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タピオカ丼氏の単発-03

1


『我々は ――――― …器 ―――― 捨て…て…平和 ――― ちを………』


電波の状態が悪いのか、はたまた単純にラジオがポンコツなのか。
どちらだろうかと考えてみてシンは足元に転がるラジオを蹴り飛ばした。
ラジオは弧を描いて宙を舞い、コンクリートの瓦礫の上に落ちて砕けた。
結局壊れてしまい、事の真相は闇の中。
シンは心底どうでも良いと言う様に視線を移した。

瓦礫の海に埋もれた十字架。
5時間前に目にした女のように頭の半分を砕かれたマリア像。
血が張り付き、乾き、その上に張り付き、また乾いた結果ドス黒いシミとなった壁。
そこは辛うじて教会という体裁を取り繕っていた。

シンの視線の先には空襲に震える幼い子供が四人。
それを抱き締める若いシスターが一人。
声こそ上げぬものの、涙に瞳を潤ませている子供達をギュッと抱き締める姿はまるで聖母のように。
などと、シンは嘲笑を交えた笑みを湛えて見遣る。
人肌があれば少しは心が落ち着く。
それは今も昔も、老いも若きも変わらない。
シスターは100パーセントの慈愛でそうしているわけではない。
少なからず自愛も込められているのだ。



まぁ、その方が人間らしくてよっぽどマシだ。



シンは淡々とした思考で考える。
ブーツに染み付き、乾いてきた血を爪先で剥がす。
高いブーツであるというのに、汚れが目立つ。
やはりブラウンではなくブラックのを買えばよかったと、空を見上げながら一人ごちる。
空は鉛の色をしており、立ち込めた雲が酷く重い。




                              ◇




『ハァ?人質救出?』


煩わしそうに声を上げるシンの眼前のモニターには頭を下げる映像が映し出されている。

『頼む、シン!!こんな事頼めるのはお前だけなんだ!!妾腹とはいえ大臣の子供なんだ』

白を基調としたオーブの軍服に身を包んだのはシンよりか幾つか年上の青年。
藍色の髪を、普段ならば清潔に整えているのだが、多忙の為か、それが今は乱れている。


『他にもいるでしょ。カミーユとかガロードとか……そうそうロランなんか好きそうじゃないですか』
『いや………そこまで親しくは無いんだ……』
『別に俺とアンタも親しくねぇし……』
『俺とお前の仲じゃないか』
『撃墜された方とした方の仲ですね』
『違う!!!』


多元世界が融合したこの世界。
幼馴染と脱走の際に半殺しにされた相手しか頼れる者がいないという元、上官の交友関係の狭さをシンは頭痛を抑えながら聞いていた。
人間関係が自分も上手いほうではないが、此処まで狭いとある種才能ではないだろうか。
シンはそっと心にそう思いながら、やんわりと告げる。


『アンタ、ハウツー本で友達の作り方とか読んだ方が良いですよ?』

『相変わらず容赦無いな!!!』


五日ぶりの睡眠を邪魔されたシンは正直適当な事を言って切ってしまいたかった。

人助け?冗談じゃない。
そうシンは思う。


自分に人の命は重過ぎる。
愛してくれた彼女に何もしてやれなかった。
五感を失い、人から外れていく彼女を救えなかった。
最後の最後まで彼女の温もりに甘える事しか出来なかった。
遂には彼女を永遠に失った。


そして見つけた答え。

自分には戦うしか出来ることはない。

花を守ることは出来ない。

花を植えれば良いと割り切れない。

ただ、花を手折ろうとする者を殺す。


それがシン・アスカに出来ること。
救いも、癒しも、急速も、温もりも、安心も、理解、共感もいらない。
ただ、ただ刈り取るだけ。
花を喰い散らかす害虫を始末するだけ。。
花に纏わりつく雑草を刈り取るだけ。


『頼む!オーブは大掛かりに動くわけにはいかないんだ。カガリの顔を潰さない為にも』

『そんな顔潰れちゃって下さい。グチャッと』

『シン!!!』

懇願する嘗ての上官の平身低頭振りにシンは溜息を漏らす。


『…………………ハァ………わかりましたよ……』
『ありがとう!!!』
『で、報酬の方なんですが………』
『こ、こんなにもか!!!』

『オーブは給料良いでしょう?』

『……………シビアだな……』

『まけてやる義理は欠片もありませんから』

値段交渉を終え、通信を切ったシンは、送られた救出するターゲットの写真を見つめる。
意思の強そうな顔に辟易する。
この手の顔には不思議と縁がある。


『……テロリストの殲滅………上手いこと別件と被ったなぁ……上手いことやってもっとふんだくれるか』

とりあえず、自分の愛機の新しいパーツ代は手に入りそうだなと、シンは寝惚けた頭で考えた。



                              ◇



「兄ちゃん正義の味方なんだろ?」

「はぁ?」

不意に掛けられた声に振り向くと、シスターに抱き締められていた子供がシンを見上げている。
一応周りを見渡してみるが、やはりシン以外に該当する者はいなかった。
少年はジッとシンを見上げる。
その無垢な瞳に、その真っ直ぐな言葉に、シンは胸を打たれた ――――――――― りはしなかった。
何も言わずに、血の色をワインで混ぜ込んだような瞳を揺らす事無く、少年を見下ろす。
少年がシンの瞳に晒され、僅かに慄く。
その微かな卑屈さに、シンは苛立ちを覚えるものの、グッと噛み締める。
親指を少年にもわかるようにゆっくりと、教会から離れたところに指す。


「正義の味方はあっち。お兄さんはお仕事で来てるの」


シンが指差した方角には黒い小山があった。
小山をよく見てみると、それは一つ一つが人型をしている。
紛れも無い人であった。つまりは人間の死体。

「お利口な正義の理屈を並べるだけ並べて死んじゃったんだよ。正義の味方は」
「!!」

無慈悲なシンの言葉に、少年は黙りこくる。
目に浮かんだシンに縋りたがるような光に苛立ちが増す。
舌打ちをすると、少年はビクッと肩を震わせる。

「貴方は……あ、貴方は何て酷い!!!」

子供達を抱き締めていたはずのシスターが毅然とした瞳をシンに向ける。
シンはそれを感情の無い瞳でへろりと見つめる。
誰かに似ているなと、シンは思った。

「この、この子は親を亡くしたんですよ!!もっと……」
「もっと希望を与えることでも言えって?」
「う……そうです!!それが大人の義務です!!」
「まぁ19の俺が大人かはわからないなぁ」
「19……!?そ、それでもです!!戦争で親を亡くした子供はそれだけでも大きな心の傷を負っているのに……」
「別に珍しくもないでしょ?」
「珍しい珍しくないの問題じゃありません!!」
「ハイハイ」

怒りにシスターの表情が赤くなる。
ムキになるところが誰かに似ている。

「そっか……アスハか……」

大した感動もなく、単純に納得がいっただけの表情をシンは浮かべる。
事実その顔には懐かしさも何も浮かんでいない。
それがわかると同時に、ほんの僅かに浮かんでいた興味さえも消え失せる。


「理不尽に親を奪われたこの子の気持ちが貴方にはわかりますか!!!」

まるで意に介していないと言わんばかりのシンについにシスターの声にははっきりとした怒りが浮かぶ。
鉛色の空に向けていた視線をシスターに向けると、藍色の瞳が怒りと興奮で潤んでいる。
まるで深海のような揺らめきだなぁとシンは感心する。
そして、今しがたシスターに言われた言葉を反芻する。


「まぁ、わかるっちゃぁわかるのか?でも悪い。もう忘れた」
「え?」
「つーか興味もねぇし。おい、ガキ」


シンの言葉に、シスターの後ろに半分隠れるようにしていた少年が震える。


「家族を失ったのは戦争のせいだけどな……家族を守れなかったのはお前のせいだからな」
「!!!」


少年の瞳に衝撃の色が浮かぶ。
それと同時に、よく通る乾いた音が響いた。
振り切った右手を、左手で抑えながらシスターがシンを睨み付ける。
頬を赤く腫らしたシンがそれを無感動に見つめ返す。


「貴方は最低です!!」
「それはそれは“お嬢様”?」

「!!!」


シスターの表情が一変する。
シンはそれを冷淡に見下ろす。


「何故……貴方が……貴方まさかお父様の……」
「クライアントの事はお答え出来ませんけど、まぁ、お嬢様の暇潰しの迷惑を被ってる人は結構いるんですよ」
「暇潰し?私はただ………」


「戦争やってるって国にノコノコやって来て、その挙句に理不尽だ?」


「…………!!」

「戦争なんだから理不尽に決まってるだろ?人が死ぬのが当然だろ?わざわざ声高に言わなくたって、
 誰だってわかってるって言うんだよ………アンタ……自分が映画か何かの主人公にでもなったつもりか?」


シンの容赦の無い言葉に、シスターの瞳には見る見る間に涙が浮かぶ。
それを見つめながら、シンは舌打ちをする。
余計な事を話しすぎた。感情的になってしまった。


「…………これじゃあの時と一緒だ……」

「え?」

「何でもねぇよ……んッ!?」



そこで言葉を区切ると、シンは上空を睨み付けた。
鉛色の雲を切り裂いて、現れるのは幾つもの戦闘機。
型落ち機から、最新鋭機まで、そのラインナップはメチャクチャである。
しかし、ハッキリしているのは、一国を相手に戦争とも言える規模のクーデターを仕掛けるテロリストの規模。
そして、辺りに広がるのは此処を占拠していたテロリストと潰しあう形になってしまった義勇軍に、シンと同じく雇われた傭兵。
他国と現在外交途絶中、国家中枢が麻痺している最中、他国よりの派兵は望み薄。


シンは舌をぺろりと舐める。


うなじがゾクゾクと逆立つようだ。
その口元には獰猛な笑みが。
その瞳は凶暴な光が浮かぶ。


踵を返すと、シンは愛機の元へと駆けつける。


主に跪くように鎮座している機体。
それを見上げると、シンは謳うように呟く。


「さぁ、行こうかデスティニー。憂さ晴らしの時間だ!!!」

2

踏みしめる。
乾いた音が足元から響く。
視線だけを巡らせると、炭を踏み砕いたのだと知る。
ツンとした匂いに微かに眉を顰めるものの、すぐさま前を向く。
自身が踏み砕き、灰へと帰した腕であったものへの嫌悪も、哀悼も、罪悪感も、緋色の瞳には一切映らない。
緋色に映るのは、ただひたすらに続く地平線のみ。
それを彩る赤、紅、アカへは一切目も暮れない。
唇をグロスのように艶めかせる人の焼けた脂の感触さえも気に止めない。

踏みしめる。
不意に力無く己の足を掴む手に気付く。
ふと見渡せば、辛うじて形を残している人形の群れ。
炭化した身体から立ち昇る異臭。
敵か味方か、既にその問いかけは無意味であった。
区別無く、人から物へと成り代わったものへ、一切の興味がない。
助けを求める声。
救いを請う声。
恨みを秘めた声。
憤りを塗した声。
意味なき謝罪の声。
まるで地から這い出るように、熱気のように押し寄せる声。
耳朶を舐めるように、蛞蝓のように這い回る声を、意識の下で切り捨てる。

踏みしめる。
瓦礫の白、焦土の黒、炎の赤がグラデーションと化した世界を歩く。
後悔も、無念も、憤りも、不条理も、全て燃えてしまえばいい。
緋色に、怨叉が渦巻き、揺らめく世界を映しながら低く呟く。
散った花を省みて、植えた花を嘲笑って。
欺瞞に満ちた庭園を薙ぎ払い、焼き尽くす。
仮面の笑顔で生きる人形を叩き壊す。
それが天に唾する行為だという事はとうにわかっている。
この偽りと自己満足と傲慢に満ちた世界を作り出した者達はきっと軽蔑し、嫌悪し、疎むだろう。
それでも構わない。
身体に纏わり付く怨念、恨み、妄執、憎悪はタールのように重く、粘りとしている。

「もう休んだらどう?」

傷を癒す宿木となってくれた赤い髪の少女を思い出す。
今となっては顔がぼやけて思い出せない少女。
それでも自分を抱き締めてくれた温もりは覚えている。
けれども、それも最早どうでも良い事だった。

「また明日」

夢か現か定かではない境界で再び出会った少女の言葉。
大切だった少女の面影を重ねた、やはり大切だった少女。
惨めで、無様で、無力で、愚かであった己の掌から零れ落ちた少女。
その声を思い出せない。
それを悲しいとも思わない。
明日なんて無い。
今日の延長でしかない。
もう来ない明日を夢見る事はやめたのだ。

息を深く吸い込む。
熱気と、湿気と、悪臭の籠った粘り気の強い異様な空気が入り込む。
二人の少女を思い浮かべ、微かに和らいだ身体が強張り始める。
二人の少女を思い浮かべ、俄かに安らいだ心がささくれ立つ。
それでいいと、小さく頷く。

これ以上無くしたくない、そう思っていた過去に決別したのだから。

絶対に守る、そう誓った稚気を切り捨てたのだから。


掌に何も残らなくて良い。
傍に誰もいなくて良い。
きっとそういう風には出来ていないのだ。
この手は掴む為にも、包み込む為でにも、守る為にもあるのではない。
切り裂き、薙ぎ払い、焼き尽くす事だけの為の手。
柔らかな手をそっと握るのはなく、冷たく歪な剣を握り締める為のものでしかない。


自らが作り出した荒野を、地獄の野を、純粋な空間を抜けると、少年は血色の空を背後にした鉄の巨人に辿り着く。

この世で唯一己の思い通りになるもの、己に傅くかの如く跪き、少年の命を待つもの。


「行こうか、デスティニー」


喜びも、悲しみも、不安も、安らぎも、怒りも、悲しみも、恐怖も、自信も、希望も、絶望も、憎しみも、慈しみも、何もかもが剥がれ落ちたような笑みを浮かべる。
或いは、それら全ての感情が絵の具のように無造作にぶちまけられ、何色でも無くなった奈落のような微笑を浮かべる。


緋色に映るのは、何処までも何も無い、何処なのかもわからない、何処でもない地平だけだ。




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最終更新:2009年09月12日 23:53
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