ひで&セイバー

あれー? おかしいね、誰もいないね?


◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ううぅぅぅ……うううぅぅ……」

少年――彼の体格は少年のそれとは言い難いが、ランドセルに半袖半ズボンという服装から便宜的に彼を『少年』と呼ぶことにするーーは小学校の教室の真ん中でうずくまり、はたから見ればやや演技っぽいすすり泣きをしていた。しかし、彼にとっては自身が今置かれている状況は恐怖に満ちており、流している涙は決して演技の賜物ではなく、本物である。

そう聞くと、『多分その子は今いじめを受けてると思うんですけど(名推理)』と心配する人が居るだろうが、そうではない。

確かに、少年は常日頃、学校でのクラスメイトを含めた周りの人ーーどころか見ず知らずの人たちから『しね』という罵倒を、さながらシャワーの如く浴びてはいるが、今の彼がおかれている状況はそんな物ではない。



そんな生易しい、ぬるま湯のような状況ではない。



教室の中には少年以外の人間は居なかった。いや、この説明には細かく言えば二つの間違いがある。
一つ目は『既に人間としての原形を留めていない、おそらく少年のクラスメイトであろう""元""人間たちの骨や肉、血、髄液なら教室中に撒き散らされている』という間違い。
壁に、窓に、床に、天井に、机に、黒板に、教室内のありとあらゆる部分に血がベットリと塗りたくられ、その上からこれまた真っ赤な肉が引っ付いている。
まるで教室全体が一つの大きな『いちごタルト』になったみたいだあ……。

そしてもう一つの間違いは『その現場を自身の両手だけで作った、人ならざる何かなら一匹、教卓のそばに立っている』ということだ。
それは血の赤色とは真逆の水色の体をしており、腹部分に『A』の文字、デフォルメされた熊のような顔、頭には虫のような触角が二つ、加えて背中には蝶々のような一対の羽生えているという、このような凄惨な場にはかなり似合わない、やけにコミカルでキュートな見た目をしていた。
どう見ても人間ではない。
歩くたびに『キュムキュム』というSEが鳴りそうなビジュアルだ。

しかし、実際それが歩いて鳴るのは『ピシャピシャ』という床に溜まった血がはねる音である。


(ピシャピシャ……?)


その足音に反応し、少年は顔を上げた。直後、彼の顔は更に恐怖で引き攣る。

水色の化物が両手を――クラスメイトをものの数分で全て肉塊に変えた両手をブンブンと車輪のように振り回しながら少年に近づいて来ているではないか。
教卓のそばにいた水色の化物と教室の中央にいる少年。
両者の間の距離はおよそ二メートル。

「あ……」

怯えの声を出す少年。
水色の化物は何も言わず、彼に近づく。

「ああぁ……」

怯えの声を出す少年。
水色の化物は何も言わず、彼に近づく。

「やめてやめて! 近づかないで! 」

やっと言葉らしい言葉を言う少年。
水色の化物は何も言わず、彼に近づく。

「ああああああああもうやだああああああああ!!!」

そう咆哮しながら、うずくまってた身体を今更起こし、水色の化物からの逃走を始める少年。しかし、もう遅い。
少年のすぐそばまで近づいていた水色の化物は、右腕で彼の肩をがしりと掴み、そのまま力任せに後ろへ引いた。
当然、肩を引かれた少年は後方へと吹っ飛び、背中から教卓近くの床へ受け身も取れず叩きつけられる。

「出会いたい!」


……………。
おそらく「痛い!」と言いたかったのだろう。言い間違いはショタの特権だ。

その衝撃で腰の骨にヒビが入ったのか、
それとも水色の化物の腕力を身を以て体験した恐怖で腰が抜けたのか定かではないが(強いて言うなら後者。少年の身体はそんなにヤワではない)、
どちらにせよ、少年は再び立ち上がる事は出来なかった。
しかし、水色の化物は何も言わず、また再び少年に近づく。
まさに絶体絶命である。

しかし、この時、少年の脳内には、家族との思い出やクラスメイトとの記憶といった走馬灯ではなく、
彼が毎週日曜の朝に見ている特撮ヒーロー番組『超人サイバーZ』の映像が流れていた。

(もし――もし、本当にヒーローがいたら……
こんな時にこそ助けに来てくれるのに……)

しかし、現実は残酷だ。
ヒーローどころか、異変を感じて他の教室から誰かがやってくることすらない。
今少年の目の前に現れてるのは、正体不明の水色の化物だけだ。

血がはねる音が止まった。
教室に静寂が漂う。
再び、少年のすぐそばに立った水色の化物は己の拳を頭上に振り上げ、



「しね」



と短く呟いた後、それを振り下ろした。
それは今まで少年が浴びせられたどんな罵倒よりも殺意がこもっていた。
恐怖に思わず少年は目を閉じる。


「ラ……」


それは無意識の言葉だった。
何せ少年はもう既に水色の化物の圧倒的暴力から逃れる事に諦念を抱いており、自分が生き残れるわけがないと確信していたのだからーー
なので、それはそんな彼の理性的な結論とは別の――ヒーローを信じる、信じたい少年特有の気持ちが自然と口から出た結果なのだろう。



「ライダー助けて!」



…………。
…………。
…………。
…………。

「…………あれぇ?」

いつまでたっても自分の頭に拳が落ちてこない事に疑問を感じ、少年は恐る恐る瞼を開く。
彼の目の前にはもう水色の化物は立っていなかった。
いや、正確には、水色の化物は立っていたが、下半身だけしか残っていない。
水色の化物は腹のあたり――丁度『A』の横棒部分に沿うように真っ二つにされていた。
上半身は床に落ち、『いちごタルト』の一部と化している。



「?」


いったい何が起きたんだ?
なぜあの化物が真っ二つにされている?
なぜ?

「全く、困ったもんじゃい……
これはサーヴァント――ではないな。
ということは……キャスターの使い魔といったところか……」
「⁉︎」

突然背後から聞こえてきた中年男性の声に驚き、少年は思わずその方向へ振り向こうとしたーーが、それは出来なかった。
何故なら、振り向く前に、『YO!』という叫び声と共に、少年は背中を思いっきり蹴り飛ばされたからである。


「ああああああああああああああああああああ!!!!」


絶叫しながら吹っ飛び、教室後ろの床に叩きつけられた少年。
先ほど水色の化物から吹っ飛ばされた事を含めれば、これで彼は吹っ飛ぶだけで教室を一往復した事になる。


(新しい敵……? いや、それなら蹴り飛ばす前にぼくも水色の化物と同じように真っ二つにするはず……)


そう考えながら、少年は床から顔だけを起こす。
彼の目の前には竹刀を持った男が立っていた。
少年が吹き飛ばされてから顔を起こすまでの間に、教卓近くから彼のそばまで移動していたらしい。なんと速いスピードだ。
男の服装は白いシャツに黒いズボン、髪は短い。顔は怒りのこもった、鬼のような形相だ。


「…………」
「…………」
「……んだよオラァ……」
「え?」
「オレは『ライダー』じゃあなくて、『セイバー』なんだよオラァ!」

竹刀で床をバンバンと叩きながら(血が跳ねてズボンが汚れるのも気にせず)、激高する男。

なるほど、と少年は考えた。
どうやらこの男は自分を助けるために現れた『セイバー』というヒーローで、自分が『ライダー』と呼ばれた事に怒りを抱いているらしい。
ケツの穴の小さな男だなあ……(呆れ)


「……ごめんなさい」


そう思いながらも一応相手は命の恩人である(ついさっき蹴り飛ばされたが)ので謝罪する。


「……ふん。まあ良い」


その言葉で男は怒りが収まったらしく、竹刀を動かす手を止めた。
顔から怒りの形相が引いていく。こうなると、この人、歌手の小田和正に似ているなあ、と少年は思った。


「……名前」
「え?」
「きみ、名前は?」

(名前? なんでこの展開で名前を聞くんだ?
まるで今後もぼくとこの人は長い付き合いを続けるみたいじゃあないか)

しかし、自分が男の名前(本当に『セイバー』という名前なのかは謎だが)を教えてもらった以上、こちらも名前を教えるのが道理なのかもしれない、と小学生ゆえの浅い考えで少年は男に対し、次のように名乗った。


「ぼくひで」


これが、小学生にして聖杯戦争のマスターに選ばれた少年、ひでとサーヴァント:セイバー 虐待おじさんの、血に濡れた出会いである。
ひでしね。

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最終更新:2016年03月12日 18:20