TDN&ライダー

「令呪返して下さい!オナシャス!」
「やだよ」

本来ならば、魔術師がマスターとして選ばれるのであろうが、
偶然下北沢をうろついているホモの魔術師に出会う確率は野獣先輩を特定することの出来る確率よりも低い。つまりほとんど不可能(確信)
故に、適当なホモにサーヴァントは舞い降りる。
その日、平凡なサッカー部員の格好をした野球部員TDNは一人車に乗っていた。
明日はホモビの撮影である、ちょっとしたお小遣い稼ぎの心積もりである、特定される可能性など微塵も考えていない表情であった。
下北沢は彼にとって庭のような場所である、すいすいと狭い路地も抜け、ゆうゆうと車を動かしていた疲れからか、
不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し、車の主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは……。

因果が捻れ、曲がり、狂う。
目の前に車など無かった、間違いない――TDNはしっかりと確認していた。
だが、目の前には己がぶつけてしまった黒塗りの高級車があり、そして車から降りてきたヤクザ風の男がいる。

「おいゴルァ!降りろ。おい令呪もってんのかゴルァ」
令呪――何だそれは、とTDNは思った。
裏社会の人間の云う所の隠語であろうか、とTDNは思った。
そして、思った。自分の将来が暗澹たることになるのではないか、と。

自分が明日ホモビに出演するように、一般人の世界と――それと一線を画する裏の世界とも云うべき世界は遠いようで案外近い、地続きになっている。
その世界の住人は檻の中の獣だ――迂闊にその門を開きさえしなければ、喰われることはない。
だが、常に彼らは我々を狙っているし――そして、人の皮を被った理知的な獣である彼らは、このような好機を逃しはしない。
金か――金で解決することの出来る問題ならば良いだろう、自分の払える範囲であるのならば。
TDNは一介の学生である、自分の動かせる金はそう多くはない。
道理を無視した慰謝料を請求されてしまえば、終わりだ。
転がり落ちるように、どっぷりと裏社会に沈み込み、金を払うためだけに生き続けるしか無い。

あるいは、他のもので支払わされるか――想像できない、TDNは目の前のヤクザ風の男を理解する材料を持ってはいない。

――轢けば良い。

悪魔が己の中で囁く、TDNにホモビ出演を勧めた悪魔だ。自制心の逆さの存在だ。

――誰も見てはいないし、目の前の男も人間の屑に違いない、警察も真剣に捜査を行うことはない。

あまりにも楽観的な観測だ。彼の組織の人間が報復に訪れるかもしれないし、
警察だって抗争の線を疑い、舌舐めずりして仕立て人を探し、一斉検挙の機を得ようとするだろう。
だが、それはTDNにとって余りにも良い考えであるように思えた。

――甘い毒だ。
脳みそを蕩かせるような誘惑だ、知恵の実をエヴァに与えた蛇のそれが、己の中にある。

――ああ、轢いてしまおうか。
アクセルを踏み、殺すのだ。
バァンと大破の音を立てて、ヤクザはその身を宙に舞い上がらせるに違いない。
くるくると糸の切れた凧のように顔面からその肉体はコンクリートに堕ちるに違いない。
衝突の衝撃で既に骨は折れているのだから、きっと地に堕ちたその肉体は蛸の有様であるのだろう。

気づくと、アクセルを踏んでいた。
TDNの肉体は己のものではなかった、ただ自分の内にある自分で無い者に支配されていた。
目の前の男は原型を留めぬ肉体になるに違いない、とTDNは信じていた。

「バカジャネーノ?」
車が止まっている。
己の良心とも言うべき存在が知らぬ間にブレーキを踏んでいたか、否。
己の右足は大地のそれに接するように、しつかりとアクセルを踏みしめていた。

きゅるきゅると前に進めぬフラストレーションだけを溜めたまま、タイヤが回転している。

ヤクザ風の男は誰の眼にもはつきりとわかる嘲笑を浮かべていた。
嗤っている――誰をだ、己をか。あるいは、余りにも無力な己の車をか。

今はつきりとTDNは理解していた。
ヤクザ風の男はその右腕一本で己の車を止めているのだ。


きゅるきゅる きゅるきゅる きゅるきゅる きゅるきゅる
  空回る。   空回る。    空回る。   空回る。

TDNが下段回し蹴りを放つ、前輪が吹き飛ぶ。
己の車が前のめりに傾く、自身の身体も前のめりになる。
障子戸を破るように、ヤクザ風の男が正面のガラスを叩き割った。
粉々に砕けて飛んで行くガラスの破片が、桜吹雪が風に舞うようである、とTDNは思った。

「令呪見せろ」
ヤクザ風の男が突っ込んできた腕がTDNの陰茎を掴んで、TDNの肉体を持ち上げる。
その腕力ならば成人男性の陰茎など容易にねじ切りそうなものであるが、しかし――絶妙な力加減であった。快感すらあった。
何かに気づいたかのように、ヤクザ風の男はTDNの左腕に注視した。
――何だ?いや、ヤクザ風の男と共に見ることで、己の腕の異変にTDNははっきりと気づいた。

やんぬるかなTDNの左腕の甲には、
某日本ペイントのようなマークが刻み込まれている。なんだこれは……たまげたなあ。
まるで刻印であるとTDNは思った、何か退っ引きならない事態に巻き込まれているのだと、
それもヤクザがどうとかいう次元ではないことに巻き込まれているのだと、TDNは理解する。

「お前、マスターか」
――マスター、主人……自分が、このヤクザの主人であると?
そういう事態になるような、そんな行いをした覚えはない。
だが、否定すれば殺されるのではないか、そう思った。
そして、嘘であるとバレても、殺されるだろう。

故にTDNは言った。

「多分そうだと思うんですけど(名推理)」
「ほぉん」

パァン――平手打ちの音が高らかに響き渡った。
尻を打ったのだ、誰がだ――ヤクザ風の男が、だ。

誰のだ、TDNの尻だ。
いつの間にか、ズボンもパンツも脱がされていた。

咲いている――真っ赤な紅葉が、TDNの尻で咲いている。咲くことを恐れる蕾はないんだよなぁ……

「汚ねえケツだなあ」
パァン――平手打ち。

紅葉が咲き乱れる。

「汚ねえ華だなあ」
パァン――平手打ち。

「アッー!」
TDNのうめき声を意に介さず、ヤクザ風の男はひたすらにTDNの尻を打つ。
「汚ねえ声だなあ」

パァン――平手打ち。
パァン――平手打ち。
パァン――平手打ち。
パァン――平手打ち。

紅葉が満開になる。
汚い紅葉狩りだなぁ……

サーヴァント:ライダー TNOKは何も云わない。
TDNに対し、何も云わない。

全ての運命はTDNの中心に螺じ狂った、だが何も云わない。
TDNを恨むサーヴァントも多くいるだろう、だが何も云わない。

ただ、己のサディズムをTDNの尻にぶつける。


くっそ汚いアダムとイブの、失楽園の音だ。

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最終更新:2016年03月11日 23:16