パラレルワールドはあるのだろうか?


1章. 水素原子    現在工事中

 20世紀初頭にシュレーディンガーにより最初に出された方程式がシュレーディンガー方程式であり、まず、水素原子の問題が解かれた。水素原子の発光スペクトル、バルマー、パッシェン・・・系列は、最初ボーアモデルにより説明されたが、その後シュレーディンガー方程式の登場により、ほぼ完全に水素原子のスペクトルが説明できた。そういう意味で、水素原子は歴史的には非常に感慨深い原子である。そこで、原点に戻り、水素原子のシュレーディンガー方程式を眺めてみることにする。
水素原子のハミルトニアンを\mathcal{\hat{H}}とすると、

\mathcal{\hat{H}}=-\frac{\hbar}{2m}\Delta-\frac{e^2}{4\pi\epsilon_0 r}              (1)

と表せる。ここでは電子の質量である。(水素原子の場合、電子と水素原子核(陽子)の重心を固定することで変数分離ができるため、換算質量μを使用することにより、より正しい計算結果が得られる。しかし、多原子分子のときは、原子核を固定して計算し、そのあと、分子内振動や回転を考えることが一般的であるため、換算質量μは使わない。それゆえ、ここでは多原子系へ拡張することを想定して電子の質量mとしているが、文脈により、換算質量μと置き換えて読んでもらいたい。さらに厳密にいえば、陽子と電子にはスピンがあり、相対論効果もあるが、ここでは無視している。)
 定常状態のシュレーディンガー方程式は、

\mathcal{\hat{H}}\Psi({\bf r})=E\Psi({\bf r})          (2)

となり、演算子\mathcal{\hat{H}}の固有値E と固有関数Ψ(r) を求める問題となる。この方程式は完全に解け、主量子数n、方位量子数l、磁気量子数mの3つの量子数により量子化された波動関数\Psi_{n,l,m}({\bf r})と固有値Enが得られる。簡単のため、原子単位(a.u.) で(1)式を書き換えると、

\mathcal{\hat{H}}=-\frac{1}{2}\Delta-\frac{1}{r}                  (1')

と書ける。最初の項は電子の運動エネルギーを表す演算子であり、2番目は電子の位置エネルギー(ポテンシャルとも言う)を表している。(今後は原子単位で表すことにする。)
エネルギー固有値は、

E_n=-\frac{1}{2n^2}                 (3)

となる。E > 0 の解もあるが、ここでは、考えないことにする。波動関数は1s,2s,2p,3s,3p,3d,.....とn,lの組み合わせで分類された表現を用い、s軌道は球対称の、p,d,...は空間異方性をもつ形をした波動関数の解が得られる。(より詳しい水素原子の波動関数の説明は多くの書物でされているので、ここでは割愛する。) エネルギー的に最も安定な波動関数はn=1の1s軌道であり、

\Psi_{1s}({\bf r})=\frac{1}{\sqrt{\pi}}e^{-r}           (4)

で表される。電子の存在確率は|Ψ(r)|で表され、球の表面積は4πr2なので、 動径方向の電子の存在確率を表す式は、

4\pi r^2|\Psi_{1s}({\bf r})|^2=4r^2 e^{-2r}       (5)

となり、図1のようになる。

                                 

4\pi r^2|\Psi_{1s}({\bf r})|^2=4r^2 e^{-2r}?cmd=upload&act=open&page=1%E7%AB%A0%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E5%8E%9F%E5%AD%90&file=fig_Hatom_140612.png

                                    図1.水素原子1s軌道の動径方向の電子の存在確率

ちょうどr=1のところの存在確率が最も高くなっていることがわかり、電子が円軌道を描いて回っているとするボーアモデルにおけるボーア半径と一致する。しかし、電子の存在確率は r > 2 のところにもあり、その存在確率は23.8%にもなる。

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                    図2.電子の位置エネルギーV(r) (原子単位)

電子の位置エネルギーV(r)を、原子核を原点とし、x方向のみに注目して視覚化すると、図2のようになる。そこで、やってはいけないとは思うが、古典的な粒子モデルで考えてみることにする。最も安定な状態(基底状態)である1s軌道のエネルギーE1は式(3)から-0.5原子単位(hartree)であるので、この状態の電子は、それが古典的な粒子としてニュートン力学に従って運動するとすると、図2のポテンシャルV(r)=-0.5のP,Qで表される点を超えてより位置エネルギーの高い方向に行くことは、ポテンシャルの障壁を超えることになり、できない。それゆえ、電子は緑の破線で示したPとQの間を行ったり来たりする直線上の軌道、もしくは、PやQ点より内側を通る円や楕円の軌道を描くと想像される。しかし、図1に示されているように、ポテンシャルの障壁を超え、古典的には存在しえない r > 2 の領域( V(r) > -0.5 ) に電子が23.8%も存在していることは、量子力学の結果が古典力学と全く異なっていることを示している。このポテンシャル障壁を超えた領域の電子の運動エネルギーは、おそらく負となっているのであろうと想像されるが、それがどういう状態か全くわからない。想像してはいけないのかもしれない。
電子遷移を引き起こさないような波長の長い光を当てても電子とフォトンの衝突(コンプトン散乱)が起きるので、ポテンシャル障壁を超えた領域に存在する電子(23.8%)に対しても、そこに電子の存在確率がある限り、衝突が起きるはずである。そして、原子核からかなり離れた場所 (r>>2) で散乱が起きたことが確認されたら、電子の位置の観測をおこなったことになる。しかし、波束が収束すれば、r>>2のポテンシャルエネルギーは元々の1s軌道の電子状態の全エネルギーを超えているので、負の運動エネルギーを持った電子の出現ということになり、混乱を引き起こしてしまいそうである。時間とエネルギーの不確定性関係から、観測という行為が時間を確定する行為であるのでエネルギーが不確定になるとの考え方もあると思うが、エネルギー保存の因果律が破綻してしまうことになりそうである。それゆえ、仮に光との衝突を観測して場所を特定できたとしても、矛盾が発生しないよう、波束が収束しない可能性もあると考えられる。もしくは、ほんの一瞬の短い時間の中ではエネルギーの揺らぎがあり、ほんの一瞬の間だけ波束が収束して、古典的なイメージの粒子としての電子が出現し、その直後、猛スピードでどこかに飛び去り、元の波束が広がった量子力学的安定状態になると考えたほうがよいのであろうか? 多世界解釈ではこれをどのように考えるのであろうか?ますます謎は深まるような気がする。

 多世界解釈は、観測する人も含めて波動関数の中に組み込み、A点で電子を観測した世界とB点で電子を観測した世界が共存していると考える解釈である。実際には水素原子の点の場所は無限にあるので、無限の世界が共存していることになる。電子の位置を観測後、これらの多世界が相互に干渉するかどうかは不明であるが、恐らく干渉しないで、単に平行世界(パラレルワールド)としてそのまま互いに感知することなしに存在するだけなのかもしれない。電子を観測した直前の電子の粒子像については、量子力学は何も教えてくれないが、多世界解釈でどうなのかもよくわからない。多世界解釈で確かに観測による波束の収束はなくなるが、A点で電子を観測した世界でしばらく電子を放置した状態にしていると、また水素原子を安定化させる電子の非局在化が起き、電子は波となってしまう。また観測するとさらに無限のパラレルワールドが発生し続けることになる。どうも、水素原子のような系に適用すると混乱に拍車をかけるだけのような気がするが、多世界解釈をもっと理解したうえで議論し直したほうがよさそうである。

 ところで、水素原子の1s軌道の軌道角運動量は0である。電子は原子核の周りを回っていないと考えるのか、右回りと左回りが等しい確率で存在しているので平均して0となっていると考えるのか、全くわからない。古典的イメージで水素原子の電子を考えると、例えばボーアモデルで円運動をしていると考えると、右回りしている場合と左回りしている場合はそれぞれ互いに反対方向の磁気モーメントを持っているように思えるが、それも0である。量子力学の結果は古典的イメージでは全く解釈できない。そもそも水素原子内の電子は粒子として運動しているのかさえ疑問に思えてくる。( 量子論の黎明期において、右回りの円運動している電子と左回りの円運動している電子の違いが電子スピンのα、βを表しているのではないかと言われたことがあったようである。しかし、現在ではこの考えは完全に否定され、電子自身の自転運動のようなもので電子スピンが説明されている。

 前章で出てきたH2+イオンの場合で考えたほうが、波束の収束問題や多世界解釈の問題を議論しやすいように思える。次の章では、H2+イオンについてもうちょっと詳しく整理してみようと思う。

   2章 水素分子イオン へ

最終更新:2015年08月20日 13:17