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夢の楔

――夢を、見ていた。
最近になってよく見るようになった、毎回同じ内容の夢。

それは、無造作に抉られた大地と燃え盛る木々。

それは、破壊しつくされた街と冷たく降り注ぐ雪。

それは、沈みゆく要塞と力無く倒れた愛機。

自分にとっての「大切なもの」が失われた場面、それだけを見ていた。
そう、ただ「見ている」だけ。
記録映像のようにその時の行動をする訳でもなく、ただ失った
場面、場所を、動く事も出来ずに見続けている。

寒さのようなものを感じながら、これは自分への
戒めなのかもしれないと、ふと思う。

仲間も、親友も、信じた理想も、手にした力も全て失い。
挙句の果てには何故か異世界とやらに跳ばされ、
其処で拾ってくれた人の好意にただ甘えている自分への。
本来いるべきでない場所にいるというのに、
与えられる暖かさに甘えずにはいられない自分への「戒め」。


――シン君。


自分の名を呼ぶ声。
それに引かれるように周りの景色が薄れてゆき、意識が夢から覚めていく。
感じていた寒さのような感覚も消え失せ、暖かな何かに包まれた気さえした。


――シン君、起きてよ。


夢の景色が全て消え去り、現実へ戻る。
眼を開けて最初に視界に入ったのは、眩い金色の長髪をツインテールにした、
自分を拾ってくれた少女だった。





「おはよう、シン君。こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」

「……さくらか。別に平気だよ、このくらい」


どれくらいの間寝ていたのだろうか。
正確な時間は判らないが、恐らく3時を過ぎた程度だと思う。

クスっと笑いながらさくらは隣に座り、その背後――今自分と彼女が寄りかかっているものを見上げる。

「この前もここにいたけど…シン君、この場所が気に入ってるの?」

「…よくわからない。ただ、なんとなく来ただけだから」

背後にあるのは、一本の大きな桜の木。
周囲を桜の木に囲まれた広場、その中央にあるそれは、
枯れてしまいながらも力強く根付いている。

そっか、と呟き、さくらは口を閉じた。
それから暫く、場を沈黙が支配する。

さくらは、何も話そうとはしない。ただ、傍にいてくれる。
それがとても心地よく感じられた。


「さくらと会ったのも、ここだったんだよな」

「そうだね。…早いなぁ、あれからもう2ヶ月か」


月面で一人、沈みゆくメサイヤを呆然と眺めていた俺は、
気付けばこの初音島にいた。
かつて一年中桜が咲き誇っていたというここは、争いとは無縁の場所。
必死で求め、手に入れようとした世界が、ここにはあった。

「最初は大変だったよねぇ、シン君全然笑ってくれないし」

「…そんな余裕、なかったからな。
色々と迷惑かけたよな…って、それは今もか」



ボロボロだった俺に、さくらは優しく手を差し伸べてくれた。
元の世界には戻りたくないと言った俺に、ここで暮らしてもいいと言ってくれた。
今の俺が以前のように笑えるようになったのは、間違いなく彼女のおかげだ。


「にゃはは、迷惑なんかじゃないよ。」


そう言って、さくらは笑顔を浮かべる。
それがとても眩しく思えた。

元の世界で何があったのか。俺が、どんな道を歩んで来たのか。
俺自身の過去について、何一つ打ち明けていない。
それを彼女は全く気にせず、まるで家族のように接してくれた。

――話したくなったら、話してくれればいい。

そう言ってくれた彼女の優しさに、ただ甘え続けている。


「…さくら。聞いて欲しい事が、あるんだ」


何故、今話す気になったのか。
もしかしたら、あの夢が、そこから生じる疑問が、そうさせたのかもしれない。


「俺のこと、前の世界で俺が見てきたこと、やろうとしたこと。
…その全てを、聞いて欲しい」

「…うん。聞かせてくれるかな。
シン君の見てきたこと、やろうとしたことを」


少しずつ、ゆっくりと語り始める。

家族と平和に暮らしていた時のこと。

オーブで家族を亡くした時のこと。

守るために力を求め、軍人になったこと。

戦争が始まり、仲間と共に戦ったこと。

守ると誓った少女を、結局守れなかったこと。

信頼していた上司が裏切り、敵となったこと。

最終的に敗北し、親友や仲間を失い、目指した世界も露と消えたこと。

淡々と、語っていく。
それら一つ一つに、さくらは真剣に耳を傾けてくれた。


「――そして気付いたら、ここに立っていた。」


そう締めくくり、ふぅっと息を吐く。

刹那、暖かな感触に包まれる――彼女に抱き締められていると気付くのに、数秒を必要とした。
困惑している俺の頭を、彼女は優しく撫でる。


「……辛かったね。話してくれて、ありがとう」


伝わってくる暖かさと撫でられる感覚に、安らぎを覚える。
だが同時に、このままそれに甘えてしまっていいのか、とも思う。
脳裏に過るのは、あの夢。大切なものを失った、その場面。


――お兄ちゃん。

幼き日々を共に過ごした妹と両親は、もういない。
自分の目の前で、信じていた国の犠牲となった。


――その未来は、お前が守れ。

そう言って未来を託してくれた親友も、もういない。
あいつの託そうとした、望んだ未来も、目の前で砕け散った。


――だから、シンとはまた明日。

そう言って消えていった、守ると約束した少女も、もういない。
そもそもその時の邂逅さえ、現実のものであったのか定かではない。


彼らは、今の自分を見てどう思うのだろうか。
暖かさから抜け出せず甘え続けている自分。
その様子に、情けない、それじゃだめだと思うだろうか。
それとも、それでいい、無理しなくていいと思うだろうか。
そこから生じる、一つの疑問。
こちらの世界に来た直後は、微塵も抱いていなかったもの。
けれど日々を過ごす内に、少しずつ立ち直っていく中で生まれた疑問。
そして無意識の内に、それを口にしてしまう。


「俺は…ここにいてもいいのか?」

「シン君?」

「何一つ守れなかった…そもそも、この世界の人間でもない。
そんな俺に、ここにいる資格があるのか…っ!?」


言ってから、しまったと思った。
馬鹿げている。
こんなことをさくらに言っても、どうにもならないというのに。

今のは忘れてくれ。
そう言おうと口を開く前に、さくらが問い掛けてきた。


「シン君は、どうしたいの?」

「……俺?」


思いも寄らない問い掛けに、心底動揺する。
さくらは少し体を離し、俺の両肩を掴んだまま向かい合う形になり、見つめてくる。
真剣に、真っ直ぐに見つめてくるその瞳から、目が離せなくなってしまう。


「資格があるかどうかなんて、関係ない。
シン君自身、どうしたいと思ってるの?」

「俺、は」


俺自身がどうしたいか。
その問いに、心を大きく揺さぶられさる。

――過去も何も、関係ない。今ここにいる自分は、どうしたい?

そんなの、決まっている。
どうしたいかなんて、最初から分かりきっていることだ。

たどたどしく、その答えを口にする。



「ここに、いたい」


それは、自分勝手な願望。
暖かさを手離したくない、俺の我が儘。


「我が儘だっていうのは、わかってる…
それでも、俺はさくらと、皆と一緒にいたい…っ!」

「――なら、ここにいればいいよ」


そう言って、さくらは再び俺の体を抱き締める。


「資格とかそんなのは関係ない。
シン君が自分で選んで、決めなきゃいけないことだから。
――だから、シン君がそう望む限り、ここがシン君の居場所なんだ」

「居、場所…?」

「だから、さ」


ぎゅっと、抱き締める力が強くなる。


「一人で抱え込まなくていい。
辛い時や悩んだ時は、ボクを頼ればいい。
お兄ちゃん達も、力になってくれる。
…どんなときだって、シン君は一人なんかじゃないから」

「さくら…」


さくらの言葉が、心にしみる。
疑問が完全に消えたという訳ではない。けれど、今はそれで構わない。

ここにいていい。一人じゃない。

そう言ってくれたことが、堪らなく、どうしようもない程に嬉しかった。


「――ありがとう」




どれだけの間、そのままでいたのだろうか。
日は沈みかけ、空は赤く染まり始めていた。

互いに気恥ずかしさがある為か、時が止まったかのように、動けないでいる。
そんな状態も、一匹の登場でようやく終わりを告げた。


「うなー」

「…うたまる?」


俺の頭の上に乗っかって来る、白い毛並の猫に見えない猫。
うなー、うなー、と鳴きながら左右に数回揺れ、
軽やかにさくらの頭へと飛び写った。


「うなー?」


どうしたのかと言いたげに、うたまるは間延びした声を出す。
そんなうたまるを見てからさくらと目が合い、互いに笑みが零れた。
さっきまでの気恥ずかしさは、もうほとんどなかった。


「…帰ろっか?」

「そうだな…帰るか」


立ち上がり、共に家へ向かい歩き始める。

その途中、ふと気になったことをさくらに質問してみた。


「なあ、さくら」

「うにゃ?」

「さくら自身は、俺と一緒にいたいって思ってくれてるのか?」

「うにゃあ…それ、ちゃんと言わないとわからない?
さっきのでわかってると思ってたんだけど」


半目で睨まれ、少したじろぐ。
まぁいいや、と言ってさくらは大きく溜め息つき、歩を早めた。
顔が赤くなっているように見えたのは、きっと夕日に照されてるからだろう。

俺より数歩先まで行った所で立ち止まり、こちらに振り返る。
夕焼けを背にした彼女は、満面の、思わず見惚れる程の笑顔を浮かべていた。


「――ボクも、シン君と一緒にいたい。そう思ってるよ」





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最終更新:2009年10月02日 19:52
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