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元帝(梁)

蕭繹

508-555
南朝梁の第4代皇帝。諡は孝元皇帝。廟号は世祖。南朝梁の武帝の蕭衍の第七皇子。母は阮氏。湘東王に封ぜられ、鎮西将軍・都督・荊州刺史にすすみ、江陵に鎮して重きをなし、健康に簡文帝を擁する侯景に対した。しかし周辺の宗室諸王との間に抗争があり、将軍王僧弁・陳覇先らが侯景を平定したのは、552年の3月である。その年の11月に江陵で即位し、初めて大清6年を承聖元年に改めた。国の内外の複雑不安な政情のもとに在位2年、西魏に攻められて没した。魏軍の攻撃がはげしいときにも老子を講じ賦詩をやめなかった帝は、最後には古今の図書14万巻を焼き、みずからも滅びようとして宮人にとめられ、宝剣をもって柱を切ってこれを折り、「文武の道、今夜窮まれり」と嘆いたという。

年号

承聖 552-555

后妃

徐昭佩
王貴嬪
袁貴人
夏貴妃
王良人
弘夜姝
李桃児

子女

蕭方等
蕭方諸
蕭方矩
敬帝
蕭方略
蕭方晷

益昌公主(蕭含貞)
安昌公主

宰相

張綰 553-554
王褒 553-554
王僧弁 552-555
蕭恪 551-552

本紀

『梁書』巻五 紀第五 元帝
『南史』巻八 紀下第八 元帝

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最終更新:2026年02月26日 01:42
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