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第05回 2012年09月21日

 しかし、概念についての伝統的な論理学の理論が内在的な必然性をもってゆきつかざるをえないこの点において、その理論の例外のない妥当性と適用可能性とにたいする最初の疑問がただちに湧いてこざるをえない。概念形成のこの方法の最終的〈目標〉がまったくの空虚に終るのである以上、ここに示された道筋全体にたいしても疑念を提起せざるをえない。このような結末は、もしも実り豊かで具体的な科学的概念形成のそれぞれにたいして通常われわれが課している要求が、概念形成の各段階で満たされているとするならば、およそ理解しがたいことであるといえよう。科学的概念にたいしてわれわれが真先に要求し期待することは、概念が表象内容のもともとの無規定性と暖昧さとを厳密で一義的なく規定〉で置き換えるということであるのに、ここでは逆に、いま述べた論理学的手続きを行なえば行なうほど、明確な境界が消えてゆくように見える。そして、形式論理学に内在する立場からみてさえ、ただちにひとつの新しい問題が生じてくる。すべての概念形成が、われわれの眼前にある数多くの対象から一致した徴標のみを取り出し、それ以外のものをうっちゃっておくことであるのならば、このような還元によってもともとの直観的〈全体〉に単なる〈部分成素〉が取って代ることは明らかである。しかもこの部分が全体を支配し説明するものだと称される。概念は、もしもそれが考察の出発点にあたる特殊の事例の〈消去(皆属胃冒侭)〉にすぎず、いわばその固有性の無化を意味するというのであるならば、すべての価値を失ってしまうであろう。そうではなく、否定の作用がいやしくも積極的な能作の表現であるというのならば、そこで残されるものは、単なる任意に取り上げられた部分ではなく、全体を〈規定する〉「本質的」な要素でなければなるまい。より高位の概念は、より低位の概念の特殊的形成の〈根拠〉を明らかにし際立たせることで、より低位の概念を理解せしめるべきものであろう。しかるに類概念を形成する旧来の手順は、この目標が確かに達成されるという保証をそれ自身のうちに何ひとつ有していない。じっさい、諸対象の任意の集団のなかからわれわれが選び出す〈共通〉の徴標が、その集団の項の全体的構造を支配し規定している真の特性を含むということは、まったく保証されていないのだ。極端な例をひくならば、われわれが桜桃と牛肉とを赤い水けのある食べられる物体という徴標群に下属させたとしても、われわれはなんら妥当な論理学的概念を得たことにはならないで、特殊の事例の理解にとって何の意味もなく何の役にもたたない空疎な言葉のつながりを手にするだけでしかない。したがって、一般的な形式的手順だけではまったくもって不充分であり、むしろそれを補全するために、暗黙のうちに別の思考〈規準〉にまでつねに立ち戻り、その規準に依拠しているのだということがわかる。


  • アリストテレスの著作群を大きく3つに分類すると、「オルガノン」、「形而上学」、「自然学」。さらに分けると、議論するための方法論としての「オルガノン」と、議論する対象(ネタ)であるところの「形而上学」、「自然学」に分かれる。論理学は議論の方法、つまり、「オルガノン」に含まれる。
  • 当時、アリストテレス(およびソクラテス、プラトン)と対立していたのはソフィストたちで、学問のあり方というのは大学の紀要に論文を載せるとかではもちろんなく、議論・論争そのものだった。論理学はだから“述べ方”の方法論であり、 論理学の10のカテゴリーもまた、“議論するときに独立に言及すべきと思われるもの”。(実体、分量、性質、関係、場所、時間、位置、所有、能動、受動の10カテゴリー。例えばカントのカテゴリー論とはまったく異質であることがわかる。ちなみに位置は、姿勢のニュアンスも含む)
  • 記述において基礎的であることが、本体においても基礎的であるとは限らない。論理学の10のカテゴリーがある一方で、『形而上学』では「類(Gattung)」概念が示される。この「類」は学問領域そのもの。生物学や、政治学など。それを越えての議論はできませんよ、という枠。
※アリストテレスにおける「論理学(オルガノン)」と「形而上学」の違いはわかりにくいけれど、「論理学」をシンタックス(データの形式や構造)の話、「形而上学」をセマンティクス(データの意味)の話と考えるとイメージがわきやすい、かもしれない。どうでしょう。
  • ところで、アリストテレスにおいて、数学は、オルガノンなのか、形而上学なのか? …例えば、ピタゴラスやプラトンは、数学は〈実在〉と考えていた。前者は数学教団を率いていたし、後者は幾何を重視していた。エウクレイデスは〈手続き〉。アルキメデスは、数学を〈応用〉して兵器を造ったりなど。

  • アリストテレスはイデア論に反対していたから、少なくとも数学は実在とは考えていなかっただろう。たぶん、数学はオルガノンに含まれるはず。―このように、アリストテレスはもともと論理学=方法論と、実在論を分けて考えていた。が、アラビアを経て、ヨーロッパに再輸入されたときに変化が起こる。
  • アリストテレスの著作はアラビアを経てどう変わったのか? もともと「方法論は実在とは別」という話だったのが、「方法がうまくいくなら、〈方法をうまくいかせるような実在物、実体〉があるはずだ」ということになった。その実体というのが、つまり、“神様が世界を創造した設計図”。
  • 方法論と実在論を分けていたアリストテレスの議論は、アラビアを経ることにより、むしろ方法論と実在論がセットになった形で、12世紀にヨーロッパ圏に再輸入された。カッシーラーが『実体概念と関数概念』で批判の対象としているアリストテレスの議論は、セットになったタイプであることに注意。
※論理学の10つカテゴリーはいいとして、形而上学の「類」概念、これを支えているものは何なのか? 実在物か? そうではない。私たちは「まず学問領域があって、その内部で議論をする」という図式をイメージしがちだけれど、それは逆で、「議論がまずあって、議論を続けることの妥当性を保証するために学問領域を作る」という順番。だから、アリストテレスの「類」概念には、実在的な支えはないけれど、実践的な支えがある。
※さらにいうと、この「類=学問領域」をはみだすのが倫理で、『ニコマコス倫理学』はここに位置づく。

  • カッシーラーは『実体概念と関数概念』のなかでよく「概念形成」というけれど、アリストテレスはそもそも概念を形成したりしない。個物を観察したり、データを集めて分類はしても。ここで、〈制約〉と〈データ〉という双対をたてて、図式的にアリストテレスとカッシーラーの違いを見ていこう。
  • 要点を先取りしていうと、アリストテレスは〈制約〉と〈データ〉をきっぱりと分ける。〈制約〉は「概念」、〈データ〉は「個物」として。その一方で、カッシーラーは〈制約〉と〈データ〉をそれほど強く分けない。(私たちは普段、〈制約〉と〈データ〉のあいだを曖昧にしていったりきたりしている)
  • では、ここで言う〈データ〉とは何か。〈データ〉を集めることを考えてみよう。集め方には2通りある。①多くの個物をひとまとめにする、と、②一つの個物について詳しく述べる、というやり方。①では共通部分が〈制約〉になるし、②では〈制約〉を決めることによって、〈データ〉を引き出す。
  • ①の「多くの個物の共通部分が〈制約〉になる」は、正確に言えば、「多くの個物がそれぞれ持つ〈制約〉の共通部分が、新しく〈制約〉になる」。
  • わかりにくいけれど、例えば、ある本が1900円で売られていたとき、その値段(=(制約))はどうやって決まるのかというと、1900円の本がたくさんあるから1900円になるのではなく、その本の作者の稿料や出版社の人の給料、材料費、宣伝費、運搬費…という諸々の〈制約〉によって決まる。
  • また、「多くの個物」といっても、集合論における外延のことではない。{x|Fx}={x1, x2, x3, …}という式が書けたときに、「多」とは外延の{ }を外した、裸のままのx1, x2, x3…のこと。だから、「多」を私たちの思考が扱えるわけがない。扱えるとしたら、身体?
※「外延{x1, x2, x3, …}の、{ }を外した、x1, x2, x3…」というタイプの「多」という概念が出てくるのはライプニッツ以降。
  • このような関係をもつ〈制約〉と〈データ〉について、カッシーラーはその区分を強くはとらない。なぜかといえば、「思考において、世界を一通りに理解できる定まった枠がある」というのが、新カント派であり、数学者であった彼の立場だから。
※〈制約〉と〈データ〉が一致するのは、関数プログラム(関数だけで全体が構成されているプログラム)において。そこではデータは関数だし、その関数が、他の関数を制約もする。

  • 方法論のひとつの存在論化。ある方法を、領域A、領域B、領域C…に使える形で適用させようとしたとき、適用させるための「指示」が必要となる。この「ある方法を具体的な領域に適応させるために必要な指示」を研究したのが、タルスキー
  • ある意味の理論が、対象となる言語に適用された場合に、その言語の全ての文に対して、「「p」が真なのはpであるときでありそのときに限る」(例:「「雪が白い」が真なのは雪が白いときでありそのときに限る」)という形式の文(T文)を生み出せるなら、この理論は正しい、という真理条件意味論は
  • この「ある方法を具体的な領域に適用させるために必要な指示のありようとは何か?」という問いを背景として出てきたものと考えるとわりと整理される。(前々Twの「適応(adjust)」は「適用(apply)」の間違いです。すみません)
  • さて、数学とは、ある方法が具体的な領域に適用する前の話なんだろうか、適用した後の話なんだろうか。数学の定理は「発明される」のか、「発見される」のか。―これはまだ決着がついていない問題。
  • 方法論が存在論に近づいていくときに、結果が重要なのか。それとも、プロセスが重要なのか。例えば、サイコロをふるとき、「1」の目が出る確率は「1/6」(結果)に収束するが、きれいに収束するわけではなく、途中で逸脱すること、「1」が続けて3回出たりすることは多々ある(プロセス)。
  • 結果とプロセス、どちらが重要かはその方法が適用される領域による。例えば、保険業界で重要なのはプロセスの方。暴動が起こって店舗が破壊される、という偶発的な事態(「1」が続けて3回出るような)が、じつのところどれくらい起こりうるのか、ということが保険金額を決める目安になる。

  • …なぜこうやって「方法論が存在論化するとはどういうことか」について述べるかといえば、アリストテレスの論理学をアラビアから受容した西欧圏(キリスト教圏)の気持ちには、「論理学は確かに方法論だけど、それは弁論術につきるものではないんだよね」というのがあるから。存在論化したくなる。
  • これはカッシーラーがよく「概念形成」という語句を使うところにも表れている。アリストテレスには、“概念が下からつみあがるようにして形成されていく”という発想は基本的にない。あらかじめ個物(例えば、ウニや鶏卵)の分析がなされたあとで、そこに向けて概念が構成されることはあっても。
  • 概念形成の2つのあり方として、「構築」(construction)と「構成」(constisution)を考えることができる。イメージとしては、カッシーラーは「構築」を行い、アリストテレスは「構成」を行う。両者の大きな違い。 http://twitpic.com/ax9o49






















最終更新:2013年01月26日 19:38
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