メズマライザー


タイトル:メズマライザー
作者:来田 千斗・松枝 いろは・森 澄香
掲載号:2024文化祭号


本作品はサツキさまの楽曲『メズマライザー』(https://www.youtube.com/watch?v=19y8YTbvri8)をモチーフとしたリレー小説です。三人の作者によって紡がれる物語をお楽しみください。

1 来田千斗 

 西の空が橙色に染まり、笑みを浮かべたお天道様が昇る。
「さあ、今日も劇団『催眠の宴』のショーが、始まるヨ☆本日は、新進気鋭の人文作家、――――さんの…」
 パラパラと疎らな拍手が起こる。会場を割らんばかりの大歓声と共に、耳をつんざく拍手の大合唱が巻き起こった。
 空虚な劇を目にした観客は、一人又〃と帰っていった。誰もがその素晴らしさを讃えるであろうその素晴らしい劇は幾万の観衆の心を掴み放さなかった。
『舞台の上の彼女は物語を完璧に表現していた。その力強い声は、観衆を魅了して止まなかった』

「いいかい、君たちは、僕の言うとおりに演じればいいんだ」
「はい、マスター」
「ハイじゃないよ、行動で示しなさい」
 彼は、自らの正当性を信じて疑わない、そんな様子だった。

 その場にばたりと疲れた風に倒れこんだのは俳優2、そんな2には目もくれず翌日の舞台準備を始めようとしているのが女優1である。
 彼らの職務は多岐にわたる。歌唱を中心に演劇や映像作品、ときには“襤褸が出ぬよう”に気を付けファンとの写真撮影にも応じる。
 簡単なことだ。彼らは人間ではないし、そうなることを望まれたこともない。彼らは“完璧な人間の虚像”として作り上げられた。いや、そもそも、この人間社会そのものの虚構性が、はっきりと表れたもの、そう呼ぶこともできるだろう。

「俺が先輩を虐め殺し、最後に自ら命を絶つその様を、実際に死を望みたくなるほどの拷問と共にリアリスティックに描く…悪徳政治を批判するため先輩を車裂きにする…軍への志願を呼びかけるため俺が敵軍に殺される様をつぶさに描く…なあ、どれもこれもどうかしているんじゃないのか?」
「…」
 2が叫ぶ。
「昨日のジンブンサッカ、あいつが真面に思えてくる。面白味の欠片もない話だったけれど、理性は持ち合わせていた。なんていうふざけた企画なんだよ!」
 テーブルに叩き付けられた拳が、適当な造花の入った花瓶を揺らす。
「私たちは幾度でも蘇ることが出来る。そうできない人々の分まで崇高な理念を果たす、それが私たちの義務だ」
 観客たちの歓声と拍手が巻き起こる。

「なあ、やっぱり、いくら俺たちが人間ではない、そんな存在だとしても、このままでいて俺は、正気を保てるとは思えない」
「何も考えるな。私たちは考えることを求められてはいない」
「それでいいのかよ!」
「どうしても何かを考えてしまうというのなら、どうにか工夫をして何も考えない傀儡になれ。さもなくば、自らの心によりお前は死ぬ」
「……」

「俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えてはならない俺は何も考えて」

 あの観客席は満員なんだ、今は偶々外に人気の出店が来ているんだ。配信の視聴者数は不具合で0が5つ少なくなっているんだ。今客席からステージへと投げ入れられたのは花束なんだ、断じてゴミなんかじゃない。

――劇の出来はともかくとして、彼らの歌声はやはり美しかった。ただ少し、俳優2に迷いが見えた。――  
――そうすると、彼らに自我があるという噂はまさか真実なのか?―― ――さすがに、そういった演技プランであるというだけだろう。哲学的な関心が寄せられているテーマでもあるわけだし。――
――それが妥当な結論だろうな。――

 ここから紡がれるのは、とある存在の物語。人間と呼ぶに値するのか、その意思というものは果たして“本物“なのか、そもそも意思に真偽などあるのか。

 私は今から20年程前、娯楽のために生み出されたそうだ。製作者が商売心以外の何かを持っていたとは思えない。私はこの世に生を受けたその日からずっと、自分勝手な“クリエイター”たちの道具だった。

2 松枝いろは

 私達が被造物である以上、”クリエイター”つまり創造者には逆らえない。かくあれと創造者が望んだから、かくあると応えるだけだ。命令に応える以外の意思はない。身体がニンゲンと同じという事を除けば、人形と然程変わらない程度の存在。
 かつて……誰も詳細を知らぬ程の昔、人の声を真似る人形があったらしい。レコーダーでも内蔵している人形なのかと思ったが、どうやら違うのだという。それは独自の声音を持ち、人間の望むままに話し、笑い、歌ったのだそうだ。
 それから長い長い時が流れ、そして私達は創られた。人のような姿形を持ち、身体を持ち、声を持つ。しかし食事は不要、排泄も不要、本能と呼べるのは命令を実行しようとする薄弱な衝動のみ。感情はないらしい。しかし人間の感情を解し、真似られるように仕込まれている。私達に求められるのは”本当の芝居”。血糊ではなく本当の血を、見せかけの死ではなく本当の死を。より強い刺激を求める人間たちのために、私達は生まれた。次の舞台もまた痛いだろう……いや違う、次の舞台のクオリティを上げる為に練習しなくては。具体的な練習方法はどうしようか?
 俳優2よりもずっと達観してしまった女優1は、履いていた革靴を綺麗にしながら思考を回していた。

「なぁ、女優1」
「何か考えているようなら、その話はお断りだ」
「……だが、」
「いいか?この娑婆じゃ最早正気の沙汰じゃやっていけないんだよ。素知らぬ顔で身を任せてろ」
「俺にはそれが最適解だとは思えない。もっと他の方法はないのか?」
「見つける前に壊れるのがオチだよ」
「……っでも、」
「どうしても感情を保っていたいなら、自己催眠でもかけてろ。自分は平気だ、何も感じないってな」
「……俺は何も感じない。俺は何も考えない。俺は――」
「おい、俳優2。ちょっとこっちに来い」
「はい、マスター」
「お前、ローラースケート壊れてるぞ。修理してやるから脱いでから行け」
「急ぎの用事なんだよ、女優1。それは後にしろ。それと、次の衣装は赤色だからな」
「はい、マスター。」

 下らない、取り留めも無い雑談をする。これはどうでもいい雑談なので、明日には……いや、一時間後には忘れているだろう。会話をだらだらと続けていると劇団長が来て俳優2を呼び、俳優2はローラースケートを履いたまま彼の元へ向かう。女優1は俳優2のローラースケートの車輪が壊れている事に気付いて声をかけたが、マスターは軽く手をあげてそれを制した。すっと頭を下げて言葉を切った女優1に、劇団長は次の舞台の衣装を告げる。きっと俳優2は青色なのだろうな……いや違う、赤色は私に相応しい色だと女優1は考えた。
 丁寧に革靴を磨き、自分で発光しているのかと見紛う程にぴかぴかにする。靴磨きは良い、余計な事を考えずに済むから……いや違う、舞台に立つ者として自分の衣装を手入れするのは当然だ。何かを綺麗にすることは気持ちが良い。

「女優1、こっちへ来い」
「はい、マスター」

 ぴかぴかに磨き上げた革靴を履き、マスターに従って部屋に入る。壁にもたれかかるようにして目を閉じている俳優2は、青色の衣装に着替えて黒のチョーカーをつけていた。
 マスターが豪華な椅子に座って手招くので、それに従ってマスターの向かい側の椅子に座る。

「お前は女優1。人間の為に創られ、私の為に存在する。私の為に働く事以外にお前の存在意義はなく、お前は私に従順に従わねばならない。お前に意思は必要なく、ただ指示に従い感情を真似ればよい……」

 延々と流し込まれるマスターの言葉を聞いているふりをしながら、意識を何処か遠い場所へ飛ばす。長々と続く演説は、果たしていつまで続くのだろう。
 永遠とも思える時間の後、マスターが何やら手を動かす。それに従って立ち上がり、赤い衣装を着る。俳優2の隣に座り、目を閉じようとして――はっと気が付いた。飲まれる寸前だったと自覚し、思わず口に手を当てる。危なかった、完全に意思を失ってしまうところだった。
 隣にいる俳優2も目覚めたが、何故ここにいるか分からないとでも言うようにきょとんと首を傾げている。その様子なら、マスターの長い話を聞ききっても壊れずにいられたのだろう。一応気にした方がいいのだろうか……取り敢えず、目を離さないようにしよう。

「女優1、俳優2、次の舞台の台本だ。明後日には公演だから、覚えて稽古も済ませておけよ」
「「はい、マスター」」

 無造作に台本を二冊放られ、頭を下げて受け取る。俳優2を連れて部屋の外へ出て、台本を読むところから稽古を始めた。
「……毎日生かされて、殺されて、でも生き返って……なのに、報われないんだな」
「諦めろ、今更だ。ないもんはないんだから、余りもんで勝負すんだよ」
「勝負できるほどのもんは持ってねぇけどな」
「…………自己催眠でもしとけ。公演まで時間がない、さっさと稽古するぞ」

 眠る必要のない私達は、夜通し稽古する事が出来る。だからこそ、劇団長は無茶な日程の公演へ躊躇なく踏み切れるのだろう。
 あっという間に消えていく時間を必死で消費しつくすように、女優と俳優は稽古を続けた。

3 森澄香

 ──彼らの劇は、疲れた夜の大人には、ちょっと重荷だった。客席を見渡しても、社会を斜め下からにらみつけるような若者しかいない。強すぎる刺激は、みている方の不安すら掻き立てる。──

 舞台上で、女優1が舞う。俳優2は台本通りの乱暴なせりふを床に叩きつけながら、彼女の目に光が宿っているか確かめたいような衝動に駆られる。もちろんそれはできない妄想で、でもせめて痛そうな顔をしていてほしい、と思う。
 隙を見せたら終わりだ、そんなことわかっていた。俺の代わりなんていくらでもいて、マスターの望む通りに動けないやつは捨てられる。実際にそう言っていなくなっていた仲間たちが、いや、俺たちは仲間だっただろうか。

──あの歌声は本物だ、だけどあの表情には嘘がある。それもそのはずだ、彼らに自我がないなら、あれはせいぜい感情の真似事だ。演じる側が役になりきれていないから、みている方が安心して入り込むことができない──

「あんたは疲れないのか」
 俳優2が問いかける。へばった様子もなく、女優1は淡々と着替えをしていて、うざったいとでも言いたげに俳優2に目をやった。
「私らが疲れたらそれは私たちである意味がない。疲れないこと、そのために私たちが生み出されたと言っても過言ではないわ」
「人間に生み出された俺たちが、なんで人間に憎まれなきゃならない?見たか、劇場の三列目に座ってた人の顔!あんな顔をするくらいなら見にこなきゃいいんだ!」
「──あのなぁ、お前演技に集中しろよ」

 いつだって本当であることを求められる彼らは、本物の感情は捨てなければならない。その感情は偽物だと言われてそう信じ込むから、彼らの演技は偽物の真似事でしかなくなる。猫がおもちゃのねずみを見習うようなものだ。その矛盾が、劇団を傾かせていないはずがなかった。

「おい、女優1、俳優2。こっちへ来い」
「「はい、マスター」」

 普段は使うことのない裏口から外へ出る。マスターの安っぽいマントが風にはためく。外の空気を吸って初めて、今まで自分たちがこのせまい劇場の中で過ごしてきたことに気がついた。
 なんだろう、どこか遠くまで出かけていってサーカスでもやるつもりだろうか。そう思った瞬間、マスターのマントがさっと翻った。
 うしろで金属のドアが音を立てて閉まり、鍵がかかる音がした。
 暗い沈黙の後で、どうやら自分たちは捨てられたらしいということが分かるまで、ずいぶんと時間がかかったと思う。

「なぁ、俳優2。もしかすると、私たちは、捨てられたんじゃないのか」
「俺もちょうどそう思っていたところだ」

 こうなってはじめて、女優1は自分が何者でもなくなったことに気がついた。「女優1」という名前、「マスターの命令に従う本能」、ごくわずかなアイデンティティの全てを今、私たちは失ったのだ。

「私たちってどうなったら死ぬんだろうな」

 ぽろりと、一つの疑問が転がり出るのを、女優1は止められなかった。思考することを止める人はもういない、代わりに受け止めてくれる人も俳優2だけになった。
 何も食べなくても死なない、半分に引き裂かれても死なない、ということは私たちの存在を支えるのは主人の存在だけなんじゃないか。だとしたら私たちはこのままでは、自然に消えていくのではないか。

「それは嫌だなあ。ちょっと、怖いなあ」

 俳優2はそう言った。もとから生きているかも怪しいのに、死ぬのが怖いなんて笑っちゃう。でも、確かに少し怖いかも、と女優1は思った。

「私たちはマスターのために作られたんだから、どんな理由にせよマスターが私たちを必要としなくなったのなら、劇団から切り離されてしまったのなら、私たちは死ぬのかもしれないな」
「そうだね、そうかもね」

 路地裏のじめじめした空気が身体中にまとわりついていた。左側を向くと、大通りの喧騒と明かりが見える。

「人間ってどうやって生きてるんだろうな。俺たちずっと人間の真似をしてきたけど、結局なんにもわからなかった」
「案外、私たちとあんまり変わらなかったりするんじゃないか」
「そうかもな」

 なら人間の世界に行けば新しく人生をやり直せたりするのかも、と女優1は一瞬思ったけれど、それが叶わないのはなんとなくわかるような気がした。

「私たち、一人だったと思わない?」
「ん?」
「感情とかなくて、他人との繋がりもなくて、目の前にいる人でさえ住んでる世界が違ってさ。皮膚の一センチ上に世界の境界線があるみたいだった」

 女優1が言っていることは少し難しかったけれど、なんとなくわかるような気もした。

 その一月後に『催眠の宴』は解散を発表した。だれも使わない金属製のドアの前に、赤と青のビーズが残っていた。

    完
最終更新:2025年03月21日 22:13