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日々、闘争の果てに

 陽はとうに沈み、木々の生い茂る森を照らすのは空に浮かぶ月光のみ。圧倒的な日光と違い、静かで微かな月光では森の闇を拭い去る事は当然不可能である。故に周囲は薄暗いと表現されるべき状態である。それでもまだマシな方なのは、今日が満月だからだろうか。
 そんな視界の利かない森の中を一人の少年が歩いていた。
 ただ単に歩いている。視界を阻む闇や、足元で生い茂る木々の根といった障害物を意に介さずただ普通に歩いている。
 人間がそんな風に夜闇の中で挙動している事、それは本来異常である。古来から夜というものは人ならざる者達の時間として扱われて来たからだ。
 ただ人間は文明を発達させてその概念を駆逐した。だから本来は通常である。けれどこの世界では異常だ。古い時代の多くをいまだに持つこの楽園では、いまだ夜は人ならざる者たちの時間として扱われている。
 が、当人はまるで意に介さずひたすら歩を進める。夜(妖怪)の世界を、シン・アスカ(人間)は何事もなく闊歩する。
 服装は赤と黒二色の軍服――いわゆるザフトレッドの制服となる。モビルスーツに乗る前は当然パイロットスーツに着替える。だから普段軍服はロッカーに押し込まれている。
モビルスーツごと何処かに不時着した現状からして、服装は本来パイロットスーツ一択の筈である。だが今回は”ここ”に来る前にやった作戦の内容から、軍服をコクピット内に持ち込んでいたのだ。
 だから墜落直後のちょっとしたいざこざの後、一息ついたシンは軍服に着替える事にした。別にパイロットスーツが悪い訳では無い。というか耐久性や活動性を考えるとパイロットスーツの方がいいのかもしれない。それでも着替えたのは単にシンの気分の問題だった。状況が飲み込めなくて少しヤケになった部分もあったのだろう。とはいえパイロットスーツも”持ち歩いている”ので、必要ならまた着替えればいいだけだ。
 そんな風に、いつも通りの軍服で、いつも通りの調子で、シンはひた歩く。その右肩に大剣を担ぎながら。
 大部分が赤と黒を閉めるそれは、何処からどう見ても剣である。白い石突から灰色の柄が伸び、赤と黒で構成された刀身へ繋がっている。シンの身長に匹敵しかねない長さと、それなりの厚さを持つその大剣は相応の重量を窺わせるが、シンの身体はそれに振り回されることも無く。何事もなくその凶器を保持している。
「チッ」
 肩に預けるように担がれていた大剣がす、と前に出される。それから一瞬、大気を押しのけるかの如き速度と強引さで右横に振り抜かれた。
 加速度の付いた質量が柔らかいものを殴り付ける轟音。数瞬遅れて、吹き飛ばされた何かが何処かに辿り着いた衝撃音。
 ”何”が来て、何処へ行ったのか。確認する事も無く、シンは再度大剣を肩に担ぎ直した。ちなみに歩みは一切止めていない。
「コイツといい」
 平坦な声。感情の抑揚の一切無い声。棒読みそのものの、ただ発生された音声。担いだ大剣を横目で見やる。言葉の一瞬後にシンの背中で、これまた赤と黒の二色で構成された鋼の翼が開きながら出現し、そして閉じながら消失した。
「コイツらといい」
 今度は何に視線を向けるでもなく。ただ先程から向かってくる連中を一括りにして、そう言葉にして吐き出した。
「何だってんだチクショウめ」
 抑揚がまるで無く、平坦だったそれまでと違い、明確な困惑と苛立ちを込めて最後の言葉が吐き出される。それと同時に再度右腕が振り抜かれた。今度は何かが来たわけでは無い。ただの”腹いせ”である。一瞬だけ夜闇の中で真紅の閃光が煌く。シンが傍らを通り過ぎた大木が、その幹をスッパリと両断された。切り口は真っ黒に焦げ、煙を上げている。
 行った行為の結果に何の感想も抱く事なく、ただシンは歩を進める。目的がある訳では無い。強いて言うなら目的を探しているのだ。
 ともかく、シンは意味が解らない。自分がいる場所が第一に。そもそも宇宙空間で漂流していた筈なのに、何故大気圏内に居るのか。まさか流れ流れて未開の星に流れ着いたとでも言うのか。馬鹿らし過ぎる。そんな未開の惑星まで行くなんてどれだけ時間がかかるか解らない。それにコクピット内の酸素も尽きている筈である。例え何時か辿り着いたとしても、シンは間違いなく死んだ後だろう。
 漂流から最も近い場所に会った惑星――地球は真っ先に現在地の候補から外された。考えるまでも無い。周囲を見回せばそれがわかる。
 シンの周りには森がある。夜だから黒々としているが、昼間は生命満ち満ちた緑で溢れかえっている森林である。
 だからここは”地球”ではない。だってシンの知る地球は青くない。緑でもない。茶色だ。ジェネシスの直撃を受けて表面の大部分を焼かれた――死にかけた惑星。それを地球というのだ。
 そんな事を考えていたら、また何かが飛来した。何の感慨も無く大剣で殴り飛ばした。ビーム刃は発生させていない。別に発生させてもいいが、あまり無理をさせるのもよろしくない。今後必要な時に使えなければ意味がない。一応右肩に担ぐ大剣がシンの現在唯一の自衛手段であるのだから。
 また来た。何事も無く殴り飛ばす。一々ハッキリ何が来ているのか視認している訳では無いが、解る事はいくつかある。まずそれらが生き物である事。そして、およそ人型とはかけはなれたシルエットを持っている事だ。
(……未開の星に流れ着いたってのが、あながち冗談とも思えなくなってくるな)
 だがそれは無いだろう。風景以外にも、そう思える要素がある。すでにシンは”人間”に会っている。言葉も通じた。黒と白の服装で金髪の少女である。ろくに話す間もなくはぐれてしまったが、あれはどう見ても人間だった。という事は此処は未開の星では無い筈だ。だが地球では無い。何故なら此処には自然がある。

「じゃあここはどこ何だってんだ、クソが」
「幻想郷ですわ」

 シンの言葉は確かに”問い”であった。だがそれに”答え”が返って来た事は完全に予想外である。女性の声だった。夜の闇にすっぽりと覆われた森の中にまるで似つかわしくない。そんな声色。
 返答の内容を脳が解析する前に、誰かがいるという事をシンの神経が認識して警戒する。剣は担いだまま。握る手に僅かに力を込めて。首だけでなく体全体で声の方向へ振り向いた。前後左右何処へでも即座に移動できるように、身体を挙動に備えさせる。
「こんばんは侵入者さん。いい月夜ですわね」
 まるで街中か何かで、例えるなら夕暮れの買い物帰りにすれ違ったかの如く。そんなとても気軽な雰囲気で。シンの前にいるものが、シンに対して挨拶をしてくる。
 服の色は紫が大部分を占めていて、頭にはなにか西洋風の見慣れぬ意匠の帽子が載っている。金髪は腰の辺りまで伸びていた。女性に疎いシンでも、その女性が美人に分類されるのだろうとは理解できた。その程度には美人だった。女性はシンを見ていたし、シンも女性へと向き直った。だから当然、日傘を携えたその女性と目が合った。

「――――――――、」

 それだけでシンの全身から汗が噴き出した。真っ赤な瞳が見開かれて揺れる。泥沼の殺し合いで培われた、シンの戦うための部分が力の限り、かつてない規模の警鐘を鳴らしている。どう見てもただの女性にしか見えないのに。その相手に対して精神の奥底から脳髄に響き渡る程に危険を感じている。
 金属音を立ててシンの背中で鋼の翼が開いた。瞬間スラスターの光が噴き出し、身体に推力を与える。青白かった光は出力の上昇に伴って即座に赤に変わり、周囲に羽のような残滓を撒き散らしながら輝く翼として開花する。
 進行方向は後方。反射の域で決定された選択は”回避”。逃避でもよし。ともかく、あの訳のわからないものとの関係を断ちたかったという一点に尽きる。
 ヴォワチュール・リュミエールの輝きが夜闇を強引に押し退けて、ついでに途中の枝諸々を物理的に押し退けて、シンの身体が夜の森を砲弾のように飛行する。
 数秒だったか、数十秒だったか、数分だったか、数十分だったか。シンの脚が地面に突き刺さった。大地に突き立てた脚で強引に制動をかけて、また後方へと翼を向けてブレーキをかける。土砂を盛大に抉って、シンの身体が停止した。

「――っんだ。何だ!? 何なんだアイツッ!?」

 大して運動した訳でもないというのに。まるで全力疾走をした直後の様に呼吸が乱れている。動悸は遥かに速い。無意識に空いた左手で胸を――心臓のあたりを鷲掴みにしていた。荒れ狂う動悸を強引に抑え込むかのように掌を握り込むが、収まる気配はまるで無い。
 シン・アスカはそれなりの期間戦争をしていた人間である。故に狂人の類ともそれなりに遭遇した経験がある。だから、そういう相手にも免疫が他人よりはある。どれだけ壊れた人間を見ても、動揺はするかもしれないが崩れる事は無い程度には。
 それなのにこの現状は何だというのか。
「”違う”」
 だが違う。さっきのはそういうのとは違う。根底が違う。本質が違う。あれはシンの知らない何かだ。おそらく恐ろしく恐ろしい”何か”。
「挨拶くらい返してくれてもいいのではなくて?」
 声がして、シンの身体がビクンと跳ねた。シン目の前で景色に亀裂が入る。まるで”空間”が割れるようにそれが開いて、その”中”から振り払った筈のそいつが歩み出てきた。
「喋れ無いという訳でもないのでしょう? 言葉も通じるようですし」
 にこやかに笑いながらシンの目の前でそれが喋っている。空間の裂け目から出ただけで、距離を詰めてくる様子は無い。
 相変わらずシンの総てが目の前のモノに対して警鐘を鳴らしている。そして今の一連の流れで解った事が一つ。
 つまり距離を開ける事が無意味である事。
 あの空間が裂けるようなモノの仕組みはわからないが、シンが自己の位置を変更することに意味は無い。それは解った。
 カキと右側で小さく音がした。安全装置の解除音。右手だけで握った大剣の刀身部で赤い光が噴き出すように煌めく。刃状に圧縮された攻性ビームシールド、熱量の刃。瞳の揺れと身体の揺れと発汗がほぼ同時に止まった。動悸が瞬く間に通常まで下がる。
 スイッチを入れられた機械の様に正確に、その作業に存在総てが特化する。
 生き残る為に身に付けた、身に付いた、身に付いてしまった。その機能は異世界でも何ら支障なく実行された。
 背中の翼から光が噴き出した。地面を蹴った。進行方向は前方。振りかぶるのはビームシールドブレード・アドヴァンスドアロンダイト。危険だという事しかわからない。

 ――振り切れない(逃げ切れない)というのなら。

 防衛本能が生命の危機であると警鐘を鳴らす。脳髄が暴力を推奨する。経験が戦闘を奨励する。心の中に堆積する正体不明の恐怖を薪代りにと放り込んで、気を奮い立たせる。

 ――直接殴って退かすまで。

 怒声はは言語の体を持たぬまま、ただ咆哮として口から放り出される。未だ眼前で、不敵に笑みを帯びる女性のカタチをした何かに向けて、熱量の刃を

 振りおろす。



――/日々、闘争の果てに/――



 太陽は傾き始めと沈み終えの間頃。綺麗な茜色に染まった空を、二つの影が飛んで行く。片方は赤と黒の翼から青白い光を僅かにたなびかせている。もう片方は両肩の辺りに存在する大型のバインダーから鮮やかに輝く緑の粒子を散らしていた。
 互いに全速力では無い。だがそれでもそれなりの速度は出ていて、片方が持つ買い物籠は強風に煽られて忙しなく揺れている。
「大分寒くなって来たな。陽の沈みも早くなったしさ」
 赤の翼の方――シンは空中でくるりと身体を回転させて、地面を背にする。腕を頭の下で組んで、空に寝っ転がるような奇異な体勢になりながら呟いた。動きに合わせてシンの背中で羽が数回稼働して、現在の体勢を支えるのに最適な状態へと可変する。
 MSの能力を縮小最適かする何て何か狂った能力の運用も、既にすっかり慣れたものである。最初は剣だけしか出せなかったり、羽根も出せたり出せなかったり、そんな有様だったのだが。どんなに馬鹿らしいものでも一年以上付き合っていれば、慣れるものである。
「……そうだな、もう秋だ。此処は季節の変わり目が解り易いな」
 隣を飛ぶ刹那が僅かに首を巡らせ、眼下の光景を見まわしてからそう呟いた。シンはくるりと反転して姿勢を戻す。
 「まあ自然だらけだからな」
 同じように光景を見ながら、そう答えた。眼下には夕焼けで染まった木々が溢れるほどにある。ビル等の人工的な建築物なんて何処を見ても存在しない。さすがに今となってはこの光景にも慣れたが、当初は随分と新鮮に感じたのを覚えている。
「それにしたって、本当未開の地だよなぁ、ここ。自然多いとこは結構見てたつもりだけど、何かここは格が違う感じがするよ」
「そうなのか?」
「ああ。子供の頃だけどな。刹那は?」
「そうだな……自然は、多かったな。こことは趣が違うが」
「ああ、そっか。刹那は中東生まれだったっけ」
「そうだ。嫌いという訳じゃないが……ここの方が、過ごしやすくはあるな」
「……そうかぁ? 自然は多いがその他諸々のせいで相当デンジャラスな気がするぞ」
 刹那の言葉で何を思い出したのか、思いっきり顔をしかめたシンが呻くように呟いた。そんなシンを見て、刹那は呆れたように少しだけ表情を変えた。
「お前は日々の過ごし方に問題があるだろう」
「いいやそれは違う。問題があるのは俺じゃない! 他の連中だ!!」
 シンはカッ! と目を見開き、力強く宣言する様に吼えた。無意味に拳を握りしめていたりもする。
「……まあでもしょうがないのかな。俺があっちこっち行くからかも」
「運び屋は続けるのか」
「続けるさ。楽しいしな」
「そうか」
「刹那はこれからも神社の手伝いか?」
「そうだ。助けてもらった恩もある。他に行く場所も無い……それに何時の間にか宮司見習いにされていた」
「マジかよ」
「マジだ……そういえば」
 横を飛ぶ刹那が何か思い出したように呟いた。シンはん、と首を傾げつつ刹那の言葉の続きを待つ。
「風祝りという役職は、結局巫女と何が違うんだ?」
「名前」

 ――デスティニーマークⅡ(ツヴァイ)

 かつてのメサイア攻防戦で破損したデスティニーの改修機であり、かの世界でのシン・アスカの最後の搭乗機である。それは今の世界でも続いている。この機体は搭載武装の見直しと追加により、当然全体重量は増加している。だが、可動性の改善と機能の改良の施されたVL推進機構にって最新機体に決して引けを取らぬ――むしろ追随を許さない程度のスピードを持つ機体である。
 要するに、速いのである。
 シンと刹那は急いでいた訳では無いが、別にゆっくりしていた訳でもない。ある程度のスピードは出して飛んでいた。00ライザーは相当な高速機であるが、デスティニーも高速機である。それにMSアームド(仮称)になってからは重量増加最大の原因である改修武装を常時携行する必要がなくなっている。故に普通に速い。
 空間に裂け目ができた。
 位置的にはちょうどシンの首ら辺。そこそこの速度で飛行していた状態で突然そんな位置に裂け目ができた。必然、首から上はその裂け目に引っ掛かってストップされる。けれども身体の方はお構いなしにゴーである。
「へぶンッ!?」
 頭と身体を繋ぐ首の辺りで何か鳴ってはいけない音が鳴る一歩手前な感じがして、シン本体も若干危なげな悲鳴を上げる。
「シン!?」
「あだだだだだだだ!!!!」
 悲鳴に驚いて急停止した刹那が振り返ると、首から上が消えた状態で手足をバタつかせるシンの姿があった。ホラーである。
「大丈夫か!?」
「ちょっ、ひっかかった! 抜けねえ!!」
「待っていろ。今引っ張る!」
「っていうかいい加減にしろ八雲紫――――!!」
 刹那が相変わらず振り回されるシンの脚を掴もうとした所、シンが叫ぶと同時にその頭が空間からするりと抜け出た。急に抜けた所為でバランスを崩すも、シンは空中でくるりと反転して即座に体勢を立て直す。

「はーい、こんばんはー」

 シンと刹那のちょうど間位で、先ほどの様に空間が裂ける。端に何故かリボンで彩られたその隙間から顔だけ出したのは、金髪の女性である。外見は。
「アンタなあ。いきなり何してくれるんだ、千切れるとこだったろうが」
「しょうがないじゃない。呼びとめても止まらないものだから」
 シンのジト目の抗議に対して、八雲紫は隙間の淵に顔を乗せながらさも当然と返答する。
「何度見てもよくわからない」
「量子化する人のセリフとは思えませんわ」
「俺はどっちもよくわかんねーよ」
 空間が裂けて女性の生首が出ている画を眺めながら、刹那が呟く。紫はやや笑いながら紫が返答し、シンは若干疲れた声で呟いた。
「で。何か用かよ妖怪の賢者さん。用も無いのに呼び止めたんじゃないだろうな」
「それは勿論ですわ。少しあなたに仕事の依頼をね」
「仕事ぉ? 瞬間移動出来る輩が運び屋に何頼むってんだ」
 八雲紫。境界に潜む妖怪。境界を操る程度の能力を持つ紫は”スキマ”なるものであっちこっちを繋げる事が出来る。何か届けるにしても運ぶにしても、普通に飛んで移動するシンよりは格段に速い筈だ。
「おつまみ切れそうだから買ってきてくださいな」
「ケンカ売ってんのかアンタ」
「大真面目ですわ。折角盛り上がっているのだから抜けるのは嫌なのよ」
 飲み会でもしているのかと心中で当たりを付ける。夕焼けの赤のせいでわかりにくいが、よく見れば紫の顔も普段より赤みがさしている気がする。
「あーそー。まあいいけどさ。で、何処に何持ってきゃいいの」
「博麗神社に」
 シンの頭上で小さな隙間が開いて、紙切れが一枚ひらひらと落ちる。それを引っ掴んで、少しだけ内容を見てからポケットに押し込む。
「急ぐは急ぐけど。瞬間移動ほど速くないからな」
「お待ちしておりますわ」
 スキマが閉じる。紫の姿もそれに併せて消えた。
「相変わらず唐突だよなあ。まあいっか……じゃあ刹那。用も出来たし俺行くよ」
「ああ。またな」
「じゃあなー」
 片手を振って別れの合図として、勢いよく反転したシンの背中で翼が開いた。瞬時に赤い光が翼の形に成型される。数回明滅するように縮小した後、コォンと甲高い音を何度か立てる。瞬く間にシンの身体が加速した。
 夕焼けの茜色に負けじと輝く光の翼が、空に赤い線を引く。

 ///

 ――やべえ、関わり合いになりたくない

 博麗神社に辿り着いて玄関で声をかけても返事が無いので勝手に上がり込み、声のする方へ来て部屋の中を覗き込んだシンがまず最初に思った事である。
 総数四人。まあ博麗神社何だから博麗霊夢は居るだろう。用事を頼んできた八雲紫も居ないとおかしい。残りの二人は霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドだった。
 紫とアリスはいい。酒は既に入っているらしく、若干顔が赤いのだが、二人とも普段と特に変わった様子は見受けられないから。
 問題は残り二人だ。もう駄目だ。アレは違う世界へ行っている。
「……おい、八雲紫ー」
 酒瓶片手にハイテンションの二つ次くらいの笑い声を上げている二人に気付かれないよう、小声で呼びかけてみる。直ぐに気が付いたらしい。シンとしてはそのままモノだけ渡してさようならしたい所である。だが紫は何やら笑うだけで取りに来る様子は無い。というか取りに来なくてもスキマで回収できそうなものだが。それをしない辺り入って来いと暗に言っているような気がする。
(行きたくねえー…………)
 とはいえ請け負った以上完遂しない訳にも行くまい。意を決してシンは室内へと足を踏み入れる。
「どんだけ盛り上がってんだよお前ら……」
「ほろ? おー、シンだー。シンがいるぞー、アハハハハ、お前相変わらず無闇やたらに分身しやがってー、ハハハハ本体はどこーだーぜー」
「いやしてねえよ分身とか。お前何見えてんだよ」
 シンに気が付いた魔理沙が寄って来た。相変わらずの白黒の格好で、意味不明な言葉を吐きながら。どうやら今の魔理沙にはシンが分身しているように見えるらしい。
 ツッコミも聞こえていないのか、魔理沙はそのままシンの脇を通り過ぎていき、柱に頭をぶつけていた。そしてぶつけた柱をバッシバッシ叩きながら爆笑していた。
 次いで近寄って来たのはもう一人のヤバイ方、まあ博麗霊夢である。紅白の巫女衣装――何故か腋の部分が露出している不思議な構造をしている訳だが。シン個人としては腋が出ている理由よりも袖が何で落ちないのかが気になっていたりする。
「ういー……あん? なんであんたいんろよ」
「頼まれごとされたんだから来たんだよ」
 どうしよう、この巫女目が据わっている。シンの返答を聞いているのかいないのか、霊夢は持っていた酒瓶から直に酒をえらくダイレクトに煽る。
「まあいいわ、のんれく?」
「呑まねえよ、てか呑めねえよ……」
 シンが居る方向とは全く別の方向へ酒瓶を突き出した霊夢の脇を通り過ぎる。一応ツッコミはした。無駄だろうけど。
「ほらよ。
 持ってきた手提げ袋を八雲紫に投げ渡す。投げた途端にスキマに消えたそれは、紫の手の上に開いた小さなスキマからゆっくりと出てきた。騒いでいる二人と違って、紫は部屋のやや端の方で二人を眺めているように座って盃を傾けていた。
「ハイご苦労様」
「……っていうか何なんだよコレ」
「珍しいお酒が手に入ったから霊夢にあげたのよ。ただ人間には少し強過ぎたようね」
 そう言ったゆかりの視線の先では、霊夢と魔理沙が肩を組んで互いをバッシバッシ叩きあいながら笑い転げていた。
「ああ、だからアンタとアリスは平気なのな」
 ちらと最後の一人の方を見やる。これまた部屋の端で――紫は眺めているために離れているように見えるが、こちらは単に退避しているだけらしい。アリスが視線だけで何か用かとこちらを見返して来た。
「飲み方くらい弁えるわよ」
 それだけ言ってアリスはシンから視線を逸らす。騒いでいる二人を見てやれやれとでも言いたげに頭を振っている。
「酒ってこえーなー」
「そう? 美味しいのにねー」
「俺よくわからないんだよな、酒の味」
「あー、そりゃ人生損してるよー若人」
 ここで、はてとシンは首を傾げた。浮かんだ疑問は一つ。誰と会話しているのかである。横を見る。何も無い。誰も居ない。でも声はした。おもむろに視線を下げてみる。
「やっほー、ひさしぶりー」
 頭に二本の角を生やした少女がヤッホーイと瓢箪を持った手を挙げて挨拶していた。
「………………」
「どったのさー。折角来たんだから飲んできなよー、ほらほらー」

 掠れた悲鳴が、シンの喉の奥から細々と漏れ出た。

 ◆◆◆

「さって、どうすっかなー」

 小さな鞄片手に、シンは力いっぱい伸びをした。周囲は夕焼けの赤で満たされている。季節は夏の終わりかけ秋の始まる前。今のところまだ夏の勢力が強いだろうか。
 ひさびさの自由を満喫するように、シンはそのまま寝っ転がって、草むらの中に身体をうずめた。ちょっとした事故でブチ抜いた紅魔館の門とかその他諸々の修理費を本日ようやく返済し終えたのである。主に肉体労働で。
「家事があんなにキツイとは思わなかったな……」
 これまでの労働生活を思い出して、げんなりした表情でシンは誰に言うでもなく呟いた。まさか人殺しよりも洗濯とかの方がしんどいと思う日が来ようとは。人生わからないものである。
「よいしょっと」
 跳ね上がる様に起き上った。服に付いた草をパタパタとはたいて落とす。今の問題は今後である。これまでは住み込みだったからよかったが、これからは住む家すらないのである。とりあえず人里にでも行って調べてみようかと結論付けて、もう一回伸びをした。
「デスティニー。お前は行きたいとこあるか?」
 さっきからずっと頭の上に乗っている掌サイズの物体に向けて声をかける。だが返事は無い。元から返事を期待した訳では無い。なんとなくである。上目で見ているのでハッキリとは見えないが、どうやらシンの頭上で舟を漕いでいるらしかった。
「だから何でメカが寝るんだよ……いいけどさあ」
 若干納得しかねない風ではあったが、それで締めくくってシンは歩き出した。とりあえず目的地は人里。まずは職を探さねばなるまい、できれば住み込みで。手頃な物があればいいんだけどなあと小さく呟いて、シンは歩を進める。
 ざくざくと地面を鳴らして歩く。人里までは結構距離があるが、別に歩いて行けない距離では無い。元から体力に自信はあるし、最近の家事生活の影響で更に強化されている気もする。
「うーん……」
 シンは空を飛べる。何故かは知らないが飛ぶ術を手に入れている。おそらく飛んだ方が歩きよりもはるかに速く人里まで到達できるだろう。
 ただそういう気分でも無かったので、結局歩いて行く事にした。陽が落ちかけているせいもあってか、昼間の熱気はなりを潜めている。歩きでも日が暮れた程度で到着できるだろう。
 それから無言で歩き続けた。ざくざく地面を踏み鳴らして、たまにあった花を飛び越えたり、足元をうねっていったヘビにびっくりしつつ。
 一時間ほど経っただろうか。ふと振り向いた。ついこの前まで暮らしていた真っ赤な館が目に入った。もう小さくなっている。そのままぐるりと周囲を見回した。
 草原が、森が、空が、山が、湖があった。
「広いな」
 ポツリと呟いて、何処を見るでもなくただそのまま立ち尽くす。
「広すぎるよ」
 呟きに対する返答は無い。虚ろな目で虚空をぼんやり眺めて、シンはただその場に立ち尽くす。それから更に時間が過ぎた。
「俺は、何処に行きゃあいいんだろうなあ」
 気が付けば陽が落ち切っている。頭上に輝く一番星を眺めていたらそんな言葉がポツリと漏れた。言うつもりでも無かった言葉が勝手に吐き出された。
「俺は、どっかに行ってもいいのかなあ」
 一つしかなかった筈の星が、空を埋め尽くしていた。一際存在感を放つのは新円のそれ。すっかり夜になってしまった世界、満月の月光の下。
 肺の中に残った空気を全部吐き出すかのような溜息を一回吐いてから、シンはがばっと上を向いて再度歩き出した。一連の流れで頭上のデスティニーがぐわんぐわん揺れていた。

「やあ人間。いい月夜だねえ」

 歩き出した直後なのにまた足を止める羽目になった。声が聞こえた瞬間、その大きさや響き具合から大まかな距離と方角を算出。淀みなくそちらへ顔を向けた。
 まず目に付いたのは大きな岩だ。何かの影響で砕かれたか吹き飛ばされたか、それとも元々あったのか。次いで、岩の上に誰か座っている事に気が付いた。
 人間でない事は一目見て解った。人間は頭からツノなんぞ生えていない。他にも身体に鎖が巻き付いていたりとか瓢箪とかおかしな要素はあるが、けれどそれ以外の容姿はどう見ても人間の少女である。といってもこの世界じゃ人の形をした人外なんては山程いる。
 むしろツノなんてわかりやすい目印がある分親切な方である。
「何だアンタ。誰だアンタ。俺に何か用か」
 神経というか、直感の端にピリピリしたざわめきを感じつつもシンは平静を装って問いを投げかけてみる。
 相手が何であれ。襲ってきたらブン殴る。話しかけられたら返答する。それが現在、というか此処で暮らしていく上でシンが作った原則である。
「ああ、私は伊吹萃香っていってね」
 けたけた笑いながら、その少女は自己紹介した。顔が赤い事といい、なにやら上機嫌気な様子といい、もしかしたら酔っているのかもしれない。
 再度言うが、その見た目は少女である。顔に浮かべている笑顔も人懐っこさを感じさせるし、その小さな体躯からもそれほどまでの脅威さは感じさせない。
 ただ何か、凄まじく胸騒ぎがする。この感覚は覚えがある。この世界に流れ着いた当初、アレに出会った時と似ている。そう。

「鬼だよ」

 シン(人間)の理解の外に居るものと出会った、あの時の感覚だ。

 ///

「おのれ謀ったなやくもゆか、」
「「「のーめ! のーめ!! のーめ!!!」」」
「もががががががあがが!!?!?!?」

 後ろから黒白に羽交い締めにされて両腕が封じられ。
 腕力を越える脚力を持つ脚はパワーに定評のある鬼によって抱え込まれて封殺され。
 そして巫女の手により酒瓶が口に突っ込まれ、中の液体が体内へとなみなみと注がれる。

 主人が力の限りもがいて悲鳴を上げている状況だというのに。デスティニーはちゃっかりアリスの傍付近まで退避していた。おもむろに『強化措置を施された人間のなせる芸当です。常人は真似しないでください』と書かれたプラカードを掲げるデスティニー。

 宴はまだ始まったばかりである。

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最終更新:2009年12月21日 00:11
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