「世界英雄協会……か」
今は
岬陽太という偽りの名を名乗る昼の時間。
なんともなしにぽつりと呟き、教室の窓から外を見る。
そこには雲ひとつない晴天の青が広がっている。
その空を見ながら、俺は思考を続ける。
その組織には興味がないといえばウソになる。
敵か味方か、あるいは利害関係になりうるか。
闇の力を持つ者として見極めなければならないだろう。
「……少し、調べてみるか」
昼休みなら、確かパソコン教室は使用可能だったはず。
ネットを使って調査してみるか。
「では陽太君。この問題を解いてみなさい」
今年入ってきたばかりの新米国語女教師が戯言を言っているが、そんな事よりも重要な事ができたのだ。
今はその為の対策を練るべきだ。というわけで今回は無視してもいいだろう。
……決して答えが分らない訳ではない。
「……よ・う・た・く・ん?」
「はい。……わかりません」
決して分からないわけじゃないからな!!
そして時は昼休み――
「おいおい、こんなにあっさり見つかっていいのか?」
時は昼休み。俺はパソコン画面を見ながら思わず言葉が漏れた。
それくらいあっさりそのホームページはみつかった。
しばらくは"世界英雄協会"で調べていたが、発見できず、
ふと思い立ち"世界EIYU協会"で検索を掛けた所あっさりとそのページはひっかかった。
「世界EIYU協会……Environment Innovation Young Unblemishedの略ってなんて意味だこれ?」
ともかく表向きはただのボランティア団体、しかも中学校でやっているサークルらしい。
一見裏に関わりそうもない団体だがそこの写真を見て確信する。
「あの女――
樹下楓がいるってことはただのボランティア団体じゃないよな」
そこにはあの夜に現れた女、樹下楓がゴミ拾いのボランティア活動をしている写真が掲載されていた。
えらく爽やかにゴミ拾いをしている少女の写真を見つつ思う。
「これは、どんな組織なんだ? これが隠れ蓑という可能性もあるが……」
さて、どうしようと思いつつ、そのホームページを読み続け、決心する。
表向きは怪しい所など何一つない組織。
だが、俺の勘が警告を鳴らしている。“それだけではないと”
「行ってみるか。何か掴めるかもしれないな」
晶たちには今回の事を話すのは……止めておこう。
まだ確信には至っていない。ある程度裏をとってからの方がいいだろう。
うちの学校からそう離れていない中学校の上、明日が土曜日だ。
学校が終わった後直行すれば問題ない。
俺は今後の計画を頭の中で練りつつ午後の授業を適当に過ごしたのだった――
* *
鉄格子が男の目の前に立ちふさがっている。その格子は世界と男を分ける境界。
男は手に皮手袋を被せられ、手首には手錠が嵌められていた。
男は最近、連続通り魔の犯人として逮捕された男だった。
彼を警官へと突き出したのは一人の女子中学生。
その少女は名も告げず、男を警察へ置くと何も言わず去って行った。
おかげでこの男もその少女の素性を知ることはできなかった。
ただ、警察に捕まるという現実のみが後に残った。
だが、それでも彼の憎悪はその少女に向かう。
現在こうして捕まっていながら、その少女をいかにして切り刻むか。そればかりを考えている。
しかし、現実は男の妄想など取り合わず、粛々と裁判に掛けられ、そして刑が確定する。
その罪状から考えれば死刑は免れない。
――そのはずだった。
「ん?」
聞きなれない音を感じ、男は起きあがる。
目の前の鉄格子の先、そこに見慣れない姿が一つ見えた。
全身ピッチリとした黒のスーツを着込んだ人物が、格子の向こうに立っていた。
その体のラインから女性とは分かる。だが、その顔は分からない。
なぜかスイカの絵柄の覆面をし、その顔を見ることは叶わなかった。
なぜスイカの覆面をした女がそこにいるのか?
そんな単純な疑問しか起きないほど、違和感を与える人物だった。
だが、女の次の動きに男は驚きと警戒心を一気に湧きたださせた。
その女はおもむろに鉄格子を掴む。
それだけで鉄格子は蒸発するように融けて消えた。
まるではじめから鉄格子などなかったかのような唐突さで。
「それも能力か……?」
男は思わず言葉を零してしまう。
その言葉に女性は残る鉄格子も溶かしながら反応する。
「ええそうよ。能力なしでできるわけないわよねぇ。こういう現象起こすのって」
「……何が、目的だ」
その女の声には緊張感の欠片もない。むしろいるのが当然であるような態度で作業を続ける。
それゆえに恐怖と警戒感が男の心を支配する。
女はそのペースを全く変えず、全て溶かし終わり、悠々と男に近づいた。
「ちょっとあなたの能力が欲しいのよねぇ。
最近ちょっとした目的ができちゃって昼も動くことがあるのよねぇ。
昼間は殺すことができないから、こういう時は面倒くさくて嫌なんだけどね。
あ、大丈夫、見返りはちゃんとあるわ。君をここから出してあげるわねぇ」
本来は男にとって有利な意味を持った言葉。
しかし男は背中に冷や汗を感じる。
猛烈な危機感が心の中に芽生え、生存本能に従い即座に行動を起こす。
男はショルダータックルのように加速し、女に全体重を叩きつける。
――激突
だが、その女は微動だにしない。全体重を叩きつけたはずが、1mmたりとも女は動かない。
女性の体が硬くなったわけではない、重くなった訳ではない。
彼女の体温を直に感じ、しかしどうしようもない絶望感が男を取りこもうとする。
それでも男は動く。ただ、危険を訴える自分の勘を信じ、今度は女の顔面に向け両手を叩きつける。
その動きに対しても女性は微動だにしない。だが、スイカ柄の覆面が外れ、その女の素顔が明らかになった。
はらりと落ちるスイカ柄。――女の顔を直視し、男は今度こそ動きを完全に止めた。
長いポニーテールにした金髪が現れる。
少しでも裏の、闇の事情を知っていれば嫌でも知ることになる相手。
最近は海外で5つほどテロ組織を潰したとの噂すらある女。
だが、いつ戻ってきたのか?どうしてここにいるのか?
なぜ俺の能力を知っている?
混乱する頭の中、様々な疑念がよぎる。
そして最後に思うことは一つだった。
――死
女、
狭霧アヤメは屈託のない笑顔を浮かべつつ、
男の意識外にある右手を滑らかに動かし、その首を正確に撥ね飛ばす――
「……なんで俺はまだ生きているんだ?」
気がつくと、男は仰向けに倒れていた。
両手の手錠は外れ、外界と分けていた鉄格子は存在しない。
狭霧アヤメはすでにその場になく、男は探るように廊下へと出た。
そこで思ったことは、ただ一つ。
……静かすぎる。
その事だった。本来あるはずの人間の動きを全く感じることができない。
それでも男は警戒しながら男はゆっくりと階段を昇る。
なにがここで起きているのか、それを見るために一階に続く扉を開けた。
「……おいおい。そういうことかよ」
扉を開け目に入った光景に男は思わず呟く。
その光景は明らかに常軌を逸していた。
働いていただろう警官や、ただそこにいただけの一般人、老若男女問わず、全てが倒れ伏していた。
意識はなく、どれもこれもピクリとも動かない。だが、それでも全員が生きている状態だった。
「狭霧アヤメ……これをあいつは一人でやったのか?」
男はここまでアヤメが警察内部へと潜入してきたと考えていた。
だが、その考えは間違っていた。彼女が行ったことは、警察への潜入ではなく制圧だった。
しかもただ一人も殺すことなく。
おそらく、鼻歌を歌うほどの気楽さでこの状況を作りだしたのだろう。
その状況を恐ろしいほど簡単に男は想像できてしまった。
その事に男は恐怖を思い出し、しかし、と思いなおす。
狭霧アヤメはここにはいない。つまり男は完全に自由だった。
そう思わなければ恐怖で動けなくなりそうだった。
「これで俺はここから出られるというわけか」
だからこそ敢えて呟き、手に一本の鉄棒を持ち、くるくると回す。
その棒は、ある一方向を指して止まった。
「さて、まずはあの少女にお仕置きをしないとな」
男は歪んだ笑みを浮かべながら呟き、出口へと向かう。
心は現実へと戻ってこれた歓喜に打ち震えながら。
そして恐怖を愉悦で覆い隠しながら。
登場キャラクター
最終更新:2010年12月26日 17:46