第12回 2009年12月14日 > 01

●社会学における実証性
 …ごちゃごちゃと解釈学に関する理解の部分を述べました。自分でも実を言うと科学社会学に対しては、自分があんまりよくやっていないということと、こう言い切っちゃっていいのかな、というのが未だ決められてなくてね。いつも口籠っているんですが。まあ今日はとりあえず、一つこう思うということを無下に言ってしまおうと思います。かなり極端な議論なので、いわゆる学問としての公正な評価の話にはちょっとならないと思います。
 それでですね、社会学の話の説明を思い出してください。ポイントはどこにあるかというと、社会学における実証性というのをどこに取るかなんですよね。社会学において何が実証になるか。
 大体実証性の元になるのは、少なくとも人間の集団なんですよ。これ、言い方が微妙で、社会的構造という言い方をするべきなのか、どうなのか、よくわからない。前回、社会学の基に成った3人、マックス・ウェーバーと、それからエミール・デュルケムと、ゲオルグ・ジンメルを挙げました。けれど、3人それぞれの特性は違います。ウェーバーは、各個人の意図とか理解社会学と言われるかたちで、どう理解するか、というかたちをベースにした。それに対してデュルケムは、集団の無意識というかたちで、個人のコントロールから離れたものが、社会に対して影響するとした。ジンメルは通理的なというか、形式的なもの、純粋的に形式的なものということを捉えようとした。
 つまり問題は、「社会学における実証性を支えている担い手」になるんですよね(実証性を支えている実体というと言い過ぎなので、「担い手」とします)。基本的に、実証性という議論を考えたときには、「何かがあって、そいつがあるが故に実証的だ」とするのが、これ通常の発想なわけですよ。素朴実在論もこれね。実証的だということは、何かが存在しているから、その上で実証がたてられる。
 僕自身はかなりエクステンドの方に親近感を持って話しましたが、これも前回、バシュラールの言葉として書きましたが、「事実の科学」と「効果の科学」があると。つまり、(事実に対しての実証性ではなく)「効果に対しての実証性」という概念がありうるわけですよ。しかし実証性を支えている担い手――この担い手を、通常の「事実の科学」は、例えば実体と言っちゃうわけだけれど、あるいは哲学的なクオテーション抜きで広い意味で実在と言っちゃうわけだけれど――この担い手、実体に対して、私たちは、むしろ「効果に対しての実証性の担い手」を考えるわけですよ。
 「ところが」と言うよりも、「むしろ」という言い方をしているわけですよね、バシュラールは。
 それでは、「効果に対しての実証性」を支えている担い手は何だろう。ウェーバーは個人なんだと言います。個人と個人の間。デュルケムは個人ではない。個人のかわりに、当時、ユングとかが提唱していた集団的な無意識と言われているものに支えていると言うわけです。ジンメルはそこに対して純形式的だ、と答える。「実体」というよりも「担い手」という言い方をしているのは、それが表現上の担い手という可能性もあるので、必ずしも実体だとは言えないからなのですが、社会学になったときに、実体としての私たちが入ってきちゃうんですよ。
 社会はまともに私たちの目の前にあって、私たちもその一員だから、個人だろうと、集団無意識としての社会体制だろうと、個人的な理解だろうと、「実体としての私たち」が社会学の場合は入ってきちゃうんですよ。だから、社会に対して改革ということをどうするかと言ったときに、私たちの実体的な問題として、支えている担い手を通してその効果の実証性を確実にする、というタイプの発想になるわけです。
 ところがバシュラールは「むしろ」という言い方をしている。「事実」と「効果」はイコールではないと言った。僕はこちらの、「むしろ」に近い立場に立つ。
 科学社会学というのは実証性のコントの議論でも言ったように、非常にある意味で全ての学問の学、ということを目指したわけです。一般社会学、普遍社会学みたいなかたちでね。で、それは全てが私たち、実証性に関わるものがすべて人間の活動だから。人間の活動ということを全部ひっくるめることになって。つまり、人間という担い手にその基準を置くことによって全体を統合することができる、という風に考えたわけです。でも、20世紀初頭のところで色々と問題があったわけですよね、この前ちょっと触れたけど、その問題は一次大戦・二次大戦において、総力戦というレベルで出てきたり、それから民族自決主義とかで、色んなシステム論の問題として出てきた。
 しかもその問題を扱うときに、「人間の活動を見るときに、個別の社会システムではなくて、全体社会というのがこの実証性の領域として社会学が適用するべき範囲だ」と、社会学全体のコネクションを考えた。二重にあるわけです。「効果が結びつきあう領域としての全体社会」と「それが全体社会である、ということを支えている担い手が人間である」というこの二重のかたちで、社会学における実証という問題に対して触れているわけです。

●社会学における実験
 そうしたときに、科学社会学とはなんじゃないな、という話になる。科学社会学のベースのもとで、社会学は〈学〉ですから、社会的意義のある「法則性」を、社会理論として持ってくる。社会学はあくまでも〈学〉なんです。でも、この法則性は、全体社会では――しかも実体を伝えている私たちが全体社会のなかには入っているんだから、法則性は、自動的に政策という問題に関わるわけです。〈政策とかその実施、政策の実施ね。ある意味でこれは社会学における実験そのものなわけです。〉繰り返しがきかないような実験。危険な実験である可能性はある。
 そうしたときに、今日の最初から触れているように、科学ということ――正確に言うと科学と技術ですね、それが社会に対して非常にでかいインパクトを与えてきた。その科学技術というファクターが、どういうかたちでこの側面から捉えられるのか、というのが広い意味で科学社会学だと考えていいです。
 ところが科学社会学にもミクロとマクロというものがある。科学社会学における社会という領域がどこになるか。私たちがその科学技術が問題になると言ったのは常に、私たちの生活にインパクトがあるんだと。全体社会に対してどういう影響があるからだ、ということです。
 でも歴史的な研究として、科学社会学において最初の社会はなんだったかというと、科学者共同体があるんですね。つまりこれは科学社会学が対象とする問題の実証性を示すために、それを、科学という現象を担っている担い手(科学者)にしたわけです。科学者共同体というものは、科学社会学の実証性のベースになるわけです。

●科学者集団の歴史
 では、科学者共同体というのは何か。昔は、科学は共同体という概念では明示されていなかった。例えば、それは個人の職人だったりしたわけですね。ルネサンス以前において、上級の学者というのは、実験というかたちでは世界に触れなかった。職人階級が実験を行っていました。それらの両方が接合したのが、ガリレオを初めとするルネサンス期で、この結合が近代科学の発生の契機だと言われているけれども、まだその頃には科学者共同体という発想はありません。
 科学者としての共同体とは別の共同体がある。芸術家として、職人として、それから上級の学者のサークルとして、別々の共同体同士が出会うことはありました。その芸術家や職人や学者の共同体の集まりが、だんだん、科学者共同体という発想になっていったのは、どういうことか。これは色々経緯があるんですが、例えば制度的なかたちで科学者共同体ということがはっきり打ち出されたのは、フランス革命です。ナポレオンが命令して作らせたエコール・ポリテクニークというのがある、フランスでの理工系で最も優秀なグランゼコール、大学校ですけれども、大学じゃないんだね。でも大学よりも難しい。なぜエコール・ポリテクニークが作られたかというと、砲兵の養成のためです。大砲の運用というのは、どこまで届くかっていう弾道学とか、どこを狙うかということに対して三角測量をどうやるかとか、そこまでの移動をどうするか、という非常に数学的なものが必要です。そういうことから、大砲自身の改良まで含めて計算する人間を養うためにナポレオンが作ったのが、グランゼコールとしての、エコール・ポリテクニーク。そこで一つの科学の制度化が行われたわけです。
 それでは、研究者としての科学者共同体はいつできてきたのか。これは非常に曖昧なんですね。まあドイツが中心なんだけれども、学会誌をやりとりしてこうやって話をしてお互いの研究を認めましょうと。研究分野がどんどん分かれていくわけだから、関連している分野の間の情報を伝えあっていきましょう、ということで科学者共同体がまず理念としてできるわけです。そういうこともあり、バシュラールが、科学的精神というものは、社会学的な実体というものがあるんだとすれば、それは科学者共同体が担っているはずだ、という言い方をするところがあります。(けれど、そう解釈する必要は無いと僕は思っています。)科学的精神を体得している、科学的精神を持っている人たちが科学者共同体なんだと。これはある意味で理性的なものをもっているやつらが人間だと、カントが言っているのと同じ発想です。共同体の意味を、生活しているとかいう実質に求めるわけではなくて、理念に求めます。理念としての共同体です。
 それと同時に、現実としての共同体があります。現実としての共同体とは、例えばどこそこの学会、どこそこの学閥、どこそこのプロジェクト。大概、今の科学社会学で問題にするのはこちら側になります。ミクロの場合、例えばある研究グループにこういう課題がある。そのなかで指導的な意見がいくつかある。それぞれの指導的な意見の間でどうやって一つを採用するんだろうか、方向を決めるんだろうか、といったときに、理性的にちゃんと話し合いをして「こうなりましてね、だからこうなるからこうなって、こちらの命題を証明するべきです。」などという話はほとんど起こらない。「お前やれ!」とか。なんとなくあの偉そうな人が怖いから、とか。色々な人間関係の中での雰囲気とかね、空気とかそういうものによって定まっていく。もしくは、どう理解しているかをきちんと相手に対して伝達するんじゃなくて、なんとなくわかっているという感じで伝える。そこには、現実の細かい意思の疎通のレベルでの社会学的要素――つまり噂、それから師弟関係、どういうものを、どういう解釈の仕方を授業で習ってきただとか、そういう影響が当然あります。
 一方、マクロで見るとそうではなくて、さらに科学者共同体の全体が、社会に対してどういう影響をあたえるかが問題になります。例えば、村上陽一郎をはじめとする多くの科学史の人たちは、18世紀、19世紀は、科学者は世界に何のフィードバックもしないのが基本だった、と言っています。何かがわかること、それは人間が真理の世界を突き詰めていくことなんだから良いことだ、と。良いことだし、彼らは専門家なんだから、専門家が一生懸命やったことに文句をさし挟みなさんな、と。人間の知識が向上するんだから、世界に近づいていくんだから、それに対して皆が協力して金を与えるのは当たり前じゃないか、と。そうして科学者共同体が(この場合、理念の共同体にちょっと近いね)理想化されたかたちで、自分たちの内部だけで評価を持ち、真理を探究していくようになった。科学者、理念としての科学者集団の、共同体の理想的な自己満足…といったら言い過ぎですが、オートノミー(自律性)が前提されてくようになった、という議論があります。
 どこまで本当かと言うのはかなり微妙だと私は思っています。なぜなら宗教との関係で、科学者共同体にオートノミーがあったかどうかというのが、じつは非常に微妙な問題だからです。ですが、今の社会学でまともに宗教を扱っている人は日本では(宗教社会学はありますけども、インタラクションで宗教をちゃんとやっている人が)どれくらいいるかは、私はとても怪しいと思っています。それぞれ個別の実体、個別の担い手の集団を特定した上で、それを扱う文化的な社会学はあります。その一方で、全体社会の中で人類の福祉はどうなるだとか、人類全体の資源系はどうなるかだとか、地球環境に対してどうなるかってタイプの議論もあります。しかし、その中間の社会構造のインタラクションに対して全く異質なものがどう働いているか、というタイプの議論というのは、じつは非常に少ないです。

●科学なのか、科学者なのか
 中間の社会構造のインタラクションに対して全く異質なものがどう働いているか、という議論で扱っている要素は何かというと、基本的に、権力と経済です。これらは、政策・実施に関わるものなので、この二つを連関のファクターとしてとってやる。これ以外のタイプで、異質な社会観同士がどう関わっているかという研究は、いわゆるカルチュラル・スタディーズがやっています。でも、カルチュラル・スタディーズは全体に対して、逆にこれ(政策・実施?)とのリンケージがない。しかもカルチュラル・スタディーズにおいても、やはりこれ(権力と経済?)は前提となっている。このあたりが、全体としての大体の見取り図ですね。
 で、そういう見取り図のもとで、今のところ、どういうことが科学社会学といわれていることの中で問題とされているかというと、科学と書いたときに、科学を指すのか、科学者を指すのか、ということです。これはかなり微妙な問題だと僕は思っています。
 若手哲学者フォーラムというのがあってね、その合宿に、私は若くはないですけど行ったんですが、科学と哲学の議論があって、科学と哲学が指しているものが分からなかったから、僕、文句言ったんですよね。あんたらが言っているのは、科学と哲学の話なのか、科学者と哲学者の話なのか、それも共同体としての科学者と哲学者の問題なのか、個人としての科学者と個人としての哲学者の問題なのか、どれがどう絡んでいるか全然わからないんだ、と。科学と哲学と言っているだけで、そこのところがそんなことでいいのか、と言ったら苦笑いしていました。それっきりです。
 さて、20世紀以降、科学の自律性と一緒に考えなくてはならないのは、産業技術のインパクトです。科学の自律性においてなされるのは、真理の探究ですよね。(私が喧嘩を売られていると思った)吉岡さんはこれに対して、うろうろとお散歩しながら真理を探していくというという意味で「散策型」と言っています。科学の自律性に対して、産業技術の方では典型として社会的巨大プロジェクトがあります。これは「問題解決型」なんですよね。吉岡さんは、「企業型」とも言っています。
 そういうかたちで20世紀になって科学が変化した、という論調があるわけです。この巨大プロジェクトの内容は、環境とか医療とか色々ありますけれど、やっぱりこれプロジェクトなんですよね。これも科学と呼ぶのかどうか。例えば、ドイツにおける重工業、重化学工業の成立というのは、科学に非常に影響しています。つまり、世界大戦中にドイツは毒ガスを作りましたし、アメリカは原爆を開発しました。その後、宇宙開発もしましたね。巨大なプロジェクトが作られ、そこから新しい科学の発見がなされている。
 いま天文学の雑誌を見ると、星座の絵だけじゃなく、いろんな解析が載っています。光の波長を可視光じゃなくて色んなところから見ていくX線天文学があるからです。この電波天文学のもともとの起こりは、二次大戦におけるレーダーの技術開発の応用です。
 新しい機器ができることによって、新たな観測対象が発見されて、どんどん進歩していく。この技術のインパクトから始まる「装置指導型」と言われているタイプのサイエンスも生じてきています。これは大げさな話ではありません。新しいスペックのパソコンができたら、何か新しいソフトを組んでみたくなる、という気持ちがある人って、いっぱいいると思うんですよね。つまり何かできるものをやってみよう、どんどんやっちまう、ということをでかい規模でやっているだけの話なんです。

●科学と政治経済
 大体こういう風なかたちで巨大プロジェクト科学になって、この巨大プロジェクトになった途端に内部で――「企業型」と言われている内部で、さっき言った研究室の中で教授が持っている権力とかいうレベルじゃなくて、どういう仕事を誰に割り振る、どこから金を持ってくる、その金を持ってくるために何のアピールをする、という一つの小社会集団が作られるわけです。それが科学社会学における、内部的な意味での科学の社会性を見ることになる。同時に、でかいプロジェクトですから、金がやたらかかる。ものすごくかかる。しかも産業でも設備投資は要るんだけども、産業の設備投資だったら何か生むから、回収の見込みはあるわけね。
 ふつう、サイエンスのものっていうのは直接的には費用回収ができないわけです。応用ができればいい。とてもいい例で挙げられているのが、巨大加速器。筑波に行くとトリスタンというでかい加速器がありますけども、あれは電子と電子をぼこんとぶつけて、わーっと出てきた電子線を、写真に撮って解析するのね。これから直接、何が金になるのか。それはまあ、あそこで勤めた人が撮った写真で啓蒙書を書いて出版すればね、それなりに金入るかもしれないけど、そんなものすずめの涙以下だ。
 ところがそういうようなタイプの巨大加速器というのは、例えばヨーロッパだったらスイスの山の中に、CERNというもの凄くでかいのがあります。それから、スタンフォードではSLACという直線型加速器が(結局金の問題で当初の計画通りにはできませんでした)あります。こいつらなんか典型的に何の金も生み出さない。それにも関わらず維持経費はやたらかかる。
 こんなものに対して、今世の中皆金がねえわってね。昨今、派遣村を作らなきゃならないとか、それからリストラの人間が多いんだとか、それから貧困が世界で喘いでいるだとか、そういう状況で大量の金を加速器に投資するような権利がいかにしてあるのか。権利を彼らはいかにして主張するのか。
 そういうかたちで科学というのが世俗化すると言いますかね。これも吉岡さんの言い方なんだけど、科学者の事実性が支えていたところにある、つまり真理ね。科学、それから真理の価値。これを行動のレベル、社会のレベルに引き落としたときに、どれだけの正当性を言うことができるんだろうか、と。
 私が吉岡さんに喧嘩売られているのは、ここなんですね。科学の価値を、経済の話として正当性があるのか、と聞かれたときです。それに対して、科学の価値は認識論的な価値で、という話をすると、彼は「そういうことを言うやつは教養主義者だ」と。そんな正当性なんていうものは他のやつだって皆言うことができるんだと。だからそうではなくて、社会学のレベルでの社会学の法則に従って、科学がちゃんと進展するという状況を述べねばならない、と。でも、一番最後にちょろっと日和ってね。「私は科学の、社会のオルタネイティブの在り方に対してプラグマティックに例を出しているにすぎない」という言い方をしているんですよ。
 これだけ社会の中に組み込まれているなかで、科学的にまともだと言われていることに対して反抗するのは、それはそれでいいと思うんですよ。それに対して社会的な闘争というかたちで本気で仕掛けるのであれば。この話が全部、政治だと言うんだったらわかるんですよ。「科学社会学」ではなく「科学社会政治」だったらわかるんですよ。吉岡さんも、「科学知の政治学」という言い方をしています。けれど、どうしてもう一回「学」にするのか。それが怪しい。
 政治だったら生身の人間が力でやりあうわけです。権力、力のレベル。これはサイエンスが明らかにしたことであると思うんだけど、力は、由来に依らないんですね。正当な力と非正当的な力というものの区別は、力そのものにはありません。力をどう評価するかというところで、力に対してどういう風な態度を決めるかによってそれがあるんであって、力そのものというのは働いたときにはもう区別がありません。例えば、物理学で、重力が引っ張ってるのと、電磁極で引っ張ってるのと、それから弱い力、強い力が引っ張っているのとは、効果のレベルでは「どういう効果を生んだか」しかないわけです。コントロールを決めるときには、力の起源は大事です。でも、一度その力がでてしまったら、それはもう起源とは関係がない。政治は、出てしまった力に対してそれをどうするか、という話なわけです。
 ところが今言ったように、力を前もってコントロールするという議論においては、コントロールするために力の由来が必要となります。その由来に対してある法則性を持っているのが社会学だよ、というロジックがあるわけですね、単純な話。でも社会学が言うところの法則性は、最初から手法自体が大体この二つしかないんですよ。異なる質のものがどういうふうに組み合わさるかというレベル、どういうふうに交渉しているかというレベルの法則性を発見する、という。
 マイクロシステムの場合違うかもしれないけど、マクロシステムについて社会学で議論するというのはどうしてもそういうかたちになります。ですからそれは結局、ある物体の動きを見るときに、こう動いていますね、こう動いているのはこういう力があるんですね、という力の起源そのものの異質性に対してなんの区別もしないという単なる動力学と変わらないわけです。ですから吉岡さんのなかで(本人はあんまり意図しないで書いてるんだけど)、科学の行為を、要するに人間が意味を持っているんじゃなくて、動物との運動と同じように見ることができたのが社会学の一つの功績だと言っています。それは確かにそういう側面あります。その側面は常にあります。でも逆に言うと、私たちを、人間を見るときに同じことを言ったらどうなるか。人間と質を見る。人が動いているときに人の心持ちとか気持ちとか色んなもの、哲学とかね、それから現象学で感情移入とか色んなかたちで考えてきた。でもそういうものに対してはいろいろ危ない。担っているものが危ない、という気持ちがいつもある。だから安心してそれを担っているものとしての、この運動、身体の運動を見ている。身体の運動から人を理解する、というのはまさに行動学、行動主義的な心理学とかいっているやつですよね。行動主義心理学はそれで正しかった。十分だった。ある意味で正しいところは勿論ある。それでわかることもある。でもそれで人間の全てが解するわけじゃないし、行動心理学のレベルで他人の交渉とか何とかを決定するわけにはいかない。同じことがなぜ社会学に対して、このレベルでしか交渉していない社会学、このレベルでの異なる文化集団を交錯させているようなタイプの社会学が、いくら法則性というのを持っているからといって、その法則性によって社会を律しているということとか、正当性を言うことができるのか。それが、僕はこの本で売られた喧嘩に対して考えていることです。

●科学者たちが発言した背景
 だから、そうじゃない、それでもっていう理由はあるわけですね。そんなこと言ったって目の前で人が飢えて死んでいるなら、その要務はわかる。でもそうすると「結局何の話になったの?」ということになっちゃうわけですね。巨大プロジェクト、科学に対して今たくさん投資している社会の選択に対する問題である。
 その社会の選択に対して、科学者と言われた人たちがそれに対して責任を負ってこなかったということに対する批判にはなります。科学のオートノミーという、本当にあったかどうかわからないけれど、社会に対する科学史家なり、それから科学社会学者なりの理解、もしくは科学者が教えているこの神話によって。
 でもそれによって科学の何を理解したことになるのか。それが私にとっては非常に疑問です。ただそういう側面があったことは事実です。マイケル・ポランニーってという有名な(兄貴がカール・ポランニーっていう経済学者でね)、暗黙知というのを研究した科学者が、じつはこういうタームのオートノミーという議論を支えています。
 ただ、これには歴史的背景があって、科学の基に携わった人たちが発言した時期はいつかというと、大戦期と、それからその後の冷戦時代に入る頃なんですよね。社会的文脈で言うと、ナチスドイツの奉じた優生学をはじめとして、科学をある一通りの目的に対して組織化していく傾向への抵抗です。例えば、ナチスドイツが当時、原爆開発に対してなぜ遅れをとったかについての有名な話があって、カイザー・ヴィルヘルム研究所というのが当時の世界最高の研究所だったんですよ。最先端を進んでいた。ところが外から、軍が管理体制に入ってきて四の五のうるさいことを言って、科学者の気持ちがどんどんどんどん閉塞していくわけ。おまけにユダヤ人は全部追っ払う、とのであっという間にレベルが下がったということがあった。
 同じことが、ロケットを開発したフォン・ブラウンで有名な、V2の計画でも起こりました。もともとあれは陸軍と空軍で扱いが違い、陸軍は比較的開明的だったんですよね。開明的だった陸軍のほうがV2まで進んだけど、空軍の方はV1しかできなかった。両方とも最高期には親衛隊が統括するようになったおかげで、ほとんど科学的には進まなかった。フォン・ブラウンが、自分の部下がちょっと政治的な発言で問題になって引っ張られて、そいつの払い下げをいくのにもう三日間潰したとかそういうのをブツブツ日記で書いているんですけど。
 そういう、科学自身の発展に対して、過度にある目的を持つ政治的権力、社会的な機構が介入するということに対して危機感が、科学者たちの発言の背景にはあった。ドイツだけでなく、冷戦期におけるソ連でも統制がありました。遺伝子決定論を無視して、形態・環境が全てを決定するルイセンコ学説というのがあって(スターリニズムの科学的なベースになっていると言われています)、それを教条主義的に正しいとして、ルイセンコ学説に逆らった生物学者は全部収容所に送ったことがあります。そういうルイセンコ学説を、じつはイギリスなどに持ち込もうとした動きがあったんですよね。当時は、社会改良の問題があったから、ソ連が非常にバラ色に見えたわけ。政治込、社会システム込の科学をセットで移入しようという試みがあったんです。それに対して科学者たちが反対のキャンペーンを貼ったという文脈があるんです。
 ――社会学の議論をやるときに、どういう文脈でいつ何が起こったかということを無視すると、全く意味がない。だからいま、巨大プロジェクト科学と言われているものは金が無いから駄目だ、という話があるわけですが。でもどういう文脈でそれが問題になっているのかを考える必要があります。さらに、逆にある程度のプロジェクトをでかくしないと、太刀打ちできないレベルの問題がありますよね。例えば、環境問題。例えば、CO2をどうするかというとき、CO2を液化して吸着剤にくっつけて、それを石油の代わりに地下に埋め込むというのを、今旧新仏家が一生懸命頑張ってやっています。
 このCO2埋蔵プロジェクトは、今までの巨大プロジェクトという話のとは違ってくるわけね。今までは、プロジェクトの成果は誰に対しても直接返ってこないものだったから、金が無駄だ、と言われていた。でも今度は、皆に対して地球環境の保全というかたちで成果が返ってくるように見えるよ、ということになる。
 結局、何が使えますか、問題解決と言いながらどういうタイプの問題を選択したんですか、成果が社会にどれだけ受けいれられるんですか、という議論になる。
 つまりこれは科学そのものの理解ではなく、科学の使い方の問題です。しかも限定された使い方ですよ。サイズ的に非常に限定された。こういったような話で、果たして本当に科学者のインセンティブとか、科学が意味していることとか、ということに対してなにかわかったことになるんだろうか、というのが、全体としての科学社会学に対する疑問です。

●内在主義、外在主義
 そこでは何が問題になるか。それが実証性なんです。金森さんがバシュラールを紹介するときにこういう言い方をしているんですよね。一種のインターナリズム(内在主義)であるゆえに、科学社会学や科学史においては西洋主流とはちょっと違っていた、と。
 内在主義とは、あること自身がそれ自身としての本体的な意味を持ってる、という立場で、特に知識に対して、「知識はそれ自身である種の価値づけ、意味を持っている」ということを社会学のレベルで言うとインターナリズムになります。じつは、ウェーバーの理解社会学における「理解」はここにベースを置いている部分があるはずなんです。「理解」するということに内在的価値があって、それが社会的に集まったときに因果的な社会形成をするというのが、ウェーバーにおける「理解」ですから。
 それに対してエクスターナリズム(外在主義)というのは、そうではない。「社会の方から価値づけをされることによって、初めてそれの価値や意味が決定されるんだ」という立場です。デュルケムはある意味でエクスターナリズムのメカニズムを利用としているのに近いわけですよね。人間の個人の内部から離れていく。ただ、デュルケムはそのファクターということを取り出すとき、どのファクターが何かとは言ってないんです。現代の科学社会学の議論で言っているときの外在主義というのは、さっき言った権力と経済、行動主義的なレベルでのエクスターナル(外在)なんです。そうではないタイプの、異質なものという意味でのエクスターナルを、一般に扱っているわけではありません。
最終更新:2012年10月03日 14:20
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