蕃書調所


1856年(江戸時代末期)に江戸幕府が設置した洋学教育,洋書および翻訳書の検閲,翻訳書の印刷・出版、外国諸事情の調査機関。
1853年のペリー来航や、欧米諸国との和親条約締結をきっかけに、軍事力や外交能力が緊急に必要とされたため、設置される。

設置当初、授業は蘭学のみで行われたが、外交上の事情や、西洋の科学技術を吸収する目的から、教育内容は英・独・仏語の教育まで広がり、1862年名称も「洋書調所」と改称された。さらに翌年には「開成所」と改められ、幕府の教育機関でも重要な位置を占めるようになる。
「開成所」は明治維新とともに新政府に移管され、「開成学校」として再編される。
最終更新:2007年03月22日 16:09