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タピオカ丼氏の小ネタ-05

1

紅葉を纏った森の木々のように。
目も眩むような夕暮れに支配された街のように。
それは人の心を飲み込む程に鮮やかに真紅に染まっていた。
一種幻想的とも言えるそれは、しかし、同時に幻想という言葉とは程遠い程の凶暴さに染まりきっていた。
羽根を畳んだ鳳のように、空高く聳える尖塔 ――― 教会 ――― を包み込むのは紅蓮の炎であるのだから。


                              ◇


誰もが羨む健康美を兼ね備えた筈の肌は青白く。
言の葉は喉から唇を介する真に解け崩れていく。
荒い息遣いは疲労ではなく信じ難い現状を拒み続ける証。
瞳からは今にも雫が流れ落ちるのではないかと思う程に涙が溢れ。
手にした絶対の力を行使する筈の杖は照準が定まらずに小刻みに揺れる。
揺れるのは手だけではない、体が、可憐な花弁の如き唇が、そして確たるはずの信念。
桃色の髪は、絶え間なく勢いを増す火の灯りを浴び、冬夕焼の如きグラデーションをもたらす。

「どうして……ですか?」

ようやくそれだけの言葉を紡ぐ事、それだけが唯一の抵抗。
身体ではなく、心が砕け散るような現実(悪夢)の前に、縋るべき希望(虚構)を探るように。
それは辛うじて彼女が震える唇から放つ意思ある矢のようでもあった。
それは目の前の人物へ向けた矢。儚く、哀れな矢であった。

「どうして、世界を……皆を……わ…」

グッと、唇を噛み締める。一瞬の内の更に僅かな逡巡。

「私を裏切ったんですか……?」

言い切ると同時に、少女の瞳から ――――――――― 一筋、火に照らされた宝石のような雫が零れる。
柔らかな少女の頬を伝い、足元に落ちると、即座に雫はシミとなり消えていく。
感情の篭らぬ瞳で、目の前の少年はそれをただ見届ける。
誰もが、その涙を拭い取ってしまいたいと思わずにいられぬ少女の瞳を前に、本来ならば誰よりも早く駆け寄り、
そっと少女の柔らかな肌を、可憐な瞳を痛めぬように優しく拭うであろう男は、しかし、僅かながらの揺れをも見せず佇む。
その赤眼は、あたかも夕暮れの湖面のような鮮やかな、けれども寂寞とした紅。
身に纏う装飾華美の気が目に付く衣を僅かに鬱陶しそうに翻すと、中からはうって変わり簡素な白い制服
否軍服が覗く。少女は、その装いを目にし、あっと思わず声を漏らす。
少年の纏う空気の、纏う衣の、纏う決意の理由の ――― その一端をようやく少女は理解する。
そして、その理解は、即座に一つの結論を導く。少女が目を逸らし続けていた結論。シンプルにして、厳然たる言葉が導き出される。


「貴方は………私達の、六課の……」

その言葉は ―――――

「敵になってしまったんですね……――――― シンさん!!!」


少女の悲痛とも取れる言葉を受け、少年の仮面に初めて表情が浮かぶ。
唇を、微かに吊り上げた、まるで教本を拙く真似た様な『笑み』 ―――――― らしきもの。
「そうなるのかな……よくわかんねぇ。俺は頭が悪いんだ……知ってるだろ?キャロ?」
「今更…そんな物言いをしてッ」

気さくな、馴染み深い言葉とは裏腹に、声には一切の感情が見えない。
シンが垣間見せた些細な剥離が、それでも少女の、キャロの心を切り刻む。

「聞かせて下さい……どうして…ヴィヴィオをどうして連れ去ったんですか?」
「必要だったから」
「どうして六課から消えたんですか?」
「必要だったから」
「どうして……どうして貴方は『其処』にいるんですか……?」
「必要だったから」

機械と話しているような虚脱感がやおらキャロを苛む。

「必要、必要、必要………そんな事が理由になるとでも!!」
「それ以外に何がある?まさか、お前までありもしない全世界の平和とやらの為に俺が戦ってきたとでも思っているのか?」
「人を守る……それが、それが貴方の理想だったはずです!!夢想家だと笑われても、それでも我武者羅に突き進む…そんな貴方だから……そんな不器用な貴方だからティアナさんもスバルさんも惹かれた……エリオ君は貴方を兄のように慕って…六課の皆は…そんな貴方だから支えた……そんな……そんな不器用な…そんな放っておけない貴方だから私は ―――――― 」
「あくまでもそれは『つなぎ』の夢だよ……キャロ」
「つな……ぎ……?つなぎって……」
「一番の夢が叶わないから次の夢。それに近い夢。単純なもんだろ?仮面ライダーになりたいって馬鹿みたいに思ってた子供が、少しだけ大人になって将来の夢を警察官に鞍替えするみたいなもんだよ」
「嘘です!!あんなに必死に…あんなに一途に頑張って……それがつなぎ…?そんなの嘘です!!」
「それしか夢が無ければ必死にもなるさ」
「嘘です!!私はッ、私は絶対信じません!!!!」

首を振って、子供のように叫ぶキャロ、それに応ずるように幾つもの雫が散る。

「変わらないさ。いくら叫ぼうと、現実ってヤツは。それを俺は痛い程知ってる……そしてお前も知ってる筈だろ?ようく、な」

杖を持つ手が震える。
もうこれ以上『こんな』シンと相対していたくない。『こんな』シンを見ていたくない。
キャロの心に反応して、全身が輪を描いて叫ぶようだった。
以前の、フェイトの加護をひたすら甘んじて受け続けていた彼女であればその叫びに応じてしまっていただろう。
シンと出会う前の彼女であれば、屈してしまっていただろう。
それ故に、彼女の中のシンを信じる事を止めない。少女は屈しない。


「私は……それでも信じません!!」


シンと出会い変わった彼女は只のヒロイン(無力な乙女)ではなく、『ヒロイン』(戦乙女)であるのだから。

シンは息を呑んだ。小さく唇を開き、確かに息を呑んだ。
紅の瞳が、初めて小石を投げ込んだように、小さな波紋を打つ。
シンは、その苛烈とも言える程の強い瞳にほんの僅かに気圧される。
いや、或いは、炎に照らし出された瞳に覗く少女から女への過渡期が織り成すしなやかな強さに『見惚れた』のかもしれない。

「私は、取り戻します!!六課の仲間を、シン・アスカを!!」


震えは既に名残も無く。真っ直ぐに向けられた杖から迸るのは敵意ではなく決意。


「馬鹿だよ……お前は本当に馬鹿な娘だよ………俺は六課のシン・アスカじゃない…」


シンは、一瞬だけ、ほんの刹那、痛みを堪えるように唇を噛み締める。
それを振り切るかのように、腰に帯びていた聖剣デュランダルを抜く。


「俺は……聖王、いや、皇帝ヴィヴィオに仕えるナイト・オブ・ラウンズの一人。ナイト・オブ・Ⅳ、シン・アスカだ……」
                              ◇


「にゃはははははは」

宙を見つめ続けていた少女が無邪気な笑い声を立てる。
傍らに立つ、少女と同じ金色の髪を伸ばした美麗な少年は微かに不快そうに眉を潜める。
そんな少年の視線に気付いたのか、少女は笑い声を止める。もっとも、笑みは依然として浮かべたまま。

「ナイト・オブ・Ⅵ………貴女はシンと共に未だに任務に赴いてる筈では?」
「他人行儀だよ、レイ君。さ・く・ら。さくらだって」
「ナイト・オブ・Ⅵ。質問に答えて欲しいのですが?それと、俺を呼ぶのでしたら名前ではなくナイト・オブ・Ⅴと」

一切少女に取り合う事無く、鉄面皮を欠片も崩さずに少年が静かに告げる。
その視線は少女と同じく、宙の、炎上する教会へと向いている。
そんな少年に唇を尖らして、少女は幼子のように膨れる。

「う~~君は相変わらず僕が嫌いだね~~~」
「ハイ。俺にとってはシン以外は取るに足らない存在ですから」

眉一つ動かさずさらりと言ってのける少年に、少女は今度こそ笑みを消して、唇を一層アヒルの如く尖らせる。
よくよく見れば、二人はシンと同じ服装をしている。相違点といえば、白の軍服を覆うのが少女は桜色の衣であり、少年のそれは黄色であるという点。

「………先生としては非生産的な愛には賛同しかけるなぁ~~~」
「即座に肉欲と絡めてしまう発想……俗っぽさではⅧといい勝負ですね、貴女は」
「君はホントに可愛げがないな。シンの半分とは贅沢だけど、四分の一でもあればね……」
「それで。貴女は何故ここに?」

一向に取り合わないレイに遂にさくらが折れた。

「だって~~~どうせシンは負けないよ~~~」
「理由になってません」
「だ~~か~~ら~~~折角『昔』の仲間との再会なんだし、オジャマ虫はどっか行っておいてあげようかなっていうさくら先生の思い遣り?」

可愛らしさをアピールするように頬に指を当てるさくらを一瞥するとレイは静かに溜息を吐く。

「どうせシンが負けない以上は観戦して楽しもうという腹積もりなのでしょう?」
「なんだ、バレてる?にゃはははは♪レイ君ってばイジワル~~~」
「貴女に思慮深さは期待していませんから」
「うぐぅ…」
「それは違うキャラです」
「もう、いいじゃない。どうせなら楽しまなきゃ。折角のお祭りなんだし」

かぱっと音が聞こえそうにさくらが口を半月のように開け、笑う。
愛らしく、可憐な、そして精巧な人形のような、漠々とした感情しか覗くことの出来ない笑顔を浮かべる。

「一世一代の大祭りだよ。出し物は主人公&ヒロイン諸君~~~仕掛け花火は世界の崩壊~~~景品は飛び切りの紛い物の私達の世界~~~」
「頭の悪い単語を羅列しないで下さい。まぁ……」

レイは顎に手をあて、宙に浮かぶ映像のシンを見つめると、ようやく微かに笑みを浮かべる。


「あながち間違ってはいませんが」

2


身体中に広がった熱の波紋を受け止めながらシンは一つ大きく息を吐く。
万分の一でもいいから、この熱を身体から逃がしてしまいたかった。
シンが佇むのは、旧時代的な造りの宮殿。
仄かな薄明かりにのみ照らされた空間は、不気味さと一種の神秘性を兼ね備えている。


「思ったよりも時間がかかったな」

不意にかけられた声に、けれどもシンは驚きもせずにゆるりと首を巡らせる。

「レイ……」

シンに近付くと、その頬に微かに付いた煤をレイはそっと黒い手袋をした右手で拭う。
煤が綺麗に取れた事を確認すると、レイは静かにシンを見つめる。

「思いがけずに苦戦したのか?」
「何を……見てたんだろ?」
「気付いてたのか?」
「まぁ……どうせさくらあたりだろうけど」

微かに苦笑を浮かべると、シンはゆっくりと歩き出す。
それに倣うように、レイは同じ歩幅で、同じペースで歩く。
二人分のブーツが大理石を打つ音が、寂寥とした空間に澄んだ音を立てて響く。


「随分と派手にやり合っていたな」
「実質2対1だぜ?しかもドラゴンとか反則だろう?」
「今更ドラゴン如きに怯むお前でもないだろうに」
「野良ならな。でも、フリードは違うさ」
「フリード……そんな名前だったか」
「ホンット、どうでもいいのな………」

呆れるシン。
意にも介さないレイ。

「久しぶりに会った感想はどうだった?」

ある部屋の扉の前に立つと、二人は扉をすぐには開けずに、身を預けるように背中からもたれる。
見上げる程に巨大な窓の向こうに広がる夜空が二人の視界に映る。


「強く……なってた。たった一年かそこらだったのにな」
「三日会わざれば刮目して見よ。だったか?」
「それって男じゃなかったか?」
「成長するのは男の特権でもあるまい」
「ははは……確かに」

空虚さを孕んだ笑い声が響く。

「シン……」
「なんだよ」
「何故止めを刺さなかった?」

シンが微かに息を呑むのが、レイにはわかった。

「………別に……刺せなかっただけだよ。そうする前に六課の連中がやって来ただけさ」
「そうか。あれだけ派手な魔法を放てば気付かない訳にはいかないだろうからな」
「何が言いたいんだよ?」
「何だと思うんだ?」
「持って回った言い方するなっての。気になるだろうが」
「気にするな、俺は気にしない」


「…………」


沈黙を飲み込むように、シンは微かに伏せていた視線を上げると、背を預けていた扉に向き直ると、ゆっくりと手をかける。
「まぁいいや。話は此処までにして飯だ飯」
「ああ……シン、それなんだが……」
「ん?」
「今日は特別にXIIが用意していたぞ」

「げ………」


扉を開くと同時にレイの放った言葉にシンは呻く。
扉の向こうには、呆れる程に長いテーブルと、照明を浴びて眩しい程に白いテーブルクロス。
そして、とある席の前に広がる料理の数々と、その傍に控えている一人の少女。
オレンジ色のマントを傍らの椅子にかけ、かわりに白い軍服には不釣合いな可愛らしいエプロンを身に付けている。

「おかえりなさい、シン君」
「あ、お、おう…ただいま……楓…」
橙色とも見紛う程に明るい茶色い柔らかな髪を肩まで伸ばした少女が花が綻ぶような、可憐な笑みを浮かべる。
しかし、それを目にするシンの顔色はどこか優れない。
少女は ―――― そんなシンの様子に首を傾げる。

「きっとお腹空かせて帰ってくるって思って、今日はご馳走を用意しておきました」
「あ、サンキュ……そんなわざわざ楓が作らなくても……」
「迷惑でした…か?」

途端に打ちひしがれた子猫のように瞳を哀しげに潤ませる楓に、シンは慌てて被りを振る。

「いや全然。もう超嬉しい!!マジ腹減ってたから助かるよ~~楓」
「うふッ。そこまで言っていただけると照れてしまいます」

一転してはにかむ楓に胸を撫で下ろすシンと、そんな楓を感情の篭らぬ目で見つめるレイ。
シンの黒いマントを甲斐甲斐しく脱がせると、椅子を引く楓に、恐縮しつつも席に着くと、シンは気を取り直して箸を手に取る。
西洋風の室内の装いとは裏腹に、純和風と言っても過言ではない食卓を見渡し、シンはまずはと手始めに味噌汁を手に取る。
一口啜ると、途端にダシの香りが鼻腔を擽り、味噌の程よいまろやかさと塩味が舌に広がり、ようやくシンは身体を覆っていた緊張が剥がれていくのを感じた。
そんなシンを嬉しそうに笑みを湛えて見つめながら、楓はぽつんと何気なく話しかける。



「随分とあのキャロっていう子がお気に入りなんですね」
「ぶふぉぉッ!!!」

含んでいた味噌汁を噴き出した。
慌てて振り返る楓は依然として笑顔を浮かべていた。

その目を除いて。

「な、ななな、何を言って………」
「見てました。シン君あのドラゴンちゃんにはともかく、あの子自身には一切傷付けて無かったじゃないですか」
「あ、あれはフリードの相手で余裕が無くて……」
「そうでしょうか?顔には傷付けないように気を付けていらっしゃったように見えたのですが」
「き、きの、気のせいじゃないか……なぁ~~」
「それに力を使い果たしてあの子が気を失っても何もしなかったじゃないですか」
「あれは六課の連中が来たから………」
「しかも、瓦礫に巻き込まれないようにお姫様抱っこまでして」
「そこまで見てたのッ!?」
「あの子は敵なのに……どうしてそこまでシン君が気を遣うんですか?しかもお姫様抱っこまで……どうして?どうして……おかしいです…おかしいです…おかしいです……」

ハイライトの無い、空洞の如き瞳に見つめられ、シンは徐々に額から汗を垂らし始める。

「か……か……楓さん?……れ、レイ ――― っていねぇッ!?」
「シン君………どうしてですか?どうして……どうして?」
「落ち着こう楓。そしてゆっくりと話そう」


                              ◇

「あ、レイ君」
「ナイト・オブ・Ⅷ……」


暗い宮殿内を静かに一人歩くレイを、場違いな程に華やかな声が引き止める。
溜息を吐き出しながら、胡乱気に声の主を見るレイに対して、声の主は、レイがやってきた方に目を向けながら呑気に笑う。


「シンは無事だったんだね」
「当然でしょう。アイツはⅣなんですから」
「そうなんだけどね~~~でも甘さにかけてはラウンズでは指折りでしょ?」
「確かにそれがアイツの弱さではありますが。貴女が心配される必要はありませんよⅧ」
「堅いなぁ~~~閣下って呼んでよ。ファンの子みたいに」
「ファンではありませんので」

「今度CD貸そうか?」
「結構です」


レイは話すべき事は何も無いと言いたげに背を向ける。
しかし、その場をさろうと二、三歩進んだところで、ふとレイは立ち止まる。



「あと、貴女のその呼び名は不敬罪と紙一重ですが?」


レイの辛辣な言葉に、暗闇の中に不釣合いな程に、それこそ年頃の少女特有の軽やかさと華やかさ、姦しさを多分に含んだ笑い声が響いた。

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最終更新:2009年09月29日 19:55
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