4-3.アスペの実験の再考察(片方の観測がもう片方に影響するのか?)
前節で多世界解釈によるアスペの実験の解説を試みたが、先に到着した光子を基礎に理論展開を行った。それゆえ、どちらが先に到着したかにより理論的展開が異なるが、最終結果は同じである。また、近接作用のみで議論できるようなことを述べたが、片方の観測結果がもう片方の観測結果に影響を与えるのかどうかを再度議論してみることにする。
光源Sからほぼ同時に反対方向へ放射される光子ν1とν2は互いに同じ方向の偏光方向(角度α)を持つ。(これをエンタングルしていると呼ぶ。) このとき、多世界では、互いに直交する偏光方向(角度ηとη+90°)を持つ光子がそれぞれ別世界で放射されたとする。そして、それぞれの世界においても反対方向へ飛び出た2つの光子は互いにエンタングルし、偏光方向は同じになっていると考えるのは自然であろう。式(4-1)の考え方から、
| ν1 〉 = cos(α-η)|||1 η 〉 + sin(α-η) |=1 η 〉
| ν2 〉 = cos(α-η)|||2 η 〉 + sin(α-η) |=2 η 〉 (4-11)
と記述できる。ここで、添え字の1,2は光子1,2に対応する。多世界において2つの光子がエンタングルしていることを表現すると、
| ν1〉| ν2 〉 = cos(α-η)|||1 η 〉|||2 η 〉 + sin(α-η) |=1 η 〉 |=2 η 〉 (4-12)
となる。エンタングルした光子を記述するのに、2つのエンタングルした世界を用意するだけですべての偏光方向の光子ペアをエンタングルさせられることがわかる。(4-12)の表現は、αが任意であるので、ある特定の角度ηの互いに偏光方向が直交した多世界の光子を導入するだけで、すべての偏光方向の光子が記述でき、2つの多世界の光子がそれぞれエンタングルしていると、それから線形結合で生成されるすべての偏光方向の光子もエンタングルしていると言える。このことは、光源Sから、多世界の中の少なくとも2つの偏光方向が異なる世界でエンタングルした光子ペアが、互いに反対方向へ飛び出しているということになる。(光源Sで光子が発生する際、エンタングルメントに必要な多世界は2つでよく、その他の多世界はこの2つから自動生成される。)
図4-4.光子の偏光方向の角度の関係(ピームスプリッタⅠを基準にしている。)
ηを導入したのは、光源Sで光子ペアが生成したとき、同時に多世界のエンタングルした光子ペアが生成されたことを強調したかったためであるが、少々煩雑になってしまった。さて、それぞれの多世界で、
|||1 η
〉 = cosη||| 〉 + sinη |= 〉
|=1 η
〉 = -sinη||| 〉 + cosη |= 〉
|||2 η 〉 = cos(η-θ)|||θ 〉 + sin(η-θ) |=θ 〉
|=2 η
〉 = -sin(η-θ)|||θ 〉 + cos(η-θ) |=θ 〉
であるから、(4-12)より、
| ν1〉|
ν2 〉 = cos(α-η)(cosη||| 〉 + sinη |= 〉)(cos(η-θ)|||θ 〉 + sin(η-θ) |=θ 〉)
+ sin(α-η) (-sinη||| 〉 + cosη |= 〉)(-sin(η-θ)|||θ 〉 + cos(η-θ) |=θ 〉)
= (cos(α-η) cosη
cos(η-θ) + sin(α-η) sinη sin(η-θ)
)||| 〉|||θ 〉
+ (cos(α-η)
cosη sin(η-θ) - sin(α-η) sinη cos(η-θ)
)||| 〉 |=θ 〉
+ (cos(α-η) sinη cos(η-θ) - sin(α-η) cosη sin(η-θ) ) |= 〉|||θ 〉
+ (cos(α-η) sinη sin(η-θ) + sin(α-η) cosη cos(η-θ) ) |= 〉 |=θ 〉
さて、η=0のとき、
| ν1〉|
ν2 〉 = cosα cosθ||| 〉|||θ 〉 - cosα sinθ||| 〉 |=θ 〉
+ sinα sinθ |= 〉|||θ 〉 + sinα cosθ |= 〉 |=θ 〉
これは(4-9)式に一致する。η=θのとき、
| ν1〉|
ν2 〉 = cos(α-θ)
cosθ||| 〉|||θ 〉 - sin(α-θ) sinθ ||| 〉 |=θ 〉
+ cos(α-θ) sinθ |= 〉|||θ 〉 + sin(α-θ) cosθ |= 〉 |=θ 〉
観測する確率はそれぞれの係数の2乗をとれば得られる。この確率に対し、すべてのαについて平均をとると、
なので、両者は一致するが、決まった偏光方向αに対しては一致しない。それぞれの観測装置が見ている多世界が異なるため、実在の偏光方向αの光子を異なる多世界を通して見ていることになるためと解釈できる。ηを変えると異なった結果が導かれるが、αに対して積分形で平均をとると同じ結果が得られるのではないかと想像しているが、面倒なのでこれ以上の式の導出はやめる。
実在の光子(偏光方向α)を想定しても、観測装置は偏光方向が異なる多世界の粒子として観測するため、実在を知ることができない。1個の光子を観測したとき垂直方向であった場合、多世界の垂直方向の光子を観測したのであって、もしかすると実在の光子と一致するのかもしれないが、そうでない可能性のほうが大きい。もし、偏光方向αの光子ばかり飛んでくるのであれば、観測結果の集計値がαの偏光方向を指し示すようになることは自明のことであるが、アスペの実験における実在において、毎回飛んでくる光子の偏光方向はデタラメであると想定されるので、観測装置が置かれた方向の多世界の光子から判断するしかない。
もし、なんらかの方法で偏光方向をそろえる実験をした場合、どのような結果になるのか興味深い。偏光板や偏光ビームスプリッタで分離して偏光方向を揃えた場合、エンタングルした情報はどうなるのであろうか? 偏光板を2枚から3枚と重ねていくと、透過しなかったものが透過するようになる。このとき、垂直方向の偏光がいつの間にか水平偏光に変わるように設定することができるが、元の光子は垂直偏光で通過してきた光子である。偏光板を通過した直後、水平方向の成分は存在しないが、多世界に水平方向の光子が突然出現すると考えるとうまく説明できそうである。実在の光子が偏光板を通り抜けたその時、同じ空間の同時刻同方向へ運動する多世界の水平方向の偏光をもつ光子が出現すると考えるだけでよい。同時刻に同じ場所に出現するだけでエンタングルした情報は引き継がれることになるが、もはや反対方向へ飛んでいるエンタングルしている光子と偏光方向は一致していない。偏光板で曲げられた角度分、互いにずれている。反対方向へ飛んでいる光子が実在すれば、対応する光子も実在しているわけで、同時に異なる観測装置で観測されることになる。既に偏光方向は確定しているので、偏光板を透過するときエンタングルしている情報を引き継ぐ必要はない。同時性のみ保証されればよいことになる。実際には、実在の光子が何枚目の偏光板で吸収(もしくは反射)されるのかはわからないが・・・・