シンが六課に来てから3年が経過しようとしていた。
青い子と橙の子との間で揺れ動くにも程があるという周囲のツッコミの果てに、「だったら両方選べばいいじゃない」という結論に達したシン・アスカ。
年月は辛気臭い美少年を、些か女の敵な美青年に変えた。
年月を物語るのは肩まで伸びた黒髪。
そして180の大台に乗った身長。
特に後者は身長で未だに悩む事の多いエリオ少年にとっては妬ましいものであった。
しかし、そんなやたらと無駄に煩わしくでかくなった身体(ヴィータ談)を丸めて、件のシン・アスカはテーブルに突っ伏していた。
ポニテというするものを選ぶエアースタイルは叱られた犬の尻尾のようにエリオには映る。
やはり弟分としては落ち込む兄を慰めるべく頭の一つを撫でてやるべきだろうかと、傍らのキャロに目配せ。
しかしキャラメル・ラテを啜りながらキャロは首をただ横に振るのみ。
その視線は「諦めなさい」と如実に物語っていた。
「はぁ~~~~~~~」
何度目かになる兄貴分の溜息に、エリオはつられてしまいそうになる。
(誰か、この人をどうにかしてあげて下さい)
じゃないとこっちまで憂鬱になる。
その言葉を心の中とはいえ、飲み込める程に、エリオは出来た少年に育っていた。
◇
「ティア?どうしたのその荷物?」
微かに伸びた前髪をつまみながら、スバルは隣りを歩く親友に尋ねる。
三年の年月を経て、その身には躍動的な明るさに、色気が加わり始めていた。
今では街を歩くたびに男達が振り向かずにはおれない少女。
そして、姉を超え、二大艦隊フェイトとシグナムに迫ろうとしている。
何がとは言わない。
強いて言えばアフロダイA的なものとだけ言っておこう。
「ん?ああ、ハサミと櫛を入れてきたの」
そう応えるのは橙の髪をさらっと背に流した同じく人目を惹きつけるであろう魅力に溢れたティアナ・ランスター。
その手には可愛らしいポーチが握られている。
ティアナの言葉に、スバルは首を傾げる。
「何でそんなもの?」
「シンの奴、いい加減髪の毛鬱陶しいでしょ?切ってやろうと思って」
事も無げに吐かれた言葉に、スバルは露骨に不服そうな顔をする。
「ええ~~~~切っちゃうの~~~?」
「そうよ。男のロンゲはユーノ先生くらいで十分でしょ?」
「シン君のポニテ似合ってるのに~~~侍みたいでカッコイイってティアも言ってたじゃん」
「そ、それはそうだけど………とにかくいいの!!これから暑いしバッサリ切るの!!!」
「ぶ~ぶ~!!ティア横暴横暴!!」
「うっさい、バカスバル」
フンと鼻を鳴らすティアナであったが、理由がきちんとあった。
先日の事であるが、ティアナは仕事も上がり、たまには二人きりで食事でもどうかと思いシンを尋ねた。(人、これを抜け駆けと言う)
その時、ティアナは信じがたい光景を目にした。
『シン先輩の髪って綺麗ですよね~~~』
『何か特別なケアとかされてるんですか?』
『別に……』
『あ、あのぉ~~さ、触ってみても良いですか?』
『ちょ、ちょっと、アンタ先輩に何言ってるのよ~~~』
『あ、でも私も触りたいなぁ……なんて』
『アンタまで…』
『?いいけど、別に』
『え!?』
『男の髪なんて触って何が楽しいのか知らねぇけど、好きにしろよ』
『きゃ~~~ホントですか!?』
『し、シン先輩に触ってもいいんですか!?』
『そ、その御迷惑じゃありませんか?』
『ハァ?別に髪くらいどうでもいいって』
『『『ありがとうございますぅぅ~~~♪♪』』』
触れていた壁がメキメキと音を立てて罅が入った。
ティアナの目の前では、シンの髪を触るという名目で、やたらとシンの身体をベタベタと触る後輩達の姿。
後ろに結われたポニテを触るためにどうして“前から手を回す”必要があると一人一人問い詰めたかった。
何故“腕を組む”必要がある。
何故“メアドを交換する”必要がある。
明らかに髪の毛目的ではない事は明らかである。
しかし、シンにも問題があった。
(アイツ、何で為すがままなのよッ!!)
「ティア?」
ティアナはその時の光景を思い出し、ムカムカとする心を必死に宥める。
険しい顔をし始めた親友にスバルは心配そうな表情を浮かべる。
ティアナにもわかっている。
シンに悪気は無い。
基本的に女の子の頼みに弱く出来ている上に、イマイチ自分の見目に自覚が無い。
男なんざ、顔がそこそこ整っていれば、身長が高いだけでそれなりにカッコ良く見える。
顔が良ければ御の字だ。
シンは二つの条件を充たしている。
それだけではない。
赤い瞳、病的に白い肌、深い深い闇を塗り重ねたような黒髪。
エキゾチックな雰囲気は+αだ。
持って生まれたもの。
故に、それは奇天烈な髪の色をしたり、珍妙なヘアースタイルにするより、装飾華美なアクセで身を固めるよりも、ずっとナチュラルな個性である。
+αがあって些かぶっきらぼう。
王子様のように紳士過ぎれば軽薄と受け取られかねない優しさが、ぶっきらぼうさ、不器用さ包まれていれば、最低限特定の女性のツボに入らない筈が無い。
しかし、シンは自分の見た目がぶっちゃけイケてる部類だという自覚はない。
嘗て、優柔不断でありつつも、女にモテていた上官、童話の世界から飛び出してきた王子様のような親友。
それに比べて自他共に認める子供っぽさ故に色っぽい話にとんと縁が無かった。
惜しむらくは、元いた世界でのシンは子供っぽさが抜け切る前にコチラへと来てしまった。だから、シンにとってのモテる男、イケてる男の基準はあくまでも彼らなのだ。
更に言ってしまえば、自分の事が好きな女性陣は物好きの類とさえ考えている。
「まぁ、そういう鈍感なところも………嫌いじゃないんだけどね」
ティアナは溜息を吐く。
できればもっと鈍感で、もっとぶっきらぼうになっていて欲しい。
自分達以外彼の魅力に気付けないように。
「うん。鈍感であってのシン君だよね」
「ぬあッ!!あ、アンタ何よいきなり」
「うん?だってティアってば、思い出し怒りしてるんだもん」
「だから、それでなんでシンが出てくるのよ!!」
「ティアがそうなるのって大体シン君がらみじゃん。っていうか、私もあの時見てたりして」
「アンタ、いたの!?」
「うん。シン君と買い物でも行こうかなって」
なんて事だろう親友も抜け駆けしようとしていたのか。
女の友情ってなんだろうか、と思いつつも、ティアナとスバルは食堂へと辿り着いた。
シンの姿はすぐに見つかった。
っていうか、目立った。
◇
「シン君?」
微かな驚きと、それ以上の不審を含んだ声色で、シンに駆け寄ったのはスバルが先であった。
すぐに後からティアナも駆け寄る。
叱られ、項垂れ、そして不貞寝に至った大型犬かの如き有様を不思議に思ったのはティアナも同様であった。
傍には、苦笑を貼り付けたエリオと、諦観を乗せたキャロが座っている。
「シン君。どうしたの?何かあったの?」
突っ伏したシンの頭を撫でると、スバルが優しく囁く。
この辺りの“慣れ”が、三年の歳月を物語る。
「スバル……」
ゆるりと顔を上げたシンに、スバルとティアナは息を呑む。
紅の瞳は不安げに揺らめき。漏れ出た声はか細い。
どっからどうみても打ちひしがれていた。
「シン君?」
スバルがシンの顔を覗き込む。
まるで、しょぼんとしている子供の悩みをゆっくりと聞き出す母親のように。
そのスバルの気遣いがシンの心に亀裂を入れた。
亀裂の入ったダムが決壊するかのように、沈み込んでいたシンの感情が爆発した。
「スバルーーーーーー!!!うわぁぁーーーん!!!」
押し倒された。
「ちょ、ちょっとシン君!?」
「俺、俺、俺……俺、俺!!」
「駄目だよシン君!!きょ、今日は可愛い下着じゃないの!!だから……」
「もうどうしたらいいのかわかんねぇ~~~~!!!」
「シン君?」
押し倒したスバルの胸に顔を埋めながらシンは涙声で喚く。
もう、ぶっちゃけ子供だ。
それに母性本能を擽られたのか、スバルは落ち着きを取り戻すと、シンの頭をそっと撫でた。
落ち着かせるように、何度も、何度も。
えぐえぐと嗚咽を上げるシン・アスカ(19歳)は、やがて自身の頭を撫でる感触の柔らかさに、押し付けた胸の温もりに、徐々に己を取り戻す。
ちなみに、泣いて抱きつけば女が誰でも母性本能を擽られるという幻想は存在しない。
ぶっちゃけ顔が並か、それ以下の男がやれば漏れなくゾウリムシを見る視線と共に拳が飛んでくるだろう。しかる後に『変質者』の称号が与えられる。
誰だってイケてる男には、特に好きな男には胸を貸してあげたいものだし、そうでない男には指一本触れられたくない。
大切なのは見た目だ。
やっぱり大切だ、見た目。
話が逸れた。
「落ち着いた?シン君?」
「あ、ああ、悪いスバル」
シンの目元の涙を指で拭ってやりながら、若干赤くなった頬で微笑むスバル。
そんなスバルに今更ながら気恥ずかしさを覚えるシン。
そして………
「へぇ~~~~随分と仲がおよろしいようでぇ…………」
「ティアナ?」
「ティア?」
すっかり置いてけぼりを食らった女が一人。
手にはハサミ。
開いたり閉じたりしている様が実にホラーである。
擬音にすると、ちゃきちゃきちゃき、シャキーンシャキーンシャキーン、という感じだ。
「………とりあえず落ち着け、そしてハサミを置け」
「ふふふふふふふふ………落ち着いてるわよ?今なら落ち着いてアンタを刈り取れそう……」
「だから落ち着けぇぇぇぇぇぇ」
ハイライトが消えた瞳で笑う姿はメッチャ怖い。
エリオはキャロの影でぶるぶる。
キャロは「これがヤンデレですか」と興味津々。
強いなキャロ。
そんなやり取りが20分程続けられた。
ようやくハイライトが戻ったティアナ。
衣服の乱れを整えたスバル。
命を拾ったシン。
震えが止まったエリオと、若干ガッカリ気味のキャロをバックに、ティアナさんからの質疑。
「で、何良い具合に錯乱しちゃってたわけ?っていうか、何でスバルに抱きついたわけ?」
「いや、スバルに優しくされてつい……」
「アンタ、女に優しくされれば誰にでも抱きつくわけ?」
「………割と」
「ようし、そこになおれい!!」
「は、ハサミはしまって!!ティアーーー!!」
「うっさい!!!一人だけでかくなったからっていい気に乗ってるんじゃないわよ!!」
「そこッ!?論点そこ!?とりあえず、シン君の話を聞こうよ!!」
珍しくフォロー役のスバル。
ハサミを渋々しまうティアナ。
ビクビク、オドオドのシン。
「フン。まぁ、保留にしておいてあげるわ。それで、何があったのよ?」
「そ、それが………」
「それが?」
「それが…………」
「それが?」
「ヴィヴィオがパパって呼んでくれなくなったんだよ~~~~~~~~~!!!!!!!!!」
「「「「ハァ?」」」」
「この前久しぶりに会ったらさぁ、俺の事『シンさん』って……『シンパパ』じゃなくて、『シンさん』って!!!」
「そ、そんな事で……」
思わず呆れ返るティアナ。
他のメンバーも同様である。
しかし、シンはその言葉にキッと顔を向ける。
「そんな事?そんな事だって!?あのヴィヴィオが………純粋で無垢で、健気で天真爛漫で、優しくて、甘えん坊で素直なヴィヴィオがパパって……パパって呼んでくれなくなったんだぞ~~~~~~!!!!俺もう生きていけない!!!もうやめゆ~~~~~~~~!!!!」
「何をよ!!っていうか、独身の癖に何壊滅的親馬鹿になってるのよ!!」
「そ、それにシン君。ヴィヴィオだってもう13歳な訳だし……」
「そうですよ!!もう思春期なんですから…色々あるんですよ」
「思春期………ああ~~~でも、でも急にそっけなくなって……それって……それって……それって~~~~」
考えたくない結論に達しそうな思考をシンは無理矢理押さえ込む。
臭いものには蓋を。
見てみぬフリを決め込もうとしているところに、ポツリとキャロが呟く。
「…………反抗期………」
「!?」
シンの身体が雷を打たれたように震える。
「パパと一緒に洗濯しないで………とか、パパの後のお湯はちゃんと抜いて………とか?」
「ひぎぃぃぃぃーーーーーーーー!!!!!!」
脳内で、ヴィヴィオの声でリピートされた惨いセリフに、思わず男性向け同人誌で陵辱の限りを尽くされた少女の如き悲鳴を上げるシン。
「そんな……ヴィ……ヴィオ……シンパパはもういらないのか?」
「ジイさんはもう用済み……」
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「「「キャローーーーーーーー!!!!!」」」
◇
シンが悲痛な叫び声を上げている一方、なのはさんのお宅。
ソファーで寝転がって少女マンガに目を通しているヴィヴィオに紅茶を淹れてやりながらなのはは気に掛かっていた事を口にする。
「ねぇ、ヴィヴィオ?」
「なぁに?なのはママ」
「もう、お行儀悪い!」
なのははクッキーを口に咥えたまま見上げてくるヴィヴィオに眉を顰める。
かすがソファーに落ちると、半ば強引に取り上げると、そのままぱくりと自分の口に放り込む。
「ああ~~~ひっど~~いママ。どっちがお行儀悪いのぉ」
形の良い眉を若干吊り上げる娘の抗議を右から左に聞き流しながら、なのははヴィヴィオの寝転がるソファーの空いたスペースに座る。
テーブルにポットとカップを置くと、左右非対称な娘の瞳を覗き込む。
「どうしてシンの事パパって呼ばなくなったの?」
きっとヴィヴィオを猫可愛がりしているあの青年は今もまだショックに打ちひしがれているのかもしれない。
これが一時の反抗期であるならば、元の呼び方に戻してあげたいと思っていた。
更に言えば、シンを悲しませたくないというのが本音であった。
ヴィヴィオは、なのはの瞳が思ったよりもずっと真剣な、それこそ冗談や茶化しでは済まない事を読み取ると、暫し黙り込む。
何を言うつもりだろうかと、なのはがヴィヴィオを見つめていると、徐々にヴィヴィオの頬が赤みを帯び始める。
「だもん……」
「え?」
「だってキャロお姉ちゃんが言ってたんだもん」
「言ってたって……何を?」
「パパと娘は結婚出来ないって」
「それはそうだけど……それが一体……」
先を促すなのはに、ヴィヴィオはますますその柔らかい輪郭を帯びた頬を林檎のように朱に染める。
「だ、だからシンパパはパパじゃ駄目なの!!」
照れ隠しのように、強く放たれた言葉になのははすぐに対処出来なかった。
正確には、脳が回転しなかったというべきか。
たっぷり30秒の間を開けてなのはの口を出たセリフはたった一言。
「………え?」
何とも間の抜けたものであった。
最終更新:2009年09月12日 19:55