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星界の交錯点 > 1



01.ある日の鑑定所

 チェンジリング・デイ。十年ほど前、世界中に隕石が降り注いだ災厄の日はそう呼ばれている。
 その一日を境に、社会の在り方は一変していた。
 隕石被害はもちろん、人々の内側にバッフやエグザと呼称される未知の力が宿ったのだ。

 そして、現在。猛犬注意だの、能力者による騒ぎだの。
 小さな綻びも日常の一部に溶け込み、そして街にある能力鑑定所も普段と変わる事はなかった。
 ただ一点、たびたび不安げに訪れる人々の姿を除いて。

「ようこそ鑑定所へ、水野晶さん。記載では近頃はやりの"異変"であるとの事でしたが……」

 白を基調とした清潔な一室。そこで水野晶は、異様な風袋の二人組と対面していた。
 一人は男性、魔術師のようなローブ姿でどこか透徹した双眸をもつ青年。
 もう一人は女性だ。性別に見合ったスーツを隙なく着こなし、奇妙な仮面で顔を隠している。

(陽太がみたら、すごく騒ぎそうな格好だよね)

 この制服デザインを決めた偉い人は、何を考えているのだろう、と晶は思う。
 実際に騒ぎになった事もあるのだが、それは置いて。

 もちろん、この二人は晶の幼馴染のような厨二病患者ではない。
 チェンジリング・デイ以降、能力の把握と登録という重要なインフラを担う人材、能力鑑定士と守護の仮面だ。

「まず、あまり深刻に思わなくとも大丈夫ですよ、とお伝えしておきます。似たような変調をきたす方は、
 数多く居られますが、深刻な事態に移行したという例はない事を鑑定局は把握しています」

 女性が事務的に告げる、と晶と対面して座る鑑定士が叱るように(晶にはそう見えた)、素早く手振りした。

「っと……失礼。つまりは今のところは、あまり怖がらずに気楽に構えてください、という事です。
 万が一の事があっても、こうして鑑定所に申請された以上は素早く専門家が対処しますので!」

 私たちに任せてください! と胸でも叩きそうな勢いで、仮面の女性は断言していた。

(子供には難しい物言いだったから、叱られたのかな……?)

 なんとなく、晶はやりとりの中身を察していた。

「えっと、症状について報告するんでしたよね」
「はい。水野晶さん一人に限っても必要ですが、多くの人達の症状に対処するためにも、鑑定局は多くの症例を求めています。
 利用者の秘密については、厳格に保護されるので、安心して話してくださいね」

 友好的に言われても、奇妙な仮面越しなので、かえって不気味な所がある。
 水野晶は中学生、まだまだ子供ではあるが、脅える程に幼くもない。

「なんといえば……たぶん、ですけど。夜にも昼の能力が働いてしまうんです。
 あの、夜に来た方が良かったでしょうか」

 鑑定士と守護の仮面は一瞬だけ、互いに目配せした。

「いいえ、大丈夫ですよ。つまり夜にも動物の心が分かってしまう、と。普段は思考を伝えるだけにも関わらず。
 そういう事ですよね?」
「は、はい。えっと夜の事なんですけど、分かるんでしょうか」
「すでに水野晶さんの能力は鑑定所に登録されているので」

 不意に能力を言い当てされて、晶はドキリとした。が、言われてみれば当たり前の事だった。
 鑑定所に来たのは初めての事ではなく、向こうも予め資料に目を通しているのだろう。

 晶の緊張を余所に、仮面の女性は話せない鑑定士に代わって、その言葉を代弁していく。

「となると、昼夜の能力の同時発現によるリバウンドが差し迫った問題ですね。目立つ反動はないとの事ですが、
 こういう能力は傾向的に精神的な負担という形で現れる事が多い、と鑑定士は申しています。
 そういった事に関して、なにか自覚症状などはありますか?」
「いえ。大丈夫です。その辺、僕はけっこう恵まれていると思ってるので」

 事実、水野晶は人間関係や日常生活に問題ある訳でもなく、親しい友人もいる。能力の性質上、人にも動物にも。
 一つだけ、心配事が存在していたが、それはここで話せるような事でもない。

「わかりました。でも、食事と睡眠は規則正しく取る事を心がけてください。それに実際に問題が出てこれば、
 我慢せず速やかに鑑定所に」
「はい」

 鑑定士からのアドバイスは、ありふれたものに留まった。
 原因不明の不調かつ、深刻な問題が出ていないのだから、そんなものなのかも知れない。

「では記載がありますので、こちらの書類をもって、受付の前でお待ちください」

 こうして、水野晶の変調鑑定は終わりを告げた。
 大した内容でもなかったが、それで却って安堵できたのかも知れない。一息つくと、晶は退室していった。

 何も一息ついたのは、鑑定される水野晶だけではない。
 鑑定士と守護の仮面もまた、滞りなく応対が終われば、ほっとして機械のような態度を崩すのだった。

「ここの近隣、申告者だけで十二人……増えてきたな。さっきの子の症例は珍しかったけど」
「代樹? 鑑定士は職務中に喋っちゃダメだよ?」
「部外者の前でなければ大丈夫だよ。先輩なんて、もっと軽い……」

 能力鑑定士、三島代樹とその護衛、吉津桜花。未だ資格を得てから日が浅い、新米の二人組だ。
 新米といえども、試験を通過した時点で即戦力。その実力は経験者と遜色がない。

 とはいえ、やはり現場経験の差は埋めがたく、特に最近の"異変"騒ぎで鑑定所を訪れる人々は増えている。
 単純に想定外の数をこなすという経験は、訓練時代では得られないものだった。

『三島鑑定士、ご指名で鑑定依頼の方がお越しになりました』

 来客の前では、まず使われない内線から連絡が入る。指名の鑑定依頼。
 鑑定士が知り合いであったり、すでに家族の鑑定を受け持っていたり。
 情報の拡散を防ぐ意味合いや、特定の鑑定士に特に信頼を寄せている場合に指名システムが利用される。

 とはいえ、無機的な対応の公共事業だ。そういった例はあまり多くはない。

「珍しいですね。指名した方の姓名は?」
『鑑定対象は真白(ましろ)ちゃんという女の子ですが。それが、その……同伴者が』
「同伴者がどうかしましたか?」

 子供の能力鑑定に、保護者が同伴する事は珍しい事ではない。
 だが、内線ごしに唾を呑む音が聞こえた気がした。相当に緊張しているらしい。

『はい。ええ、真白ちゃんの同伴者はあの有名な……比留間、慎也博士なんです』

 思わず、代樹と桜花は目を丸くしていた。



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最終更新:2019年02月02日 20:22
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