照りつける太陽。澄み切った空気。周囲からは小鳥の囀りが心地よく聞こえる。
お出掛け日和とは正にこの日の事を言うのだろう。
局員達も今日は殆ど出掛けており、現在最低限の人数しか局内にはいない。
友達と買い物、彼氏彼女とデート、今日の休みは様々な思いが交錯している事だろう。
しかしそんな中、シン・アスカは違っていた。
彼は訓練をしていた。勿論あくまで自主的によるものだ。
別段何かやる事が無かったわけではない。
だが、彼自身が持つ『力』への執着心がそうさせている。
新たな世界、新たな力。シンはそれを一日でも早く強くなるべく、こうして日夜努力を続けていた。
上司には無理をしないようにと念を押されたが、それでもシンはこっそりと鍛錬をするようにしている。
それに休日をどう過ごそうと自由だ、そう言い返せばいいとシンは思っていた。
こうして、現在も彼は汗水垂らしながら訓練に勤しんでいたのだった。
「………なぁ、デスティニー」
「はい、何か御用でしょうかマスター?」
そんな中、シンは彼女―――自身のユニゾンデバイスであるデスティニーへと話しかけた。
彼女はシンが訓練をしているのを発見し、自らこうして彼に付き添っている。
先程からシンの傍を片時も離れず、自身も戦闘訓練に勤しんでいる。
物静かな印象で、出会った頃からシンに対して無機質な態度を崩さなかった。
しかしシンからすれば、かつての世界での愛機であった物が女性の肉体となって、こうして話せるだけでも衝撃的だった。
知った当初は複雑な心境であったが、今は特に問題無く共に過ごしている。
「その…思うんだが、今日は非番なんだしさ。別に無理して俺に付き合う必要はないんだぞ?
お前は何処か遊びに行ったりしないのか?」
「そうですね…必要があればそうします」
デスティニーを案じて言ったつもりだったが、彼女は少しシンへと振り向くと感情も込めずに答えた。
シンは彼女の態度に少しむっとするが、余計な言葉を内心で抑えた。
「必要があればって…あのなぁ、そういう事じゃないだろう」
まだ食い下がってくるシンにデスティニーは少し呆れた表情を見せ、溜め息を漏らす。
「マスターが仰っているのは娯楽の事でしょう?
現状況下における私に必要不可欠どうか、その質問を答えたに過ぎません」
「そうじゃない。俺はお前の事を心配して言っているんだ。
…その、女の子だったらさ、こう…街に友達と買い物に出掛けたりとか何かあるだろ」
シンは今更ながら、隊長達に無理矢理連れて行ってもらえば良かったと後悔していた。
彼女、デスティニーは本当に趣味―――娯楽というものが存在しない。
同じユニゾンデバイスに属するリインフォースと比べると余計にそれが際立ってしまっている。
まるで、自分自身に興味さえないような、そんな彼女がシンは危うく思える。
「それはあくまで一般の女性の方々にのみ該当する事です。
私は元の世界では兵器として扱われた存在。常識を量りにかける事自体間違っています」
「それこそ向こうの世界での話だ。今ここにいるお前は兵器じゃない。
ちゃんと意思を持って、こうして俺と一緒に喋っているじゃないか。何ら人間と変わりない」
元々彼女はモビルスーツという人型機動兵器である。
シンと共に幾重もの激戦を潜り抜けてきているのだ。
そして今でもこうして共に戦い続けている。シンはそれが少し皮肉にも感じていた。
「それはこの世界に飛ばされた影響で発生した新しい機能に過ぎません」
「感情は機械じゃない。それを履き違えるなデスティニー」
少し怒気を含んだシンの言葉に、デスティニーは俯いた。
すみません、と健気に謝る彼女にシンは溜め息が出る。
「それは百も承知です。…ですがマスター、私は所詮道具に過ぎません。
不必要な愛着は持つべきでは無いと思います」
「………お前は俺の愛機で、そして今は大事な相棒だ。そんな事言うんじゃない」
シンは、デスティニーの気持ちがわからないでも無かった。
兵器は兵器。モビルスーツだろうとデバイスだろうと、あくまでその事実は変わっていない。
でもそれを認めてしまえば、彼女との絆が壊れるのではないかとシンは危惧していた。
だからこそ彼は、彼女の言葉に反論したのだった。
「マスター、私は―――――」
「お前はこうして俺の傍らにいてくれる。
それは俺が命令したからじゃない。お前自身がそう望んでくれたからだ。
だから決して自分を否定しないでくれデスティニー
彼女の肩に優しく手を置いて、シンは悲しそうに笑っていた。
デスティニーは、彼が何故あのように笑えるのかわかっている。
家族の失った彼に、もう純粋な笑顔は戻らないだろう。
あの笑顔の裏に潜む『力』への執着心。誰かを守れる為ならば自身を捨石にさえ扱う。
正直、馬鹿げている。彼は自分の命に対する頓着が無い。
きっと最後の最後まで、兵士という皮をかぶり続け、彼は死んでいくのだろう。
―――例えそれが道化として終わろうとも。
「なら―――――」
「お……おいデスティニー?」
ふわ、とまるで羽のようにデスティニーがシンの胸へ寄り添ってきた。
シンが逃げないように、背中に手を回してまでいる。
突然の出来事に彼は多少動揺していた。
しかし、そんな彼をよそにデスティニーは彼を真っ直ぐに見上げる。
「私が抱いて欲しいと言えば、貴方はそれに応えてくれるのですか、マスター?」
―――――錯覚だろうか。シンは頭が真っ白になった。
今までシンに見せた事もないような切ない表情で、彼女は頬を赤らめている。
「ななな……何を言ってるんだお前…!?」
「……………」
度肝を抜いた言動にシンは焦った。しかし彼女は恥かしさを隠すようにシンの胸に顔をうずめる。
予想だにしてなかった事態に、シンの困惑どころかパンク寸前だった。
彼女が言っている事を理解してしまっただけに、シンは深呼吸すべきか次の行動をどう取るべきか目を回している。
断ってしまえば彼女を傷付けるし、かと言って受け入れれば、それはそれで大問題になる。
まさか告白なんぞされると思わなかった故に、冷や汗が止まらないシンだった。
「―――ふふ…冗談ですよ、マスター」
「―――――え?」
と、またもや予想だにしない言葉が彼女から発せられた。
―――デスティニーが、冗談?
そう思いたくもなる。いつも生真面目で無表情な彼女が冗談言う性格ではないからだ。
シンが冗談を言っても、彼女は特に気にも留めず相槌をうつ程度である。
「さぁ、訓練に戻りましょうマスター。
それに、せっかくです。ユニゾン時の微調整も行うべきかと私は思います」
狐に顔摘まれたような、軽い放心状態のシンから身体を離して彼女は言葉を続けた。
先程見せた表情はどこへやら、いつもの無表情へと戻ってしまった。
遊ばれていたのか、シンは思いたくなったが、デスティニーがそこまで器用だとは思えない。
あぁ、と生返事に彼はデスティニーに応えるが、ふと、ある事に気付いて立ち止まった。
「―――あいつ、笑っていた…?」
冗談を言った時に垣間見せた笑顔。
自分の目の錯覚だったのか、耳もおかしかったのか、シンは頭を振って余計な考えを霧散させる。
しかしシンは気付かなかった。
前を歩いていたデスティニーの表情が優しく微笑みを浮かべていたことを。
それがシンに対する慈愛か、或いは敬愛の念から来ているのか。
彼女自身、そういった心を理解しているかどうかは定かではない。
ただ彼女が彼に対し一つだけ言える事、それは―――――。
―――シン・アスカ。貴方が私のマスターで良かった―――
彼の為に従事出来るならばそれでいい。
彼女の想い、それは前の世界でもこちらの世界でも変わらない。
それが彼女が心に秘める唯一の真実である。
最終更新:2009年09月22日 00:25