「…親父、葵だぞ!! 葵を連れて来たぞ!!
…一年ぶりに会うおじいちゃんは、ひどくやせていた。もう、お父さんの声にも目を開けてくれない。今頃おじいちゃんに会いにきた私には、全身に散らばる『癌』がはっきり見えた。
「おじい…ちゃん…」
もうすぐおじいちゃんを殺す癌と同じくらい、役たたずな自分に腹が立った。去年の夏休み、プールに夢中になって里帰りに反対した私。冬休みにインフルエンザにかかり、またおじいちゃんに会いに来なかった私…
(…ごめんなさい、おじいちゃん…)
おじいちゃんは私を許してくれるだろうか。もう少し発見が早ければ、偉いバッフドクターにも診てもらえたのだ。病室に集まった叔父さんたちの顔も見られず、私はただ俯いて、自分の爪先をじっと睨み続けた。
(あ…)
病院の赤い子供用スリッパに描かれた、ウサギの絵が踊っていた。今では懐かしいおじいちゃんの『力』。小さい頃、無口なおじいちゃんの膝の上で、私はこうして踊る絵本の動物たちを、ずっと夢中で眺めたものだった…
周りの大人たちは、誰もピョコピョコと踊るスリッパのウサギに気づいていなかった。声を出した瞬間に大声で泣き出してしまいそうで、私は唇をかんで踊るウサギを見つめていた。
「…父…さん…」
…叔母さんが低く泣き出したとき、ウサギたちがバイバイ、と手を振った。どんなアニメより大好きだったおじいちゃんの不思議な絵本は今、終わってしまったのだ…
「…10時15分です…」
小さなお医者さんの声。私は顔を上げておじいちゃんにさよならを言った。もう一度見下ろした動かないウサギに、ポタリ、と大粒の涙が落ちた。
おわり
登場キャラクター
最終更新:2010年06月18日 20:28