「おー、久しぶりに朝からすっきり晴れたな。ほら見ろ、お待ちかねのお日さまだぞ」
初春の風の匂いが心地いい爽やかな朝。その爽やかさにちっともひけをとらない涼しげな声で彼はそう言って、
両手でしっかりとわたしを抱えてくれる。その言葉通りちょっと久しぶりのお日さまは、冬場の気だるく頼り
ない光でも、夏場の殺る気満々な熱線でもない、ほっとするような暖かな日差しでわたしを包んでくれた。
「はあー、春の朝イチから浴びる日光はやっぱり格別気持ちいいなー。な、お前もそう思うよな?」
優しい日差しに浸りかけていた私の隣。彼もまた気持ちよさそうな声を発しつつ、楽しそうな口調で誰かに
問いかける。その視線の先には……たぶんわたし。だから当然その言葉もわたしに向けたものだということは、
この部屋には彼とわたししかいないっていう事実から考えれば当然のことだけど、それでもすぐには反応
できないわたしがいたりする。それを情けなさというか、適応力の低さというか。いっそのこともう両方採用なのか。
「ははは。そうだなー、そりゃまあ両方採用だな」
わわ、しまった。思考がダダ漏れなことすっかり忘れてた。どういう理屈かはまるでわからないけれど、彼には
わたしの考えていることが筒抜けになってしまっているらしい。そのことに気付いたのは……彼と出会った日、だったっけ。
「そうだよ」
と、彼はまたしてもわたしの思考を盗み見る。ぶっちゃけデリカシーのかけらもないと抗議したくもなるけれど、
きっと彼のこの不思議な力がなければ、わたしは彼に出会うことはなかったかもしれない。そう考えると少しは感謝
してもいいかなと思ったりする。
「そんなことはないと思うけど」
苦笑でも浮かべてるんだろう口調で、彼はそう呟いた。
あの日から、たびたび不思議に思っていた。彼はどうしてわたしを選んだんだろうって。わたし、綺麗じゃないし。
「あー、まあ綺麗じゃないな」
嫌みのない声でそう言う。自覚はしているけれど、はっきり言われてしまうとやっぱり悲しいな。
そりゃ言われちゃうよね。綺麗なバラには棘がどうこう言うけれど、私は綺麗でもバラでもないくせして棘ばかり
立派になっちゃった、残念な花だもの。
「自虐ネタ自重しろ。まー、確かにお前は綺麗じゃないな。でもお前はかわいいよ。そのウジウジした中身も含めて」
……これはわたし褒められてるの? 正直に喜んでいいの? わたしにとっては、人間の「言葉」って難しくて。
「思考」だけが全てで、それが嫌でも彼に伝わってしまう私には、「言葉」は必要ないものだもの。
「お前妙に哲学的だよな。あんま深みにはまんなよ。さってと、腹減ったし朝飯食って来よ。お前はもう少しひなた
ぼっこしとけ」
そう言って彼はう~んと気だるそうな声をあげて、朝日が差し込む窓辺から、わたしから離れていく。ぽつんと
残されたわたしは、彼の言うとおりひなたぼっこ。まるで縁側で憩うおばあちゃんみたい。ここ最近日差しがなくて
少ししなびてしまっていたわたしのからだは、その例えもあながち間違っていない状態なのが悲しいところ。
それでも、この優しい日差しを浴びていると、わたしは元気になっていく気がする。あちこちしなびていた
からだも、潤いで満ちていくように感じる。少し緩んでいた大っきらいな棘まで力を取り戻して、まわりの空気を
鋭く威嚇し出したのはやっぱり気に入らないけど。
でも、それはしかたのないことで。その過剰防衛な刺々しさがわたし本来の、あるべき姿なんだから。それに最近
できたわたしの小さな願いのためには、避けて通れない道でもあるわけだもの。
『サボテンの花ってすごく綺麗らしいんだよ。一回見てみたいなーって』
もうどれくらい前か、彼はそんなことを言っていた。
正直言って、花が咲いたところで自分がどんな花をつけているのかさえ、わたしにはわからないと思う。わたしと
いう花が綺麗に咲く保証はどこにもない。彼がどれほど綺麗な花を期待しているかもわからない。がっかりさせるだ
けかもしれない。
でも咲かせたい。花になったわたしを見て、彼がどんな顔をするか。それは今だってわからないし、実際そうなっ
たとしても「視力」のないわたしにはそれを見ることだってできない。
それでもわたしは咲きたい。なぜだかわたしたち植物と言葉を交わせるらしい不思議な人間の彼の、たった一言。
「綺麗だな」
きっと今と変わらないさわやかな風のような声で呟く、そのただ一言だけを聞きたいと思う。それがサボテンとし
て生まれた今のわたしの、小さな願い。
久しぶりに顔を見せた太陽が注ぐ柔らかな日差しは、遠からずその願いを叶えてくれる。全然根拠なんてないけど
そう確信した、うららかな春の朝。
おわり
登場キャラクター
最終更新:2011年05月05日 00:28