なきむし狼と羊-ANOTHER ENDING(グッドエンド)

「シン君はこれからどうするの?」


デュランダル議長の下から離れ、多元世界の崩壊を救い。
俺たちZEUTHは事実上その役目を終えた。そして、クライン新議長の下、ザフトは再編成される事となった。
俺はといえば、ザフトを抜け、オーブ軍の誘いを蹴り、フリーデンやアーガマといった連中と共にしばらくの間は
未だに各地に残るカイメラのロボットや新連邦の残党を狩っていた。

アムロさんが乗ってきたもう一機のマークⅡをカミーユの奴が嬉々として調整してくれたおかげで
旧世代機とは言え、残党ごときに遅れを取る様な事はなかった。

ただ、勝ち誇ったカミーユの表情と、「折角黒いザクでお揃いにするつもりだったのに…」と
なぜなのか涙を滲ませていたレイが印象的ではあった。


最終決戦でデスティニーはセツコさんを守るために大破した。
ラクス・クラインから大破したデスティニーを修理する申し出があったが、俺は断った。
MSに思い入れを持つ方ではないが、それでもあの機体は俺の弱さ、憎しみ、怒り、悲しみ、苦しみを背負って
一緒に付き合ってくれた愛機だ。だからゆっくりと休ませてやりたかった。



フリーデンの甲板に寝そべっていた俺に冒頭の質問を投げ掛けてきたのはそんな物好きな…もう少し有体に言えば
恋人になってくれている女性、セツコさんからのものであった。
空を見上げる格好の俺を膝枕し、上から覗き込む仕草に、自然と笑みが浮かぶ。
絹の糸すら遠く及ばぬ栗色を帯びた髪が、頬をくすぐる。
慎ましくも、一方で宝石の輝きすらも翳んでしまう深い輝きを秘めた瞳に
自分では決して持ちえぬ清廉さを見出し、羨む気持ちと、眩しく思う気持ちが静かにたゆたう。

俺のぽろりと零した絵本の話をまともに受けて、わざわざ探してきたお人好し。
俺の弱さも、醜さも、苦しみも、愚かさも全て受け止めてくれたお人好し。
呆れるくらいに優しいこの女性の持つ光に俺は一体何度救われたのだろう。


「さぁね…バイクが好きだからバイク屋も良いし、ガロードの誘いに乗って修理屋も悪くないな…」
「そうだね、もう戦いは終わったものね…」


そう言って、優しく前髪を撫でる指の感触にうっとりと眼を閉じる。
どこまでもこの人に甘えてしまう。自分の中の澱が溶けて出て行ってしまうような気さえする。

勿論、人の命を奪った重みは消えてくれない。

「もっとも、セツコさんがこれからどうするのかだけはわかりきってますけどね」
「ええ?何で?」

きょとんと幼さの残る顔で小首を傾げる、まるで、咲いたばかりの花のような可憐さに、
俺は眩さを覚える。そっと、吹き荒れる風からこの花のような笑顔を守り抜きたい。
『守る』…その思いはいつかの強迫観念としてではなく、願いであった。


命を奪った重み、こいつは一生俺の付き合っていかなきゃならないものなんだろう、でも…


「セツコさん…左手…」
「左手?」
素直に差し出す彼女に、苦笑と愛しさが溢れる。
全く、どこまで純粋で素直なんだろうかこの人は。
こんな人放っておけるものか。
そう思いながら、餞別代りに貰ったザフトレッドの軍服のポケットに手を突っ込むと、
そこから素早く『ソレ』を探りあてる。


「え……」
左手に添えられた輪 ―――――― 左手の薬指を飾り立てる指輪に、彼女は息を呑む。


「ベタかもしれないけど、ヤッパリ女の子の将来の夢は『お嫁さん』でしょう?」

色々と奪って、失って、俺たちの手に残ったものは結局は互いの温もりだけだった。
けれど、俺は思う。色々と傷付いて、傷付けてきたから、互いを手に入れられたのだ。

この掛け替えのない温もりを。


「それで…出来れば今返事が欲しいんですけど」
彼女の膝枕で甘えながらカッコウを着けたって仕方が無いのはわかってる。
けれども、一生に一度くらい気障に決めてしまいたい。
彼女から声は無く、暫らくすると、俺の頬に温かい滴が、一つ、二つと零れ落ちてきた。


「うん…うん、嬉しい……嬉しいよシン君…本当に私でいいの?」

俺は起き上がると、見てるほうが蕩けてしまいそうな大輪の花のような笑みを浮かべ、
翡翠すら翳んでしまう瞳から宝石のように涙を零すセツコさんに向き合う。


「セツコさんじゃなきゃ嫌なんですよ。言っておきますけど、俺は一度自分のもんにしたら絶対手放しませんから」


我ながら何と素直じゃない、子供じみたセリフなんだと呆れてしまう。
けれど、嘘偽りのない本音だった。この人を、この温もりを、手放してしまう日を考えることすら怖気を覚える。
ソレくらい俺はこの人にイカれてしまった。溺れてしまった。


「ハイ…一生…一生手放さないで下さい…ずっと、私をシン君の傍に置いてください」
ニッコリと微笑むと、目尻から滴が零れる。
俺はセツコさんを抱き寄せながら、ソレを唇で拭うと、そのまま額、頬そして、鼻にキスをする。

唇にはしてくれないの?

そう不服そうに眼で訴えかける、世界でたった一人の俺だけの姫君の左手の甲に口付けると、
そのぷっくりとした花弁を貼り付けたような唇を、少しだけ荒っぽく、貪るように口付けた。


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最終更新:2008年12月07日 16:46
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