ワーワーワーパチパチパチワーワーパチパチヒューヒュー
「ふははははははははは!」
ジェントル!ジェントル!ジェントル!ジェンtガシャーン
「は……ノオオオォォッ!」
「遊んでんじゃねええよ!」
先程からなぜか続いていた紳士を称える拍手喝采は、機械の壊れる音と共にぴたりと止まる。
気付けば自称紳士
ドウラクの足元には何やら音楽ハードらしき機械と、なかなか立派な蟹が一匹転がっていた。
状況から察するに、拍手喝采を流していたその機械に陽太の投げた蟹が直撃したらしい。
「私のラジカセがー!」
「またずいぶんと懐かしいもん持ってきたなオイ!」
鋭いツッコミを入れる陽太を見て晶は少し驚いたが、少し考えて理解する。
この厨二病患者は相手が同じ厨二病の場合、互いに共鳴する厨二力は際限なく増幅され、終いには手に負えなくなる。
だが相手が別方向につっこみどころが多い場合は、自らツッコミ役に回る傾向があるようだ。
実際に頭の回転は速いわけで、本来そういう役目に向いているのだ陽太は。ぶつかってもあんまり痛くない能力も含めて。
「む! 大丈夫だまだ壊れてはいな」グシャーン
「ノオオオオオォォゥ!!」
「状況見ろおおおぉぉ!!」
訂正。そこそこ大きなラジカセにトドメをさした追加の蟹は、ぶつかったらかなり痛い。ラジカセだけに当てるその命中率は大したものだ。
ともかく二人同時に相手をする多忙なツッコミ役を覚悟していた晶は、内心ほっとする。
「二人とも後ろ!!」
「くっ!? サイレントシールドッ!」
鎌田の叫びにハッと振り向けばそこそこ距離を離していた象が、もうすぐ近くまで追いついてきていた。
陽太は即座に追加の蟹三匹を発生させ、壊れたラジカセを前に肩を落とすドウラクの辺りへ放り投げる。
「一周してくるからそれまでに頼んだぞジェントル!」
「ごめんなさいドウラクさん! お願いします!」
陽太と晶がそう叫ぶと、グラウンドのコースに沿って三人は再び走り出すのだった。
「…ふぅ。まったく紳士使いの荒い少年達だな。シザー!」
驚くことに本当にいた象を引き連れて走り去っていく三つの人影を、ドウラクは小さく溜息をついて見送ると、
逆光で見えないスタンドライトの根元に向けて声をかけた。
呼びかけに応じてそこから出てきたのは、ドウラクの腰ほどの高さの何か。それは二本の足でトコトコと歩いてくる。
「蟹の回収をしろ」
シザーと呼ばれ、光の元に現れたそれは実に奇妙な姿をしていた。
恰幅の良い四頭身程度、人型をしたそれは遠巻きに見れば子供のように見えるだろうが、その身体を構成するのはゴツゴツとした岩石であった。
大小様々な岩石を数十個積み上げて人の形にしたような姿。のっぺりとしたその顔には両目、口と思しき穴が三つ、申し訳程度に開いている。
「ぐ。」
小さな口の穴から出たのは子供のような声で、短く了解の意を示す。
返事に伴い上げられたその右手の先端には、どういうわけか大きな蟹の鋏が付いている。鋏は左手にも付いていたが右手のものより小さかった。
それは命令に忠実に従い、トテトテと子供のような足取りで陽太が投げてよこした蟹の回収に走る。
「む。あの象は………」
一方でドウラクは顎に手を当て、今はグラウンド反対側辺りにいる象をじっくりと観察しながら、ポツリと呟いた。
やがてドウラクの元に、グラウンドを一周した三人が駆け込んでくる。象との距離を離すために全力疾走してきたその息は荒い。
ドウラクは片膝をつき、集められた蟹を一つ一つ手にとって吟味していた。陽太ははその背中に訊ねる。
「はぁっ、はぁっ、どうだいけるかっ、ジェントル」
「うむ、硬さ大きさ共に悪くない。これならなかなか強いゴーレムが生まれるだろう」
「あぁっ…はぁ。そいつはよかったっ」
晶は陽太のどこか怒ったような反応が気になったが、とりあえずドウラクの能力はいけそうなことがわかった。
少しだけ安堵して、膝に手を置き中腰になって息を整える。そうして下を向いた晶の視線に入る、何か変な物体。
「……え?」
目の前にあるのは子供のようなサイズの、岩石の塊? それが何故か動いている。見上げるそれの目っぽい穴と、見下ろす晶の目が合う。
「…ぐ?」
「わあぁっ!?」
晶は反射的に後ろに飛びのいて、勢いで転びそうになったがたたらを踏んでなんとか踏みとどまる。
その謎物体は晶の反応に驚いたのか晶と同じように飛びのいて、勢い余って後ろにコテンと転がった。
一瞬で警戒態勢をとる陽太と鎌田。気付いたドウラクが振り向いて言う。
「こらこらシザー。晶君を驚かせるんじゃない」
「なっ、なんですかこれぇっ!?」
「リトルシザー。心配はいらない、私の能力だ」
ドウラクはシザーの頭をペチペチと叩いて害が無いことを見せた。疑問に思う晶たちに向け、蟹を地面に並べながら説明する。
「蟹五匹を生贄に捧げるという基本は変わらん。だが生み出されるゴーレムの姿形は生贄とする蟹の大きさや種類によって変化するのだ。
例えばサワガニのように小さな蟹を用いた場合、こいつのように小さなゴーレムが召喚されるわけだ。さて、あとは…」
蟹を並べ終えたドウラクは待機していたシザーを手招きして呼び寄せると、寄ってきたその頭をペチンと叩く。
その瞬間、直前まで元気に動いていたシザーの身体がバラバラと崩れ、あっという間にただの岩石の山となり果ててしまった。
驚く三人に説明を続けるドウラク。
「ゴーレムのサイズにかかわらず一度に召喚できるのは一体のみ。既にいるならそれを解除しなければ新たに能力は発動できん」
「な、なるほど」
「さて、これで準備は整った。では景気良くいってみようか!」
「よし、やったれジェントル」
ドウラクはフンと鼻を鳴らし三人を下がらせると、片膝をついて地面に並ぶ蟹へと向き直った。
扇状に並べられた五匹の蟹へ開いた右手をかざし、左から右へとなぞる。
その手から発せられた何らかの力を受けた蟹は徐々に淡い光の粒子と化し、重さを失ったそれはある一点に吸い寄せられていく。
「ドウラクの名の下…今、ここに召喚する」
右掌の上に集束していく無数の光の粒は、やがて眩しく輝く光の玉となる。完成したそれを、前方の地面へと押しつけた。
「見るがいい…我が最強の僕!」
地面に吸い込まれるように光は消えその直後、地面が大きく盛り上がり、土を割ってそこから生えるように巨大な影が姿を現す。
「出でよっ! シザアアァゴーーレムッ!!」
「グオオオオオオオオオオオ!!」
暗い洞穴の如き口から、地の底から響くような野太い雄叫びを上げる、それはまさに岩石の巨人であった。その両手はやはり蟹の鋏だ。
先程までそこにいたリトルシザーを大きくしたような、見上げるその高さはおよそ3m。しかも相撲取りのような力強い体格。
対峙する象の巨体にひけをとらない巨大な怪物が今、ここに召喚されたのだった。
「ははははは、すごいぞー! かっこいいぞー!」
「………」
高らかにその名前を呼びご満悦のドウラク。疑問を感じて晶が隣を見ると、陽太は強く拳を握りながら口を硬く結んでいた。
以前にも召喚したことのある陽太の蟹を生贄にした巨人は、言うなれば二人の協力技である。そんな巨人の名前を、ドウラクは『シザーゴーレム』
陽太は『沈黙の巨人【サイレンス・ギガント】』と呼んだ。頑固者の二人は互いに全く譲ろうとせず、名前問題は未だ未解決だったはずなのだが……
「ねえ陽太? あれの名前って……あ」
質問の途中ふと陽太の数分前の言動を思い出して、ピンときた。
「もしかして協力してもらう条件って……名前?」
陽太はあからさまに不機嫌そうに舌打ちをして、ぶっきらぼうに答える。
「そうだよあん畜生! 『条件は一つ! 召喚される巨人の名前はシザーゴーレム! それ以外は一切認めん!』なんって偉っそうによぉ!」
「なんだそんっ……そういうことね、うん、納得した」
なんだそんなことか、とつい言いそうになって慌てて言い直す。それで陽太が怒るのは目に見えているので。
だが実際、そんなことでいいのかと晶は思う。だってこんな夜中にいきなり呼び出して、極めて危険な捕り物に協力してもらおうというのだ。
その条件がただ一つ、命名権だけというのはいささか軽すぎるのではないか。どう考えてもこちらにばかり都合のいい条件ではないだろうか。
つまり……なんだろう。困る者には手を貸し、見返りを求めない。それが紳士というものなのか?
「さあさあシザーゴーレム! その力を存分に発揮したまえシザーゴーレム! ふははははははは!!」
いや……紳士かアレ……?
「足元見やがってあのエセ紳士ぃ……!」
実際に発揮できる能力が変な能力であるだけに、特に名前へのこだわりが大きい陽太は本当に悔しげで、
内心ちょっとだけ可哀想だな、と思う晶であった。
象の足音が響いてくる。シザーゴーレムとの衝突まではあと数秒しかないだろう。
ここまで言うタイミングが無くギリギリになってしまったが、衝突の前に晶は言っておかなければならないことがあった。
「あのっドウラクさん、できればあの象は」
「極力傷つけずに押さえこんでほしい。そういう話だろう? この夜中にわざわざ私を呼び出したのだからな」
驚いたことに、言いたかったことをズバリ当てられる。時間が無い今は非常に助かった。
「そっ、そうなんです。ハナ…あの象は大事な友達で…」
「うむ、やってみよう。何、心配することはない。なぜなら私は紳士! 紳士ドウラクなのだから!」
「あ、ありがとうございます」
よくわからない理論だが自信に溢れるその言葉は、知り合ってから初めて、この変わり者を頼もしいものに感じさせた。
「奴が来るぞ! 構えろゴーレム!」
「グオオオン!」
指示を出すドウラクの声は、先程までとはうって変わって真剣そのもの。一行は迫る激突の瞬間を息を呑んで待つ。
ゴーレムは唸り声を上げて腰を落とし相撲の立ち合いのような構えをとる。踏み込んでぶつかる構えの巨人に、地響きを上げて迫る巨象。
深夜のグラウンドに、まるでダイナマイトのように盛大な衝突音が響く。
次の瞬間岩石の巨人は、その全身で以て見事に象の突進を停止させていた。
その事実に、晶は思わずガッツポーズをとっていた。だが喜ぶのはまだ早い。
一見両者に動きは無いが、接触点からギリギリギリと擦れるような音が響く。象は前進する力を緩めておらず、それはゴーレムの力と拮抗しているのだ。
ドウラクの厳しい顔つきで象を睨んでいる。晶はその横顔に不安げに声をかけようとした。
「ドウラクさ」
「シザーパンチ!」
「ちょっ!!」
いきなり攻撃指示を出すドウラクに面食らうが、しかしゴーレムは動かない。同じ体勢のまま象と押し合いを続けていた。
「……む」
「む、じゃねえよ何いきなり攻撃しようとしてんだコラァ! 一応傷つけない努力くらいしろよ! さっきやってみようっつっただろお前ぇ!」
陽太がすかさずツッコミに入る。うん、やはり頼りになる。
「…ふぅ、仕方ない。そのまま押さえ込めゴーレム!」
「グルオオオオ……!」
くぐもった唸り声を上げゴーレムが動く。ギリギリ、ジリジリと足を動かし、少しずつだが象の身体を押している。
そう、シザーゴーレムの力は確実に象の力を上回っていた。この調子ならこの先、何らかの手段で象を無力化することも可能だろう。
「よし、いける! やるじゃねえかゴーレム!」
その事実は、固唾を呑んで見守っていた三人を大きく安堵させた。
押し合いの状態は続くもどこか弛緩した空気の中、一人最前線に立っていたドウラクがクルリと振り向く。
疑問の眼差しを向ける三人の前でドウラクはピンと人差し指を立てた。
「一つ。君たちに耳寄りな情報を教えよう」
目を離してそんなことを言ってていいのかと思ったが、能力者本人が言っているのだ、まあ余裕があるのだろう。
「私の能力、シザーゴーレムは具現型に分類される。少年の叛神罰当と同じく無から有を生み出す能力だ。
少年のように体に即影響する反動は無いが、その代わりに蟹の生贄という条件が必要になる」
「あ、そういうことになるんですね」
「生贄とは即ち生きた贄。つまり生きた蟹を使用してこそ真の能力を発揮できる。と、これは前にも言ったな」
「おおそんなこと言ってたな」
ドウラクは後ろで頑張っているゴーレムを一度チラリと見て、三人の方へゆっくりと歩きながら説明を続ける。
「実際の能力プロセスはこうだ。まず蟹の体を核として、シザーゴーレムの体が召喚される。
その後、生贄となった五つの命がその体に宿る。五つの命を一つに束ねる、それ故にゴーレムは強大な力を行使できる」
「ええ? それだとあのゴーレムは命が無いってことになっちゃうんじゃないですか? 普通に動いてますけど……」
「んむ、それがどうして動くのかは実はよくわかっていないのだ。そもそも体が召喚されるところからして謎だしな。
能力とは未だ解明できない要素ばかり。そこはもう出るものは出るし、動くものは動く、そう妥協するしかあるまい」
「妥協って……それでいいのかよ……」
「無生物に命を与える能力というのを聞いたことがある。もしかしたら私の能力にはそういう要素も含まれているのかもしれんな。
が、そんなおまけ要素など高が知れている。結局あのシザーゴーレムはほとんど命というものを持っていないのだ」
その言葉に嫌なものを感じて、改めてゴーレムを見る。だがその力強さは健在で、確かな足取りで象を一歩奥へ押し込んだ。
ドウラクは既に三人の間を通り過ぎて、最後尾から語っていた。
「そうとも、力は申し分ないのだ力は。それよりも命が無いことによる別の弊害があってだな。それが何かと言うと……」
さらに一歩押し込む。そして突然、ゴーレムの背中に亀裂が走る。
「寿命が短い」
次の瞬間、シザーゴーレムの身体が砕けた。
ガラガラと岩雪崩の如く崩れていく岩石の巨体。その奥から覗く巨象の、額の宝石が不気味に光る。
振り上げる長い鼻に弾き飛ばされた岩石が、顔面のすぐ横の空間を抉り、陽太は心底ゾッとさせられた。
「ジェンt…」
振り向けばそこには既に誰もいない。少し遠くに目を移せば、一人で一目散に逃げている白スーツの姿が。
「おっさああああああああん!!」
「ちょっええええええぇぇっ!!」
陽太は全力で追いかけて、すぐ追いついて、とりあえず一発ひっぱたいた。本当はレイディッシュで殴ってやりたかったが我慢した。
晶と鎌田はすぐ後ろにいて、その後ろからは当然ながら象が追いかけてきているので。
「駄目じゃねーか!!」
ドウラクは叩かれた後頭部をさすりながら、悪びれもせずに言う。
「うーむ、いけると思ったんだが。平均サイズの象までならいけたはずだがな。あのパワーは少々想定外でだな」
「無理なら無理って早く言えよ! マジ死ぬかと思ったわ!」
「ふっ、無理などとは言わんさ。なぜなら! 奇跡を信じる心こそが! シザーゴーレムの力になるのだから!」
「似合わねーよ!! つーか真っ先に逃げたおっさんが言うな!!」
「こらこら紳士と呼べ紳士と」
「だぁれが呼ぶかああああぁぁ!!」
安心もつかの間、一行は再び逃走する羽目になってしまう。
変わり者の白スーツも加わって、それは何とも騒がしい逃走劇となるのだった。
<続く>
登場キャラクター
最終更新:2011年06月07日 09:59