衛星データの赤外スペクトル①

1.地球の赤外観測データ その1

 衛星データのCO2に関連する赤外スペクトルの論文があるので、それを見てみることにする。この論文は、地球温暖化を理解する上で必要と思われる。かなり、温暖化ガスに関する基礎的な話も盛り込まれている。参考文献がそうとう省略されているので、出典はどこかを探すのに苦労した。
出典:Jack Barrett, GREENHOUSE MOLECULES, THEIR SPECTRA AND FUNCTION IN THE ATMOSPHERE, ENERGY & ENVIRONMENT, VOLUME 16 No. 6 2005

例によって、英語とその訳。Intro部分はそうたいしたことは書かかれていないので、途中からであるが、基礎的な部分も含めた。意訳しようとしたがかなり直訳に近くなり、日本語として意味が通りにくい箇所が相当できてしまった。英文が読める人はそちらの方がわかり易いであろう。

Why do molecules absorb IR radiation?
 In the IR region radiation has sufficient energy to cause molecules to rotate or vibrate or both, dependent upon certain selection rules. To acquire rotational energy directly a molecule must have a permanent dipole moment, i.e., there must be a permanent charge separation within the molecule. The rule for acquiring vibrational energy is slightly different; the particular vibration has to be associated with a change in dipole moment to be IR active. If a molecule is vibrationally active, it can also acquire and dispense with rotational energy.
 The diatomic molecules, N2 and O2, have zero dipole moment and do not qualify by either of the rules and cannot interact with IR radiation, hence they are not greenhouse gases, even though they account for 99.93% of the dry atmosphere. The structures and permanent dipole moments (if any) of the greenhouse gases are shown in Figure 1.

なぜ、分子は赤外線を吸収するのか?
 IR領域の放射光は、ある選択測に従って、分子に対して回転または振動またはその両方を引きおこすのに十分なエネルギーを持っている。回転エネルギーを直接獲得するためには、分子は永久双極子モーメントを持たなければならない。すなわち、分子の中で電荷が分離していなければならない。振動エネルギーを獲得するルールは少しばかり異なっている。特定の振動は、双極子モーメントにおける電荷と関連づけられ、IR活性となる。もし、分子が振動活性ならば、回転エネルギーもまた獲得したり、なしで済ませたりできる。
 2原子分子、N2とO2は、双極子モーメントを持たないので上記ルールを適用できず、赤外線と相互作用できない。それゆえ、たとえ乾燥大気の99.93%を占めるとしても、これらは温室効果ガスではない。温室効果ガスの構造と永久双極子モーメント(もしあれば)は、Figure 1に示されている。
*訳者注) H2OやN2Oは双極子モーメントを持つので回転活性であるが、CO2やCH4は回転活性ではない。しかし、振動活性はあるので、振動モードによっては双極子モーメントが発生し、それを通して回転活性となる。

 The allowed interactions of the greenhouse gas molecules with IR radiation are as follows.
 Water. The molecule has a permanent dipole moment, so rotational changes are allowed and these are spread throughout the IR spectral range. In addition the molecule possesses three fundamental vibration modes, which are shown in Figure 2.
 Only the bending vibration at 1595 cm–1is relevant to the absorption of terrestrial radiation.

 The symmetric stretching mode is not associated with a changing dipole moment and is not radiatively active. The other vibrations do cause a change in the dipole moment of the molecule and are active radiatively.

温室効果ガスと赤外線の許容された相互作用は以下のとおりである。
水: 永久双極子モーメントを持つので、回転変化は許容され、赤外スペクトルの範囲において拡がっている。その上、3つの基準振動モードを持ち、Figure 2に示されている。唯一、1595㎝-1の変角振動(bend)のみが地球放射に関係している。(訳者:他の2つは可視光に近いので、熱放射のレベルでは観測されない。)
二酸化炭素: 中心の炭素原子に対して直線であり対称的である。双極子モーメントはその対称性から0であり、光の直接吸収で回転の変化は引き起こせない。3つの振動モードがFigure 3に基準波数と一緒に示されている。対称伸縮モード(symmetric stretch)は双極子モーメントの変化と関係していないので、放射活性ではない。他の振動は双極子モーメントの変化を引き起こすので、放射活性となっている。(放射活性:光を吸収したり放出できるの意)

* 訳者注) 波数は波長の逆数であり、1㎝あたりの波の数である。波長表示と波数表示はどちらもよく使われるが、波数が大きくなると波長は短くなるので、グラフにしたとき左右が逆になることに注意が必要である。波数表示の良いところは、エネルギーに比例しているので基準振動と回転バンドの合成がわかりやすい利点がある。

・・・・・・・N2OとメタンCH4のところを省略・・・・・・・・・

 

4つの主要GHガス(温室効果ガス)の100m透過長での赤外スペクトルをFigure 6に示した。それぞれの濃度は海上付近の大気の濃度に適合し、水は45%湿度に対応させた。IRにおけるスペクトルの便利な表示方法の一つは、標本の透過度transmissionを波数に対してプロットすることである、1/λ=ν/c (λ=波長、ν=振動数、c=光速度)。

透過度transmission(T、透過率transmittanceとも言う。)は、ある波数の入射光が標本をどの程度透過するかを示すものである。全て吸収されればT=0、まったく吸収されなければT=1。波数は放射光の振動数を表すのに便利である。実際の振動数はヘルツ(Hz)の単位を持ち、あまりにも大きすぎる。程よい小さな数で取り扱えるように、振動数を光の速度(単位秒あたりの㎝)で割って、波数となる。波数は1センチメートルあたりの波の数であり、レシプロカルセンチメートル、㎝-1で表現される。スペクトルの波数範囲は0から2500㎝-1である。この範囲は温暖化した地球から放射される地上放射の周波数範囲をカバーする。
 水蒸気スペクトルは、ほとんど全吸収の0-500㎝-1があり、その右に多くの弱い回転帯500-1300㎝-1が追随する。1300㎝-1から吸収は増大し、変角振動モード1595㎝-1の中心に近づくにつれ再度ほとんど全吸収となり、1800㎝-1を超えると変角モードの回転構造は弱くなり、2300㎝-1で透過度は100%となる。CO2スペクトルは667㎝-1を中心とする変角振動と2349㎝-1の非対称伸縮振動が支配的である。余分のたいへん弱いバンドはさらなる励起により起こり、非常に弱い吸収を表しているが、それでもなお、温室効果を正確に計算するためには重要である。メタンスペクトルは1306㎝-1の変角/伸縮振動、2窒化酸素は上記の3バンドを示している。
 地球表面は平均地球温度288Kであり、その放射はその温度における黒体放射で近似できる。その放射は、GHG(温室効果ガス)のそれぞれの分子に特徴的なとびとびの回転と回転-振動バンドからなるそれとはまったく異なる連続的な発光からなる。地球表面のプランク放射(黒体放射)はFigure 7に、GHG(温室効果ガス)の吸収を組み合わせたものと一緒に、なだらかな太い曲線で示した。

 

 表面からの放射光の吸収はかなりであり、800-1250㎝-1の間の唯一の意味深い透過がある。これは、言わば、窓領域(訳者:大気の窓とも言う。)と呼ばれ、どの分子もここではほとんど吸収がない。放射光の22.5%程がこの窓を通って通過する。雲に吸収されない限り、窓の中の放射光は宇宙空間へ逃げ、温室温暖化に寄与しない。

 地球の表面におけるGHGの地球温暖化への相対寄与はスペクトルデータから計算してもよいであろう。パーセンテージ吸収量は便利である。それらは、%A=100-%T(T=透過度)ように計算される。IPCCでの議論で極めて重要な工業化以前の時代の大気中CO2濃度285ppmvとその倍の濃度のときの値が、水蒸気、N2Oおよびメタンの寄与と一緒に、Table1にある。

 工業化以前の大気における各吸収値の積算値86.9%は、コンビネーション値72.9%よりかなり大きい。これは、水蒸気のスペクトルバンドと他のGHGのバンドとの間の重なりが相当あるために起きたことが原因である。もし、CO2濃度が他のGHGの存在なしに2倍になった場合、吸収の増加は1.5%になる。しかし、他のGHGの存在下で2倍になった場合、吸収の増加はわずか0.5%となり、単独でこのGHGが存在したときの僅か三分の1の効果である。この重なり効果が適切に大気モデルに組み込まれているかどうかが懐疑論を呼ぶことになる。
 このGHGの組み合わせは放射の72.9%を吸収し、27.1%を残す。この内、全透過光の22.5%に等しい量が窓領域を通過し、他のスペクトル領域をたった4.6%が通過する。2倍のCO2濃度の場合、この小さなパーセント量は4.1%にわずかに減少する。これらの小さなパーセンテージの透過は、2番目の100m大気の層を通過すると、それぞれ72.9%と73.4%減少する。その結果、200mより高い領域では両方ともたった~1%程度が透過することになる。

温室効果の大きさ

 入射される太陽エネルギー量は342ワット/平方メートル(W m-2)、その内107 W m-2は大気もしくは表面で反射される。すなわち、235 W m-2は地球を温めることに寄与する。長期間にわたって、地球は放射平衡、すなわち、受け取る量と同じ量の放射を宇宙空間へ失う。ステファン-ボルツマンの法則により、放射強度と黒体放射の温度の関係は、
                  E=σT4

 

放射光強度はステファン-ボルツマン定数(5.67×10-8W m-2K-4)と黒体温度の4乗との積で与えられる。地球の放射を黒体放射と近似して、235 W m-2の出力は253.7Kの温度と等しい。地球表面の温度は288Kと一般的に認められている。すなわち、地球温暖化はGHGの効果、対流、大洋からの水の蒸発、雲、エアロゾル、その他もろもろは、288-253.7=34.3Kである。もしCO2濃度が570ppmvになった場合この数字がいくつになるのかは、気候学会にとって大変重要な問題である。地上放射のGHGによる吸収の割合を温室効果を代表するものとして、それらの温室効果への寄与をTable 2に示した。
* 訳者注: Table2の結果は、単にTable1の結果からそれぞれの寄与を単純計算で求めたものであり、地上から100m上空までの大気における計算結果である。単純にこれが温室効果と考えてはいけない。単に地表からの放射を100m大気がどれだけ吸収するかを計算し、その比率を温室効果ガスに対して求めただけのものである。

34.2Kの全地球温暖化へのCO2の寄与は、Table2の結果より6.7Kと計算できるであろう。ここでは、放射伝達のみが熱を地表から大気へ伝達する唯一の手段と仮定している。地球エネルギー収支は、大気の温めは78 W m-2の水蒸気の潜熱の寄与が大きいことを示している。もしもこれを放射の流れに変換すると、全放射流は390+78=468 W m-2となり、ステファン-ボルツマン温度301.4Kの表面からの放射であり、地球温暖化効果は301.4-253.7=47.7Kとなる。このように、水の蒸発の効果は地表を47.7-34.3=13.4K冷却する。これらの結果はFigure 8 に示している。
* 訳者注: 地表平均温度288K=14.85℃での放射エネルギーは390 W m-2

 放射のみの基礎において、47.7Kの温暖化はTable 2の数値から水とCO2の寄与に分割できるかもしれない。そして、水の寄与は37.4K、CO2の寄与は9.3Kになる。水の寄与はそれから蒸発による冷却効果を差し引いて、24.0Kとすべきである。上記の計算は大気の最初の100mにのみの適用であり、水の効果は高度が上がるとCO2に比べてたいへん小さくなる。この理由は、大気中の水の成分は高度とともに急速に減少し、温度が低いほど水蒸気の成分は減少するが、CO2は気圧にのみ依存して減少するためである。海面付近では水蒸気のCO2に対する平均分子比はおよそ23であるが、高度10㎞ではこの値は0.2に下がる。それゆえ、高い高度では、CO2が大気を温めることに、より大きな寄与をすることが予想される。しかし、このことは多くのGCMs(大気循環モデル)の予測にもかかわらず、起こっていないように見える。

 様々な温室効果ガスの重要性を正確に見積もるためには、衛星によって記録された地球の発光スペクトルを解析するとよいかもしれない。Figure 9 に3つ例を示した。400 cm-1から 600 cm-1の間のスペクトルは水分子の回転遷移からなり、600 cm-1から 800 cm-1の領域はCO2の主変角モードと弱い強度のいくつかの結合バンド(すなわち、変角と伸縮の混合)が主となり、それに重なって水の回転バンドがある。800 から 1300cm-1はIR 窓領域であり、1043 cm-1付近のオゾンの吸収と発光がある。どのスペクトルにも、表面温度に対応したプランク放射スペクトルを一緒に載せている。サハラ砂漠の表面温度は320K付近、地中海のそれは285K付近そして南極のそれは210K付近である。1300 cm-1からは、スペクトルは水分子の振動-回転バンド、メタンとN2O分子の変角振動からなる。

 二酸化炭素の影響はサハラと地中海のスペクトルに見ることができ、600-800 cm-1領域のすべての放射の吸収とその25%ほどのCO2からの発光である。この2つのスペクトルの大きな吸収帯から二酸化炭素がいかに重要なGHGであるかがわかる。スペクトル(c)では、極領域のCO2の発光が低い水蒸気圧が原因で相対的により重要となり、上がっている。Figure 9 に示されたものと同様の他のスペクトルの詳細な解析から温室効果ガス(GHGs)の効果の詳細な評価を行い、二酸化炭素はおよそ7-8℃の地球温暖化の効果を持つということが示されている。これは、CO2の吸収特性から見積もった値(訳者:9.3K)とほとんど似たりよったりである。

結論

主要なGHG(温室効果ガス)のスペクトルの表示と説明をおこなった。GHGの吸収特性は温室効果のそれぞれの相対的重要度を示している。議論はたった100mの透過幅に限定され、大気全体は1000mbの圧力と288Kの温度における8kmの中のひとつと想定されていた。

・・・・・・・・ 後省略・・・・・・・・・・・

訳者感想: 

 この論文を読んで多くのことを学んだ。
1. たった100mの大気が透過する地上放射光のかなりが吸収されるという事実。
2. この論文は温室効果に関する多くの基礎知識が盛り込まれている。
3. 温室効果ガスは吸収だけではなく発光も行い、宇宙から観測されている事実。
4. 大気の窓領域だけではなく、それ以外のデータも解析すればより多くのことがわかること。
5. 220K(-53℃)近くでCO2の発光が観測されている。それは上空のどこからであろうかという新たな疑問。
6. 南極上空の衛星IRスペクトルからは、CO2の発光が観測されている。その温度領域は220K以下であり、もしかすると成層圏からの発光かもしれない。
7. CO2からの発光はサハラ、地中海、南極のどこでもおよそ220K付近の発光である。約―50℃付近からの発光の可能性があるが、CO2濃度が非常に低いことを考えると地上付近の可能性も否定できない。しかし、地中海の方がより高温のサハラより温度が少し高いので、地上付近の可能性は低い。上空大気のCO2が下方からくるCO2放出の赤外線を拾って再放出している可能性もあるが、単なる熱平衡にある低温の大気圏上部からの発光の可能性が最も高いと思われる。地上付近では100m進むとCO2の吸収はほとんど飽和状態である。それゆえ、かなり上空でも数100m進んだだけでCO2の放射光はほとんど吸収されてしまう。しかし、上空大気の温室効果ガスからの熱放射が起きていることはほぼ確実であり、そこから宇宙空間へ放射されることによる放射冷却の効果がある。しかも、その量はかなりあるように見える。分子の発光は、まわりから熱などによりエネルギーが供給されるとどんどん発光するので、濃度が低くても大きな発光強度を持つことがある。宇宙へ放射されるスペクトルの中でこの発光の寄与はかなり小さいが、南極の放射ではその寄与はかなり大きい。水蒸気からの発光も相当あるようなので、その効果も一緒に考える必要がある。
 しかし、大気圏上部の温室効果ガスからの発光は、もしかすると、直接太陽光を吸収してからの発光の可能性もある。とくに、南極の場合、完全に夜にはならないので、太陽光の影響を強く受けている可能性がある。大気中のCO2の赤外領域の吸収と発光の詳細な研究報告が欲しいところである。
 結局のところ、この論文ではCO2濃度を2倍にした時の100m大気の吸収がどうなるかを調べたが、地球温暖化にどれほど寄与するかの疑問が残っている。
 CO2の発光がどうなのかの詳しい知見が必要とのより一層の疑問が深まった。衛星からの地球の夜のIRスペクトルと昼のそれとの比較など、CO2の発光源がどこかの詳しい調査が必要である。
衛星のIRデータ関連の最近の情報収集をしてみようと思う。

*ネットで調べると、Figure 9 を参照している資料が相当ある。問題は大気の窓領域以外の部分の解釈であろう。H2OやCO2の吸収が飽和していない証拠と見るか、いや発光を観測していると見るかの違いがあるようにも見える。Barrettは発光と言っているが、Figure 9 のIRスペクトルはどうも昼間に観測したもののようであり、地球表面からの熱放射ではなく、単なる太陽光を吸収して発光している可能性が高いように思われる。

*熱的平衡状態の場合、吸収と放射は同じになっているはずであるから、吸収した放射光を全部放射すると考えてもよいかもしれない(キルヒホッフの法則)。しかし、あくまでも熱平衡状態の話であり、温度が異なればそうはならない。

* R. A. Hanel, B. J. Conrath, V. G. Kunde, C. Prabhakara, I. Revah, V. V. Salomonson, G. Wolford, The Nimbus 4 infrared spectroscopy experiment: 1. Calibrated thermal emission spectra, J. Geophys. Res. 2629-2641, 77, 1972

Figure 9 の出典が抜けている。参考文献が載っていないことは残念である。上がその出典であることがわかった。

*面白い内容であったが、参考文献が2つしかないのは残念である。

*太陽光の可視光レベルの吸収はCO2にはないが、紫外領域の吸収はあるであろうから、分子が分解されるだろうが、電子遷移して基底状態に落ち、高振動モードからの発光の可能性もあるかもしれない。太陽光のIR領域の強度は非常に小さいので、その反射や再放出の量は無視できるほど小さい。なので、昼と夜のCO2からの発光は変わってないのであれば、太陽光の直接の影響はないと考えてもよいであろう。

最終更新:2015年12月30日 12:38