基礎理論のための参考資料②:Calculation Gas SPectra(www.spectralcalc.com)の翻訳ノート
英語の翻訳はあまり自信がないが、専門用語の関係を明確にしておくための単なるノートである。
NASAを中心として利用されている大気関連分子の吸収・発光スペクトルを計算して表示する有料サイトの解説の一つである。基本的なことからいくらか専門的なことに踏み込んで、利用者の理解の一助となっている。HITRAN2012とGEISA2003データベースを利用することができる。
Understanding observed spectra is the foundation of remote sensing, and more often than not, gas spectra play a significant role. We describe here the methods used by the Spectral Calculator (www.spectralcalc.com) to compute the spectra of molecular gases.These are presented with some brief justification, but mostly without detailed derivations.Gordley et al. (1994) described in detail the LinePakTMalgorithms that are used for these calculations. The LinePakTMcalculations have been extensively compared to other LBL rotational-vibrational calculations (e.g. Gordley 1994, and Kratz 2005). The LinePakTMlibrary has served as the radiative transfer calculation engine in the data processing systems for the satellite sensors HALOE and CLAES (on the UARS satellite), SABER (on the TIMED satellite), and SOFIE (on the AIM satellite) The goal here is simply to give users the background needed to correctly apply and interpret the results from the Spectral Calculator.
観測されているスペクトルを理解することがリモートセンシングの出発点であり、多くの場合、ガススペクトルは重要な役割を果たす。ここでは、分子性ガスのスペクトルを計算するSpectral Calculator (www.spectralcalc.com)が使っているいくつかの方法を説明する。いくつかの簡単な正当性を示す根拠を示しながら解説を行っているが、ほとんどの場合、詳細な式の導出は行っていない。LinePakTMアルゴリズムはGordley et al. (1994) らによる詳しい解説があるが、ここでの計算に使われている。LinePakTM計算は、他のLBL(line-by-line)回転-振動計算と詳細にわたり比較調査されている (e.g. Gordley 1994, and Kratz 2005)。LinePakTMライブラリは、衛星センサHALOEやCLAES(UARS衛星)、SABER(TIMED衛星)そしてSOFIE(AIM衛星)のためのデータ処理システムにおける放射伝達計算のエンジンとして使われている。ここでの目的は、Spectral Calculatorの結果を正しく適用したり解釈したりするための基礎知識を利用者に提供することである。
Line-by-line models
Molecules absorb and emit radiation only at certain discrete frequencies or wavenumbers,corresponding to allowable changes in their quantum energy levels. This produces a unique spectrum for each gas species. To begin a discussion of modeling molecular spectra, it’s useful to define several quantities:
分子は、量子エネルギー準位間の許容変化に対応するある決まった周波数もしくは波数の光を吸収したり放射したりする。この過程はそれぞれのガス種に固有の異なるスペクトルを与える。分子スペクトルのモデリング(理論や計算のモデルを作ること)の議論を始める前に、いくつかの量を定義しておくことは有用である。
ν wavenumber (cm-1) 波数
number of waves per cm.ν=f/c=104/λ where f= frequency (Hz), c= speed of light (cm/s), and λ= wavelength (μm).
τν transmittance 透過度 = 透過光/入射光 = It/ I0
ratio of transmitted radiance to incident radiance at wavenumber v
εν emissivity 射出率 = 発光強度/黒体の発光強度
ratio of emitted radiance at v to the radiance emitted by a blackbody at the same temperature
αν absorptivity 吸収率 = 1 - 透過度τν (= (I0-It) / I0)
fraction of incident radiance at v that is absorbed
(We adopt the convention of using a subscript ν to indicate quantities that have spectral dependence.) Kirchhoff's law equates the absorptivity to emissivity at each wavenumber. Further, in the absence of scattering or reflections, the absorptivity is the compliment of the transmittance:
αν= εν = 1 -τν Eq.1
(スペクトル依存性を持つ量を示すため、添え字νを使用するという慣例を採用している。)キルヒホッフの法則は、それぞれの波数において吸収率と射出率が等しいとしている。さらに、散乱や反射がないという前提で、吸収率は透過度の補完になっている。(注:complementのミススペル:補うもの、補完するもの、補数、補集合などの意)
図1.透過スペクトルの例。赤い線は0.1気圧CO2350ppmvにおける10㎝光路のシミュレートされたスペクトルである。差込み図は、一つの吸収線を拡大表示したものであり、線の形が明瞭にわかる。それぞれの線の位置、深さ、形は、分子の量子力学的性質と圧力、温度、ガスの濃度から決定される。668cm-1の強烈な吸収の描像は、実際、多くの重なりあった吸収線の重ね合わせとなっている。これは、Qブランチと言われ、量子角運動量が不変で遷移するグループである。量子角運動量が1量子数減少もしくは増加する遷移は、Qブランチの左と右に吸収線群の包絡線状的かたまり(envelope)を作り出し、それぞれPおよびRブランチと呼ばれる。
(この辺から英文は割愛しようと思う。また、図や表も原文を直接参照して欲しい。)
さてここで、一つの均一ガスの透過スペクトルの計算を見てみることにする。図1はCO2の透過スペクトルの例である。吸収線は透過スペクトルの中ではくぼみとして現れる。それぞれの線はある幅と深さがあり、ある特定の波数を中心にしている。線の位置と形は、分子の量子力学的性質によって決まり、温度や圧力といったマクロ的条件の影響を受ける。スペクトルは最初の原理から計算して求めることができるが、しかし、ほとんどの応用において、この方法で達成された精度は不十分である。そのかわり、様々な実験室での多様な条件において測定されたスペクトルを再現するようにフィットする線のパラメータを導入している。それぞれの吸収線は、それゆえ、いくつかのパラメータのセットになっている(Table2参照)。これらのパラメータから、吸収線はどのような圧力、温度、ガス濃度においても形成することができる。吸収線のグループに対する線パラメータの収集はline listと呼ばれている。HITRANは、おそらく、大気応用において最も包括的な共通に利用されているline listである。(Rothman, et al., 2008)
あるスペクトル領域における混合ガスの透過スペクトルをシミュレートするためには、それぞれのガスの吸収線を計算しなければならない。線の中心がスペクトル領域の外であっても、その翼が領域内にあれば内包しなければならない。完全なスペクトルは、実際、個々の吸収線スペクトルの積算した結果である。このように個々の吸収線のスペクトルを足し合わせて積み重ねることにより分子スペクトルをシミュレートするアルゴリズムのことをline-by-lineモデルと呼び、利用可能なものの中で最も正確な分子吸収の予測を与える。我がSpectral Calculator(社)が使用しているline-by-lineモデルはLinePakTMlibrary(Gordle, et al,. 1994)である。NASAや他の世界的研究機関は、衛星計画や大気リモートセンシングプロジェクトにおいて、LinePakTMソフトウェアに依存している。
分子吸収以外に、大気中の光の強度を減少させる他の相互作用があるということは認識しておかなければならない。いくつかの重要な効果は、小粒子(エアロゾル)による散乱、分子散乱(レイリー散乱)、連続吸収帯である。ここでは、しかしながら、分子の吸収線と発光線にのみ集中することにする。
Beer-Lambert Law
透過度,τν, は、入射光強度に対する受光強度の比である(Fig.2)。透過度は一様な吸収体の中を通過する距離の指数関数で減少し、ブーガーの(Bouguer's) またはBeer-Lambert の法則(Beer-Lambert law):
τν= e-kνx Eq.2
で表される。ここで、kνは吸収係数であり、xは光路長である。当然のことながら、kνは光路に沿っての分子数に比例する。理想気体の圧力P、温度Tそして混合体積比qで、吸収係数は
kν= (qP/kT)σν Eq.3
ここで、kはボルツマン定数である。すべてのスペクトル依存性はクロスセクション(断面積:吸収断面積?),σν(cm2/molecule),に含まれる。それゆえ、Beer-Lambert の法則は、
τν= exp{(-qPx/kT)σν} = exp(-uσν) Eq.4
ここで、u=qPx/kT はmass path(適切な訳語がわからない。そのままマスパス)であり、経路上の断面積当たりの分子数を与える(molecules/cm2)。さらに、計算のスペクトル依存性を分離するため、クロスセクションをスペクトルに依存しない線強度Sとスペクトル線の曲線gνの積で記述する。
σν = Sgν Eq.5
Sはcm-1/(molecule/cm2)、gνは1/cm-1の単位を持つ。(波数の単位と面積の単位を分離しておくことは、結果をcm/moleculeと記述するより好ましい。)最終的に、分光透過度spectral transmittanceは、
τν= exp{ (-qPx/kT) Sgν} Eq.6
Line Shape
分子スペクトルのシミュレートにおける努力のほとんどは線の形(ラインシェイプ:line shape)gνを個々の吸収線に対してコンピュータ計算することである。最初に、線の中心の位置が決定される。中心の波数νcは直線的に0圧力の位置νc0から圧力に対して増大する。
νc=νc0 + δP/P0 \Eq.7
パラメータνc0とδは、HITRANのような適切なラインリストline list の中で見つけられる。
図1に見るように、特定の分子遷移の吸収はある一つの波数に制限されておらず、ある波数範囲に広がっている。この吸収線の広がりは3つのメカニズムによって引き起こされる。第1は、すべてのスペクトル線はハイゼンベルクの不確定性原理からくる自然幅を持つ。しかし、これはほとんどいつも他の広がり効果と比較すると無視できるほど小さい。第2は、熱運動がランダムなドップラー速度を各分子に分配し、集団全体の吸収は、ある波数領域にわたってぼやける効果を引き起こす。最後は、ランダムな衝突が個々の分子のエネルギー準位に摂動を与え、それぞれ少しずつ異なり、累積した効果は圧力広がりとして知られている。
0.01atm以下の気圧(30㎞より上空)で、ドップラー広がりが支配的になる。この結果、線の形はガウシアン型(Gaussian line shape)となり、その半値幅は:
Eq.8
となる。ここで、mは分子質量、cは光速である。(数式は省略したので、原文を参照。)
0.1atm以上の気圧(16㎞より低空)で、圧力広がりが支配的になり、線の形はローレンツ型(Lorents line shape)となる。広がりの量は衝突に含まれている分子のタイプにいくらか依存している。同じ種同士の2つの分子の衝突による広がりは、ある分子とN2分子との間のものと著しく異なるため、ローレンツ半値幅αLは、空気広がり半値幅(air-broadened halfwidth) αLa0と自己広がり半値幅(self-broadened halfwidth) αLs0の加重平均から、圧力と温度で調節して、
Eq.9
で計算される。ここで、T0=296K。ところで、我々は共通の仮定をしている。つまり、空気広がりと自己広がりの両方で同じ温度指数γを適用していることである。再度述べるが、パラメータαLa0、αLs0、γはHITRANのようなラインリストline listから得られる。ドップラーとローレンツ広がりの結合はより一般的なフォークトプロファイル(フォークト関数)Voigt profile:
Eq.10
を得る。フォークトプロファイルは高い圧力ではローレンツ型(αL?αD)、低い圧力ではドップラーもしくはガウシアン型(αL=αD)になる。フォークトプロファイルの計算後、線の形に追加修正を加え、遠い翼効果(far-wing effects):
Eq.11
を考慮する。ほとんどの応用においてフォークトプロファイルは正確であるが、他の線の形(ラインシェイプ)が望まれる場合がある。非常に低波数の場合、Van Vleck-Weisskopf ラインシェイプがより適切である(Appendix Aを参照)。本Spectral Calculatorは、νc<200cm-1のときVan Vleck-Weisskopf ラインシェイプを使用し、それ以外は、すべてフォークトプロファイルである。他の効果、たとえば、ラインカップリングline-coupling や速度に依存した広がりが、ある条件において重要になる。しかしながら、多くの場合、フォークトプロファイルは容認できる結果を与え、本Spectral Calculatorのような一般用途の目的においては当然の選択である。
Line Intensity
さて、最後に残った項として、Eq.9で定義した透過度の計算における線強度Sを考えよう。HITRANや他のラインリストはS0つまり、T0=296Kにおける線強度を提供する1。任意の温度Tにおける線強度の計算のため、増感発光効果を説明するためのボルツマン因子を導入し、振動と回転運動の分配関数QVとQRを取り入れる。
Eq.12
1
ここで、ELは遷移の低準位エネルギー(HITRANでも提供されている)である。振動と回転の分配関数の複合効果は、温度の関数としてパラメータ化された、全内部分配合計(TIPS:total internal partition sums)の集計から発見されている。
Transmittance spectrum
これまで、我々は一つの吸収線からどのようにして透過スペクトルを計算するのかを議論してきた。混合ガスの観測されたスペクトルは、興味対象のスペクトル領域の中もしくはその周辺における、すべてのガスのすべての吸収線のスペクトルであろう。Eq.3から、混合ガスにおけるj番目のガスのi番目の吸収線のスペクトルは、
Eq.13
ここで、断面積σとマスパスuはEq.6-10から計算される。完全なスペクトルは、すべてのガスのすべての線の透過スペクトルの積算:
Eq.14
である。強い線は線の中心から遠く離れたところまで大きな両翼を持ち、弱い線の翼は急速に減少する。それぞれの線の中心から十分に離れたところまで計算を続けることは重要である。たとえば、1800cm-1の強い線の遠い翼は2000から2010cm-1までの領域のスペクトルに影響する。スペクトル領域に依存しているが、数万から数百万の重要な吸収線と断面積があり、それらの各々は、線の形を完全に捕捉するための十分高いスペクトル分解能で計算されなければならない。このため、断面積の計算と積算を精度を失わずに効果的になるよう、大いなる努力を払わなければならない。
Radiance
一般的に、観測されたスペクトルは透過した光と発光した光の両方であろう。(日本語でRadianceのことを放射もしくは放射光とよく訳すが、単なる光としての意味合いが強く、ここではRadianceを光と訳した。透過光も放射光もRadianceである。)さて、温度Tsの黒体があり、あるセンサでそれを観測しているが、センサと黒体の間に温度Tgのガスがあるとしよう。ガスは黒体からの放射光のいくらかを透過し、同時に、自分自身いくらかの放射光を放出する。センサが検出した放射は、次のような和になるであろう。
Eq.15
ここで、Bν(T)はプランクの黒体関数、τνはガスの透過度であり、ενはその射出率である。散乱効果を無視すると、εν=1-τν(Eq.1)、それゆえ、
Eq.16
この式の極限の場合を検証することは重要である。完全に透明なガス(τν=1)の場合、検出された放射は単純に源の放射:Lν=Bν(Ts)である。もし、ガスが完全に不透明(τν=0)であれば、これは完全な黒体:Lν=Bν(Tg)として振る舞う。もし我々が背景の源の温度をゼロにしたら、ガスの発光スペクトル:Lν=ενBν(Tg)のみが残る。もし、そのかわり、ガスの温度がゼロであったら、透過スペクトルによって調整されて源の放射光のみ:Lν=τνBν(Tg)が観測される。(注:おそらく数式のミスであろう。Lν=τνBν(Ts)が正しい。)Fig.3はこれらの効果を示したものであり、暖かい黒体放射源を2酸化炭素の冷たいガス体を通して観測したものである。680cm-1付近、この吸収線は飽和しているが、放射スペクトルは冷たいガスの温度の黒体放射と一致する。どの強い吸収からも離れた領域では、暖かい黒体放射スペクトルは減衰していない。
図3.背景の黒体の前の2酸化炭素の放射スペクトル。背景は320K、CO210%、280Kの1mガス体を間において観測。(残りのガスは透明と仮定されている。)透過度が0のとき、観測されたスペクトルは280Kの黒体放射と同じになる。透過度が1のとき、320Kの背景と同じになる。もしも、ガスが背景より暖かった場合、吸収線は逆に発光線になる。
Atomospheric Path
例えば惑星大気の透過経路のように、より複雑な経路のスペクトルを計算するためには、経路を小さくセグメントに分割し、それぞれのセグメントでは様々な環境条件(圧力、温度、ガス濃度)が一定と見做せるようにすることである。そして上で述べた技術を応用することである。これは、Fig4に示してある。LinePakでは、セグメント中の実効圧力、温度、濃度は、環境条件のマス加重化(mass weighting)によって決定される。詳細は、Gordley,et al 1994にある。全経路の透過スペクトルはそれぞれのセグメントのスペクトルを積算したものである。長い経路はかなりの屈折の影響を受ける可能性がある。このこともまた、考慮されなければならない。当然ながら、このような計算は急速にコンピュータ集約型となり得る。本Spectral Calculatorで使用しているLinePakTMlibraryは効率を最大限にするよう注意深くデザインされている。そして、このような複雑な大気スペクトルは、精度を保ったまま、可能な限り高速に計算処理することができる。
図4.赤い線は屈折を考慮したもの
訳者コメント:
太陽光の地球の吸収は図4の逆の現象が起き、本来は大気を通過するだけの光が屈折して地球に降り注ぐことが起きる。太陽が本当は沈んでしまっているのに、屈折した光が地表に届くため、日没は予定時刻より遅くなる。また、太陽光はレイリー散乱が起き、大気中の分子によって四方八方にいくらか散乱されるため、地表に届くべき光のいくらかは散乱により宇宙へ逃げていくが、大気を通過するだけのはずの光の散乱も起きていくらか地表に届くようになる。レイリー散乱は可視光以上の短波長の光で強く起こるが、赤外線以下の長波長の光はあまり散乱は起きにくいという周波数と散乱の関係がある。それゆえ、散乱と屈折の影響を考慮する必要がある。
ここでの定式化は、吸収スペクトルを計算するための特殊なやり方で行われている。そのため、他の理論との整合性が取りにくくなっている感がある。厳密な意味で、他の理論体系と整合性を取って議論する必要があるであろう。