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星界の交錯点 > 4



04.強さの意味

 岬陽太は完全無欠の厨二病患者だった。
 この時世、誰もが固有の能力を有している影響で、厨二病も馬鹿にできたものではない。
 能力の影響で尊大になったり、あるいは悪意ある他者に利用されると被害妄想を抱いたりする事は、
すでに珍しい光景ではなく、すぐに治って黒歴史になると楽観できるようなものでも無くなってしまった。

 困ったことに、厨二病的な妄想も何割かは事実なのだ。
 能力を利用した犯罪も多く、そういった事件の一つに巻き込まれて以来、陽太の特訓は日課となっていた。

 同時に、陽太の師を務める事になった加藤時雨にとっても、それは日常となっている。
 今日も弟子と立ち合い、今回フェイントを読み切り、強引に踏み込みつつ掌底を打ち込んでいた。

「うわっ……!?」
「はい、また一本ね」

 あくまで護身の訓練だ。強くは打っていないし、陽太の方も尻もちをついた程度で済んでいる。
 一勝し、明るい笑みを見せているのは、一見して中学生程度の少女。
 傍から見れば、ヒーロー番組の影響でも受けた、少年少女のように見えたかも知れない。

「それじゃ、さっきの反省点だけど……」

 しかし、外見では測り知れない所があるのが能力社会だ。
 中学生にみえる三つ編みの少女――加藤時雨は一種の、若返りの能力を持っていた。
 当人に選択の余地はなく、特定の年齢に固定されてしまうという、まるで呪いのような力。

 時雨の実年齢は、弟子の陽太の倍を超えている。
 その証拠というわけでもないが、訓練の際には学生時代の体操着を持ち出しており、
太ももが眩しいブルマは色々な意味で、今どきのデザインではなかった。

「なんというか、力押しに弱い所があるわね。ま、中学生だと色々と制約が多いんだけど」
「……強くなれない、って事か?」

 何度かの立ち合いで、疲労も溜まっているはずだが、陽太の食い付きは早かった。
 どうも彼にとって軽視できない問題であるらしい。

「うーん、強さって本質的になんだと思う?」

 少し、時雨は考えるそぶりを見せてから、陽太に尋ね返していた。
 この場合、誰もが納得する解答はない。適切に応じるには、陽太自身の考えを知る必要があるのだ。

 陽太はここぞとニヒルな笑みを浮かべると、即答していた。

「ま、重く圧し掛かる宿命に叛きし力って所だな」
「って、厨二で返す所じゃないからっ!」

 あまりに平常運転な陽太に思わず、突っ込みを入れる時雨だった。

(そういう意味じゃ、君はもう十分強かったりすると思うけどね)

 弟子に悟られないように、内心で苦笑する。
 以前の通り魔事件では、二人の共通の友人である少女、楓が死に瀕する事になった。
 相手は本物の人殺しだ。本来は手遅れで、立ち向かった陽太も彼女を救えたとは言えないのだろう。

 それでも、諦めずに抗い続けたという事実は、誰にも否定できるものではない。

(同時に危うくもある。この時代、誰もがそうなのかも知れないけど)

 陽太がもつ夜間能力は「食べた事がある食材を創造する」という、初見では平和にしか見えないもの。
 だが、あの事件で彼は、この能力で危うく人の道を踏み外す所まで行きかけたのだ。
 寸前に時雨は思い止まらせる事に成功したのだが……

 実際は止める資格も、道理もなかったのかも知れない。少なくとも、彼は楓を救うために選択しようとしたのだ。
 ただ自分が、普通の少年が壊れて、普通でない何かになってしまうのを見たくなかった。
 これは弱さ、なのかも知れない。

 人が持つ"力"に比べて、人が持つ"強さ"はあまりにもちっぽけだ。
 そのうえで、強さとは何か。迷ったものの、時雨は自分の見解を語る事に決めていた。

「強さの形は人それぞれで、決まった答えなんて無いのかも知れないけれど……
 私は生き方の強さだと思っている」
「……生き方って言われてもなぁ」

 陽太は首を傾げた。ピンと来なかったのも当然だと、時雨は思う。。
 これだけでは具体性が乏しいし、敵を倒せる力にも、誰かを守れる力にもならない。

 私自身、十分に強いとは言えないかも知れないけど、それでも。
 時に悩み過ぎて、子供に置いて行かれるのが大人なら、子供の前では格好つけるのも大人だ。

「例えば、中学生ってのは未成熟な年代でね。鍛えるにも限度がある。無理をすれば、後の成長に響いてくるかも知れない」
「肉体的には時雨師匠も似たようなもんだろ?」
「私は二十年の経験があって……無理をして体を壊しても、やり直しが利く能力だったからね。
 弟子に同じ事させる気はないわよ」

 ある意味で、陽太が時雨の強さに憧れて、師事している面はあるのだが。
 時雨としては、あまり真似をさせたいとは思えなかった。世の中、胸を張れない類の力もあるのだ。

「でも、例えば三年後ぐらいなら体格も完成して、下地を作った成果も出ている、と考えたら?
 今少しばかり背伸びをするよりも、ずっと強い事になる」
「三年後、かぁ。普通に考えたら高校生だけどよ。成長する前にやられたら、元も子もないだろ」

 ある程度は理解したのか、陽太は頷きつつも、疑問を呈していた。
 いくら正論でも、切羽詰まった問題には役に立たないのではないか、と。

「そうね。前にも似たような事を言ったと思うけど、強さなんて優れた能力の前には無力なもの。
 どれだけ鍛えて、能力の工夫を重ねても、短機関銃でも使われたら一瞬で死ぬ事だってある」

 あえて否定せず、時雨は真っ向から陽太の疑問に頷いていた。
 強さを求めるリスクは、まさにここにある。

――その強さにしても高が知れている。こんな珍しくもない武器に君は敵わない。

 一方、陽太の脳裏では、かつて比留間博士と対峙した一幕が浮き上がっていた。
 あれは銃を模した、ただのライターだった。でも、仮に本物だったらと、今でも思うのだ。

「……っ。それでも俺は」
「何もできない人間では居たくないのよね。それも分かってる。うん、分かってるつもりよ。
 でも、まずに最初に知っておいて欲しいの。刹那的な力というのは、誰かが築いた物を簡単に壊してしまうって」

 そして、と声を出さずに時雨は続ける。誰かではなく、自分が築いた物だって、壊れてしまう。
 あえて内心に留めたのは彼女自身、どこか虚しさを覚えている主張だったからだ。

 結局の所、以前の事件で楓を救ったのは、強大な能力ゆえに壊れた妹だった。
 壊れた妹に頼るという自分の選択は、刹那的な力と何が違う?
 殺害を介した完全治癒ともいえる、あの能力は紛れもなく妹をヒトとして壊した力なのだ。

「……じゃあ、強さってなんだろうな」

 目前の押し掛け弟子は真剣な様子で、ぽつりと呟いていた。

「そうね。ひとまずは楓や君が一緒にいる晶ちゃんや遥ちゃん、それに君自身も。
 どんな危険があっても高校生になって、三年後を無事に迎える事。それが強さなのは、間違いないわね」

 すでに述べた通り、本当は決まった答えなんてないのだけど。
 それでも、きっと、彼らに相応しいのは何かを失わないための強さなのだ。

――まあ、三年後って私じゃ永遠に届かない年齢だけど。

 陽太と時雨の修行はボランティアサークル、世界EIYU協会の一環という事になっており、
外向けには護身術の指導という事になっている。今の所、実態もその通りなのだが。

 場所については、実戦想定という事で転々とはしているのだが、やはり拠点は存在していて。
 普段はサークル所属の少女、楓の家の裏側に面した土地を使っている。

 家の一階は喫茶店となっているのだが、その裏口から少女が顔を出し、手を振って呼び掛けた。

「陽太くーん! あ、総帥! お邪魔でしたか!?」
「だから、俺は月下だって。そっちは世を忍ぶ仮の名だ!」
「総統はやめて……」

 陽太と時雨に呼称のダブルパンチを喰らわせたのは、樹下楓
 中学二年、活発そうな顔立ちだが、今は能力の影響で視力が落ちているため眼鏡を掛けていた。

 陽太は普通に本名だが、総統の方はヒーローには司令が付き物という理由の呼称であるらしい。

「いまは一区切りついて、休憩中だから話をするなら構わないわよ」
「ありがとうございます!」

 許可されれば、さっと陽太の近くに駆け寄ると、楽しげに話しかけていた。
 夜は俊敏な狼のような印象を持つが、こういう所はどちらかといえば仔犬っぽい。

「ねえ、今度の班別社会見学の話、もう聞いた?」
「班別……?」

 とは時雨の疑問。陽太と楓はクラスメイトだが、時雨は保護者寄りの立場のため、知らない話題も多い。
 何気ない疑問だったが、陽太は厨二モードの深刻さで応じていた。

「ああ、普通は学年単位で同じとこに行くだろ? でも、今回は班を決めてバラバラに行く。
 意図が見えねぇし、きな臭いよな。陰謀の影が……」
「えー、影なんてないよ? 先生もみんなも良くしてくれるし、いいガッコーだもん」

 楓が無邪気に厨二妄想を否定する。彼女はこのあたり、たまに容赦ない。
 しかし、時雨は否定しきれない点も感じ取っていた。

「でも、この危険なご時世に生徒を分散させるなんて、ちょっと意図が気になるわね」
「だろ? やはり組織が裏で」
「はいはーい! 総統! その件に関しましては、ウチに情報があります!」

 勢いよく挙手して楓が主張する。

「今度の国際会議に合わせて、少人数だけ能力特区、アトロポリスの見学が許可されてるんですよ。
 全員が行けないから、学校から推薦できる一班だけって事で、こういう形式になったという噂です!」

 思わず、へえと声が出た。ここで能力特区アトロポリスの名前を聞くとは思わなかったのだ。
 アトロポリス国際会議は連日ニュースで流されてる程の、重大な時事といえる。

「形式は学会らしいけど、半分は式典みたいなものよね。チェンジリング・デイ以来、復興や能力研究の進捗を
 世界中に分かりやすく知らしめる、ニュースではこうだったわね」

 いわば、世界秩序回復の本格的な狼煙だ。
 表向き国際学会(ILS)の行事ではあるが、国際連合および加盟国の影響が色濃く出ており、そして隠す気配もない。
 学者だけでなく、各国の要人も顔を出し、政治的な意図が強いものとなっている。

 一般への周知の度合いも踏まえれば、ノーベル平和賞の授賞式にも近い印象があるかも知れない。

「……学会、って事はあの比留間博士も出るのか」
「その可能性は高いわ。彼は能力研究の権威だし、メディア受けも良いから、出席も熱望されるでしょうね」

 時雨は推測を述べつつも、あえて陽太と比留間博士の因縁については触れない。
 その辺りの事情は夜の能力、アカシックレコードで大まかに知っていたものの、よほど危険な事態に陥らない限り、
不干渉か間接的な助力で済ませるつもりだった。
 現状、あちらに殺傷の意志がない以上、事態の深刻化は避けたいところだ。

 理由はともかく、陽太は修行にやる気を出しているようだった。

「とにかく、世界が動きつつあるって事だ! ならば闇の組織も乗じて動き出すに違いない。
 今まで以上にレベルアップに励まないとな!」

(だいたい間違ってない辺り、嫌な世の中よねー。といっても、騒ぎ起こしそうな子は能力特区行きの班には
 含まれないだろうから、陽太くんは安全だろうけど)

 たとえ国際会議が襲撃されようが、"あの"国連軍が全力で迎え撃つ。
 それこそ一般人の出番など皆無といえるだろう。

(……むしろ、『こっち』の問題に巻き込まれないように、私が注意しないとね)

 最近になって、世間を徐々に浸食する夜間能力の"異変"。
 時雨自身も、その発症者の一人だった。
 条件の一つは未成年である事らしいが、これは実年齢ではなく、肉体年齢が反映されるらしい。

 時雨の夜間能力はアカシックレコード。本状の媒体を形成し、知り合った人物や"観測者"に関連した情報を検索する。
 いわば、広域の情報把握能力であり、各組織に知られれば危険視される類の力の一つだろう。

 "異変"は様々な症状として表れるが、時雨のアカシックレコードのそれはなんとも不気味なものだった。
 『■■■』『■■』『■■■■』
 時雨と同じく発症者に該当する何人もの名前や情報が、乱雑に黒く塗り潰されていた。

 まるで悪意ある何者かが、その存在を否定しているかのように。



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最終更新:2019年02月24日 00:54
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