富についての考察②

2.新たな島の発見

  ある漁師が遠い沖にでて漁をしているとき、偶然小さな島を発見した。あの辺だとおいしい魚が獲れるかもしれん、などと考えながら、その漁師は小さな島に近付き漁を開始した。すると、島の中腹より煙がモクモクと上がっているのを発見した。漁師は不思議に思い、その島の岸に船を着け、好奇心から島の中を探索することにした。煙が上がっているところへ近付くと、石と土で作った何やら奇妙なかまどから煙がもうもうと湧きあがっていた。周りには見知らぬ男たちがせっせと動き回っている。不思議に思い、漁師はその中の一人に近付き尋ねた。「いったい何をしているのか?」男は答えた。「鉄を作っているんだよ。フン」と胸を広げ、自信と誇りがそこにあった。漁師はびっくりし、鉄とは何かをその男に聞いた。男は漁師の風采を見ながら、「お前の持っている釣り針を見せてみろ。」と言った。漁師は恐る恐る骨でできた釣り針を男に差し出した。男は「お前にこれをやろう。その代わり、それでうまい魚が釣れたら、オレのところへ持ってこい。」と言いながら、鉄でできた釣り針を差し出した。漁師はなにやらピカピカ光る鉄の釣り針を不思議そうに眺めながら、「これが鉄か、固くてつるつるしていて、骨より丈夫そうだな。わかった。これでうまい魚が釣れたら、もってきてやるよ。」と言って、しばらく製鉄所を見学してから男に別れを告げ、漁に戻った。不思議なくらい魚が釣れた。漁師は自分の島に帰り、島の長老に会い、おいしい魚がたくさん釣れたことや、新しい島の発見とそこで働く不思議な鉄を作る人々の話をした。島の長老は驚き、鉄の釣り針の話を熱心に聞き入った。そして、島中の者を集めみんなにこの話をして聞かせた。
 島の者たちは鉄でできた釣り針を見て触り、「釣り針以外に鉄で何ができるのか。」と漁師に聞いた。漁師は胸を張って、新しい島の製鉄所での出来事を自慢げに話した。木を切るための道具や農作業の鍬など、様々な便利なものがあるようだと話した。皆、感心し、そんなものがあるなら、みんなに分けてほしいと言うようになった。漁師は新しい島へうまい魚をたくさん抱えてもう一度行くことになり、何人かの農民も一緒についていくことになった。
 新しい島の製鉄所へ到着すると、農民たちは鉄でできた製品を丹念に見て回った。固くて頑丈で容易に土をいじることができる鍬の類や何でも切れそうなナイフや包丁の類を手にとって眺め、土を掘ったり、木の枝を切ってみたりして、感嘆の声を上げた。そして、ぜひこれを譲ってほしいと製鉄所で働く人たちにお願いした。すると、「いや、これらはタダであげるわけにはいかない。これらは我々が丹精込めて作り上げた物、それなりの見返りがなければあげられない。そこの漁師にやった釣り針は余った鉄で作ったものだったのでよかったが、鍬やナイフは駄目だ。」となかなかうんとは言わなかった。漁師と農民は相談し、米と野菜を1年間1人分提供しようと提案した。製鉄所の人間たちはかわりにナイフと鍬を1個ずつ提供することで合意した。
 この新しい小さな島の住民は全部で10人、5人は漁師で、5人は製鉄所で働いていた。この島の近海は魚が豊富であり、鉄で作った釣り針やナイフなどのおかげでいつもたくさんの魚が獲れていたので、漁師たちは製鉄所の人々に魚を分けていた。しかし、この島には米や野菜はなかったので、鉄製品とそれらとの交換は実はたいへんありがたい話であった。この島は鉄鉱石の鉱脈があり、いつしか鉄を作る技術を獲得していた。どのようにしてそのような技術を獲得したかの話は本題ではないが、かまどで炭を使って何かの料理をしているときに、どこからか鉄が滲み出てきて大発見につながったということにしよう。かまどや土台の部分に鉄鉱石が混じっていて、それが炭と反応して鉄が偶然できた。彼らの先祖がそのことを発見し、それが代々引き継がれて今の製鉄所が出来上がった。とそのように考えることにする。たった10人の島で製鉄所があって、それが発展しているなんて、とても奇妙な話であるが、鉄の魅力に取りつかれた変わった人間もいるということで理解してもらいたい。
 さて、漁師と農民の一行はこの島を離れ、もとの島に戻った。島のすべての住民が彼らを出迎え、鉄の鍬と鉄のナイフをかわるがわる手に取り、使ってみたりと大騒ぎであった。ここで、島と島の間での一つの商取引が成立した。島ではいつも20人分多めに野菜を生産し、余った野菜を森の動物たちへやっていたが、その分から1人分減らし、新しい島へ毎日運ぶことにした。運ぶのは新しい島近くで漁をしている漁師たちに頼んだ。米は20人分毎年貯蔵していたが、その中から今年とれたばかりの新米1人分を新しい島へ運ぶこととした。

 輸出した富 = 米1人分(1年分) + 野菜1人分(1年分)
 輸入した富 = 鉄の鍬1つ + 鉄のナイフ1つ

という式を記述することができる。本島(人口100人のこの島のことをこれからこう呼ぶ。)と新島(人口10人の製鉄所のある島をこれからこう呼ぶことにしよう。) 本島と新島の住民たちは互いに少し裕福になったと感じたに違いない。しかし、不幸になったと感じたものがいる。それは、森の動物たちである。動物たちの食べる野菜の量がわずかであるが20人分から19人分へと減らされた。この島に動物愛護団体がいれば、森の動物たちを守れとシュプレヒコールを上げたことであろう。本島で生活する動物たちも家族の一員と考えている人も多いと考えると、自分たちが食べる野菜の量を少しだけ減らして分け与えようとするかもしれない。 また、このようなことが毎年行われるのであれば、5年後には動物たちに配る古米の量や酒やのりの生産が少し減ることになる。 現実問題として、余った食材を森の動物たちに分け与えるという形で、実は捨てていたので、多くの島の住民は余り分を新島の住民にあげ、その代わりに、貴重な鉄製品を得ることができたと大喜びであった。
 新島の人たちはどうであろうか。たった1ヶ月程度でできた鉄の鍬や鉄のナイフが、ほとんど食したことのない米や野菜に変わった。食べるととてもうまい。魚ばかりの生活だったのが、食文化の革命が起きたと言えるほどの大騒ぎになった。もっと米を食べたい、もっと野菜を食べたい、と島民10人全員がそう願うようになった。まさに、この島の人たちも裕福になったと感じたのである。しかし、これは不幸の始まりだったのかもしれない。一度知った味を忘れることができず、もっと欲しいと強く願うようになり、魚ばかりの生活は不幸だと思うようになってしまった。我々はもっと幸せになりたいのだ、鉄をどんどん作って輸出し米や野菜を輸入しよう、と新島中の人間が要望し始めた。
 本島の人々も鉄製品の魅力に取りつかれ、たった一つの鍬やナイフではどうにもならない。もっと米や野菜を輸出して、鉄製品を輸入しようと島の長老に直談判する島民がうなぎ上りに急増した。新島と本島互いの利害は一致し、後は怒涛のごとく貿易が活発に行われるようになるのは時間の問題である。

富についての考察③

最終更新:2013年03月17日 15:16