「白菜に椎茸、鳥の胸挽き肉と豆腐…後は家にあるのでいいか」
4月1日の昼下がり。
シンはいつものように、夕飯の買い物を済ませ帰路に着いていた。
ちなみに今日は、少し寒いので鍋である。
……一瞬某姉妹の顔が脳裏を過ったが、気にしないでおいた。
「おーい、シン」
「ん?……あぁ、純一か。それに眞子も」
呼び掛けられ振り向く。
そこにいたのは隣に住む朝倉純一と、某姉妹の片割れである水越眞子だった。
「眞子とはさっきそこで会ってさ。
お前は夕飯の買い物か?」
「ああ。今日はちょと寒いから、鍋にする」
「へぇ、何鍋にするの?」
「あぁ、それは――」
そのまま、シンと眞子は鍋談義を始めた。
眞子から鍋のアドバイスを真剣に聞いているシンの様子を見て、純一は苦笑する。
(シンの奴、だいぶこっちに馴染んできたな)
真剣で、何処か子供じみているシンの表情を見て、
こちらに来た直後の彼を思い出す。
――虚ろな表情。何も写していないようなその瞳は、
まるで何かに怯えているようだった。
その様子から、よっぽどの事があったのだとその時純一は思った。
「――えっ?肉の傍にしらたきって置いちゃいけないのか?」
「置いちゃいけないって程でもないけど、肉が固くなっちゃうのよ」
「知らなかった…」
あんな状態だった彼が、こうして鍋談義に夢中になるくらいに立ち直った。
それを嬉しく思うと同時に、ちょっとした悪戯心が生まれる。
(今日は4月1日だし…よし。
ここは一つ、さくら絡みでいってみるか)
「――所で、シン」
「ん?どうしたんだよ純一、何か入れて欲しい具でもあるのか?」
呼び掛けられ、きょとんとした顔のシン。
眞子は純一の意図が読めたのか、呆れたといった感じに肩を竦める。
「さっき連絡があったんだが、さくらが倒れたらしい」
「なっ――!?」
「音夢曰くたいしたことは――って、あれ?シン?」
話を最後まで聞かず、シンは家へと全速力で走って行った。
それを呆然と眺め、純一はぽつりと呟く。
「……嘘なんだけど」
「まあ、疑うって事をしなそうな奴だとは思ってたけど…」
さすがにここまでとは、と眞子も驚いている。
純一もここまで信じるとは考えてもいなかった。
一瞬驚き、慌てふためく程度だと予想していたのだが…
「というか朝倉、早く追いかけた方がいいんじゃない?」
「…あ」
「くそっ…なんで、俺は…っ!」
――何故、何故朝の内に気付けなかった!?
倒れたというのだから、それ相応の異変はあった筈なのに。
それに全く気付けず、呑気に買い物なんか――!
息を切らせながらも家へ辿り着き、勢いよく玄関を開ける。
急いで靴を脱ぎ捨て、買い物袋も置かずに居間へ。
――そこでは、さくらと音夢がのんびりお茶を飲んでいた。
「………あれ?」
先程倒れたと聞いた筈のさくらが、普通にお茶を飲んでいる。
その光景を前にして、呆然とする。
「あ、お帰りシン君。…ってどうしたの?」
「え…?いや、だって…あれ?」
シンはへなへなと膝を付き、訳がわからないというように声を絞り出す。
「さくら…倒れ、たんじゃ…」
「うにゃ?ボクはこの通り元気ハツラツだよ。
誰がそんなこと言ったの?」
「純一、が…連絡あったって…」
「あー…その、シン君。
今日が何の日か知ってますか?」
息を整えながら事情を話すシンに、音夢は質問する。
この様子からして、恐らくく。
いやきっと、間違いないだろう。
「…え?今日って、何かあるのか?」
「えっと、今日は4月1日でして…エイプリルフールは知ってますよね?」
「………あ」
今になって、ようやく気付いたような顔。
……やはり、完全に忘れていたようだ。
「つまり、シン君は兄さんに騙された……ということになりますね」
「~~~~~っ!」
頭を抱えて悶えている。よっぽど恥ずかしいのだろう。
その様子を見て、さくらはどことなく嬉しそうな表情をしている。
「まぁ…そんな気にしなくてもいいと思いますよ」
とりあえず音夢は、気休め程度に慰めの言葉を掛けることにした。
「純一!アンタって人はああああああっ!!」
「落ち着けシン!話せばきっとわか――ぐふぉっ!?」
数分後、純一はシンから渾身のボディブローを喰らうこととなった。
その夜、夕食の時間。
「――今日はありがとね、シン君」
「何が?今日の俺は純一に騙されただけだぞ」
「それでもボクのこと、心配してくれたんだよね?」
「あ…いやそれは、その」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃないですか?あ、この肉団子美味しい」
「あ、あぁ。それは結構手間が――痛っ!?」
「むぅ、そうやって話逸らすのはズルくないかな?」
「だからって耳を引っ張るな!」
「…あのー、俺にも鍋を」
「却下」
「うにゃ、まあ仕方ないよね」
「今回は諦めて下さい、兄さん」
「………うぅ」
三人が鍋をつつく中、純一は一人だけ塩粥でした。
ちなみに翌日それを眞子に話したら「自業自得」と一蹴されたとかされなかったとか。
最終更新:2009年10月03日 20:19