様々な参考図書を読みながら、すべてを理解できたわけではないが、これまでに自分なりに理解したことをまとめてみたいと思う。理解が不十分な点もあるかと思うが、ご容赦願いたい。
1.コペンハーゲン解釈と多世界解釈
量子力学の観測問題に関して解説している和書はこれまで沢山出版されているが、近年また増えてきている感がある。シュレーディンガーの猫やEPRパラドックスはおなじみの話題であり、どの解説書にも必ずと言っていいほど登場する。しかし近年の解説書は、1982年のアスペの実験から方向転換をし始め、隠れた変数理論は影をひそめ、正統派量子力学とされるコペンハーゲン解釈が当然と見做されるようになってきた。21世紀になり、今、量子コンピュータがコペンハーゲン解釈を理論的根拠として華々しく登場しつつある。しかし、その一方で、多世界解釈の量子力学を提唱する人々も増えているようである。コペンハーゲン解釈と多世界解釈はいったいどこが違うのであろうか?順を追って考えてみることにする。
現代の量子力学はボーアを中心とするコペンハーゲン学派と称される人々によって吟味され、量子力学をどう応用し、解釈していくのかについて、コペンハーゲン解釈というひとつの枠組みがおよそ80年前に提唱された。量子力学の生みの親であるシュレーディンガーやド・ブロイそして相対性理論で有名なアインシュタインがこの解釈に真っ向から反対した話は有名である。コペンハーゲン解釈に賛成する人と真っ向から反対する人に分かれ論争が続いたが、様々な実験事実はコペンハーゲン解釈が間違っていないことを示していた。そして、1982年のアスペの実験でその議論にかなり決定的な一打が打たれてしまった言えるのではないであろうか。コペンハーゲン解釈がたいへん有利な立場になった。さて、このコペンハーゲン解釈、様々な人々が異を唱えながらも、しぶとく生き残ってきた正統派量子力学とはいったいどんなものであろうか? 有用な量子力学の解説書がこれまで沢山出版されているので、それを読んでもらったほうがよいのであるが、意外と、観測問題に熱心に触れている教科書はあまり多くない。観測問題の様々な解説書を頼りにほんの少しだけ解説を試みることにする。並木美喜雄著の「量子力学入門」や和田純夫著の「量子力学が語る世界像」などの本を参考にしながら、私の独断と偏見の考えのもとに以下にまとめてみた。
① シュレーディンガー方程式(定常状態の方程式と時間発展の方程式)を解いて得られる波動関数Ψの物理的意味は明確に定義できないが、1粒子の場合、通常の波と同じように重ね合わせの原理が適用できる。多粒子系の場合は、ボーズ・アインシュタイン統計もしくはフェルミ・ディラック統計に従う。
② 波動関数の絶対値の二乗 |Ψ|2 は観測した時に発見される粒子の存在確率を与える。(ボルンの確率解釈)
③ 観測する前の粒子の実在に関することは不確定であり、観測して初めて粒子の実在が確定する。(観測による波束の収束)
④ 複数の粒子が互いに強い関係を持つ場合、例えば2個の粒子の運動量の総和が決まっている場合、一方の粒子の運動量を測定した場合、強い関係を持つもう1つの粒子の運動量も同時に確定する。しかし、観測する前はどちらも実在に関しては不確定である。スピンや偏光の問題も同様。(EPR実験)
③はシュレーディンガーの猫で有名なパラドックスを生む。④はEPRパラドックスとして有名な論争を生んだが、アスペの実験により、これが正しいことが実証されてしまった。2個の粒子が遠くに離れていても、片方を測定すればもう片方も同時に確定するので、片方の波束の収束がもう片方の波束の同時収束を生み、その影響は光の速度を超えていると判断される。④における片方の粒子の波束の収束がもう片方の粒子の波束の収束を引き起こすのにどれくらいの時間がかかるのかは、いまのところ不明と言っておいたほうがよいのかもしれない。しかし、コペンハーゲン解釈では、観測による波束の収束は瞬間的となっているので、やはり、波束が収束したという情報の伝達は光の速度を超えてほぼ瞬間的に起こっていると解釈できる。この伝達速度が光速よりも早いことはすでに実験的に確認されている。
多世界解釈には1957年のエベレットの解釈とそれをさらに発展させた複数の解釈が存在するようである。観測装置や観測者を含めたマクロ系に対する量子力学の適用において波束の収束は起きないというノイマンの数学的証明から、エベレットは、波束の収束が起きなくてもよい波動関数の数学的記述法を提案した。これはつまり、点Aで粒子を観測した世界と点Bで粒子を観測した世界を観測者を含めて両方記述し、さらに、その他のすべての観測可能な点で粒子を観測した世界を観測者を含めた形で記述する。そして、それらの関数の線形結合をとった全体の波動関数は波束が収束しないことになる。これは、点Aで粒子を観測した世界と点Bで粒子を観測した世界が観測者を含めて共存していると見做すのであり、多世界解釈と呼ばれる。この解釈は、単に波束の収束問題を多世界を持ち込むことで回避できることを示したものであり、量子力学の枠組みを変えるものではない。量子力学のコペンハーゲン解釈の中のとかく批判の多い波束の収束問題を多世界の導入により回避したように見せかけているにすぎないと考えることもでき、パラレルワールドが本当に存在するといっているわけではなさそうである。また、エベレットの波動関数は観測によって収束した世界の線形結合なので、観測によって波動関数が収束するとするコペンハーゲン解釈をそのまま使っている。ノイマンが言うところの波動関数の収束は起きないということに対する解決には至っていない。近年のデコヒーレンス理論が波動関数の収束問題を解決してくれると考えている人も多いが、デコヒーレンスは、粒子とマクロ系との相互作用で、例えば、熱揺らぎとの相互作用で干渉性(コヒーレンス性)が失われていくというものである。それが波束の収束につながっていくものらしい。近年、宇宙全体に量子力学を適用する方法が模索されているようである。このまま適用するのであれば、波動関数は波として宇宙全体を伝搬し続け、実体のある世界像は得られそうもない。どこかで粒子化するような波束の収束を引き起こす現象が起きなくては困る。そこで登場するのがデコヒーレンス理論と多世界解釈なのかもしれない。
多世界解釈のもっと踏み込んだ解釈として、エベレット流の”観測した後の互いに干渉しない世界”の共存だけではなく、観測する前の状態も多世界で記述してみようとする考えがある。その考えの一つがファインマンの経路積分を多世界解釈に導入しようとするものである。ファインマンの経路積分法は、量子力学と等価な理論であるとされ、点Aから点Bへ1個の粒子が移動する場合、すべての可能な経路を考慮して計算するというものであり、すべての経路に相当する空間に粒子が同時に存在しているかのような印象を与える。それゆえ、1個の粒子が同時に異なる場所に存在することを多世界で表現しつつ、ファインマンの経路積分法と矛盾しないよう多世界を構築することが検討されているようである。もし、この多世界解釈の発展形がファインマンの経路積分法と全く等価であれば、量子力学とも等価であることになり、姿を変えた従来の理論体系と同じものが登場するだけなのかもしれないが、従来の理論をより発展させた新しい理論が構築される可能性もある。
さて、この多世界解釈でEPR実験が説明できるような印象があるが、本当にそうなのか考えてみたい。