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星界の交錯点 > ex1



間章.鑑定士と守護の仮面

 臨時の休憩が入り、三島代樹はようやく落ち着くことができた。
 比留間博士の前でこそ如才なく振る舞えたが、中身は未熟な若者に過ぎない。それなりに消耗もする。

「…………」

 ため息の類はない。代樹の昼間能力は超集中力……なのだが、無目的の場合は極度に散漫になる。
 比留間博士の分類に則るなら、主作用的反動(スーサイド)という事になるか。
 こういう時は何もせず、ぼんやりとしているのが楽なのだ。

 その護衛者である、吉津桜花も勝手を知っているのか邪魔をする事はない。
 しかし、静寂は新たに休憩室に入った女性によって破られていた。

「やっほー、新人くん。お疲れかな?」
「あー……先輩。いや、ちょっと特別な対応があって」
「特別な対応って、それ守護の仮面の仕事でしょー?」

 あー……は結構、間が空いていたのだが、職場でも反動の事は知れ渡っているので気にもされない。

 彼女が纏う魔術師風のローブと手袋は鑑定士の正装であり、代樹にとっては先輩にあたる。
 鑑定士の中では最高峰の才、『相手の能力が分かる』能力の持ち主。
 一年と少しとはいえ、経験を有した鑑定士であり、個人的にも世話になる事が多い人物だった。

「いや、もう局からの指示で自分でやらなきゃいけなかったので……」
「うっわ、面倒くさそ。もしかして『世界を滅ぼす能力』とかに当たったとか」
「そういうのに当たったら今頃は、政府だの機関だのに引きずられて記憶処置コースです」

 尊敬はしているのだが、良くも悪くも先輩は軽いノリの女性である事を否定はできなかった。

「あたし、『世界中のふりかけを地味に辛くする能力』に当たった事ある」
「微妙に嫌な能力!? というか先輩、こういうのは漏らしたらダメですよ」
「鑑定士や守護の仮面なら、別にいいんだよ? 国が信頼できるって、認めた人たちだもん」
「法じゃなくて倫理と良心の問題です。個人情報を扱ってるんですから」

 新人くんは堅いなー、と先輩は笑う。やはり先達というべきか、いくら軽くとも失態がある訳でもない。

「でさ、桜花ちゃん。実際はどうだったの?」

 彼女はさっそく矛先を変えていた。
 守護の仮面(今は外していたが)の桜花だ。性別が同じなだけあって、むしろ代樹より親密かも知れない。

「えっとですね。あの比留間博士が"異変"の相談に来られたんですよ!」
「え、有名人じゃん。サインとかもらった!?」
「もらってません」

 横から代樹は即座に否定する。それなりに繊細かつ深刻な話だという事を、先輩は理解してくれるだろうか。

「あのさぁ、それって最近の"異変"がヤバいやつ、って事じゃね? なんたら学会が動くんだろ」
「あ、一貴先輩」

 桜花があらたに休憩室の戸を開いた男性に声をかける。こちらは先輩に割り当てられた守護の仮面、一貴先輩だ。
 軽薄な言動で損をしているが、十分に整った容姿の持ち主。なかなか喧嘩上手で、この鑑定所では上位の実力者。

 恋人である先輩いわく「上の中」。評価辛くない? と代樹は思う。

「確かに、その可能性もある。俺は鑑定局には荒事関連の窓口に使える、と認識されてるらしくて」
「ちょっと待て。なんであいつには丁寧語なのに、俺にはなんでタメよ?」

 代樹が少し相談しようと思えば、まるで学生が何かのような(一年前は学生だったが)疑問で遮られる。
 そう問われれば自然と、同じ鑑定士である代樹と先輩の視線が交差し……

 やがて同時に発言した。

「だって鑑定士だし」
「だって鑑定士だもーん」

 そして、守護の仮面とは下僕である。少なくとも二人の表情はそう語っていた。

「こいつらぁ……鑑定士って人種はぁ……」
「一貴先輩、抑えて抑えて」

 拳を握って震える、一貴先輩。怒るに怒れない状況が、立場(と給与額)の差を物語っていた。
 色々と苦労を知っている桜花も、彼に同情的だ。

 ここでようやく、先輩は真面目な表情になって、代樹に語り掛ける。

「そだね……でも、気を付けた方がいいかも。知らないうちに機密とかそういうのに触れてるかもだし、
 違うとしても外部の人はそう思ってくれないかもよ?」
「……それって、対処できるものでしょうか?」
「うーん、まあ言われてどうにか出来るものでもないけど。でも、機関とかそっち系の人に相談してみたらどうかな?」

 そっち系とはつまり、裏社会の治安を担っている各組織の事だ。
 常に拉致や襲撃、脅迫の恐れがある鑑定士にすら、周知されている訳ではないが、自然と耳には入るのだ。
 存外、鑑定士という職は、能力社会の闇とも近い所にあるらしい。

「機関は支部がどーたらで最近はトラブル気味らしいし、バフ課は貸しを作りたくない……
 他に相談しようと思っても能力"異変"なんて、むしろ俺たちが専門側だし」

 能力の影響で、自然と意識が集中し、その大半が自分の思索に持っていかれる。
 こうなると、外部の事など分からない。
 それでも『能力』だけは漠然と見えていた。端的に言えば、これが鑑定士の世界であり、
眼を逸らす事はできても、決して逃れようもない視点だ。

――鑑定士の眼を通した世界は、恐怖に満ちている。

 世界を変える規模の能力者は、およそ十万人に一人。
 では、国規模では? 都市規模ではどうだろう。周囲の何十人を殺すだけなら、もっと居る計算になる。
 自覚がある者は一割もいない。限定的に効用を知っているというレベルに過ぎないのだ。

 もし全員が能力の全てを知れば、何が起こるか分からない。自分は違っても、隣人が爆弾を抱えていない保証などない。
 だからこそ端的に、能力がある世界というものを恐怖を取り除いて伝えるのだ。
 少なくとも、未だ不安定な社会がそれを受け入れられる段階に至るまでは。

 ただ、たまに錯覚してしまう。自分だけが恐ろしい世界に閉じ込められたかのような。

「どうなっていくんだろう、この世界って」
「大丈夫、大丈夫だって。私が居て、一貴が居て、君には桜花ちゃんが居るんでしょ。
 悪い事になんてならないよ、きっと」

 先輩はその視点を知りながらも、能天気に笑っていた。
 他人の能力が分かる力。先輩は『この能力に目覚めて本当に良かった』と心の底から思うと、話していた時がある。

 単に収入であったり、仕事が楽だという話でしかなかったが。
 それは、もしかすれば鑑定士として得難い資質であるのかも知れない。

 黙して語らない鑑定士と、顔を伏せた守護の仮面。
 世間に知れ渡る彼らが、実際に何を黙して何を守護しているのか、正確な所を知る者は数少ない。



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最終更新:2019年02月02日 20:29
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