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鮮血の姫 > 1


「ねえね、シロちゃん。ちょっと今日は寄り道に付き合ってくれない?」
「一昨日、クララと一緒に黄緑通り歩いてたらさっ、まだ入ったことないスイーツ店見つけてさっ、そこのパフェがメチャウマだったんだよねー!」
「それで、今日百合河さん暇だったら一緒にどうかなーって」
放課後、2-Cの教室で交わされるのはそんな日常的な会話。男子が、女子が、数人ずつのグループとなっては、芸能人や音楽、食べ物の話をして楽しんでいる。
そんなグループの一つ、三人の少女に話しかけられているのは黒い髪をショートカットにした美少女。
百合川銀音(ゆりかわしろがね)。
おとなしい印象を受ける彼女だが、こういった元気系の少女たちともよく付き合う、学年内ではちょっと名の知られた人物だ。
「えーと…うん。昼間は特に用事ないし、一緒に行こう」
携帯で予定を確認し、同行を承諾する。夕方には予定が入っているが、約束の時間は六時半。寄り道しても十分に間に合う時間だった。
「ほほう、昼間はとゆーことは、夜は何かあるとでも?」
「彼氏かっ、彼氏なのか!?」
銀音の発言に深読みをしたのか元気系の二人の少女、筒井ちい(つついちい)と三野締子(みやしめこ)が追及を開始する。
二人とも銀音とは中学時代からの付き合いであり、こういった類の話に敏感で食いつきやすいのは判っていた。

「ち、違うよ。あの、バイトだよ、バイト」
「本当にー?なんか嘘っぽいわね」
「ユー、正直に吐いちゃいなよっ」
「だから、彼氏とかそういうのじゃないってば…」
「やめようよ、そんなに深く追及するのは。百合川さん、嫌がってるよ」
困り果てた銀音に助け船を出したのはグループの中で唯一の外国人、クラリネット・クラリシアス(通称クララ)だった。
細く滑らかな金髪を腰近くまで伸ばし、顔もかなりの美少女だ。
銀音たちがまだ一年のころに転入してきた留学生であり、クラス委員の締子が学校や町の案内をしている内に、自然とこのグループに組み込まれたのだ。
転入当初から日本語が達者だったこともあり、今ではすっかり三人と馴染んでいる。
「パフェ食べに行くんじゃなかったの?百合川さんバイトあるみたいだし、早めに行ったほうがいいと思うけど」
「んー、そうだね。行こうか、気になるけど」
「じゃ、続きはパフェを食べながらっ」
と言い、ようやく銀音を開放し、教室の出口へと歩き出す二人。とりあえずは、難を逃れてほっとする銀音。
「ごめんねクララ、ちいも締子もああゆうのには少ししつこいから私じゃどうしようもなくて…」
「ううん、気にしないで。今回はちょうどあの話題から引き離す口実もあったし、私としてはあのパフェ早く食べたいなー、ってのが正直なところだし」
「ああ、うん。じゃあ、今日はクララの分は私が奢るね」
「ええ!?いいよそんな…」
「なんだと!?クララちゃんだけずるいぞ!」
「私たちにも奢れっ!」
「え、今日は手持ち少ないから二人の分もおごるとなるとちょっと…」
「奢らないと、さっきの彼氏の話今ここで再開しちゃうぞー」
「しちゃうよっ、しちゃうよっ」
「え、あの、ちょ。ちょっと…」
結局、銀音が四人全員分払うこととなった。それを見たクララが言った「なんで百合河さんは墓穴掘っちゃうのかなー」は、三人の誰にも聞こえなかった。


     **********

スイーツ店シットヴィー。以前から黄緑通りにある店だが、見た目がアンティーク店っぽいのと、女子高生が立ち寄る店が集中しているエリアから外れているため、あまり知られていない店である。
その店内で、銀音、ちい、締子、クララの四人は談笑しながら自分たちの頼んだスイーツが出てくるのを待っていた。
「シロちゃん、手持ち少ないなんて嘘ばっかりっ。さっき財布の中身確認してた時横から見たけどっ、一万以上入ってたぞっ」
「えー、シロちゃんそんなにもってるのー?されは、奢りたくないから咄嗟についたんだな?」
「百合川さん、お金持ってるんだねー!」
「いや、お金持ちはクララでしょ」
銀音の隣に座っているので、覗きやすかったのであろう締子の発言に、右前に座っているちいと正面に座っているクララが反応する。事実、現在銀音の財布の中には、今回意外に全員に三回奢ってもお釣りが来るほどの金額が入っている。
「もう、三人ともお金ぐらいで驚きすぎだよ。私一人暮らしだからその分の生活費とかも一緒に入ってるだけだよ」
銀音の両親は十年前の隕石事件、通称『チェンジリング・デイ』の時に亡くなっている。その後は父方の祖父母に引き取られそこでしばらく過ごしたが、中学校へ上がるのを境に、親の遺産を使い一人暮らしを始めたのだ。
 そのため、銀音は料理や掃除といった家事全般が他人よりも数段上手い。

「あー、そっかー。もしかして気分とか悪くした?」
「ううん、大丈夫。それで、今日はバイトの帰りに食料品買ってこうと思って」
「でもそのためにそんなに持ってるなんて、百合川さんってそんなに食べるほうだっけ?私も買い物はよく行くけどそんなには使わないなー」
クララも一人暮らしだ。本国にいる両親はともに会社を経営しておりかなり裕福なのだが、本人は世話役もつけず一人暮らしを希望したそうだ。仕送りはかなり貰っているそうなのだが(以前
通帳を見せてもらったら入金金額が百万単位で驚いた記憶がある)、本人は質素な生活を送っている。
「ううん、食べる量は普通だよ。でも、今日はこの前の新学年テストの成績良かったから自分へのご褒美に高いお肉買っちゃおうかなーって」
「ふーん。まあ、肉とか食べるのはシロちゃんの勝手だけど、食べすぎるなよ?太るよ?」
「ふ、太らないよ!ちゃんと栄養バランスとか考えてるし…」
「でもっ、その割にはシロちゃんもクララちゃんも胸に栄養いってないみたいだけどっ」
「ちょっと!なんで私が出てくるの!?百合川さんの話じゃなかったの!?」
「ほらっ、シロちゃんも一人だけ小さいって言われたらショックかなーってっ。だからっ、同じくらいの大きさのクララちゃんがちょうどよくいたからさっ」
「だからって人のコンプレックスを大っぴらに言わないでよ!?」
胸の話をされるのがよほど嫌なのか、クララは軽く涙目になっている。一方、銀音は顔を真っ赤にして俯いている。
そんなバカなやり取りを数分間繰り広げている内に、店員がトレイを持ってやってきた。

「こちら、デラックスイチゴパフェになりまーす」
やや間延びした声の店員が次々とパフェをテーブルに載せていく。それを銀音達はわくわクした目で見ていた。そう、最後の一品が出てくるまでは。
「DDDパフェになりまーす」
突如、四人の前に山が現れた。
D(でっかい)D(デリシャス)D(デラックス)パフェ。ちいが注文したそれは、高さ40㎝を超える、巨大スイーツだった。
ちなみに、この店で一番高いが、お値段1450円と大変お得である。
「は、はは…」
「こっ、これはさすがにっ…」
「大きすぎるよね…」
「だからやめようって言ったのよ…」
予想外の巨大スイーツの前に、四人は固まったままだった。店員の「ご注文は以上で―?」という声も全く耳に入っていない。
「………みんな手伝って!」
「「「絶対無理!」」」
しかし、結局手伝うこととなり、なかなか終わらないスイーツ地獄を味わうこととなるのだった。

     **********

パフェを食べ終わり店を出て三人と別れるころにはもう六時を過ぎていた。予想以上に時間は取られたものの、目的地までは徒歩十分もかからないので、ゆっくりと黄緑通りを歩いていた。

(はあ、軽くお腹痛い。やっぱり食べ過ぎたよね。うう、太ったらどうしよう…)
黄緑通りはその名の通り、歩道が黄緑色に塗られた南北一キロの大通りだ。北が学生向け、南が社会人向けと別れているが、今日のスイーツ店のようにたまに南側にも学生が訪れる店もある。
(今日も、楽しかったなあ)
百合川銀音は思う。自分の暮らし、少なくとも『バイトの無いとき』は、十分以上に心が満たされていると。そして、それがずっと続いてほしいと。
(ずっと、は多分無理でも…高校卒業までは一緒にいたいな。だから…)
やがて、一軒の喫茶店の前で立ち止まる。大通りからは少し外れた、しかし十分に人通りの多い場所に位置するオシャレな喫茶店だ。
(だから、バイトの時の私は皆には見せたくないな)
そう思いながら、銀音は喫茶店の中へと入る。
(たぶん、嫌われちゃうから)
そして、窓際にいる人物を視界にとらえた瞬間、

百合河銀音から表情が消えた。

「おや、百合川さん。お早いですね。まだ約束の時間まで十分以上ありますよ」
銀音近づくなり、男は丁寧な物腰で話しかけてきた。上物のスーツを着た、中肉中背の優男だ。

「早く着く分にはそちらの予定は狂わないでしょう。それに私も、済ませるものは早く済ましたいの」
目の前の男がよほど嫌いなのか、または今からやる仕事に嫌悪を示しているのか、口調も先ほどより明らかに厳しくなっている銀音。彼女の機嫌など気にしないのか、男はニコニコと薄ら笑いを浮かべたままでいる。
「…それで狩場、今日の仕事はどこで、何をすればいいの?」
「ああ、はいはい。今資料を出しますのでまずはお掛けになってください」
銀音に催促され男、狩場狂鬼(かりばきょうき)はカバンから紙束をいくつも取り出す。
狩場の向かいの席に座り、注文を取りに来た店員を「いらないわ」の一言で追い払うと、一つの紙束が差し出された。
「あなたの本日の仕事はいつも通り、言ってしまえば中小組織の壊滅または殲滅です」
子供に簡単のお使いを頼むかのようにとんでもないことを言い出す狂鬼。その声には、罪悪感も嫌悪感も入っていない。
「ターゲットの名前は『対平会』という暴力団事務所です。構成員数は二十三人、三ページの顔写真の男が頭目です」
狩場に言われページを捲ってみると、三ページ目にでかでかと強面の四十代くらいの男の写真が載っている。映画などによく出てくる、いかにもなヤクザ顔だ。
「場所は隣県です。今日は金曜ですので、明日の夕方出発して、仕事をして現地のホテルに一泊、翌日に帰宅するのがよろしいかと…」
「いいえ、今日、今から行くわ」
そう言い、椅子から立ち上がる。狂鬼は少し驚いた顔で「おやおや」と言っている。
「珍しいですね。あなたが自分から仕事の早期達成を望むなんて。明日は、雨でしょうか」
「…明後日、日曜日に友達と遊びに行くのよ。仲のいい友達だし、キャンセルしたくないのよ。それだけ」

「そうでしたか。では、送り迎えは私の車でどうでしょうか?すぐ裏手に停めてあります」
「…頼むわ」
銀音の返事を聞くと狂鬼も椅子から立ち上がり、レジへと向かっていく。料金を払い、店を出たところで立ち止まると「そういえば」と言いながらこちらへと振り向いた。
「明日は雨、などと言いましたが、それは訂正させてください」

「血の雨が降るのは、今日のようですからね」

     **********

「な、なんだあいつは!?」
「やれ!とにかくやつを殺せ!」
パンッ。パンッ。
「だめだ、みんなやられた!」
「腕が、俺の腕があああああああ!!」
パンッ。パンッ。
「た、助けガッ!」
「頼む!見逃しガッ!」
パンッ。パンッ。パンッ。
室内に響く、湿ったパンッ、パンッという音。
誰が思うだろうか。
それが、人間の破裂する音だと。
室内に広がる、おびただしい数の肉片。
誰が思うだろうか。
それが、数分前まで生きた人間だったと。
そして、そこに立つのは一人の少女。
誰が思うだろうか。
その少女が、たった一人でこの惨劇を作り出したなど。
「俺は、俺はお前など知らんぞ!誰だ!お前は、お前は一体誰なんだ!?」
少女以外でただ一人この空間で生きている男が、顔を恐怖で染めながら叫ぶ。ヤクザ顔の、四十代だ。

少女は少し迷ったが、答えることにした。この名前を言いたかったから。この名前を言わなければ、『百合川銀音』がこの殺したみたいに思うから。殺しをする時は、この名前ですると決めていたから。

「『鮮血空間(レッドシアター)』」
そういうと同時にまた一つ、パンッ、という音が響いた。

     **********

狂鬼は予定通り、暴力団事務所から徒歩五分ほど離れた駐車場で待っていた。
「お疲れ様でした。タオルを用意していますが、使いますか?
「いいわ、汗も掻いてないし。返り血なんて…付く筈がないもの」
銀音の言葉通り、彼女自身に返り血は一滴たりとも付いていない。付かない様に、能力で血の飛ぶ方向を調節したのだ。
汗を掻くにしても、銀音自身はほとんど動かなかったので掻きようがない。
あるのは能力を使ったことによる少しの精神的疲労と、たくさんの、罪悪感だけだ。
「しかしまあ、さすがの『血液操作能力』ですね。二十人以上の人間を殺すのに三分とは」
時刻は現在八時十二分。喫茶店を出て車に乗ったのが七時寸前、そこからここまで車で約一時間、駐車場から暴力団事務所まで徒歩五分なので、殺害にかかった時間は約三分となる。
「褒め言葉はいらないわ。殺しに対する褒め言葉なら尚更。それより、早く行きましょう」
そう言って、狂鬼の車の後部座席に乗り込んでしまう。
狂鬼は「やれやれ」と首を左右に振ると、自らも運転席に座り車を発進させた。

車の中での会話はあまりない。せいぜい狂鬼が「では、仕事料はいつもの口座に」と言ったぐらいで、その後は二十分ほど互いに無言の状態が続いた。
しかし、沈黙に耐えられなくなったのか、純粋に知りたかったのか、銀音が狂鬼に訪ねてきた。
「ねえ、今回のターゲットには、どんな理由があったの?」
「殲滅される理由、ですか?」
「そう」
狂鬼は少しの間黙っていたが、やがて「いいでしょう」と言い、話し始めた。
「実はですね、あそこの若頭が我々の組織の幹部の一人と同級生なんですよ。他は表社会の住人なので無問題なのですが、その人だけは裏寄りの人間でして。そうなると、
もしその人が裏関係で警察に捕まった時に身辺調査でその幹部まで辿り着かれると厄介でしょう?だから、捕まる前に殺してしまおう、という訳です」
「…つまり、他の人間はそのついで、というよりターゲットを悟られないための囮ってことね」
「はい。警察もまさか、一人の殺害のために二十人も余計に殺したなどとは考えませんよ」
「そう…ね」
「…百合川さん、何事にも犠牲は付き物です。新しいものを作るためには、何時だって古いものを壊さなければならないのですから」
「…判っているわ。あなたに言われなくても」
「ましてや、我々『作成者(クラフト)』の目的は新たなる秩序の構築です。それに必要な犠牲は、私にも判りません」
「私や、あなたもそうなるかもしれないわね」
「その時は、我が名『死に逝くもの(オーバーエンド)』の通りに死ぬまでですよ」
「だけど、私はやっぱり―」
「着きましたよ」
「え?」
どうやら、知らぬ間にずいぶん話し込んでしまったらしい。窓の外を見ると、もう自分の住むマンションの近くまで来ていた。
「ここでよろしいですか?それとも、マンションの前まで送りましょうか?」
「ここでいいわ、ここで降りるから」
そう言い、ドアへと手をかける。
「百合川さん」
降り際に、狂鬼が語りかける。
「忘れないで下さいよ。あなたは、『作成者(われわれ)』の一員です」
それだけを言い残し、車は去って行った。
残された銀音はギリ、と奥歯を噛みしめた。狂鬼の言葉が、何時までも頭に響き続ける。あんなことを言うから、あの男は嫌いなのだ。
(でも、事実だし、言われても仕方ないよね…)
とりあえずは、スーパーで買い物をして帰ることにした。
今日、肉を食べる気には、なれなかったけれど。
「…せめて、明日がよい日でありますように」
呟いた独り言は、誰にも聞こえることはなかった。


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最終更新:2011年05月05日 01:07
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