マドンナの腕は能力により数は増え、さらに先端は刀剣化している。
無数の切っ先を代樹に向ける。
最大の障害であった、守護の仮面見習いの桜花も倒れ、すでに障害はなかった。
「まだ、本気で勝ち目があるというのなら、見せてもらいたいものね」
降伏勧告を受け入れなかった、無謀な鑑定士候補に向かって一歩踏み込む。
それと同時に腕先の刃が、投槍のように襲い掛かった。
殺害するつもりは無いが、それ以外においては紛れも無い本気の攻撃。
「…………」
無数の刃はかすりもしなかった。
代樹は一歩だけ横に歩き、片足を軸に体を逸らす。それだけの動作でマドンナの刃は宙
を貫くだけのものとなった。
「避けた? でも……」
突き出した剣をそのまま真横に動かす事で、さらなる斬撃を浴びせる。
代樹は軽く床を蹴り、後ろに下がる。むしろ、のんびりとした動作だったが、多数の刃
は彼の数ミリ前方を通過し、無為に動きを止めた。
この避け方は人間離れしている、と言わざるを得ない。
「くっ……!」
鑑定士も護身術を学ぶはずだが、それだけではこんな芸当は不可能だ。
明らかに能力を利用した回避。マドンナはそう判断したのだが、【変身型】の能力で自
分自身を強化しているのなら、知ったところで有効な手立てはない。
代樹の昼の能力、超集中力。主に鑑定能力を強化するのに利用されているのだが、戦闘
に応用すれば身体能力が許す限り、完全無欠の戦士になる事もできた。
すべてが遅く見え、死角からの攻撃すらも完全に見通してしまう。相手の隙も、隙を作
るための工程さえも同様だ。
マドンナの攻撃をミリ単位の精度で回避する事も、簡単ではないにせよ自然に行えた。
「それなら、これはどうかしら」
間合いを詰めてから、剣と化した全ての腕を無規則に振り回す。
近距離ならばタイムラグもなく、無規則ならば完全に見切るのも不可能に近い。
しかし、超集中力の能力は、この攻撃にすら対応を可能とした。
代樹は体を逸らし、身を屈め、時には素手で払いのける。まるで滑稽な舞踏か、組み手
のような様だが、マドンナの攻撃はたしかに無効化されていた。
それだけでなく、回避動作の合間に何歩か前に踏み出している。
反撃の危険性を察知したマドンナは、飛び退いて間合いを外した。
代樹は追うような真似はせず、ただ悠然とその場を保持した。虚勢ではなく、単に能力
の影響で不必要な意識や感情が消されているのだろう。
「たしかに自信を持つだけあって、簡単ではないわね」
賛辞を述べつつも、マドンナはこの能力の攻略法を考える。
まず、搦め手を使っても代樹の集中力を破ることはできないだろう。能力で強化されて
いる以上、たとえ死に瀕しても今の集中力を保つ事ができるはずだ。
相手が疲れて動けなくなるまで、戦闘を続ける事も不可能だ。桜花との戦闘で消耗して
いるため、自分が先に倒れる公算の方が大きい。
――けっきょく、一番シンプルな方法がいいみたいね。
一度、行動を決めてしまうと後は迅速だった。
能力を使用して、限界まで腕の数を増やす。実の所、数を増やしすぎるとコントロール
が難しくなり弱体化するのだが、この攻撃においては関係ない。
何しろ、相手を狙う必要などないのだから。
マドンナは仕掛けた。
視界内に隙間無く刃の腕を伸ばす事によって、全てを刺し貫く広域攻撃。
その光景は一種の爆発のようにも見えた。こればかりは、どのような体術でも回避でき
ない。それこそ、物質透過や瞬間移動の能力でもない限り。
「…………」
肉迫する鋭い刃。だが、代樹はあっさりと窓から身を投げ出して回避して見せた。
ただし、試験会場は四階。それも、ぞれぞれの階の天井も高いのだ。たとえ死ななくて
も、重傷は間逃れない。
「……馬鹿な事を!?」
マドンナは慌てて窓に駆け寄り、下を覗き込む。代樹の体は宙に浮いたりはせず、重力
に従い落下していく。
まさに馬鹿な真似だった。すでにマドンナは合格を与えており、傷つかなくて済む道も
提示しているのだ。これでは、くだらない見栄のために大怪我したも同然だ。
そう思った瞬間に、代樹の姿に異変が生じた。
完全に変わってしまったのだ。
仮面で素顔を隠し、大きな盾を携えた女性の姿に。
「……吉津、桜花!?」
予期していたかのように、桜花は身を捻ると地面に盾を向けた。
地面と衝突する。硬い道路と金属製の盾、どちらと激突するにせよ重傷を負うはずだが、
結果は道路だけ砕け、具現した盾も桜花自身も無傷だった。
あの盾は衝撃吸収の性質も持っているらしい。
「身代わりの盾の能力……! それなら――」
慌てて振り返ると、そこには試験会場から退室する代樹の姿があった。
「…………」
マドンナが振り返った事に気がつくと、代樹は微笑んでみせた。
身代わりの盾が具現化と同時に、味方との位置を入れ替える能力である以上、落下途中
だった代樹が試験会場内、それもマドンナの背後に現われるのも道理だった。
「それでも、逃がしはしない!」
腕の数を適切な本数まで減らし、一気に伸ばす事で攻撃を仕掛ける。
しかし、その攻撃は金属音と共に"盾"に弾き返された。
最初にマドンナが仕掛けた攻撃と同様に。
再度、身代わりの盾が発動されたようだった。
「残念ね。これで鑑定士は建物の外。あなたの勝ちは無くなった」
そこにはマドンナが一度倒したはずの守護の仮面見習い、
吉津桜花の姿があった。
(最初の布石は、マドンナの目の前で手話を見せた事だ)
能力鑑定専門学校の目前、砕けたアスファルトの周囲で代樹は能力の反動に陥っていた。
人間の潜在能力の範囲で集中力を操作した場合、軽い精神的な疲労ていどのものだが、
人間の限界を超えてしまうと、強めの反動が襲い掛かる。
思索の世界に入り込み、忘我状態になってしまう。はやい話、ボケーとしてしまうのだ。
本人の主観では、目紛るしく頭脳を回転させている事になるのだが……
(次の布石は桜花が、あの手この手で正面突破を計ること)
これはカモフラージュ。正面から挑むことで、少なくとも逃亡対策は二の次になる。
(そして、攻撃が功を為した瞬間、わざと敗れる)
最初から、身代わりの盾で逃げるという構想はあったのだが、桜花の目の前にマドンナ
が居るのでは、位置を入れ替えた所で意味がない。
能力を使って逃げ出すには、マドンナの視野から桜花を逃れさせる必要があった。
その程度の事はマドンナも警戒するかもしれないが、それでも本気で敗れたのか、演技
であったのか、代樹の方に知る術がない、と考えてしまう。
(そこで最初の布石が生きてくる)
桜花が盾を消滅させる直前、盾の裏に隠れて手話で合図する。
代樹の方に返事をする必要はないから、マドンナが会話を見ることはない。
あらかじめ、意思疎通するときには互いの動きがある、という固定観念を受け付けられ
たマドンナがそれを読む事は困難だった。
実力や情報が、必ずしも有利に働くとは限らない一例だ。
(後は俺が引っ掻き回して、完全に桜花から視線を逸らす)
そして、窓から飛び降りて桜花の能力を利用。結果、見事に脱出に成功する。
(粗いながらも、筋道は通っているように見えるが、この計画には一つだけ論理的な欠陥
がある。それは……)
降伏しなさいという、マドンナの申し出を受けても良かった事。
たしかに彼女の言うとおり、拒否する道理は存在しない。あくまで代樹達の目的は試験
に合格する事だったから。
危険を冒してまで、勝つことに固執する必要は無いのだ。
ただ、代樹には理由は無くとも、十分な動機があった。
――せっかく、桜花が体を張ってくれたのに、それを無駄する訳にはいかないよ。
「……してやられたというより、詐欺にあった気分ね」
事情を知ったマドンナは頭を振って、金髪を揺らした。
その表情は悔しげでも驚愕でもなく、半ば呆れたものだった。あそこまでの攻防をして
おいて、本当の目的は逃亡だったのだから拍子抜けするのも無理ない。
「まあ、勝ちは勝ちなので」
おおむね、桜花も同感だったので否定はしない。
しかし、意表を突いた事と実際に有効だった事は、まぎれもない事実だった。
試験官であるマドンナが、鑑定士を傷つける犯罪者という配役ならば、いまさら代樹を
追った所で障害が増えるだけで、目的を達成することは困難だ。
「たしかにあなた達の底力は見せてもらった。……今度は私が見せる番かしら」
それは実力を認めると同時に、戦闘を続ける事を意味する言葉だった。
一度は戦闘中断を提案したというのに、なぜ今さら戦闘続行しようと持ちかけるのか、
桜花には分からなかったが……
「いいよ。私も、自分がどこまで行けるか見てみたいから」
それでも、桜花はうなずいていた。
理由の一つには好奇心がある。マドンナは今まで相対してきたどの相手とも、異なった
雰囲気を持っている。
厳しい実戦を幾度と経験した人間独特の威圧感があり、どこか圧倒されるのだ。
だからこそ、自分がどこまで通じるか試したいと思う。
「さて……」
マドンナが一歩踏み出すが、桜花はすでに駆け出していた。
相手に先手を取らせる気はさらさら無かった。
桜花にとって、マドンナの攻撃を回避し続ける事は難しい。スタンロッドによる攻防は
代樹が隙を作ったからこそ通じたのであって、一対一ではそうもいかない。
唯一、通じるのは正面からの突撃のみだった。
マドンナの間合いに入っても、構わず盾を押し出して前進する。
「速いわね」
とマドンナは思ったのだが、それを口に出す余裕は無かった。
この突撃に襲われれば、一撃で意識を失う危険性すらある。
そして、まず正面から以外の攻撃は間に合わない。搦め手で隙を作るのも論外。普通に
攻撃を仕掛けるにしても、あの盾は突破できず、助走している今は力負けする。
「…………!」
渾身の一撃がマドンナに炸裂するはずだった。
しかし、あと一歩のところで桜花の動きは止まった。止められたのだ。
胸の辺りに衝撃を感じた桜花は、自分の体を見下ろし驚愕した。
「腕……!?」
盾の裏側から、腕が伸び桜花の胸を打ったのだ。
本来、ありえない話だった。それこそ幽霊でもなければ不可能だ。
決して、強烈な衝撃ではなかったが、足はかってに後ろに一歩よろめき、そのまま全身
が崩れ落ちてしまう。
どうにか、マドンナの方に目を向けると、ちょうど盾から腕を引き抜いた所だった。
数ある腕のたった一本だが、その一本だけは異様だった。皮膚自体は異様に色白なのだ
が所々で皮膚が剥げ落ち、腐食した肉が覗いている。
まるで、ゾンビか亡霊の腕のように見えた。
急速に途絶えていく意識の中で、桜花は最後にマドンナのこんな言葉を聞いた。
「試験でこれを使わせたのは、あなたが始めてよ。頑張ったわね」
崩れ落ち、今度ばかりは完全に動かなくなった桜花にマドンナは背を向けると歩き出し
た。
軽い打撲程度のダメージのはずだが、一応は治療能力者を呼んでおくつもりだった。
マドンナの能力は、肉体の一部を変化させる事。それ自体は代樹の鑑定は正しかった。
しかし、桜花に完全な情報が届く事はなかった。
たとえ、変化させる物質が架空のものであったとしても、イメージどおりに力を発揮す
る事ができるのだ。逆にいえばイメージに依存するので、いくらか能力が不安定になるた
め、普段は腕を増やす程度でとどめているのだが。
今回、桜花を倒した腕は、亡霊の腕。米国産のB級ホラー映画が出典だった。
外見上は実体を持つにもかかわらず、頑丈なドアやバリケードをすり抜け、犠牲者の首
を締め上げたり、触れるだけで生命力を奪うのだ。
マドンナは軽い掌底に利用したのだが、効果は十分だった。
「ほぼ、満点ね。それがあなた達にとって、幸運な事かは分からないけど」
この瞬間に二つの事が確実となった。
一つは代樹と桜花の実質的な試験合格。
二つ目は
バフ課の協力者候補のリストに二名の名前が連ねられる事。
実力を高く評価されたのだが、マドンナが口にしたように、それが彼らに幸福をもたら
すかは不明確だった。
代樹の天職は、どうも能力鑑定士らしい。
以前から思っていた事だが、桜花はあらためて実感した。それも悪い意味でだ。
二人で試験の合格発表を見に行くと約束したのに、たっぷり十五分の遅刻。
さらに能力の暴発による反動、またはそれに影響された癖で歩きながらでも、忘我状態
に陥りトラブルを量産するのだった。
「引っ張らないでくれ。犬じゃないんだから、自分で歩けるよ」
手首をつかまれ、引きずられる代樹は抗議するのだが反応は冷たい。
「へー、じゃあ電柱に四回、不良グループに二回も衝突して、その後に寝てる猛犬の尻尾
を踏んだのは、どこの誰だったの?」
「俺は何もしてない。という事は、向こうから襲って来たんだな」
「電柱は襲わないって! だいたい、何もしてないって、普通は避ける所でしょ!?」
能力鑑定士が向いているというより、黙って座っている仕事以外の全てが向いていない。
酷評だったが、桜花以外からの人物評はさらに辛辣なものだ。社会不適合者の一言で、
ばっさりと切り捨てられるのだから。
比留間分類における精神的反動と主作用的反動。
代樹のそれは障害の域に達している。
能力鑑定をはじめとし、何かに没頭しているときだけは大きな影響も出ず、逆に利発な
面が彼を支配するのだが。
「や、やっとたどり着いた……」
不良から逃げ回り、猛犬相手に大立ち回りを演じて、ようやく学校前にたどり着く。
合格者のリストが張り出されてから、すでに一時間以上が経過しており、代樹と桜花以
外の人影はほとんど見られなかった。
「空いてる時間帯でよかったね」
などと代樹はのん気な事をいう。終わりよければ、すべて良しだろうか。
まだ、合格しているかは確認していないのだが。
「代樹の番号は512番だから、500……500っと」
飛ばし飛ばしに番号を確認して、ようやく五百台の番号を目にする。
475、487、500、50…………
「510は合格……次は513番、って落ちたの!?」
結局、その中で目当ての番号が見つからず、桜花の顔は青くなった。
しかし、彼女の袖を代樹が軽く引っ張った。
「あー、いや最後尾を見てみると、場違いな番号があったりするんだな」
ここで確認できる限り、最大の番号を持つのが、642番。
ところがその下に一つだけ数字が並んでいた。643ではない。
数字の順序を無視して、代樹の受験番号の512番がそこにはあった。
同時に守護の仮面の合格も記されている。
「やった! 少しヒヤッとしたけど合格かぁ……」
不思議と跳ね回る気分にはなれず、桜花は感慨深げに胸元で手を握った。
代樹の反応は違っていた。512番の数字と釈然としない表情で、睨んでいる。
「……代樹? 合格したんだけど、どうかしたの」
「いや、ここに俺の番号があるのは変じゃないかな、と思って」
「たしかに心臓に悪い思いはしたけど、あまり気にしなくてもいいんじゃない?」
桜花の言葉にうなずきはしたが、代樹は疑問を抑えられなかった。
――この番号の位置は、俺達が異なる過程で評価された事を意味しているのかもしれない。
では、なぜ特別扱いされているのか。心当たりといえば、マドンナと名乗る試験官だが、
とそこまで考えて、代樹はかぶりを振った。
少ない情報の上に仮定を重ねるのは、あまり健全な思考とはいえない。
「じゃあ、予定通りに今夜はお祝いだな。俺が奢るよ。鑑定士の給料は守護の仮面よりも
高額だしね」
「りょーかい! 私は店を選ぶね。代樹に任せると大変な事になりそうだし」
代樹は反論したくもなったが、完全な事実なので黙っている事にした。
なるべく安い店にして欲しいと思いつつも、代樹は空を仰いだ。太陽は南の半ば辺りに
差し掛かっている。どうやら、夕食の話にはまだ早い時間帯のようだ。
登場キャラクター
最終更新:2011年06月05日 19:37