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星界の交錯点 > 7



07.世界の敵

 弾けるような発砲音が絶え間なく鳴り響いていた。
 集団の手に握られたサブマシンガンの銃口が、硝煙と共に死を叩き付けている。
 仮に、ここが街中なら大混乱だろう。たとえ能力社会であったとしても、これに勝てる能力者は多くない。

 銃器の集団運用という脅威。だが、まるで――標的たる二つの影には通用していなかった。

「また殺しは無しかよ、ホーロー」
ファング、お前も大概だろうが」

 犯罪組織ドグマの戦闘員の中でも上位格、風魔=ホーローとファング。
 黒い戦闘服に藍色のマフラーを棚引かせた少年と、人狼と化した青年が襲い来る銃弾を掻い潜っている。

 彼らは、軍隊ともいえる武装集団を相手に一歩も引かず、それどころか果敢に攻め立てていた。

『くっ……こいつら化け物か!?』

 兵士は身を屈めたホーローに至近距離からフルオート射撃、投薬の効果もあってクリアに射線が標的に向かう所が見え――
 そして、全ての銃弾は命中せずに、虚空を撃ち抜いていた。
 ホーローはまるでコマ落としのように加速、白熱するプラズマナイフを一閃し、銃火器を両断した。

 ファングもそれに劣る事はない、正面から集中砲火を浴び、抉られ無数の銃創を作りながらも、正面から突破。
 怪力と爪を併せもった腕を振り下ろし、防弾武装の兵士を一撃で昏倒させる。
 この時点ですでに能力による再生が終わり、集中砲火によって受けた傷は跡形もなく消えていた。

「なんつーか俺、とにかく死ににくいから、万が一にも負けない相手を殺すのも不公平な気がしてな」
「それは俺も同じだ。こいつらに負ける気はしない」

 軽口を叩く間にも一人、また一人と『避地』勢力の軍勢は戦闘不能に追い込まれていく。
 もはや彼らにとって、今回の相手は命を奪いにも値しない敵だった。

『全武装の使用を許可する! 生死は問わん! こいつらを叩き潰せ!』

 指導者格らしき男の声が、拡声器に乗って周辺に木霊する。
 これで、さらに強力な火器が用いられる事になるだろうが、二人の勢いはとどまる事はない。

「はんっ……!」
「……温い」

 やがて――プラズマナイフと狼の剛腕が、最後の敵を打ち倒していた。
 おびただしい数の戦闘不能者と武装の全損を抱えて、彼らは総崩れし、自分たちのテリトリーへと撤退していく。
 今日は『避地』勢力にとって最悪の一日となっただろう。

 その後は手はず通りに、彼らの物資集積場を確認。『避地』勢力は最新技術を有している事もあったが、
まあ今回に限っては、大したものはない。容赦なく焼き払い、彼らの計画を崩壊させた。

 猛火を前に、皮肉にも風魔=ホーローは学生時代のキャンプファイヤーを思い起こしていた。
 珍しくもない路地で、一人の少女と遭遇し、そしてドグマのホーローとしての全てが始まったのだ。

 あるいは、これまでの風魔ヨシユキの終わりだったのかも知れないが、どちらでも構わない。
 何事にも終わりがあり、その大半は同時に何かの始まりでもある。珍しくもない事だ。

 もっとも誰もが同じような事情であるとも限らず、ホーローは今回の相方、ファングがどのような経緯で
ドグマに所属しているかは、聞いた事がなかった。
 その彼になんとなく、今回の任務について話を振る。

「これで避地の進出は頓挫、連中はまた隔離地域に引っ込むことになりそうだが……
 ファング、この一件についてお前はどう思う?」
「どう思うってお前、潰せたんだから万々歳だろうが。もし、もうちょっと賢い回答か何か聞きたかったんなら、
 相手を選んでくれ。はっきり言って、質問の意図すらわからねぇぞ」

 狼男は関心なさげに首を鳴らしながらも、率直に答えていた。
 そんなんだからフールにケダモノ呼ばわりされるんだ、とも思ったが、言及はしない。
 ホーローとしては、そういう分かり易い態度は嫌いではなかった。

「連中がなぜ今、動き出したか、という事だ。避地の内側でやってる分には独裁者も同然、最高権力者だ。
 外で暴れて事を荒立てる必要はないだろう」

 あえて踏み込んで、重ねて尋ねてみれば、ファングは意外に真面目に考える素振りを見せた。

「つっても、欲なんて際限がないモンだろ? チャンスがあれば、獲れるものは獲るんじゃねえか?」
「ああ、そうだ。じゃあ、何を以って連中は現在をチャンスと見たか」
「なんか情報が出たか、戦力が増えたか。ドグマもそういう時は急な任務が出るんじゃねえか?」

 例えば、ナタネの運命レポートが良い例だろう。予言の書から有益な情報が出れば、それを元に作戦が立案される。
 他の組織からみれば、それはあまりに急な動きにしか見えないだろう。
 能力であふれた現在、どこから情報や戦力が沸いてくるか、分かったものではない。

「……そんな所か」
「まあ、そういう事は幹部連中でも、頭脳派の奴らが考えるだろ。それよりもホーロー」

 不意にファングは話を切り替えていた。ホーローはただならぬ予感を覚えて、瞬きする。

「なんだ、改まって」
「まあ、他人の流儀に口挟むのも柄じゃないんだが、お前、なんだかんだでドグマに来てから、
 一度も人を殺してないそうじゃねえか」

「何だかんだで、その必要はなかったからな。殺さない限り排除できない敵、というのは稀だ。
 お前こそ……クロスだったか? 機関に因縁のある敵が居るようだが」

 ホーローは言い訳じみた物言いになった事を自覚しつつも、たずね返していた。
 実際、ドグマは殺戮集団では……いやまあ殺戮集団かも知れないが、手段であって、それ自体を目的とはしない。

「俺の方は、お前の事情とはまるで違げーよ。心臓や喉を突かれた事もある、普通なら終わってる関係だ。
 別に手段として、殺しが最上なんて思ってねぇけどよ
 ただ、俺は避けるつもりはねえし、避けられるもんでもないと思ってる――特に自分や仲間の害になる相手ならな」

 元より頭を使う事も、思想を語る事も、それほど得意でもないのだろう。
 時折、頭を振りながらも、ぽつぽつとファングは語り掛けた。

 だが、これは……この男の根幹にも近い信条ではないか。本来、他人には踏み込ませたりしないような。

「ファング、お前……」
「意外か? 別に、お手々繋いで仲良しごっこがしたい訳じゃねえぞ。この掃き溜めみたいな世界ってのはな。
 道から逸れた奴は殺されても文句は言えねえし、殺されない為には味方が要る。はぐれ者には、はぐれ者の味方がな」

 つまりは、生存戦略だ。はぐれ者一人では、この世界を生き抜いていくことは難しい。
 最初からドグマの一員として、こちらの領域に入ったホーローには実感の薄い事柄だった。

「その関係を成立させるのが、敵をエゴで殺すって事だと、俺はなんとなく思う」

 ファングは自信なさげに、明後日の方向を向いていたが、それでもはっきりと言語化していた。

 正義のためでも、秩序のためでも、組織のためですらなく。
 ただ自分と仲間のエゴのためにだけ殺す――こちら側はそうやって、自他を分ける世界なのだと。

「ホーロー、お前『こちら側』の人間か? 仮にそうだとして、誰の味方で、誰の為なら敵を殺せる?
 まあ、俺が気にする事じゃねえかも知れねえけどよ。ドグマには、こういう形で人を値踏みする奴も多くいる」
「俺は――」

 ホーローは言い掛けて、何を続けようとしたかは自分にすら分からず、そして結論が出る事はなかった。
 ここで今では上司である少女、リンドウからの連絡が入ったのだ。

『ホーロー、ファング。作戦行動時間は終了したけど、首尾の方は?』
「ああ、リンドウ。大した相手じゃなかった。これで当面は再起不能だろう。回収を頼む」

 結局、ホーローとファングの話題は終わり、どこか後を引きながらも掘り返される事はなかった。
 偶然でもあるが、元より互いに踏み込み過ぎていたのだろう。
 何がとは具体的には言えなかったが、ホーローはリンドウの連絡に救われたと自覚していた。

 もし仮にナタネのレポートに頼らず、自らの運命を語るとすれば――
 自分にとっての始まりの場には、いつも彼女が待ち受けているのかも知れない。

――――

 某都市地下――頓挫した地下鉄線とも、破棄された政府の極秘交通網とも言われた広大な空間は、
犯罪組織の温床となっていた。
 組織化した恫喝の専門家、違法な傭兵団。中には国外のスパイも居を構えている、という噂さえある。
 貧困や能力的な事情で追いやられただけの人々も確かに居たが、日常と隣り合わせに銃器や薬物の密造が行われ、
違法な賭博が公然と娯楽となっている光景は、外から来た者にとっては異様なものだった。

 その最奥、並み居る犯罪者さえも近寄ろうとしない領域に、複数の影が差していた。

「敵ながら挑発的で面白ィですネェ。こォノ時世に、最大規模の国際会議トハ……」

 日本語が不得手というだけに留まらない、不気味なイントネーションで怪しく笑う。
 どこか歪な死の気配を纏った怪人物は"フェイブ・オブ・グール"と呼称されていた。
 仲間内や、直接対峙した者からはフォグと省略される事も多い。

 国連、各政府からは犯罪組織ドグマの中心人物と目され、"世界の敵"として最大の抹殺対象となっている。

 黒い髪を伸ばし、愛らしい容姿を分厚い眼鏡で隠した少女、リンドウはフォグの影のように付き従っていた。
 彼女もまたドグマの幹部であり、つい先ほど任務の首尾をホーローたちに確認したばかりだ。

「介入しようにも、国連軍の精鋭が待ち構えています。格好の餌とはいえ、釣られれば代償も大きいのでは」

 嫌々、仕方なくといった様子でリンドウは忠告する。
 なにせ、忠告した所で引いてくれる訳がないのだから、ただの茶番だ。

 アトロポリス国際会議については、優秀な情報網を持つドグマもニュース以上の事は掴んでいる。
 仮に介入するならば、常識的に考えれば、国連軍と激突するリスクを懸念せざるを得ない。
 もっとも、フォグは常識という言葉からは、かけ離れた思考を有しているのだが。

「ノンノン、メンツや士気の問題以前に、放置するのはまずィですネ。コレは『ターニングポイント』――
 世界秩序再生に向けテの、攻勢ノ合図。潰すと行かなくトモ、我々の存在を示さネバ」

 フェイブ・オブ・グールはまた不気味に口元を歪めると、チッチッと指を振っていた。

 そう、これは厨二病でもなんでもなく、世界が変わる瞬間なのだ。
 チェンジリング・デイによって世界は混乱に陥ったといっても、国際連合を始め表社会の勢力は
十分な地力を有している。利害がまとまれば、世界は一気に秩序側に傾くだろう。

 彼らに切っ掛けを与えてはいけない。ドグマとしては少なくとも、それが完璧なものであってはならないのだ。

「そうだな。頭が痛い問題だが、指を加えて待つのは無しだ。表勢力を勢いづかせてしまう。
 なにより、上層部の不満を抑えきれなくなる」

 フォグの方針に賛成したのが、この場では最年長である初老の男だ。
 衰えぬ剣呑な気配も、それを引き立てる黒のスーツも自然体として己の物としている。そういった熟練者だろう。
 ファングやフールなどからは信頼されおり、特にファングからはオヤっさんと呼ばれていた。

 その初老の男が言及したのが、上層部。
 混沌とした印象のある犯罪組織ドグマだが、それなりに大所帯の組織であれば、資源管理や運営の実務も数多い。
 そういった面で権限を握った、"厄介な連中"の総称が上層部だ。
 彼らは、どうも日和見主義が過ぎる面がある……もっとも、向こうから見れば、逆のベクトルで
フォグや初老の男が厄介な上層部という事になるのだろうが。

 フェイブ・オブ・グールはククッと気味悪く、笑いを押し殺していた。

「上層部ねェ。オレが黙らせてヤろウカ?」
「やめてくれ。口を出せなくなるのはいいがな。あんたが黙らせたら、金も物も出せなくなるだろうが」

 ジョーク、ジョークなどとフォグは笑い飛ばすが、初老の男としてはまったく油断できなかった。
 冗談で人を殺しかねないというのが、フェイブ・オブ・グールであり、そういう人種はドグマ内にも複数いる。

 そもそも、今回ドグマ内部の方針は介入路線で固まっており、争いが発生する余地はないのだが。

「避地の連中が『動かされた』事で、裏が取れた。今回は『クリフォト』の連中が動きだしている。
 今度ばかりは、相互不干渉で茶を濁すのは不可能だろう」

 気を取り直すかのように、初老の男は他の犯罪組織に言及した。
 蛇の道は蛇というべきか、ドグマは表の組織とは異なり、クリフォトについては実態を伴った情報を得ていた。
 すでに離反工作を仕掛けられた疑いもあり、初老の男も自ら裏切り者を処分している。

 邪な遊び心を含めて、フェイブ・オブ・グールは口元を歪めていた。

「同じ世界の敵ではァリますガ、彼らトは相いれまセェン。我々が望むノは再起動――彼らトハ似て異なル。
 アー、リンドウチャン? ホーローの戦闘データにツいて当人へのヒアリングお願イしまス。
 次の戦いデ、彼の能力ハ重要になルかも知れませんカラ」

 クリフォトには戦略級の能力者も複数所属している事が分かっている。
 ならば『能力を否定する』能力を持ち、改造人間としての戦闘能力で敵対者を制圧するホーローは
ジョーカーとなり得るだろう。

「ちゃん付け気持ち悪いです……指示については承知です」

 いつも通り、気だるげな様子は隠さないが、リンドウはうなずいた。
 たとえ任務を通してでも、ホーロー……風魔ヨシユキに関われる事に悪い印象は抱いていないのだろう。
 指示通りにヒアリングを行うつもりか、足早にこの場を去っていく。

 だが、当人も薄々は察しているだろうが、これは人払いだ。初老の男は低く声を落とした。

「ホーロー、風魔ヨシユキか。奴の素養に疑問を呈す声もある……実力ではなく素養にな」
「彼は面白ィですカラね。出来れバ切り捨てたくはアリませンが。次の戦ィは、その素養ヲ量る良ィ機会なるでショう」

 ホーローはナタネの運命レポートで見出され、ルローやリンドウにスカウトされた構成員だが。
 その経緯は運命レポートの内容を越えて、二転三転しており、彼には幹部ですら測り知れない面がある。

 フェイブ・オブ・グールはそれを面白がっている節もあったのだが。

「素養がないと判断されれば?」

 初老の男は畳みかけるように、鋭く尋ねていた。

「計画がツギの段階にすすム際、先ダッて『エデン』にぶつけマス」
「えげつない、な。だが組織としては、どこかでケジメを付ける必要がある」

 エデンとは、機関に所属するドグマの重要な抹殺対象だが……
 直後、彼らの沈黙には、それだけに留まらない重みが存在していた。

 やがて、フェイブ・オブ・グールは地下内の天井を仰ぎ見た。その先には地上が、さらにその先には空が存在する。
 あるいは――本当に地下から、世界を仰ぎ見ているつもりなのかも知れない。
 まるで深遠より出でて世界を喰らい尽くすという、教典に記された怪物のように。

「マ、堅い話は置いとイテ。オレは楽しみダヨ。ツイに、ドグマと世界が衝突スル。
 ソノ前哨戦としテは、華々しィ舞台だからネ?」



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最終更新:2019年02月24日 00:59
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