富についての考察④
4.不平等貿易
本島と新島の間の貿易は、一時はなくなりかけたが、平穏に戻り、安定化した。しかし、火種はくすぶったままである。本島の農業従事者は、どうして新島の漁業従事者の分まで米や野菜を生産しなければならないのか、と不満を募らせ、不公平感を抱くようになった。また、鉄製品が一般的に使用されるようになり、鉄に対する新鮮さや貴重感が薄れてきたことも微妙に影響するようになった。本島における鉄の価値が低下してきたのである。米1年分を10人分と毎日の野菜10人分を輸出することが、たまに注文する鉄製品との折り合いがつかない、と思うようになった人の数が増えてきた。漁業従事者は毎日の漁で釣り針を失くすので、新島の存在は大変ありがたいと思っている人が多いのであるが、農業従事者たちはそうは思っていない。新島の製鉄所で働く人々は、毎日新鮮な魚を届けてくれる漁業従事者に対して感謝の気持ちを持っているので、自分たちと同じように米や野菜を受け取る権利を持っていると考えている。新島で生活している住民全員は一つの家族という意識である。みんなが同じように富を享受するものと思っている。しかし、この家族意識は、新島だけの閉鎖社会のものであり、また本島だけの閉鎖社会のものであり、互いによそ者意識を抱いているという構図になる。互いの島の交流を活発に行い、新島と本島の両方の人々が一つの家族と思うようになれば、世の中万々歳であるが、そう考えると貿易という経済の理論が組み立てられなくなるので、互いに閉鎖的で、会えばしょっちゅう喧嘩するものとしよう。貿易の不平等感はますます増大するようになっていった。
確かに、新島の漁業従事者は仕事が楽になったと同時に、食事が豊富になり、幸福感を満喫するようになった。本島の漁業従事者は、50人で120人分の魚を捕っていることは昔と変わらないが、様々な鉄製品の使用により漁業は昔に比べれば大変楽になった。一人で約二人分の魚を捕っていることは両島ともほぼ同じであるから、漁業従事者の仕事量は2つの島でほとんど変わらない。両方とも昔に比べれば楽になったので、漁業従事者にとって、貿易により大きな得を得たことになる。製鉄所で働く5人は、昔に比べて仕事量が増えた。昔は5人分の漁に使う鉄製品を供給すればよかったが、今では、55人分の漁業従事者用の鉄製品を供給しなければならないし、本島50人分の農業従事者用の農機具の修理や新規製作もしなければならない。とんでもない仕事量の増加である。昔はのんびりと鉄の研究をしながら鉄製品をちまちま作っていれば良かったのに、のんびりできなくなってしまった。しかも本島では鉄の価値が低下し、貢物がめっきり減ってしまった。本島で採れたおいしい果実の献上が昔はたくさんあったのに、最近はさっぱり来ないのだ。米や野菜が毎日食べられるのは大変ありがたいことなのであるが、一度味わった果物類も欲しくてしょうがない。なんとかして本島の人々の気を引く鉄製品を工夫しようと考えるようになっていった。しかし、たった5人で仕事が忙しく、ゆっくりと研究する暇がない。
本島の農業従事者は50人で130人分の米と野菜を生産することになったが、120人分から130人分へと増えただけで大した仕事量の増加にはなっていない。逆に鉄製の農機具のおかげで、仕事の効率化が進み、仕事そのものは昔に比べてたいへん楽になった。暇を持て余して遊ぶ者が増えてしまったほどである。本島の長老は、暇を持て余して遊ぶ若者たちに何か仕事をさせる必要があると考えるようになった。放っておくと何をしでかすかわからないからである。聞くところによると、新島での製鉄の仕事が忙しく、注文してもなかなか製品が出来上がらないというではないか。長老は暇を持て余している若者たちを集め、新島の製鉄所へ仕事の手伝いに行くよう話し始めた。何人かの若者たちは、何か面白い体験ができると考え、お遊び気分のまま、製鉄所へ行くことになった。
10人の若い本島の農業従事者たちが、製鉄所で仕事をすることになった。初めはお遊び気分であったが、気を抜くと大けがをすることが分かり、皆必死になって働くようになった。仕事は農業とは全く異なり、その面白さにのめり込む若者がたくさん出るようになった。今や製鉄所の職員は3倍になり、仕事量は1/3になった。これで、ゆっくりと新製品の開発研究ができると元の職員は喜び、研究に没頭するようになった。切れ味鋭い、きれいな文様のついたナイフを製作し、本島の長老たちに差し上げた。長老たちは喜び、代わりに美味しそうな果物などを製鉄所の職員たちにプレゼントした。このように、しだいに鉄製品は進化し、高い価値を持つ鉄製品を供給できる体制が整ってくるようになった。本島の果物類は島民全体で大切に保護している果樹からもたらされるものであって、生産しているわけではないので、大変貴重なものである。それを貿易の商品として扱ったことになる。
しかし、貿易の不平等感は、まだ消えたわけではない。それと同時に働き者の怠け者に対する不平等感の増大も抑えることが難しくなってきた。農業従事者の仕事が鉄のおかげで楽になったにもかかわらず、長老たちへの貴重なナイフのプレゼントも貰っていない人たちの羨望を買う結果となり、不平等感はますます増大してゆくことになった。不満は不幸の始まりである。みんなを指導してきた長老がいなくなった途端に、不満は爆発した。