なきむし狼と羊-ANOTHER ENDING(トゥルーエンド)

「シン君はどうしてそこまでして戦うの?」


デュランダル議長の下から離れ、多元世界の崩壊を救い。
俺たちZEUTHは事実上その役目を終えた。そして、クライン新議長の下、ザフトは再編成される事となった。
俺はといえば、ザフトを抜け、オーブ軍の誘いを蹴り、フリーデンやアーガマといった連中と共にZEUTH
として各地の紛争を鎮圧していた。まるでそんな俺のお目付け役の如く傍に寄り添っている奇特な女性がいた。

フリーデンの甲板に寝そべっていた俺に冒頭の質問を投げ掛けてきたのはそんな物好きな…もう少し有体に言えば
恋人になってくれている女性、セツコさんからのものであった。

空を見上げる格好の俺を上から覗き込む仕草に、自然と笑みが浮かぶ。
絹の糸すら遠く及ばぬ栗色を帯びた髪が、頬をくすぐる。
慎ましくも、一方で宝石の輝きすらも翳んでしまう深い輝きを秘めた瞳に
自分では決して持ちえぬ清廉さを見出し、羨む気持ちと、眩しく思う気持ちが静かにたゆたう。


大戦を共に戦い、その中でまぁ陳腐な言い方になってしまうが互いに意識し合って恋人になった彼女は
戦争が終わって、俺が尚戦い続けているのが不思議でしかたがないようだった。
元々民間人であり、戦争は終結。今俺のしていることは傭兵の真似事に近い。
それは、最早俺がザフトに入隊した時の動機とはかけ離れている。
紛争は戦争とは異なり、宗教、人種といった問題上避けることの出来ない争いだ。
それを全てなくそうと思うほど自惚れた考えは大戦を通じて捨ててきた。



「手…」
「手?」
一言だけ漏らされた言葉に、首を傾げながら、しかし、視線で何となく俺の求めている
事を察したセツコさんが、白桃のようなまろみと白さを持つ手を俺の眼前にかざす。
余りにも素直すぎる行動に、ついイジワルな気持ちがムクムクと沸き起こる。
俺は、素早くかざされたセツコさんの手をつかむと、ぺろっとその掌を舐める。

「キャッンッ!?」
相当に敏感な身体であることを、既に知り尽くしているだけに、そのリアクションは期待通りで嬉しくなる。
「シン君ッ!!」
全く迫力のない顔で怒った声を上げるセツコさんを無視するように、俺は起き上がると、舐めた掌を返すように、
その甲にそっと触れるだけのキスをする。

「ハハッ。馬鹿正直に人の言うことを鵜呑みにするから弄られるんですよ」
「もう、馬鹿ッ」
そういって、そっぽを向くセツコさんの頬にちゅっとわざと音を立ててキスをする。
耳まで真っ赤になった彼女が声にならぬ声を上げるのを尻目に艦に戻る。



「悪いねセツコさん」
独りになると、そっと、彼女に謝罪する。純情な彼女に対して、それを逆手に取った卑怯な誤魔化し。
彼女の手の感触を思い出す。
今更ながらに、自分の手とは全く異なるその柔らかさと温もりが酷く名残惜しい。

「きっと、気を遣わせちゃうから……」
いつからだろうか、撃った相手がいるということは、その相手を思う者にとって自分は自分にとっての
キラ・ヤマトとなっているという当たり前の事実に気付いたのは。
仇を討つことは、同時に仇の仇となる事を意味する。

焼けた肉の臭いを漂わせ、だらりとした重みの妹の腕の感触を消したくて、戦ってきたというのに
感触は消えるどころか、体中にタールのようにへばり付いている。
動かない人間の身体の重みが自身の中に鉛のように溶けていく。


そう、これはきっと一生消えない重みだ。


一瞬だけ、ほんのひと時だけそれを忘れるとしたら、
それはMSの操縦桿を握り締めている時とセツコさんを抱いている時だけ。


まだ戦えるのか?
もう倒れるのか?
まだやれるのか?

何度も自問する。

もういいじゃないか。
もう頑張ったよ。
もう充分だろう。

何度も自答する。


けれども、身体は動く。心がとうに疲弊し、砕け散っているのに、身体は動く。
俺はきっとこうして生きていくことを望んでいるのだ。
誰かに許されたいわけじゃなく、誰かに救われたいわけでもない。

俺は俺を一生許さない為に、今も、これからも戦って、生き延び続けるのだ。

其処に意味なんてない。ただ、そういう在り方しか俺は出来なくなっているのだから。



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最終更新:2008年12月07日 11:18
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