鑑定士試験 > 4

作者:◆peHdGWZYE.

 代樹はマドンナの腕を一本、二本と数えてみたが途中で、なんとなく馬鹿馬鹿しくなり
やめてしまった。これは桜花に任せておけばいいだろう。
 代樹は鑑定士らしい思考に戻った。
 マドンナの能力は体の一部の変化。体全体を変化させる事はできないが、それ以外は制
約らしき制約はなく、非常に汎用性に優れる。
 ところが実際のマドンナの使い方を見ると、手先の刃物化、かわされた次は腕自体を増
やしてきた。安直といえば安直、堅実といえば堅実な用法だ。
 つまり、彼女は便利な能力を持つにも関わらず、奇策やトリッキーな戦術に主点を置い
ていないという事になる。いっさい、それらの策を使わないという訳ではないが、さほど
頼りにしていないのは確かだろう。
『彼女は能力で戦うというよりは、能力を戦闘技術に活かすタイプだ。それと増えた腕は
 すべて利き腕同然に使えると考えた方がいい』
『え、どうして分かるの?』
 スタンロッドを握ったままの指先で、難儀そうに桜花はジェスチャーを返した。
 代樹はそれに返事をしようとするが、それはマドンナの言葉にさえぎられた。
「作戦会議は終わったの? 別に終わって無くても――」
 マドンナが踏み込むと同時に、多腕が一つ一つ文字通り諸刃の剣に変化し、いっせいに
桜花に襲いかかる。
 能力により腕を鞭のようにくねらせ、前方と左右、多方面からの刺突。
 これは盾を構えるだけでは防げない。
「っ!」
 後方に跳躍する事で回避する桜花。その目前で多数の刃が宙を貫く。
 前方から襲い来る腕は跳躍先にも届く勢いだが、それに対して桜花は盾を構える。
 うまく防ぐが、まるで矢の雨を受けたような音と衝撃に桜花は眉を潜めた。
「……終わって無くても、手を止めたりはしないけど」
 言いつつも、マドンナは伸びきった腕を引き戻す。
「止めなくてもいいけど、せめて手は二本までにしてよ」
 桜花は軽口を返したが、それほど余裕は無かった。
 最初の攻防ではマドンナの方が後退したが、これは一時的な不利を解消したにすぎない。
それに対して、桜花の後退は完全な不利によるものだ。
 死角が無い、それに尽きる。腕が多いうえに、マドンナはこの状態を前提とした訓練を
重ねているらしかった。攻撃と防御の絶対数が多く、通常の隙が生じないため、桜花は有
効な防御も反撃手段を見出せない。
 そして、対処が後退しかないとすれば、追い詰められればそれで終わりだ。
『これは……正面から突破は無理だな』
 代樹は言わずもがなの事を伝えた。彼の冷静さにひびが入る程、状況は不利だった。
 マドンナが戦闘している間に自分が逃げようとしても、何本かの腕を割けば簡単に阻止
できてしまう。おそらく集中力強化の能力で、攻撃を回避する事は可能だろう。しかし、
そのまま部屋から逃げ出せるか、というと分の悪い賭けとなる。
 話が違うぞ、と不毛ながら代樹は思わざるを得ない。
 劣勢ながら勝負が成り立っているのは、桜花が守護の仮面見習いとしては、かなり優秀
である事とマドンナが最初に手加減をした事、両方の要因が重なったからだ。
 この攻勢は、明らかに試験の範疇を超えている。
『分かってるよ。何かいい考えは無いの? このままじゃ……』
 どうにか桜花はスタンロッドで牽制しているが、大して効果は無いようだった。
 マドンナが防御には無関心の様子で、再び攻撃を仕掛けたのだ。
 次は単純な上段からの振り下ろし。ただし、刃の数は尋常ではない。
 桜花は上方に盾を構えることで、刃の嵐を受け止める。多数の金属音が鼓膜を乱打した。
 しかし、攻撃はそれで終わりではなかった。
「チェック」
 チェスにおける王手宣言。
 マドンナの袖口から新たな腕が伸び、草を刈るように桜花の足元を狙う。
 攻撃を受け止めている今、身を守る盾が逆に桜花を押さえ込み、これを回避する事がで
きない。一瞬で桜花の足首が切断されようとしていた。
「……まだっ!」
 しかし、半瞬で桜花は具現した盾を消去し、後ろに下がる。
 盾を押さえ込んでいた多数の腕は、力の行き場を失い床に叩きつけられる。
 これを好機と見た桜花は直後に前進し、反撃を見舞う。しかし、次の瞬間には腕が跳ね
上がり、桜花が振るうスタンロッドと激突。攻撃を逸らした。
 互いに攻撃の糸口を失う。二人は距離を取り、ふたたび睨みあった。
「チェックメイトには早かったみたいね」
「そう? 本当に、まだ詰んでいないのかしら?」
 マドンナの指摘は辛辣だった。今のところ、代樹と桜花に勝機は無く、徐々に追い詰め
られている事を指摘したのだった。
 助けを求めるように桜花は代樹を見遣った所、落ち着いた調子で動作が返ってきた。
『いや、まだ詰んではいないよ。むしろ、着々と布石を打てている』
 桜花は少しばかりうさん臭く思ったのだが、他に有効な手も無い。
 一応、頭脳が現実に向けて働いている限り、代樹は頼りになる青年だ。さすがに、この
事態では思索の世界に迷い込む余地もないだろう。
『なにか考えがあるみたいね。全部、聞かせてくれる?』
 とても試験とは思えない強敵を相手に、桜花は命運を代樹に託すのだった。

 優秀な守護の仮面見習いと問題児の鑑定士候補。
 能力鑑定専門学校の資料に書かれた一文は、マドンナの興味を引いた。なんとなくでは
あったが、この個性的な組み合わせはバフ課の隊長、副隊長を連想させたのだった。
 桜花の方はそつが無いタイプの優等生で、むしろ彼女に対する興味はなぜ問題児と交流
するに至ったのか。その点につきる。
 代樹は様々な意味で変わった存在だったようだ。能力鑑定の技術、様々な人間に対する
機転と俊才めいた一面があるのは確かだが、日常レベルでは欠点も多く指摘されている。
 こうして、バフ課の協力者となり得る新人のリストに興味本位と直感によって、二人の
名前が連ねられたのだった。
 現在は試験の協力も兼ねて、リストの人物の吟味が始まっている。
 マドンナの目前で、代樹と桜花の二人は何らかの情報交換をしていた。
 この二人は言葉ではなく、手先の動作によって詳細な会話が行えるらしい。
「それを待ってあげる義務もないのだけど」
 内心が口からこぼれ、それが火蓋を切った。
 多数ある腕を伸ばし、先端の刃で桜花を突き刺そうとする。桜花は寸前で横に跳躍し、
回避すると同時に椅子を掴み、マドンナに向けて投擲した。
 椅子は回転しつつも、マドンナに向かって直進する。
 白兵戦で勝てなければ飛び道具。その発想の正しさはマドンナも認めた。
「でも、通用するかは話が別よ」
 マドンナは冷静に、温存していた二本の腕で椅子を切り払う。容易く椅子は破壊され、
攻撃としての意味を失った。
 腕を伸ばせば、たしかに本体が無防備なるが、それだけに全ての腕を攻撃に使うような
真似はしない。
 しかし、椅子と同時に、また別の小さい何かが飛来していた。
 通常ならば椅子に気が取られ、それには気付きもしない。しかし、鋭敏なマドンナの感
覚と動体視力は確かにそれを捕らえていた。
――腕時計!?
 本来、無視するべき物に向けられた注意。マドンナには僅かな死角が生じていた。
「今っ!」
 桜花は腕を掻い潜り、スタンロッドを突き出した。電光が火花を散らす。
 外せば終わる。そんな覚悟を秘めた捨て身の一撃だった。段違いに速く鋭い。
 マドンナはそれを回避しえない事を悟った。
 全体重を乗せたスタンロッドが胴体に直撃し、マドンナは数歩分の距離を吹き飛んだ。
 加えて、電撃によるダメージ。このスタンロッドは威嚇用のものではなく、皮製のライ
ダースーツを貫通するほどの電圧を有している。
 衣服の一部を焦がしつつ、電流が全身を蝕む。
 いくら戦闘技術を誇ろうとも、マドンナも人間には違いない。その膝はゆっくりとだが、
崩れおちようとしていた。
 桜花は荒れた呼吸を整えた。
「ふう、危ない所だったけど、私達の勝……!?」
 その瞬間、不意に真横から襲い掛かる多数の腕。
 桜花が盾を具現化できたのは技術よりも、反射神経の賜物のように見えた。
 しかし、幸運は長く続かない。マドンナの腕は盾で防がれるのも構わず、力ずくで桜花
の体を盾ごと宙に浮かせ、そのまま壁に叩きつけたのだった。
 重い音で大気と試験会場が振動する。
 この攻撃は盾で防ぐ事は適わない。盾の上から攻撃し、そのまま放り投げるのだから、
必然的に壁に叩きつけられのは裏にある体、という事になる。
 桜花も例外ではなかった。
 力なく体が崩れ落ち、一瞬おくれて具現化していた盾も消滅する。
「…………」
「盾には、こんな突破法もあるの。覚えておきなさい」
 言葉にならない呻きに、マドンナは一瞥すると返答した。
 聞こえているかは半々だが、聞こえていなくても体で思い知った事だろう。
「さて、と。頼みだった守護の仮面役は、動けなくなったのだけど……」
 桜花が動かないのを確認すると、マドンナは残された代樹の方に向き直った。
 万策尽きたのだろうか、その表情は堅い。
「大人しく降参しなさい。治療能力者の手を煩わせる必要はないでしょう?」
 降伏勧告に代樹は一瞬だけ小首を傾げると、左右に頭を振った。
 マドンナは苦笑すると言葉を重ねた。
「少なくとも、私の採点では合格よ。あなた達の立ち回りは優秀だった」
 嘘は言っていない。それどころか、マドンナの推測を超えていた。
 襲撃のタイミングを完全に読んで見せた所、片手とはいえ互角に渡り合った事、そして
本気の攻撃を凌ぎ、先ほどの奇襲だ。
 飛び道具で攻撃するだけと思えば、大人しくしていた鑑定士が、突然腕時計を投げる。
 優れた対応力を逆手にとり、反応した隙に守護の仮面が捨て身の攻撃を仕掛ける。
 あの一撃を耐え切れたのは、能力で体の体積が増えていたため、電流が分散した事。
 残りは激痛に耐えうる、強い精神力の手柄だった。
 あるいはバフ課の新人としてなら、十分通用する実力かもしれない。
 しかし、残念ながら、というべきか鑑定士の協力者としては不足だった。この程度では
能力鑑定局側が危険に晒すことを承知しないだろう。
「あなたにはこれ以上、抵抗する理由がない。そのはずよね?」
「…………」
 代樹は握り拳を作ると、親指だけ突き出し、自分自身を指した。
 自分が傷つかない限り、終わりじゃない。という意味だろうか。
 それとも、自分が戦い勝ってみせる、という意味だろうか。
「……そう」
 正確な意味はマドンナには分からない。
 しかし、どちらにせよ、その眼には不退転の意志が宿っていたのは確かだった。
 それを悟ったマドンナは決着をつけるべく、多数の腕を構えた。


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最終更新:2011年06月05日 19:27
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