12月というのは、当たり前だが1年の最後の月である。
12月の終わりは大晦日、明ければ新たな1年がやって来る。
年末とは、慌ただしくも来るべき新年におぼろげな期待や希望を含んで、人々の足を浮き立たせるものだ。
宵の口で、駅ビルの中は人でごった返している。
見かけるショップ――衣料・食料・雑貨に書籍……あらゆるものが、クリスマスに向けた
キャンペーンを張っている。
行き交う人々も、思い思いにプレゼントを選んだりねだったりして、楽しそうだ。
にもかかわらず、この奇妙な二人連れは、さえない顔をしている。
よれよれのスタジャンを着こみ、マフラーを巻いた青年が、小学生くらいの女の子を連れて歩いている。
親娘というには歳が近く、カップルというには歳が離れすぎている。
青年の髪はぼさぼさで、少し突き出た毛束がなんとなく猫の耳を想起させる。
思いつめたような顔で、ときどきちらりと女の子の横顔を盗み見る。
女の子はハーフのような容貌で、青年のジーパンのベルトを掴んで歩いている。
ヘッドホンで音楽でも聴いているのか、時折目を閉じて小さく口ずさむ。
――もうすぐクリスマスなんだよな。
青年はそう思い、今朝の出来事を回想した。
「いい、こーちゃん。今日こそなんとか聞いてきてよね。もうあまり日がないし」
「分かったけどさぁ……こーいうのって、女性同士のほうが」
「わたし、何度かトライしたもん。けどダメだった。こーちゃんもトライしてよ。
プレゼントあげたいじゃない、あの子に」
「それはそうなんだが……」
+ + +
数日前のこと。
もう12月だね、という話をしていて、そういえばと思い軽く聞いてみた。
「なぁアイリン、クリスマs」
「わたし、お風呂っ、入ってもいいかなぁ!?」
いきなり大声でそう言うと、アイリンはさっさと風呂場に向かった。
幸助と小春はしばしきょとんと目を合わせたが、すぐに自分たちが失敗をしたことに気づいた。
「……こーちゃん。アイリンにクリスマスの話題はマズかったんじゃ……?」
「ちょっと迂闊すぎた、この話はもうナシな」
「けど、それも不自然だよ。テレビつけても町に出ても、クリスマス一色だよ?」
「やっぱ白々しいか。受験生に『スベる』だの『落ちる』だの言わないようにするくらい、白々しいよなぁ」
「……ちょっとよく分かんないけど」
秋山幸助27歳。
吉野小春17歳女子高生――と同居している青年。
そこへ、10歳くらいのハーフらしい女の子、薙澤アイリンを引き取った。
(そこ、『うらやましいから爆発しろ』とか言わない)
そのいきさつについて、幸助自身がよく分かってない。
友人からいきなり頼まれたのだ。
けれど、あの隕石が落ちた日――『チェンジリング・デイ』の災害孤児ならば、そうしたことも珍しくない。
幸助が小春と一緒に暮らしているのも、そういう理由だったからだ。
孤児。
アイリンには、父親がつい最近まで居たようだった。
父親は失踪したのか、あるいは……
アイリンはそのことについて、口に出さない。
なんとなく、幸助も小春も、タイミングを逸してしまい、今に至っている。
何度か、意を決して聞いてみようとしたことはある。
けれど、何故なのか――直前までそれを心に念じているのに――アイリンに会うと、自分が何を聞きに来たのだったか
忘れてしまう。
そのことが、完全に頭の中から “吹っ飛んで” しまうのだ。
そうしたことが続き、彼らはアイリンに彼女自身の生立ちや両親のことなどについて聞きづらくなってしまった。
+ + +
――小春よぉ。切り出すタイミング無えよぉ。
幸助は駅ビルを出た所で夜空を振り仰ぎ、心の中で泣き言を言った。
「へくちゅんっ!」
腰のあたりで可愛いくしゃみが聞こえた。
「ん? アイリン、寒いんか? ほれ、マフラー貸してやるから」
巻いていたマフラーを外し、優しくかけてやろうとした。
「あ、んーん。平気だよこーちゃん。ちょっとお鼻がむずむずしただけだもん」
そう言って、アイリンは腕から逃れるようにすり抜け、先に立って歩く。
夜風が冷たい。
――ビルを早く出られて良かったと思っているのかな……
そんなことを考えていると、アイリンが振り返って幸助をじっと見た。
「こーちゃん。」
――な、なんだ……?
心を身構え、慎重に聞く。
「どうした?」
「なんで、猫にしてるの?」
――なんだ、“能力”のことか。
胸を撫で下ろし、答える。
「夕方触ったのが、猫だったからだよ」
「猫は寒さに弱いんだよ。 だーから こたつで 丸くなるー♪」
節をつけるように歌って笑う。
「仕方ないじゃんか、あいつら毎晩毎晩、家の裏に集まるんだもんよ」
+ + +
秋山幸助の“能力”。
それは、“動物の身体特性を借用する”というものである。
猫であれば、猫のように夜目が利いたり身のこなしが柔らかくなったりする。
それは、普段パソコンに向かうことが多い幸助の視力不足を結果的に補うものとなるので、便利に使っているものだった。
借用する能力は、“昼間最後に触れた動物”に限定されるらしいことが、経験から分かっている。
彼にとって猫は最も身近で、手に触れやすい動物なのだ。
「犬だったら良かったのに。犬は寒いの平気なんだよ。北極でソリ曳いちゃうくらい」
再び幸助のベルトを掴んで、歩き出す。
「よく知ってるな。けどそれは南極だぞ」
巻きそこねたマフラーを、そっと首に回してやる。
「あれ。カンチガエしてたかな?」
頭を撫でられ、えへへと笑う。
アイリンの顔は、どことなく寂しそうに見えた。
「こーちゃんは動物、好きだね」
「ああ。それで今の仕事就いたようなもんだからな」
「いまのお仕事って、文章書くこと?」
秋山幸助は、現在週刊誌のライターである。
その前は、有名なスポーツ雑誌の記者だった。
「なんで、スポーツ雑誌なの」
「競馬の記事を書くためさ。っていうか、オレは最初、競馬新聞の予想屋になりたかったんだけど」
「ヨソウヤ、って何するの?」
「何って、結果を予想するんだよ……こう、赤鉛筆を耳に挟んでさ……」
学生時代、幸助は競馬にどっぷり浸かっていた。
初めて競馬場で走る馬の姿を見たとき、魅入られた。
もともと犬や猫は好きだったが、そこに馬という選択肢が加わり、いつしか愛着を持つようになっていたのだ。
+ + +
地下鉄に乗っている間、アイリンは黙っていた。
幸助の隣で、目を閉じている。
けれど、眠っているのではないだろうと思った。
「……猫は、キライだよ」
最寄り駅に着き降りようとした時。
幸助だけに聞こえるように、小さくもはっきりとした声で、アイリンは呟いた。
「猫は死ぬとき、誰にも見られないように居なくなっちゃうんだって……」
幸助は、ハッとして少女の横顔を見つめる。
「……そんなの、やだ。だから、猫はキライ」
そこまで聞いたとき、アイリンの姿が人の流れに消えた。
心臓を掴まれたような気分になった。
改札で再び合流したとき、そのことを蒸し返そうとはまったく思わなかった。
+ + +
ピンポン、と呼び鈴が鳴る。
はーい、という声と共に小春が玄関に出る。
「あ!」
大きな声を上げかけたところへ、人差し指が立てられる。
「よっ。いるかい?」
川芝鉄哉は、朗らかに言った。
顔は笑っているが、目が鋭く小春の動きを制している。
小春は口から出かけたいくつかの言葉をすべて飲みこみ、玄関の奥を振り返ると、声をひそめて
「ええと、どっちも居るけど、どっち……?」
と尋ねた。
「決まってる、『保護者』のほうだ。悟られないように頼むぜ。公園にいるからよ」
「こーちゃん、ちょっと……」
リビングに小春が戻ってきて、アイリンに見られないよう幸助を手招きする。
「なんだ?」
「あのね、鉄ちゃんが」
「!! どこに?」
「公園だって」
幸助はすぐにスタジャンを羽織ると、慌てて出て行った。
夜の公園。
ブランコの周りを囲う柵に腰掛け、煙草を咥えている眼鏡の青年。
「テツ……」
「よ、おひさ」
煙草の青年が、軽く手を上げた。
硬い表情のまま、幸助は尋ねた。
「今度は、何の用だ?」
鉄哉が、眼鏡の奥で目線だけを向ける。
幸助は睨みつけるような目で、友人を見ている。
しばしの沈黙があった。
「……単刀直入に言うぜ。アイリンを連れて行く」
「……」
幸助は黙っている。
鉄哉は柵から立ち上がると、相手を測るようにゆっくりと幸助を眺めた。
しばしの沈黙の後、幸助が言った。
「嫌だと言ったら?」
「なぁ、幸助よぉ」
鉄哉は苦笑し、両手を広げる。
幸助の両の手が拳をつくる。
「ふざけんなよ、てめぇ……」
「……」
鉄哉の顔から笑みが消える。
「いきなり押し付けた後は連れ戻すだぁ? アイリンはペットじゃねぇんだよ!!」
抑えてはいるが、怒りに満ちた怒声が公園に響く。
「……ふざけちゃいねえし、勝手なことを言ってるつもりもねぇ。――幸助。物事を、自分からの視点だけで見てんじゃねえぞ」
鉄哉は眼鏡を中指で押し上げながら、ゆっくりと低い声で言った。
二人の視線が合う。
怒りにたぎった目と、覚悟に満ちた冷たい目。
「お前がなんかヤバそうな組織にいるってことは気づいてたさ……『公務員』だなんて、ウソだってな。
けど、そのことを詳しく訊く気は無えよ」
「……」
「お前がやっていることは、『公益に資すること』なんだろうな。
けどお前、言ったよな? 『アイリンをよろしく頼む』って言ったよな!?
ありゃ何だったんだ、利用するときが来るまで預かれ、って意味だったのかよ?」
幸助が、鉄哉の肩を掴む。前後に揺さぶりながら、叫ぶように訴える。
「幸助」
冷たい目は、もう無い。悲しそうな目で、鉄哉は友人を見つめている。
「アイリンは気丈な子だよ……
詳しいことは知らねえけど、親父さん居なくなっちまって、オレらみたいなワケわからんところに引き取られて、
それでも泣いたり駄々こねたりせず『いい子』にしてるよ」
幸助の目から涙がこぼれた。
「……」
肩から手を離し、鼻を啜ると、幸助はきっぱりとした声で言った。
「テツ。よく聞け……オレは、アイリンを絶対に守るからな。
ヤバイことになるかも知れねえけど、小春とアイリンは、オレの大切な家族なんだ。
家族を奪われるのは、もう沢山なんだよ!」
「……幸助。マジにヤバイことになるんだぞ」
「知ったことかよ!」
ちっ、と舌打ちし、鉄哉は背中を向けた。
「……テツ、お前……」
鉄哉が背中越しに、何かを投げて寄こした。
携帯電話の端末のようなものだった。
「……モバイル?」
「覚悟しとけ。また連絡する。『黒い雪』……くそったれ、つくづくふざけた野郎だぜ。
覚えとけよ、『黒い雪』に気をつけな……」
鉄哉は背中を向けたまま言い、公園を出て行った。
幸助は、手の中にある携帯端末と友人の背中を交互に見、夜空を見上げた。
雪が降り出しそうな、湿気と冷気に満ちた夜気が、辺りを包んでいた。
「感動の再会だったようで」
公園出口の門柱に、貼りついている人影。
さっきまで気配すら無かった。
それが声を発したようだった。
「……盗み聞きか。趣味の悪いヤツだぜ」
フン、と鼻で笑い、歩き続ける。
すぐに影が付き従う。
路地を曲がったところで影がぬっと立ち上がり、人のかたちになる。
銀髪のおかっぱ頭。左目には眼帯のように巻かれたバンダナ。
それだけで目立ちそうなものだが、不思議と存在感が希薄だ。
「単独行動する隊長を監視するのも、“優秀な副長”の務めだと思いますので☆」
そういって、おかっぱ頭がにっこりと笑う。
それだけ見れば、まるで少年のように無邪気な笑顔だ。
「けっ」
煙草を取り出して口にくわえ、ライターを探る。
すぐにジッポが差し出され、ついで先程のものとは同型異色のモバイルが差し出された。
「
マドンナ副長が『3班隊長』へ、折り返し連絡欲しいと」
――くそったれが。いちいちやることが気に食わねえぜ……。
鉄哉は苦々しい顔でライターとモバイルを掴み、再び舌打ちして煙草に火を点けた。
登場キャラクター
最終更新:2010年12月26日 18:34