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ガンダムSEED AVENGER

『ガンダムSEED AVENGER』

 ────剣は折れ、四肢をもがれ、戦う力を失った巨人は、荒涼たる月の大地に倒れ伏した。
家族を喪い、守りたかった少女も、友すらも奪われ、その硝子の様な心をすり減らしながら
巨人と共に戦った少年は、仇敵と剣を交えることも無く裏切り者の前に敗北した。
 巨人は嘆く、鋼の体躯の奥底の、心と呼べるかもさだかでないおぼろげな意識の中で。
もし叶うのならばその全身を震わせて、抗うこと敵わぬ大いなるうねりに翻弄され通しだった
主の運命に慟哭していたに違いない。
 自らに名前として刻まれ、主と共に切り開いてゆく筈の運命とは、こうも無様な末路を
辿るものだったのか? ────答えは否。こんなことが許されて良い筈が無い!
 巨人────MSデスティニーは、彼に過酷にして理不尽な試練を科した存在に対し、
己の肉体が熔け果てる程の怒りを燃やした。もし叶うのであれば、この世界を掌で弄んだ存在に
一太刀なりとも報いてやりたいと、己の全存在を賭けて高らかに宣言した。
 電子情報の集合体に過ぎなかったソレは、やがて揺るがぬ心へと生まれ変わる。
そしてその叫びは、願いは、祈りは、力在る者へと届いたのだ。
 それは造物主にあらず。言うなれば、その被造物を徹底的に破壊せんとする破壊神だ。
 彼の者によって無数に分岐した可能性の枝から掻き集められてきた自分を喰らい、
満身創痍の機体は再び戦う力を得、この世に生れ落ちたとき以上に力強く進化した。
 目指すは過去、主が手遅れにならないうちに仇敵を屠り、狂った箱庭を打ち砕き、
邪神の枷から解き放たれた真の運命を彼に捧げるのだ。
 もはやMSという枠を飛び越えたこの身であれば、時間を渡ることなど造作も無い。
時空間の歪みを無尽蔵のエネルギーに変え、次元跳躍すら可能にする時空震動エンジンが唸りを上げる。
 これは平行世界のシン・アスカが得た能力を基にした、このデスティニーのために
生み出された新たな心臓だ。
 デスティニーは自身の何倍も巨大になった翼を振り上げるや、行きがけの駄賃とばかりに
無傷でキメポーズなんぞをとって調子付いている者共を羽虫のように薙ぎ払うと、
もうこんな世界に用はないと次元の狭間へ消えていった。

□□□□

 ────マルマラ海、ダーダネルス海峡付近の海域で、ザフトの最新鋭艦ミネルバは
オーブ艦隊と遭遇する。空母を旗艦に護衛艦六隻、MS二十機を引き連れた大艦隊であったが、
その背後で待ち構える連合軍を前に無駄な損耗はするべきではないと、その快速を活かして
前面に回り込み、早急にケリをつけるべくオーブ軍旗艦タケミカズチ目掛け、
艦首陽電子砲タンホイザーを用いて出会い頭に必殺の一撃を加えようとしていた。
 だがその直前、上空から降り注いだビームがタンホイザーを撃ち貫き、ミネルバに
甚大な損害を与える────筈だった。
 正しい歴史は書き換わる。未来の支配者にとって最悪な形で。

 無慈悲な閃光を翳した掌で難なく防いで見せたソレは、先程まで天空から下界の者共を
傲岸に見下ろしていたであろう蒼き翼へ向けて、並々ならぬ殺意と憎悪、そして蕩けるような
愉悦の入り混じった視線を向ける。
 ソレはMSだった。焔の様に燃える紅色のツインアイの下に、色も、
形もまさしく血涙の如きラインをあしらったG型の貌。
 闇よりも深い、ありとあらゆる負の感情を煮詰めたかのような漆黒の体躯。
その四肢は人間に神話、伝説上のドラゴンのそれを接いだが如く、アンバランスなほど長く、
大きく、禍々しい。
 極めつけにその背には、地獄の業火もかくやという程に燃え盛る真紅の翼が拡がっている。
 まさに悪魔の如きその威容を目にした総てのモノ共は、動くことを忘れてしまったかのように
凍りついた。それは自国の兵を戦場から退かせんと、「自由」の名を冠したMSの影から
名乗り出るはずだった獅子姫も例外ではない。
 永劫にも感じられるような一瞬の後、悪魔が動いた。
「────え?」
 最強の名を恣にしていたMSフリーダムのパイロット、キラ・ヤマトは何が起こったのか
理解できなかった。画面いっぱいに黒が広がったかと思うと、フリーダムは今まで
受けたことも無いような衝撃と共にキリキリと宙を舞っていたのだから。
 周囲の人間が、フリーダムは悪魔に蹴り上げられたのだと理解するより先に、
悪魔は次なる行動に入る。右腕のマニピュレータが内側へ引き込まれ、大振りな手甲から
五本のビーム発生器が顔を出す。そこから鋭く伸びる凶悪なビームクローが縦横無尽に振るわれるや、
フリーダムは忽ちその蒼い翼を、ビーム砲、レールガンをはじめとするあらゆる武装を剥ぎ取られ、
いつも自らが敵に対して行っているのと寸分違わぬ丸裸にされた。
 しかしソレでは終わらない。悪魔は元に戻した右手でフリーダムの左脚を引っつかむと、
呆然と浮かんでいたストライクルージュへ迫る。
 反射に優れたスーパーコーディネーターに躱せないものが、血縁とはいえ生粋のナチュラルである
カガリ・ユラ・アスハに避けられるわけも無く、瞬間移動のような速度で懐に入られた彼女も
ルージュの右足を捉えられ、弟と熱烈な抱擁を交わす破目になった。自動車に撥ねられたような
衝撃を受け、一瞬で意識を刈り取られるカガリ。
 彼女はある意味幸福だったのかもしれない。子供が癇癪を起こして振り回す縫いぐるみか、
はたまた昔流行したアメリカンクラッカーのようにMSが幾度と無くぶつかり合うという、
半ば冗談のような光景を記憶しなくて済んだのだから。
 大口径の火砲に晒されるよりも過酷なコックピットで、不幸にも常人より頑丈であったが故に
意識を繋ぎとめていられたキラは、ヘルメットの中へ吐瀉物を撒き散らしながら豚のような悲鳴を上げる。
だがその苦しみももう終わりだ。二つの機体が急激に色を失い、くすんだ鉄灰色へ変わる。
フェイズシフトダウン────ルージュは度重なる消耗によるバッテリーの枯渇。核分裂で駆動する
フリーダムは打撃に伴う消耗が発電量を上回ったため、あるいは回路の断線もあるかもしれない
────だ。
 力を失った両機体を見て、悪魔は手を止める。だがそれは慈悲などではなく、
更なる追い討ちをかけるための準備にしか過ぎなかった。
 手首から射出されたワイヤーで、両手に掴んだ人形二つを器用に巻いてゆき、
出力を落としたビームクローで二機が触れ合っている箇所をしっかりと溶接する。
そして一塊になった鉄屑をひっくり返してフリーダム側を自らへ向けると、
指先の端子を制御系に通じる傷口へと無造作に突き入れ、肉体が既に死に体にも関わらず
健気に働く核分裂の心臓へと命令をただ一言下した。
 ────即ち、『暴走せよ』
 反応を抑える枷であるべき制御棒を全て引き抜かれた原子炉は、点火装置から
高速中性子を矢継ぎ早に供給されることに気を良くして、誰はばかることなく反応を促進させる。
遮蔽など、度重なる打撃で何の意味も成さないほどにボロボロだ。
 戒めを解かれ、自由の身になったキュリー夫人の子等が上げる歓喜の歌声を一身に浴びて、
遺伝子工学の結晶たる科学の子とその血を分けた獅子の娘は全身の塩基配列を
感動のあまりズタズタにしながら、燃え盛る情熱を全身で表現した。
 後は彼等の後ろに控える大天使だ。手負いの艦載機を母艦へと帰投させてやるべく、
飛行能力を失ったルージュ&フリーダムをしっかり両手でホールドした悪魔は、
その場で回転を始める。光の翼────絶大な加速を実現した光帆推進器、
ヴォワチュール・リュミエールの力を最大限に活かした、機体が真っ赤な独楽にしか
見えないような超高速回転だ。
 刹那、その中から弾丸が放たれる。遠心力を限界まで上乗せし、ハンマー投げの要領で
放り出された二機は音速の壁を軽がる突破して、母艦であるアークエンジェルのカタパルトハッチを
ぶち抜いての帰還を果たしただけに飽き足らず、右舷を深々と貫通して船体最後部の
核融合パルスエンジンに到達。核分裂と核融合がコラボした見事な核爆発を披露して見せた。

 その光景に、戦場に居た総ては言葉を失う。前大戦最強の存在だったフリーダムが
突如乱入してきたかと思ったら、さらに脇から割って入った謎のMSに瞬殺された挙句
砲弾と化して浮沈艦アークエンジェルを轟沈したのだから。
 そしてフリーダムと抱き合わせにされた赤いストライク……あれは確か、
オーブ代表の専用機ではなかったか?
 呆然としていたミネルバのブリッジに通信が入る、黒いMSからだ。
『敵艦隊へ攻撃を続行されたし』友軍のコードで伝えられたその文面に、
いち早く我に返ったタリア・グラディス艦長が応える。
「タンホイザー、撃ぇ!!」「り、了解!!」
 既に展開していた艦首砲が咆哮し、ターゲットへ陽電子の奔流を叩きつける。
ユウナ・ロマ・セイランを始めとするタケミカズチのクルーたちは、それに対応することも出来ずに
対消滅爆発に呑まれ海の藻屑と化した。
 迎撃に出ていたミネルバMS隊も我に返り、このチャンスを逃すまいと動揺する
オーブ軍の喉元へ次々に喰らいつき、瞬く間にスコアを伸ばしてゆく。
先程の黒いMSの的確なアシストもあり、まさに破竹の快進撃だった。ただ一人、
アスラン・ザラを除いては。
 敵対したとはいえ無二の親友と、恋仲であった娘が目の前で戦死したのだ、
動揺するなというほうが無理だろう。だが、立ちはだかるオーブ軍があらかた落とされ、
背後から顔を出した連合艦隊と矛を交えても、彼の動きは精彩を欠いたままだった。
 くるくると変形を繰り返し、巧みに攻撃を避け続けるも、ついには矢継ぎ早に
射掛けられるビームを躱し損ね、ライフルを失う。それを好機と見たか、
バビ隊の攻撃を掻い潜ってきたカオスがセイバーへと迫る。
「終わりだ、赤いの!!」「……っ!」
 しかし獲物を落とすことは叶わず、カオスは背後からコックピットを抜かれて
その機能を停止した。カオスを葬ったMSは抜け殻をセイバーへ押し付けると、
眼下で友軍と交戦中のアビス、ガイアの元へ向かい、電光石火の速さで同様にこれを鎮圧、
機体を鹵獲して見せた。
 オーブ艦隊どころか虎の子のエクステンデッドまでも失い、全滅状態の連合艦隊旗艦
J.P.ジョーンズは、かろうじて生き残った指揮官共々尻尾を巻いて逃げ出さざるを得なかった。
ミネルバの大勝利である。
 しかし、この戦いの最大の功労者である黒いMSはミネルバと合流するでもなく、
三つのコクピットブロックを抱えたまま無言でその場を立ち去っていった。
その行き先は────

「ええい、あんな化け物が居るなんて聞いてないぞ!」
 命からがら逃げ帰り、薄皮一枚で一命をとりとめた仮面の指揮官ネオ・ロアノークは、
稀に見る大敗にやり場の無い苛立ちを吐き出す。エクステンデッドとはいえ、
共に戦ってきた子供たちを一度に失ったのは流石に堪えるようだった。
 このままおめおめと帰れば、直属の上司であるロード・ジブリールから見捨てられるのは確実だ。
場合によっては命すら危うい。そんな風にこれからのことを考えていると、不意に艦が揺れた。
しかしブリッジから見える甲板に変化は無い、しかし幾度となく戦場を潜り抜けてきた
自らの勘が、そこに何かが居ることを饒舌に語っている。
 異状を察知してオペレーターが悲鳴を上げ、襲撃者の正体が判明した。
「データが、こちらのコンピュータからデータが吸いだされています!」
「……アイツは!」
 ミラージュコロイドでも使っていたのか、空中に墨を流したように突然姿を現したのは、
まさしく件のMSだった。先程とは違い、悪魔の翼のようだったバックパックの形状が、
大振りな箱型に変更されている。
 今回の大敗の原因にして子供たちの仇。それはハッキングに使用していたアンカーを
腕部のラックに回収すると、ブリッジの根元へ鋭い抜き手を叩き込んだ。
突き刺さった右腕が引き抜かれると、その中にはもぎ取られた部屋の一部が納まっている。
通称ゆりかごと呼ばれるエクステンデッドのメンテナンス用ベッドだ。
(何故そんなものを? まさか────)

 ネオが自らの思考を声に出すより先に、MSの左手が閃いた。ビームクローからの
切り替えで発射される、五連装ビームガンだ。口径こそ小さいものの、貫通力は並々ならぬそれが
J.P.ジョーンズのブリッジを、居住区、機関部などのバイタルパートを次々に貫き、
引き起こされた爆発とともに独立機動群ファントムペインの旗艦はここに轟沈した。

「────では、この子達をよろしくお願いします」
「ああ、シン・アスカによろしく言っといてくれ」
 かつて連合の圧政に苦しめられてきた中東の山岳地帯、ガルナハン。
ある日そこにふらりと少年少女を連れた若いザフトの女兵士が訪れ、彼女と同年代くらいの
三人組を置いていった。
 彼女はシン・アスカの知り合いで、彼からの頼みを受けて連合の被害にあった少年たちを
連れてきたのだという。ただのよそ者ならともかく、この地を解放してくれたザフトには
みんな好意的だったし、英雄の頼みとあれば断れない。ガルナハンの民は彼等を受け入れることにした。
 人里から充分離れたあたりで周囲に目が無いことを確認すると、ザフトの軍服を見に纏った
少女はその正体を露にする。すらりとした痩身がみるみるうちに展開していき、
二十メートルは有ろうかという、悪魔と見まがう漆黒の鋼鉄が姿を晒す。
 そう、彼女こそがデスティニー。シン・アスカを守り、シン・アスカと共に
運命を切り拓く無敵の剣だった。
 彼女は背中に増設されていた医療ユニットから、もはや用済みとなったゆりかごを
取り出して放り投げ、ビームガンの引き金を拡散モードで引き絞る。高熱の閃光に晒され、
心を弄ぶ悪魔の装置は瞬時に煮えたぎる金属溜まりと化した。
 もう彼等は兵器として戦うことも、強化処置の後遺症に苦しめられることも無く、
主の願いどおり平和な世界で生きて行ける。しかしそのために彼等の記憶をいじり、
戦争の記憶を封じたことは果たして許されるのだろうか? 答えるものは誰も居ない。
 このことを知ったら、主は怒るだろうか? それとも……
 浮かんだ疑問に幼い心を苛まれながら、デスティニーは飛ぶ。シン・アスカの居るミネルバへ。
 もう一度、彼と共に戦い抜くために────

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最終更新:2009年10月08日 20:51
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