趙自勤 ちょうじきん
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盛唐の官人。天宝年間(742-756)に秘書監となり、天宝十二載(753)に水部員外郎から括州刺史に転出した。『定命論』の記載によれば、作者は天宝十四載(754)に勤務評定を受けるために上京し、その冬、三品の位を示す紫衣を拝領し、さらに安史の乱後の乾元二年(759)二月、盲目の易者に運勢を占わせている。以上の事実から見れば、八世紀中ごろの人であろう。著作に『定命論』十巻がある。
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参考文献
前野直彬『唐代伝奇集2(東洋文庫16)』(平凡社、昭和39年4月)
最終更新:2026年05月16日 01:15