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鑑定士試験 > 1

作者:◆peHdGWZYE.

 殺風景な控え室だった。床のタイルは灰色で、その上には横長の机が整然と配置されて
いる。漆喰により白で被われた壁が唯一、開放的な印象だがそれも病室のものと似ていた。
ふだんは能力鑑定専門学校の教室として利用されている一室だ。
 ホワイトボードから一番遠く離れた席に一人の青年が腰掛けていた。やや、実年齢より
も若く見え少年の印象を強く残している。宙を泳いでいる目線は彼が現実から離れ、自分
一人の思索に入れ込んでいる事を示していた。
「能力鑑定の技能は、主に三種類存在する」
 一つは他人の能力を調べる能力によって、鑑定対象の能力を知る事。
 二つ目は高い洞察力で相手の能力を観察し、鑑定対象の能力を調べる事。
 三つ目は特異な感性によって、鑑定対象の能力が分かってしまう事。
 基本的に確実性は能力、感性、洞察力の順だが、いずれにも欠点があり……
 そこまで三島代樹が思い起こした時、誰かが彼の後頭部をこづいた。
「しろき~、ペーパーテストはとっくに終わってるでしょ?」
「ああ、口に出してたか」
 黒い髪をなでつつも代樹は一年年上の女性を見返した。
 吉津桜花、活動的な印象の女性で能力鑑定士の護衛者、守護の仮面見習いという立場に
ある。他の人間がどう思うかはともかく、少しずうずうしい面がある、というのが代樹の
認識だった。代樹とは学校での繋がりで知り合い、それなら何かと先輩、あるいは保護者
面をして世話を焼いている。年上とはいえ、たったの一年で身長も代樹より低く、世話を
焼かれている本人としてはいまいち納得できない。
 桜花に言わせれば、たびたび前後不覚になる方が悪い、という事になるのだろうが。
「こうやって、何かを思い起こしていた方が落ち着くんだよ。この状態は能力のおかげで
 慣れているからね」
「それで、そのまま現実の事を忘れちゃうんだ」
「忘れてない!」
 いささかむきになって代樹は言い返す。実の所、物覚えが良くない事は自覚していたが、
いくらなんでも人生を左右する日を忘れる事はない。
 能力鑑定実技試験。この試験には筆記試験の合格者のみが駒を進めることができる。
 一人前の鑑定士と同様の条件で、三名の能力を鑑定する事に成功すれば晴れて本物の鑑
定士として世に出られるというわけだ。
 戦闘訓練や筆記試験で一定の成績を示した守護の仮面見習いも同様に、鑑定士候補のそ
ばに立ち試験が行われる。
 試験を受ける二名の組み合わせには、縁がある二人が揃えられる傾向があり、慣れや気
兼ねのなさが影響するのかそのまま専属関係になる例もある。
「それはともかく、そろそろ準備してもいい頃合じゃない?」
「まだ少しは時間があると思うけど、まあ練習でもして潰せばいいか」
 代樹は鑑定士の証でもある、不透能力素材のローブと手袋を身につけ、桜花は守護者の
証である怪しげなデザインの仮面で素顔を隠した。
 いずれも試験用に貸し出されたものだが、合格すれば近いうちに同様のものが支給され
る事になるだろう。

「能力鑑定試験、受験番号512番、試験を開始します。入室してください」
「対応する守護の仮面見習いも先行してください」
「はい」
 示し合わせた訳でもなく、代樹と桜花は同時に返答した。
 能力鑑定士という職ができて以来、鑑定対象となる能力者とのトラブルが絶えなかった。
厳密に調査を受けると言うのは、少なからず不快な事ではあるし、危険な能力の偽装報告
を要求されたり、貴重な技能を悪用しようとする人々も多々存在した。
 よって鑑定士は厳重に保護される。守護の仮面と呼ばれる護衛が常に付き従っているほ
か、鑑定士本人についての情報公開も徹底的に制限された。不透能力素材を身に付け、能
力による情報収集を封じる事は義務であるし、名乗ることはもちろん発声する事すら許さ
れない。
 この試験においては、さきほどの返事こそが代樹にとって最後の発言となる。
 試験会場は控え室にくらべれば、多少はましなデザインだった。複数の方位に窓があり、
カーテンの間から日光が漏れている。隅に観葉植物が配置されているのも、気分を落ち着
けるための配慮だろう。
 本物の鑑定士と同じ、という条件で試験するためか、会場の装飾にも機能性のほかにも
客への配慮といった要素が含まれているらしい。もっとも、その客は試験官が扮したもの
にすぎないのだが。
 代樹に先行して入室した桜花は周囲の安全を確認すると、手招きして代樹を呼び寄せた。
本来なら盗聴器などの各対策も行うべきなのだが、試験では省略される慣習だ。
「どうぞ」
「…………」
 椅子を引く桜花に、代樹はうなずき返したが内心では、大げさ過ぎてバカバカしいとい
う本音がある。ここまでやらなければ、犯罪を防ぎきれない面も確かにあるのだが……
 しかし、桜花も身に付けている怪しげな仮面や代樹のローブなどの外観に必然性はなく、
規則を作っている人間はよほど悪趣味なのか、あるいは重度の厨二病を患っているのでは
ないかと、代樹は本気で疑っている。
 それでも、内心をおくびにも出さず、すました表情を作っているので、他人の目には神
秘的な人物と映ってしまうのだった。
「一人目の方、入室してください」
 桜花が発言したのは、代樹が机の上に置かれていた資料を読み終えたのと、ほぼ同時だっ
た。
 能力で心を覗いたわけではない。単に文章を追っていた瞳の動きから推測しただけだろ
う。原理は分かっていても、たびたび自分の思考はすべて読まれているのではないかと、
代樹は不安にかられてしまう。
 礼儀正しく、二度ノックした後に入室してきたのは中年の男性だった。試験官の一人だ
が、その演技は完璧に近かった。少し不安そうな面持ちで、代樹と桜花に微笑を作ってい
る。気弱で軽く緊張している人物の演技だが、心の内では冷厳に二人を採点しているに違
いなかった。
「広宮和男様でいらっしゃいますね? どうぞ、おかけください」
「はい、和男です。よろしくおねがいします」
 むろん偽名だが、ここでは本名を名乗った客として扱う。
 代樹は桜花に向けて、細かい手振りを行った。和男には見えないように。
『能力は使わずに、洞察力による鑑定を行う』
 意志を伝えはしたものの、それは声によるものではなかった。
 一種の手話だが、大きな身振りはなく、会話はすべて手首から先で行う。慣れている者
なら口頭よりも多く、正確な情報のやり取りをする事もできた。ただ表現力には限界があ
り、ある程度は受け手に状況に応じた解釈を要求する。一応は鑑定学校で習ったものが元
となっていても、最終的にはごく少数にしか通じない言語に変化してしまう場合が大半だ。
『なるほどね。了解』
 桜花も軽くジェスチャーを返し、納得の意を示した。
 代樹は洞察力よりもすぐれた鑑定方法を持っていた。しかし、試験の場をそれだけで乗
り切るのは懸命ではない。
 洞察力による鑑定は正確さと速さ、そして鑑定対象の協力が無ければ厳しいという点で
は他の手段には劣っている。しかし、生まれ付いての資質は要求されず、能力とは違って
昼夜問わず使うことができる。なにより、他人に論理的な説明ができるという意味では唯
一の鑑定手段だ。能力で鑑定を行った場合、鑑定士本人が嘘をついているのか、本当の事
を言っているのかは他人に判断する事ができない。
 ようするに、どのような鑑定手段を用いるとしても裏づけとしては必須であり、洞察力
による鑑定ができるかできないかは、試験の成績に大きく関わるだろう。
「鑑定士はご自身の能力について知っている事を話して欲しい、と申しています」
 そんな事は言っていない、のだが鑑定を円滑に進めるには多少の勝手な翻訳は必要だっ
た。
 そして、守護の仮面も基本的に鑑定の手順を知ってはいるので、このあたりの判断が食
い違うことはない。
「は、はい、わかりました。私の能力はですね、たぶん物体を止める能力だと思うのです
 よ」
 和男は了承を得るとポケットから財布を取り出し、持ち上げる。そして、唐突に手を離
した。
 重力に従い、財布は落下していくのだが、途中で重力に逆らい停止する。しばらく待っ
ても、そのまま宙に浮かび続ける。
「どうです? たしかに止まっているでしょう」
 どこか得意げに和男は言うと、よく物を落とした時に使ってますと付け加えた。
 桜花は財布に近づくと、周囲の空間に何かを求めるかのように手探りした。透明なもの
を具現化して、財布を止めていないかの確認だ。
 それを見た和男はやや不審げな様子になったが、
「なるほど、見事に止まっていますね」
 と軽く財布を叩きながら、桜花が言うとまた上機嫌な様子に戻った。協力的な態度を保
つには、ある程度の気づかいは必要だった。
「ただ、あまり大きなものは止められんのですよ。まあ、分厚い辞典なんかが止められる
 だけでも、十分ですけどね」
 和男にうなずき返しつつも、桜花は代樹に判断を求めた。
『財布は堅いけど、これも物質を止めているから。たしかに、物質を止める能力だと思う
 けど、あなたはどう思う?』
『これから、俺が投げるものを止めるように言ってほしい』
 まだ、違う可能性もある。という返答は省略されたが、その程度は言わなくても伝わる。
 鑑定士候補である代樹には、すでに桜花が見たもの以上の何かが見えているらしかった。
「では、次に鑑定士が物を投げるので、それを止めてもらえますか?」
「ああ、お安いご用だよ」
 和男が快諾すると、代樹は腕時計を取り外した。発光機能をオンにすると、手首だけを
使って放り投げる。
 発光する腕時計は放物線を描いて宙を舞い、そして静止した。
『上下以外にも働くという事は重力制御じゃない。やっぱり、止まってるんだ』
『桜花、重力制御か試したわけじゃないよ』
 代樹の手話には苦笑したようなニュアンスがあった。それは桜花にしか伝わらない表情
であったが、どうも桜花は仮面の下でムッとしたようだった。
 普段はさんざん子供扱いしてくるのだから、たまには仕返ししてもいいだろうに、と代
樹は思う。
『確かに腕時計は止まっているが……時計の針を確認してくれ。秒針がわかりやすい』
『針……? あ、動いてる』
 腕時計は全体としては静止して宙に浮かんでいるのだが、その針は変わらず時を刻んで
いた。そして、発光機能も動いている。
『そして、電気や光も止まっていない。光の方は真っ黒にならずに、目に映っているのだ
 から最初からわかったけどね』
 被鑑定者に針の事を報告してくれ、と代樹は手振りを続けた。
「鑑定士曰く、時計の針までは止まっていない、だそうです」
「おや、本当だ。気付かなかったよ」
 そう言って、静止状態を解こうとした和男だが、代樹は片手を挙げてそれを制した。
『次は備品のライターを取り出して、火を時計に近づけてみてくれ』
『いいの? これ、代樹の私物だったと思うけど』
『構わない』
 代樹の指示通りに桜花は棚からライターを取り出すと、宙に浮かぶ腕時計に近づけて火
をつけた。
 小さな灯火が揺らめくが、腕時計に変化はない。
『何も変わらないみたいだけど……』
『変わらないほうがおかしい。普通は赤い光源を近づければ、物質は赤みを帯びるはずな
 んだ。そして、おそらくは火であぶっても温度は変わらない』
『どれどれ……あ、本当だ。温度も変わってない』
『……次からは軍手を付けて触るように。外れてる可能性もあるんだから』
 洞察力による鑑定には、常に当てが外れる可能性が付きまとう。ただ、鑑定士は文字や
守護の仮面を通じて他人とコミュニケーションを取るため、害もないミスは途中で遮断さ
れる仕組みになっている。
 魔術めいた洞察力を持つ鑑定士像の背景にはこういった仕組みがあり、言ってしまえば
神秘的な雰囲気も含めて虚像だ。最終的には十分な結果を出す事が前提なので、鑑定対象
に不安を与える必要もないのは確かだが。
『これらの結果は、鑑定対象の能力が物質の動きを止める事ではなく、外部からのエネル
 ギーを遮断している事を示している。結果を鑑定対象に伝えてほしい』
 鑑定士候補、代樹は自信をもって結果を桜花に伝えた。これならば、腕時計自体は止まっ
ても針が動き続ける事に説明がつく。
「第一段階の鑑定結果が出ました。能力を解除してもらえますか?」
 和男がうなずくと、宙に浮いていた腕時計は糸を切られたかのように床に落ちた。
「鑑定士曰く、正確にはあなたの能力は外部からのエネルギーを遮断する能力だろう、だ
 そうです」
「エネルギーを遮断……?」
 科学的な説明に和男は困惑した。正しくは試験官が困惑した様子を演じた。
 受験者としては、相手を落ち着けて納得させる技量を見せなければならない。
「基本的には物質を止める能力と変わりません」
 ここまで説明して、桜花は確認を取るかのように代樹に視線を送った。
 仮面を通してのアイコンタクトではあるが、代樹には伝わったらしい。視線を合わせて
きたが、何か注意するような動作をしないという事は了承したと解釈できる。
「ただ、止められる力が落としたり投げたりする力だけでなく、熱や光にも及ぶ、という
 のが鑑定士の見解みたいです」
「熱、光……あまり使い道は無さそうだけど。じゃあ、時計の針が止まらなかったのは外
 部のエネルギーじゃなかったからか」
「その通りです。つまり、時計を落として止めても、針の動きは狂わずに済むという事で
 すね」
「ああ、なるほど便利な話だね」
 鑑定対象が持つ能力の解釈にすり合わせ、用途にも踏み込む。桜花の巧みな解説は好感
を得たようだった。
 和男も自分の能力についての新たな発見を喜んでいる。少なくとも、試験官としては合
格のサインと見ていいだろう。
『さらに詳しく言えば、外部のエネルギーを遮断。内部のエネルギーを保持する効果もあ
 るみたいだ。だけど、桜花の解説は良かったよ』
『代樹は苦手だからね、こういうのは』
 まったくの事実だったので、代樹は肩をすくめて見せるだけで、反論はしない。
 相手の解釈を頭から否定し、鑑定士の見解を押し付けるというのは、ある意味正しいの
だが多くのトラブルを呼び込む。鑑定対象の解釈と鑑定士の見解をうまくすり合わせる、
桜花の技術は鑑定の場において貴重なものだった。
「第一段階の鑑定結果は以上です。よろしければ、第二段階の鑑定も行えますが」
「大丈夫だ。続けて、お願いするよ」
 第一段階の鑑定は、大まかな能力の把握。一般的に自分の能力を他人に紹介する場合は、
ここまでしか話さない。
 しかし、第二段階の鑑定はさらに深く踏み込む。例えば発動条件や能力の対価など。
 和男と名乗る試験官が持つ能力の場合は、エネルギーの内部と外部の定義はどうなって
いるのか、発動条件はどのようなものか、大きなものは止められないというが、大きなも
のとは体積で判断するのか質量で判断するのか、などだ。
『時計を投げたときの和男さんの反応を見るに、視線か意識を向ける必要がある。発動の
 速度や維持の状態からして、あまり集中力は必要としないようだ』
 すでに、そんな所まで把握している代樹に舌を巻く桜花だった。
 さらに驚くべき事は、これは試験官に見せるための余技でしかないという事だ。代樹の
本領はまた別の所にある。
『それじゃ、外部のエネルギーの定義から始める。まずは……』
 代樹はジェスチャーで桜花に指示を始める。
 第二段階の鑑定は深い洞察力よりも、妥協が無い調査が求められる。質ではなく量的な
情報を網羅して、能力を完全に把握していくのだ。
 時間は掛かるが滅多にミスはない。今回も例から漏れず、二十分程度で必要な情報を揃
えてから、鑑定対象である和男に報告する。
 代樹と桜花による鑑定は、客としても試験官としても満足がいくものだったらしく、
「ありがとう」と言葉を残して一人目の鑑定対象である和男は退出していくのだった。


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最終更新:2011年05月26日 00:32
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