試験は三分の一が終わったに過ぎない。そして、資格を取り本職の鑑定士となれば、さ
らに多くの仕事をこなす事になる。この程度では、息をついていられない代樹と桜花だっ
た。
「次の方、どうぞ入室してください」
呼び込んでみたものの、代樹と桜花は若干身構えていた。
鑑定士試験の試験官として現われる三名には、ある程度の法則があった。単調にならな
いように顔ぶれは変えていても、評価に必要な情報を得るためには変えるわけにはいかな
い点もあるのだ。
有名なのが試験官三名の役割分担で、一人は協力的だが鑑定が難しい能力の持ち主、二
人目が能力を誤魔化そうとしたり不当要求を行う人物、三人目が鑑定士に危害を加える危
険人物。この三つの役割により、受験者の可否を測るための材料が揃うとされる。
当然、試験の予習をしていた代樹と桜花はそれを知っていた。
一人目の和男が協力的だが鑑定が難しい、に当てはまるのならば、以降の試験官は厄介
な相手となる。
それが二人の無言の共通認識だった。
ノックもなしに、突然ドアが開かれた。ただ、これは良くある事でノックをする客の方
が少ない。
「群上健斗様でいらっしゃいますね? どうぞ、おかけください」
現われたのは柄の悪い雰囲気の男で、上着から覗くシャツにも猛犬の絵柄がプリントさ
れており全体的に威嚇的な服装だ。試験官なので、さすがに髪までは染めていないが。
群上健斗は返事どころか会釈すらせずに、ずかずかと椅子の方に歩み寄ると乱暴に腰を
下ろした。
「さっさと済ませようぜ。俺のバッフは右手に触れた物を透明化する力だ」
バッフとは超能力の別称だ。この単語は使用者が多い、という意味では有力な別称の一
つと言ってもいい。単純に能力と呼ぶのは淡白すぎるし、他の別称であるエグザでは格好
付け過ぎる。こういった事情がバッフという呼び名を選ばせたのかもしれない。
「触れた物を透明化ですね? 拝見させていただいても、よろしいでしょうか」
教科書通りの順序で桜花が尋ねる。とはいえ、尋ねなくとも、この相手なら勝手に見せ
てくる可能性が高い。
試験の傾向を除いても、すでに群上には警戒すべき点があった。早急に話を打ち切ろう
としている事、聞かれもしないのに相手に情報を押し付けている事。
いずれも詐術の小道具に成り得るため、相手の誤誘導を想定しなければならない。
「机でいいな? ほら、消えるぞ」
群上が右手で机の表面を撫でると、たちまち机が霧が散るように薄れ、やがて完全に透
明になってしまう。桜花が今まで机が見えていた場所に、軽く手を当ててみると見えてい
なくとも、そこには変わりない冷えた感触が存在していた。
「たしかに透明化のようですね」
と、相槌を打ちつつ桜花は、さりげなく代樹の方に視線を向ける。他者では気付けない
ほどわずかに、代樹は首肯した。
この鑑定は非常に難しい。その事実を二人は再確認しあったのだった。
一人目、和男の鑑定はスムーズに進んだが、それも鑑定対象の協力があってこそだ。
群上の能力の場合だと、実際は触れさえすれば右手で無くとも透明化できる、だったと
しても本人の証言抜きで証明する事は難しい。
ただ、本人の協力なしで、正確に群上の能力を知る手段もいくつか存在する。
「もう分かっただろ? さっさとレポートを出して終いにしてくれ」
「申し訳ありませんが……」
押しとどめて時間を稼ごうとする桜花だが、それに対して代樹はゆっくりと首を左右に
振った。続いて群上の方には見えないように、手先をひろめかせる。
『いや、桜花。せっかくのリクエストだ。望みどおりにしてやろう』
代樹の動作は悪戯っぽい調子で、そう語っていた。
『何か企んでるね』
桜花からの返答は短いが、拒否の意を示すものではなかった。
洞察力で観察するのなら、相手から情報を引き出したり、うまく言質を取ったりと、知
恵を搾った対処となるのだが、それは一人目の試験官に見せている。
だから、二人目には別の技術を印象付けておこう、というのが代樹の考えだった。
「では、記入を始めますので、しばしお待ちください」
指示を受けた桜花は、一転して群上に承諾の意を告げた。
『それじゃ、鑑定を始める。後の事はそちらに任せるよ』
代樹は視野の中心に群上を据えると、能力を使用した。相手の能力を探るといった類の
能力ではない。代樹の能力は、自分自身の内部でのみ働く力だった。
超集中力。それに伴う意識や行動の最適化。その集中の深さは常人の比ではなく、一部
のスポーツ選手が体験すると言われるフロー現象に容易く到達し、時には凌駕する。
五感の一部が遮断され、全てがモノクロに見える。不要な意志や認識も抜け落ち、五感
の欠落も意識の外だった。筆舌に尽くしがたい感性に全霊が集まる時、鮮やかにそれを
『見る』事ができた。
一部の人間に存在するという、能力を判別する感性。現時点で代樹のそれは優秀とは言
えず、鑑定に使用するには能力の助けを借りなければならない。
しかし、能力を含めれば、その鋭さは一流の鑑定士をも上回る。
「体に触れた物と自分自身を任意に透明化できる能力、でよろしかったですね」
「なっ……!?」
代樹が我に返った時には、桜花が鑑定結果を群上に伝えていた。
たしかに群上の能力を鑑定した後に、桜花に手話で結果を伝えるように指示を送った。
代樹にはそういった記憶が残っているのだが、夢の中に居たような実感が伴わない記憶
だった。
他人事のように代樹は群上の驚きようを面白く思った。試験官の演技だろうが、あるい
は本気で驚かせてしまったかもしれない。
仮にそうだったとしても、奈落を覗き込むような眼を向けられた後、不意打ち気味に能
力を特定されたのだから、責められない事だろう。
「その様子ですと、鑑定は成功のようですね」
群上の動揺を見て取ると、さっそく桜花が畳み掛ける。
このあたりは強請り屋の手口だな、と代樹は失礼な事を考えた。
「……いや、右手で触れた物限定だ。何の根拠があって、そんな事を言う!?」
「鑑定結果それ自体が根拠、と鑑定士は申しています」
いきり立つ相手を、あっさりと桜花はあしらった。ちなみに代樹の方は口頭でもジェス
チャーでも、一切意志を表明していない。
正確な鑑定を行った以上、あとのトラブル回避は守護の仮面が果たす役割だった。
「備考として、本人は右手でのみ能力を確認、と記述する事も可能です。ただし、その後
に何らかのトラブルが発生した場合、不利に働くケースもありますが」
この辺りの桜花のやり口は敏腕といっても良く、暗に群上の能力が犯罪に有用である事
を語ると、次は能力の偽装申告についての罰則を仄めかした。
そして、最後の段階に至ると……
「ただ、ご自身の能力に無意識の制約を課してしまう事は良くあるケースです。今現在は
右手に限定されていても、訓練を行えば確実に鑑定結果通りの力を行使できる事は保証
します」
「あ、ああ」
相手に逃げ道を提示して、結局は丸く収めてしまうのだった。要は正しい鑑定をして、
相手に気持ち良く帰ってもらえばいい。徹底抗戦して得るものは何一つ無いのだ。
そして、群上の立場から見れば、それを受け入れるしかない。
能力の限界を誤認させて犯罪に利用、とまではいかなくとも、おいしい目を見ることは
叶わず、無理に押し通しても立場を悪くしてしまう。
「希望次第で第二段階の鑑定や訓練手段の紹介も行えますが、いかがでしょうか?」
「い、いや遠慮しておく。俺はこの辺で……」
「では、これがレポートです。お疲れさまでした」
体に触れた物と自分自身を任意に透明化できる能力、と書かれた書類を受け取ると群上
は慌しく席を立ち、逃げるように試験会場から去っていった。
すべて試験官の演技ではあるが、さてこれは何を意味しているのだろうか。
『どうも、苦手意識を与えてしまったらしいね。やりすぎじゃないか?』
『……減点されなきゃいいんだけど』
鑑定自体は完全な成功、守護の仮面の役割も果たせた。しかし、少しばかり不安な様子
の二人だった。
能力鑑定専門学校の来客用休憩室。そこが鑑定士試験の舞台裏だった。装飾も調度品の
類も、まず快適に整えられており生徒達の教室とは比べ物にならない。
群上と名乗っていた試験官が入室した時には、すでに先客がくつろいでいた。
本来の職場のものより上等なソファーに腰掛け、缶コーヒーを傾けている。
「やあ、……えーと、今は群上か。あの二人はどうだった?」
試験会場で和男と名乗っていた男性は来客の姿を見ると、缶を机の上に置いた。
「512番と
吉津桜花、か? 腕はいいんだがなぁ……」
「態度が悪い客には弱かったと」
「いや、逆だ逆。上手くあしらい過ぎる。個人的には悪くない対処だと思うが、本来は少
し下手に出るべきだろ」
群上は首を左右に振りつつも、腰を下ろした。試験で演じていたものよりは行儀がいい。
「難しい所だねぇ。頭を低くすれば、かえってトラブルが拡大する事もある」
「ま、試験だからな。結果は実際に有効かどうかより、評価基準で決めるさ」
群上は肩をすくめた。試験官といっても、評価の全権が認められる訳ではない。できる
事は受験者を試し、あらかじめ定められた基準に従って評価するだけだ。言わば、評価基
準の代行者に過ぎない。
「で、あいつらは誰に当たるんだ。そんな質問をしてくるなら、もう調べているだろ?」
能力鑑定実技試験の三人目の試験官には、特別な役割が存在する。その性質上、表向き
能力鑑定局では用意できないとされる人材が必要となる。
それも、何人か交代で行うため複数居なければならない。当然ながら、外部から人間を
借りてくるしかない訳だ。
彼ら以前の受験者達は自警団の人材や警察組織からの派遣者、といった人々を相手取っ
ていた。少なからず実戦経験があり、容易な相手ではない。
しかし、あの二人の相対する事になるのはいずれでもなく、さらに危険な存在だった。
「最悪の相手だよ。……ほら、例の噂がある」
和男は声を潜めた。できれば縁遠い組織であって欲しいという印象らしい。
能力関係の公共団体という意味では、一般人たちよりも元々近い位置に居るとはいえ、
こんな形で身近に接するとは試験官たちも考えてはいなかった。
「
バフ課からのゲスト、か」