4スレ目168~171

作者:◆W20/vpg05I

「ねー美柑。ちょっと早すぎない。まだ1時じゃない。――開演18時なのに」
「そんなことないよー。この時間じゃないとグッズ買うの間に合わないし」

そんなことを言いながら桜香織春日居美柑はドーム球場で行っているコンサートへと向かう所だった。
二人は他愛ない話しをしながら実に楽しそうに歩いてる。
そんな中、ふと、香織は美柑に聞いた。

「そういえばコンサートチケットくれた人ってどんな人なの? よく貰えたわね」
「うん、バイトによく来てくれるお客さんでね、仲良くなったの。
そしたらコンサートのチケット何枚か余っちゃったから一緒に行かないかって誘ってくれてね」
「へー、なるほど」

……相変わらず人づきあい上手よね。美柑って。

そんな事を香織は思いながら、スポーツドリンクを飲みつつ美柑の横を一緒に歩く。
隣の美柑は嬉しそうにスキップするかのように歩いている。
その誰かを見つけたのか、右手を振った。

「あ、ほらほら、あそこにいる人だよ。こんにちわーアヤメさん!」
「……ブフッ!! ゲホゲホ!!」
「どうしたのむせちゃって」
「な、なんでもないから!」

盛大にむせた香織に美柑が声を掛けるが、香織は手を振って大丈夫という意思を示す。
もっとも内心は焦りまくっていたが。

「うわぁ。陸に聞いた通りね。進出鬼没と言うか、マイペース過ぎるというか、天上天下唯我独尊というか……。
連続殺人鬼が大人気のコンサートを見にくるなんて普通思わないわよ……」
「? どーしたの?」
「な、なんでもないわよ」

口の中でだけもごもごと呟く香織に蜜柑は不思議そうな顔をする。
その美柑に片手でなんでもないとジェスチャーする。
まー、こんな所にいるくらいなら変なことはしないだろう、ととりあえず思いこむことにする香織だった。


 +       +       +


「きゃー!!トクヤー!!!! こっち向いてー!!!!」
「コロウちゃーん!!」

至る所で黄色い悲鳴が聞こえる。
激しいリズムの中、五人組みのグループが歌ったり、踊ったり、
それに合わせて観客が色とりどりに光る蛍光ライトを振り回したり、皆が楽しそうにはしゃいでいる。

――そんな光景の中、一人別の緊張をしている少女がいた。

「きゃー!!トヨシー!! あ、こっち向いたー!! こっち向いたよね美柑ちゃん!」
「うん、見た見た!! きゃー!!」

そんな緊張感で素直に楽しめないでいる少女、香織を尻目に、
友人である美柑と原因であるアヤメがきゃーきゃー騒ぎながら青く光るライトを振り回していた。

……でもこうして見ると普通の女性にしか見えないのよね。

狭霧アヤメを横目で見つつ、香織は思う。

これが、あの凶悪な、バフ課にすら最大級の警戒をされている化物なのかと。
その雰囲気はどこにでもいそうな、普通の女性だった。
今の彼女には恐ろしいと思わせる雰囲気が微塵もない。

そこまで思い、しかし、香織が始めに目撃した時の彼女の姿を思い出すことで考えを改めた。

――変わらない

今、こうやって騒いでいるアヤメと他人の血と肉の真ん中で立っていたアヤメ。
その雰囲気はどこにも変わらない。

……だからこそ恐ろしいのかも。

彼女にとって、コンサートを楽しむことも、殺し合いをすることも全くの同列だと言う事実にいまさら気付く。
彼女の根本から壊れた感性、そしてその行動を理解し……
香織の背にはコンサート会場の熱気によるものと別種の汗が滑り落ちた。


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「スタンド席、1塁側――」

毎回恒例の客席からステージに上がれる幸運な5人の発表がスクリーン上でされていた。
客席には異様な緊張感が漲り、落胆の声と安堵と狂喜する声が聞こえる。

「アリーナ席――」

「あ、私のようねぇ」
「いいなー。いってらっしゃーい」
「行ってくるわねぇ」

実に楽しそうに呟くアヤメの姿に香織は一瞬硬直する。

……この期に及んでさらにそんな事やらかしますか!? この人は!
運がいいってレベルじゃ……この場合はいいとか悪いとか超越しちゃってる気もするけど!!

一人ハラハラしつつアヤメが移動するのを目で追い続けた。

――そうして、しばらくして、バックステージには5人のメンバーと一緒に歌う狭霧アヤメの姿があった。


香織は思う。なんかこう、知っている人が見れば非常に理解不能な光景がそこに広がっているんだろうな、と。
なんかゴスロリ服をきた中学生くらいの女の子と、ゆるふわパーマの女子大生、
10歳位のハーフっぽい女の子に混じっているのに違和感がないのが違和感をもたらしている状態だった。
……一番浮いてるのがビン底メガネの女性の姿だったりするが、そこはもう見ないことにするのが心に優しいのだろうと思う。



――もちろん、知っている人間はその光景を見て盛大に噴き出していた。



「さ、狭霧アヤメだと……駄目だ、今の装備では勝ち目はないな」
「……む、無理ですよ……それに今日、オフって事でこっそり遊びに来たんじゃないですか……オフですよ」
「だな。無理だ、絶対勝てない。それにここでやったら民間人にも被害が出る」
「だよね~。そうだよね~。よく見たらリンドウまでいるじゃない~。無理、絶対無理~!!」
「OK。よし、今回は見なかったことにしよう」
「「「賛成!!!」」」


コンサートにオフを使って遊びに来ていた4班の隊員達は、
オペラグラスを掲げて狭霧アヤメの楽しそうな笑顔を見ながら見なかったことにした。


 +       +       +


「いやぁ。本当に楽しかったわねぇ」
「ええ、本当に。ありがとうございますー。誘ってくれて」
「……ありがとうございます」

コンサートが終わって帰り道、彼女たちはゆっくり帰っている。

「あ、じゃあ、私はこっちだから。それじゃねぇ」
「はーい。さようならー」
「……さようなら」

そうして、特に問題を起こすこともなく狭霧アヤメは去って行った。
そのことに深い安堵を持っている少女が一人。
その少女、香織に美柑は心配そうに話しかける。

「香織ちゃん。大丈夫? 元気ないよ?」
「大丈夫。大丈夫。コンサートではしゃぎ過ぎちゃって疲れちゃったみたい」
「それならいいけど……私たちもかえろっか」
「うん、そうね……疲れたわよ」

そうして、二人も帰り始める。
今日も一日平穏な日。
ただし、どこに火種があるかもわからない世界でもあった。



終わり。

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最終更新:2010年10月03日 20:33
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