、今日が転入初日であると言うことすら忘れて眠りこけていたのだ。
我ながらアホすぎて涙が出てきそうだ。
転入初日から遅刻って言うと、漫画ではよくある展開だろうが、現実世界でこれをやってしまうのはどうかと思う。
絶対浮くし! いや、五月からの転入生ってだけでも無茶苦茶浮くのにその上遅刻って言うのは……。
「……なんて事考えててもしゃーないか……。ええい、頑張れ俺の足! バーニンッ! うおおおおおおおっ!」
「ママー、あのお兄ちゃん」
「しっ、見ちゃいけません!」
変な声が聞こえたような気がするが俺は気にしないぜ!
夜見坂高校への道程は現在位置からおよそ3㎞だ。そして始業時刻は8:40。それまでに校舎敷地内に潜り込めれば何とかなる。
だが、現在時刻は8:37。残り三分で、3kmを走破しなければならない。
単純計算で、一分1kmペースだ。体力にはある程度自信がある。
能力を使わずとも、ギリギリで間に合うだろうか。
「いや、間に合わせてみせる……! 間に合わさなくちゃ俺の高校生活は色々と寂しいぞ!」
そう、ただでさえ不良が多く、全国区で見ても学力最底辺ランクの羽華高校(通称バカ校)に一月ながらも籍を置いていた身……。
素行不良と見なされ、皆から遠巻きに様子を伺われるような寂しい目に合うなんて絶対にお断りだ!
だから俺は走る! 男、上守琢己(かみもりたくみ)、ここで負けるわけにはいかんのだぁぁぁぁぁぁっ!
「うらっしゃああああいっ!」
夜見坂高校へ向かうためには、途中ある程度開けた商店街を突っ切っていかなければならない。
この時間帯ともなると人通りや車の出入りも多くなってくる。何とか人混みを避けつつ、だがスピードは殺さずに走り抜けなければ!
トーストを喉の奥に無理矢理詰め込み、堅苦しい学ランのボタンを全部外す。オッケー本気モードで行くぜ!
羽華高校で鍛えた足の速さを見せてやる。そんな意気込みを胸に、俺は走った。会社へ向かうであろうサラリーマンの脇をすり抜け、朝の散歩中の犬を飛び越え、とにかく走る、走る、走る!
商店街を抜けると、大きな国道に出た。信号待ちが長いことで有名だが、幸いにして歩行者用信号は青の点滅状態だ。
渡りきるまでに赤になるかも知れないが、今こんな状況でそんなこと気にしてはいられない。俺は躊躇うことなく先へと進んだ。
「よし……これは行け……」
ん……? 左手から何かが猛スピードでやってくるような、嫌な予感が。
走りながらも視線を左にやれば、どう考えてもこちらへと迫り来る巨大なトラックの影!
「てマジか!? まだ赤信号……」
だが暴走トラックにそんなことは関係ないらしい。スピードを緩めるどころか、むしろ俺を轢き殺さんばかりの勢いで迫って来る。
対する俺は、トラックの襲撃に足を止めてしまったせいでスピードが潰え、もはや対岸へ渡りきることは不可能。
このまま惹かれるのを待つだけの状態だ。どこかで、若い女の悲鳴が上がった。対岸で、俺を助けようと能力を発動してくれようとするサラリーマンの姿が目に映る。だが間に合わないだろう。
けど、俺の能力ならギリで間に合う――!
「カード・セレクト」
唱えると同時、俺の手に一枚のカードが現われた。白を基調とした長方形のそのカードには、意匠の凝らされたフォントで【Bouncy】と描かれている。
「リリース!」
間断入れず、カードを俺自身に触れさせて、そう叫ぶ。
すると、俺の体がスーパーボールの材質になったかように、ポンポンと無規則に弾み始めた。実際、そうなったのだ。
その直後、トラックが激突。スーパーボールとなった俺は軽く吹っ飛ばされてしまったが、なに、ダメージはない。
なんとか間に合ったようだ。宙を猛スピードで飛びながら、俺は眼下に人々の驚いたような顔を見て満足げに頷いた。
これこそが俺の昼間能力、《イミテーション》。
一度見たり、体験した他人の能力をカードという媒体に封じ込め生成し、一度限りの使用を可能にする能力。
使用したカードは消えて無くなるが、再度その能力を視認すれば何度でも生成は可能。
正確にはカードの生成が昼間能力で、カードの使用については昼夜問わずなのだが、まあさほど重要な事じゃない。そもそも俺の夜間能力はまだ未発現だしな。
てなわけで、使い所を誤らなければ非常に強力なチカラとなり得るわけだ。現に俺は『体の組成を一時的にスーパーボールと同様の物にする』という能力を封じ込めていたカードを行使することで、トラックの衝突による衝撃をほぼ無効化したのだから。
まあ……、他の能力……、霧になるとかでもよかったような気がするけど。
「おおおおい、夜見坂とはこれ逆方向じゃねぇぇぇぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
俺の飛ばされていく方向は見事に夜見坂と逆。しかも、この勢いは全く止まることを知らないと来た。
……こりゃ、完全に遅刻決定だな。
俺の嘆きは、東の空に浮かぶ眩しい太陽へと吸い込まれていった。
「酷い目にあったぜ……」
結局県を二つ以上越えて吹っ飛ばされた俺は、電車とバス、徒歩と交通手段を変えながらようやく夜見坂高校へと辿り着いた。
時刻は16:00。既に授業時間は終わり、放課後である。
結局俺の新たな高校デビューは失敗に終わったわけだが、せめて担任に挨拶くらいは済ませておかねばなるまい。
そう思って、小高い山の上に構えられた、夜見坂の無駄に広い敷地に突入したのだが……。
「全ッ然……わかんねぇ。どこが教員室なのかすらもわからん」
無駄に敷地が広すぎるせいで、俺は教員室はおろか昇降口すら見つけることが出来ないでいた。
ただ闇雲に歩きまくる。生徒の姿もちらほらと見受けられるのだが、皆が皆部活動に熱中しているため話しかけるのも忍びない。
結局何の当てもなく、俺は体育館裏と思われる場所にまでやって来ていた。
さて。夜見坂高校っていうと、実は案外進学校として知られていたりする。
入学試験は当然そこそこの難度だし(俺もギリギリで編入試験に合格した)、いや、むしろ夜見坂独自の特殊カリキュラムが人気なために入学試験が難しいのだが、とにかく夜見坂ってのはただのバカには入れない高校なわけだ。
だが……まあ、夜見坂には不良が存在するし、バカ校の不良共とやることはさほど変わらないらしい。
雑木林と体育館の壁に挟まれるようにして存在するこの区画は、いついかなる時代の高校でも不良のたまり場として君臨しているようだ。
体育館裏の砂利道に入ってすぐ。柄の悪そうな生徒が数人と、そいつらに囲まれるようにして怯えている男子生徒が目に入った。
「オイ武藤……、いつもいつも三上が助けに来てくれると思ったら大違いだぞ、あァ?」
「ひっ……!」
「最近まともに使い走りも出来ねえようだからよ、ちょいとお仕置きだ」
「ひぃぃ……」
気弱そうな男子生徒を取り囲む、上級生とおぼしき男子生徒が三人。バカ校ではいつでも見られた懐かしの光景だ。
ああいうのは抵抗しないからつけ込まれるだけなんだ。徒党を組まなきゃ絡めない不良も不良だが、何も言わない武藤っつー気弱な奴もお互い様だ。
だが、何となく郷愁に駆られた俺は、不良達に気付かれない程度に距離を取り、事の次第を見守ることにした。
確かに何もやり返さない武藤はむかつくが、力で無理矢理っつーのもむかつくのだ。事と次第によっちゃ、武藤の手助けすることになるかも知れないな。
(……っつーか、転入早々喧嘩になるよな……。ま、いっか)
「武藤!」
俺がそんなことを考えている間に、バン、と大きい音が響いた。
不良の一人が体育館の壁を殴ったのだ。能力か何かで音を増幅させたような気もするが、真相は定かではない。
ただ、へっぴりこと武藤には効果覿面らしい。あまりにも情けないその姿に、周りの不良が哄笑した。
(……見てらんねえなぁ)
やり返すわけでもなく、ただひたすらに丸まって、全てを拒絶しようとする武藤の姿は、呆れを通り越して情けない。
だが、それも仕方ないことなのだろう。人間誰だってやれることがありゃやれないこともある。武藤はたまたま、不良には立ち向かえなかっただけのことだ。
「何とか言えよ、ラァッ!」
「や、やめっ……!」
その内に痺れを切らしたのか、不良の太い腕が武藤の襟元をむんずと掴んだ。
力任せに引っ張られた武藤は、宙ぶらりんの格好になる。
みっともなく涙と鼻水を垂らす武藤の姿は、叱られ怯える子犬のようだ。歯の根もかみ合っていないようだし、そろそろチビるかも知れねーぞあれ。
うーむ、ま、体を少し動かしたい気分ではあった。ちょっくら加勢してやるかな。
「……おい、アンタら」
「ぁん? ……ぶへっ」
不良に呼びかけつつ、俺は石つぶてを放った。
武藤を掴む不良の鼻面と胴に、そこそこのスピードで石が激突する。
間抜けな声を出した不良は当然獲物を支えきることなど出来ず、武藤は不良の手から解放された。計画通りだ。
さて、それでは俺が羽華高校で培った喧嘩スキルを発揮してみるとするかね。
「テメエ、何しやがんだ!」
「んだ、テメェ!?」
取り巻きの不良が息巻いた。俺一人だと見て態度がでかい。
俺はバカ校で得た挑発スキルを存分に発揮し、笑顔で言ってやった。
「俺は通りすがりの一年生だぜ、先輩諸君。んなガキに舐められたら悔しいよなあ? かかってこいよ」
右手中指を立て、心底バカにしたような態度を見せてやる。上級生は下級生に舐められるのが一番嫌いなはずだし、不良って人種はその傾向が特に顕著に表れる。
そんで、大抵、アホな不良ってのは挑発に乗って突っ込んできて自滅するってわけだ。
バカ校で嫌と言うほど学んだルール。現に、目の前の三人のターゲットは俺に向いている。
三人は、殺気の籠もった目でこちらを見据えていた。
「テメエ……」
「テメエテメエしか言えねえのかタコ。猿は猿らしく殴りかかって来いよ、阿呆」
「がああああああッ! 一年坊主が舐め腐りやがって!」
一人目が特攻開始。こちらへ駆け出しながら右ストレートを放ってくる。が、遅い遅い。
軽く避け、右足をちょい、と引っかけてやった。
「ぬおおおっ!?」
当然、ダッシュしていたこの馬鹿はバランスなど取りきれずに顔面から地面へダイブすることになる。
が、更に追い打ちをかけるべく、俺は眼前を過ぎゆく背中に踵落としを見舞ってやった。
当然、防御など出来ようはずもなく。これで不良の一人は轟沈だ。
「他愛もねえな……先輩方。バカ校の奴はもっとキレのあるパンチを見せてくれたもんだぜ」
「な、羽華高だと……!?」
「どうしたよ。かかってこいよ。あー……、それとも、こいつみたいに恥晒すの怖かったりする?」
足元で倒れ伏している不良の背中をむんずと踏みつけ、さらに挑発的な笑み+視線を送ってやる。
残る不良二人は、一年生である俺に舐められた怒りからかワナワナとその体を震わせ、そして叫んだ。
「出ろ、炎!」
「へっ……、能力使用アリでも泣き言言うなよ……!?」
一人は拳に炎を纏わせ、もう一人はどこからか刃物を取り出し構えていた。刃物の生成能力だろうか。
バカに刃物を持たせちゃ行けないんだがなあ……。ま、仕方ないか。
「おいおい、能力無しで勝てるとでも? あっても勝てるわきゃねえがなぁ。クク……」
能力使用のついでに挑発も忘れない。当然、不良達の顔が怒りの朱に染まった。
「テメエ! 病院に送ってやるよおぉおっ!」
「バーニングナッコォォォッ!」
「はっ! あたんなきゃ意味ねえぜ!」
ナイフを構え突進する不良と、バーニングナックルな不良、二人が同時に攻めてくる。
まずはナイフ野郎の対処からだ。突き出されたナイフの側面を手で払い、まずは切っ先を逸らす。勢い余る奴の胴に膝蹴りをぶち込み、そのまま姿勢を低くし屈んだ。
直後頭上を過ぎ去る熱風。バーニングフックってとこだろう。連携して挟み撃ちにしようってんだろうがそうは行かない。
姿勢を屈め、最下点から全身のバネを使ってのアッパー。突きだした右の拳が見事にナイフ野郎の顎を捉え、振り抜く拳の延長線上に吹っ飛んでいく。間髪入れず、右足でのミドルキック。再度突撃しようとしてきたバーニング野郎の胸元を捉えた。
「チッ……!」
だが、飛ばない。胸元を捉えたと思っていたはずの俺の右足は、炎の噴き出す奴の両手にホールドされていた。ギリギリでガードされたか!
「このままこんがり焼いてやるよ!」
「ぐぅっ……!」
不良がさらに力を込め、俺の右足をホールドする。同時に、右足には皮膚の焼ける鋭い痛みが走った。
畜生、このままじゃマジでこんがり肉にされちまう……。どうしたもんか……!
「なぁんてな」
「はっ?」
「オラぁぁッ!」
右足をホールドされている状況で、俺は左足で地を蹴って宙に飛び上がった。
そのまま右足を軸に体を捻り、左キックをバーニングの顔面に叩き込んでやる。
「ぶべぇっ!?」
結構良い感触! ホールド解除と同時に倒れ込むバーニング野郎の体を蹴って距離を取り、俺は何とか体勢を立て直した。
足が焼けたが、まあ応急処置用にイミテーションカードは生成してある。
「だから後は――、お前だな、ナイフ野郎」
「!?」
立ち上がり、こちらに向けてナイフを投げようとしていたナイフ野郎に向き直り言ってやる。
殺気ってのには結構敏感になったから、気付くのはそう難しい事じゃなかった。
だが、ナイフ野郎は気付かれていないと思ったようだ。驚いた顔を一瞬見せたが、すぐに覚悟を決めてナイフを振りかぶった。
「うおおおおっ!」
「カード・セレクト」
慌てず、俺はカードを生成する。手元に現われたのは、【clab】のカード。
リリース、と詠唱すると、俺の手元には一匹の毛ガニが現われた。
「蟹なんて何の意味がある!」
「盾だよ、盾」
スカカカカッ、と小気味いい音が響く。俺が両手で構えた蟹が、飛来してくるナイフを全て弾いたのだ。
不良の顔が驚きの色に彩られる。だが、まだまだこんなものじゃあない。
「カード・セレクト! 【boiled】!」
続き現われたカードは【boiled】のカード。元の能力より劣化するが、何、効果は十分。
「くらいな、毛ガニボンバー!」
「えっ、うわ、もったいな……!」
毛ガニを不良へスローイング。毛ガニをキャッチした不良は、どうせ今晩のおかずゲットとか考えているんだろうが……。
「アホめ! カード・リリース!」
「っ……うおおおおおお! あっぢぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「……ふ。馬鹿めが。【boiled】は近辺の蟹をボイルする能力だ……。ふ……」
ナイフ野郎はそのまま蟹を抱えてどこかへと去っていった。今度からこのコンボはスピキュールと名付けよう……。
しかし今回は、登校途中で出会った謎の中学生と変なおっさんのお陰で助かったぜ。いやまあ他にも防ぐ手立てはあるんだが。
「えーと、これで今日は三枚も使っちまったか……。ま、しゃーねえな。おい武藤、って言ったっけ? 立てるか」
俺は腰を抜かしたままの武藤の側に近寄り、声をかける。だが武藤は俺と倒れ伏した不良の顔を交互に見ているだけだ。
「あ……」
「シャキッとしろよ。男だろー?」
「その……ごめんなさい……」
「はっきりしない奴だな……。いっぺんぶん殴ってやろうか? おい」
つい声を荒げてしまった。
おっと……いけないいけない。俺はこいつを助けるために一応手を出したわけだから本末転倒だよな……。
俺は極力にこやかな笑顔を作ろうとして――、
「――地獄の鋼鉄蜘蛛!」
「っ!?」
背後から迫り来る鉄の塊の直撃をもろに受け、砂利道を数メートル吹っ飛ばされた。
ゴロゴロと転がってようやく止まったが、足腰と頭がふらつきやがる。一体誰がこんな舐めた真似を――、
「――まだ懲りずにコウタを虐めようってわけ? 私が相手してあげるわよ」
「……お、女……ぁ?」
武藤の側で俺を見下ろすように立っていたのは、すぐ側に巨大な蜘蛛――脚は鋼鉄製で、胴体の半ばからも人の体を模した形状のユニットが接続されている謎の機動兵器だ――を従えている、勝ち気そうな女子生徒だった。
ネクタイの色からして学年は俺と同じ一年。背は女子にしては高く、なるほど、見下ろされると威圧感がある。
肩口辺りまで伸ばした髪は美しい黒髪。スタイルは良い。顔も文句なしの美人だ。
だが、そんな少女は、明らかに敵意剥き出しの眼で俺を見ていた。
「ちょっ、と待て……何か誤解がだな……」
「問答無用。アラクネー、突撃!」
「ちょ、まっ、おまっ、待てッ!」
《排除》
「って、ぎゃあああッー!?」
後ろの二本脚で器用に体を持ち上げた鋼鉄蜘蛛が、ダメージによって動くこともままならない俺にのし掛かる。
六本の脚は見事に俺の急所を突き、俺はくぐもった悲鳴を上げながら、緩やかにその意識を飛ばすことになった。
「ち……くしょう……覚えてろ蜘蛛女ァ……」
閉じかける視界の中に最後、ちらりと見えた蜘蛛女の名札――、
『コウタ、大丈夫?』
『み、三上……』
『よかった。無事ね。今日は珍しく怪我がないのね』
『う。うん……』
――三上静、だな……? 覚えたぜ……。
最後の最後でやってくれやがった蜘蛛女へのリベンジを誓いながら、今度こそ俺の意識は闇の中へと沈んでいった。
登場キャラクター
最終更新:2010年10月03日 19:21