02.博士の訪問(前編)
おおよそ役場と診療所の中間、といった雰囲気の能力鑑定所を眼にして、まず比留間博士の頭にあったのが、
やはりというべきか鑑定士が持つ、いわゆる鑑定技能についてだ。
鑑定技能は大きく分けて三つ。
1-感性的に能力を察する
2-統計、検証、考察によって能力を把握する
3-能力を知る能力を用いる
2はどこの研究所でも行っている事であり、常日頃から情報を追っている身なので今更、特別な関心を寄せたりはしない。
3は個々の能力による。とはいえ、何をどこまで、どのようなプロセスで知るかは興味深く、何度か検証の機会を得ている。
1は重大ながらも、直接的に能力研究の対象とはならないため、研究はやや遅れていると言わざるを得ない。
ただし、あくまで研究分野の話で、現場――能力鑑定局は、かなり進んだ情報を有している可能性が高いのだが。
鑑定局に相当するものが、米国には存在しない事からも分かる事だが、先進国でも専門機関が存在する例は少なく、
よって国際学会でも専門的に研究する人間の絶対数も少なくなっている。
あるいは日本が能力鑑定における、最大の先進国なのかも知れない。
1の具体例をあげるなら、相手が能力の発動もしていないのに、一目見て能力を言い当てる、これが感性的な鑑定にあたる。
能力による戦闘では相当なアドバンテージであるらしく、犯罪組織での活用例も存在していた。
これを説明付ける仮説としては、人間には無意識ながらも能力波の性質や指向性を正確に認識する感覚を有していて、
それを意識できる状態に落とし込み、正確に言語化する。それが感性的な鑑定技能なのだという。
鑑定所も人材募集のためか、統計情報を公開しており、その資料によれば鑑定に用いる感性は一四才、
いわゆる厨二病の年代がピークにあたり、近づくにつれて能力は上がり、後は下降の一途を辿る。
その年代の子供が勢いに任せて、初見で能力を言い当ててしまう、というのは稀に見られる現象だ。
本職の鑑定士の場合、元から際立った才能があるか、思春期から維持の訓練をしている場合が大半らしい。
また、この感性は訓練や経験によっても、小なりとも後天的にも獲得はできるもの、とされている。
(重大な個人情報を管理する影響か、鑑定局は下手な秘密結社よりも情報の囲い込みが激しい。
この公開されている情報も、かなり限られたものか、最新のものでないと考えるべきだろう)
と、比留間博士は脳裏で一つ、公にされている鑑定能力に一つ独自に付け加えた。
4-複合的な鑑定能力
手段はどうあれ、鑑定能力にも大小や有効範囲があるのは事実のようだ。
実の所、比留間博士にしても能力研究に有益な資格の一つとして、鑑定士資格の類は有している。
しかし、それでも本職がもつ甲種(通称だが)鑑定技能は、手が届かない領域だった。
最低でも未発現の能力や、昼夜問わず双方の能力を正確に鑑定できる事はたしかであり、
それは既に公にされている鑑定能力の効用とは一線画している事は明らかだ。
(今回の"異変"騒ぎに関して、彼らの能力が取っ掛かりになるかも知れない)
当然、最近になって発生した能力の異変に、比留間博士は並みならぬ関心を持っていた。
ましてや、発症者の一人である真白は、自分の研究施設での重要な協力者なのだから、解決に動く理由は十分だ。
そこで本来、鑑定局側の事情という社会的な壁が、研究の障害になるのだが。
難色を示すかと思われた鑑定局は意外にも、あっさり折れてくれた。一人の鑑定士を指名して。
(鑑定局も異変に関する情報を求めている、という事だろうか)
また、単に劣った鑑定士を紹介してあしらった、という事もあり得る。
それは件の鑑定士の人柄や能力次第で、鑑定局側の意思を量る事ができるだろう。
『真白(ましろ)さん、比留間さん。準備が整いましたので第三鑑定室にお越しください』
"さん"という敬称に新鮮さを覚えた自分に、比留間博士は苦笑した。
どうも、研究所にこもり過ぎて世間離れしてしまったらしい。
実社会でこそ、真に多様な状況下で能力を観測できる、と部下にも同僚にも述べた事があったはずだが。
そういう意味では、これから会う鑑定士は研究者ではないものの、多様な能力を観てきた専門家である。
できれば、時間を割いただけの成果を期待したい所だが。
「よし、行こうか。緊張しなくても大丈夫だよ。少なくとも、うちの研究所よりはね」
宥めつつも、真白の手を引いて、比留間博士は鑑定室に赴いていた。
ノックが不要である事は知っていたので、手早くドアを開けて、室内の椅子を真白に薦める。
それと同時に、魔術師風のローブを纏った男性と、仮面を被った女性と対面する事になった。
(奇抜だが実務的だ。改めて、鑑定局の立場が察せられる)
一方、研究所でもなければ、講演から抜け出した訳でもないため、自分は白衣姿ではない。
だが、象徴的な構図とも思えた。
古来、神秘(オカルト)とは選ばれた者の手の内にあり、権威として存在し続けた。
それを暴き立て、知識を万人のものとし、取って代わって権威の座についたのが科学である。
……もちろん、これは一面的すぎる物の見方なのだが。
なんにせよ、鑑定局の立場は明快で、能力社会は一部の専門家によって運用されるべきであり、
社会を維持する手段として、科学よりも神秘を支持する、そういう見解だ。
社会はまだ能力の"真実"を受け入れるのに時間が掛かる。ならば、秘匿を以て社会を保たなければならない、と。
そういった神秘化による権威の維持、という方針が鑑定士の外観にも表れている。
といっても、鑑定士一人一人がそういう思想、という訳でもないのだろうが。
「まず、こちらの紹介状を。能力鑑定局から、と言えば通じると思う」
比留間博士は丁寧に封筒を机の上に置くと、鑑定士に向かって差し出した。
受付の時にも見せたが、開封は当人のみが許されていた。
まず女性の護衛が手に取ろうとし、鑑定士がそれを手振りで制する。
鑑定士は手早く、封筒を開くと紹介状に目を通す。
その瞬間、少し顔が引きつったのを比留間博士は見逃さなかった。
「……ようこそ鑑定所へ、真白さん、比留間博士。本日はいかなる用件でしょうか?」
やがて耳に入ったのは本来、聞けるはずもない"鑑定士"本人の肉声だった。
登場キャラクター
最終更新:2019年02月02日 20:27