私には好きな人がいた…
けれど、その人が選んだのは私ではなかった…
彼が彼女を好きなことは、多分…最初からわかっていた…
だけどそれを受け入れられない自分がいた。
そんな時あなたと出会った。彼と会ったあの場所で…
私はなぜか知っていた。「何か」がここから始まると……
機動戦士ガンダムSEEDDESTINY-SIN In the Love-
PHASE-3「狂気の祭典‐モノクロの出会い」
『シンパパ事件』から二日後の日曜日。
「いや~、やっぱ持つべきは金持ちの友達よね♪」
「お前、最低なこと言ってるぞ」
「だがよもやこの目で見られるとはな。瑠璃嬢には感謝せねばな」
「気になさらないで。一人で行ってもつまらないですし」
真弓、純一、杉並、そして瑠璃の式典会場行きの海上を走る電車の中での会話。音夢たちは詳しく知らないが、この瑠璃という少女、かなりの権力者の娘らしく一般人お断りの発表会に招待された。しかし家の者が行けないということで最近たまたま親しくなったメンバーを誘ってくれたのだ。そのメンバーとはことり(+みく・とも)、朝倉兄妹、水越姉妹、杉並、真弓である。また「音夢先輩が行くならわたしがお供しないわけにはいきません」と美春もくっついてきている。
「すみません。美春が聞かなくて…」
「いいんですよ。人数が多い方が…楽しいですし」
ほほ笑む瑠璃。
「…? どうしたんだ、ことり? ぼーっとしてるけど」
「え、ううん。なんでもないよ」
(世界は平和に向かっているはずなのに、どうしてまだ力が必要なのかな…。たしかに力がなくちゃ自分さえ守れないかもしれない。でも『守る』ことが平和につながるの? 守れさえすればいいの? なら平和って一体…)
実はことりはラクスやキラと話をしたことがある。それもごく最近。その時はことりも彼らの言うことに賛同した。素晴らしい考えの持ち主だと思った。しかし今は、
(キラ様やラクス様が望んでいるのは…)
「かったるい…」
「すいません由夢さん。なけなしのやる気をごっそり削ぐのやめてもらえませんか?」
休日の風見学園。その中庭にシン、由夢、花咲茜、柊つかさはいた。全員動きやすい格好+軍手だ。
「すいませんね。わたしは兄さんと違ってハナからやる気がないので」
「そ~だよね~。アスカ君は薄着の女体が見られて嬉しいかもしれないけど~」
そう言いスタイル抜群の茜は挑発的なポーズをとる。
「…そうやっていつも、やれると思うな///」モジモジ
「セリフとそれ以外が釣り合っていないぞ、アスカ」
ジャージ姿の紅女史が現れる。この四人を招集したのは彼女である。
「ではこれより私の授業で居眠りをするという勇者共に草むしりをしてもらう。範囲はこの中庭全部。終わり次第本日の奉仕活動は終了だ」
「せんせ~。この人数で中庭全体はムリで~す」
茜が訴える。確かに広い。
「文句を言うな! 幸いあまり雑草は多くない。三時間ぶっ続ければ終わるだろう。例の発表会の放送には十分間に合うぞ」
「でも~」
「裏庭も追加するか…?」
「頑張ろうね、妹ちゃん、由夢ちゃん」
「うんっ」「ぅえ~い」
「アスカ君はわたしたちの14倍頑張ってね♪」
「なにそのわけのわからない数字!?」
『妹ちゃん』とはつかさのことである。クラスメイトのかがみの妹だかららしいが、同い年なのにあんまりといえばあんまりな気がするシン。本人は全く気にしていないようなので別に構わないが。
「それでは始め!」
ピッというホイッスルで散らばる。
「…飽きた」
「女だからって容赦しないぞ!?」
茜の言葉に怒鳴るシン。まだ5分しか経っていない。
「だってさ~、花の女子高生が天気もいいのに休日出勤して草むしりだよ? やってらんないって」
「居眠りする花咲が悪いんだろ?」
「アスカ君が激しいから…///」
「「「!?」」」
「なに言っt」
「兄さん、覚悟はいいですか?」
「よくないよ!? 捏造だっ」
「シンちゃん…」
「なんで泣きそうになってるんだ、柊!?」
「まぁ、その…授業に支障がられるのは困るんだが…///」
「何赤くなってんですかっ!? 大人の余裕で流してくださいよ!!」
茜はニヤニヤ眺めている。
「モテる男はつらいね~」
「くそっ。なんでこんな…!」
当分草むしりは終わりそうになかった。
「え~っと、1班から3班の配置完了。フェイトちゃんも出発した。新型機の搬入は遅れるっぽい。ニート侍は行方不明…」
式典会場にて高町なのはが最新式の総合携帯端末レプリケーターを見ながら言う。今回彼女が所属する時空管理局は会場警備及び準備作業を割り当てられていた。
「お~っす、なのはちゃん。どないでっか?」
茶髪をショートカットにした少女が手を上げて歩いてくる。
「エセ関西人が…。本場の人に失礼なしゃべり方するななの」
「なんやなのはちゃんは冷たいな~」
「忙しいの。はやてちゃんが仕事しないから」
「わたしかて招待客の座席用意とかしとるよ」
「イス並べる作業と一緒にしないで」
なのはは優しい人物なのだが結果がだせないとイライラする部分がある。今回は新型の搬入が遅れそうなことが原因だった。
「フェイトちゃんはカガリちゃんら迎えに行っとるんやったっけ?」
「それがどうかしたの?」
「クロノくんにリンディさん、おまけにカリムやレジアス将軍まで…。たかがお披露目式にしちゃあ豪華なゲストや思うて。作為を感じるで」
「…」
それはなのはも思っていたことだ。VIPの招待はアリだろうがいくらなんでもメンツが豪華すぎる。会場が襲われたらこれからの政府の体制に関わる。
「わたしたちが頑張ればいいだけだよ」
「そうなんやろうけどな…」
八神はやては嫌な予感がする。この青い空はまるで、
(蒼い炎みたいやな…)
「あ~、終わった終わった」
「疲れた~。お風呂入りた~い。学校休みた~い」
「明日休んだら承知せんぞ?」
茜の言葉に反応する紅女史。見た目に反して熱血教師なのだ。
「でもシンちゃんが頑張ってくれたから早く終わったね」
14倍かは不明だがシンは一番頑張っていた。少なくとも茜の5倍はやっていた。
「男なんだから当然です。あまり兄さんをおだてないほうがいいですよ、柊先輩」
つかさはなぜかシンを『シンちゃん』と呼ぶ。実は由夢はそれが面白くないのだがそれは誰も知らない。
「部活の連中に掛け合ってシャワーを使わせてもらえることになっている。お前らさっさと浴びてこい」
「「「は~い♪」」」
何だかんだで生徒思いの紅女史。厳しくても人気がある所以である。
「紅(べに)先生は?」
「私は帰る」
「じゃ、ぱぱっと汗を流してきますか。アスカ君、覗いちゃダメよ~」
「だ、誰がっ」
そう言い残し去っていく女子三人。
「アスカはいいのか?」
「自分は風呂からあがったら薬飲まなきゃいけなくて。普段は持ち歩いてないんですよ」
言われて紅女史はハッとする。シンの顔と右腕には大きな傷跡がある。
「む…。肉体労働はマズかったか…?」
「私生活には全く支障ないんで。右目も閉じてるけど見えないわけじゃないですし」
開いている左目だけで笑う。紅女史はそれを聞いて安心する。
「困ったことがあったらちゃんと言えよ。私はお前の担任なんだからな」
「…そうします」
言ってシンは着替えに行く。
「先に帰っていいものか…」
学校の校門前にて。シンは着替え終わったが女性陣は当然まだだ。携帯にメールでもすればいいものなのだが、あいにくシンの持っている携帯電話は使用不能である。
「…?」
向かいから誰か歩いてくる。生徒ではなさそうだ。制服でも運動着でもない。あれは…
(ZAFTの、赤服…!?)
あり得ない。すでにZAFTは解体されている。あれを着ている人間はもういない。
(コスプレとかか…? でもあいつ、どこかでみたような…)
逆光+シンの視界不良により顔が識別出来ない。だが懐かしさを覚えるシン。どんどん近づいてくる。
「お前は…」
相手の顔が分かるシン。驚きに思わず右目も見開く。
「久しぶりだな、シン」
「レイ……」
「そういえば由夢ちゃんが居眠りなんて珍しいね。どったの?」
シャワーを終え校門へと歩く三人。優等生で通っている由夢の居眠りを不思議に思った茜が尋ねる。
「や、その、なんか前日寝付けなくて…」
とりあえず事実を述べる。本当は「寝れなかった」のではなく「寝なかった」のだ。
「体を持て余して?」
「同姓でもセクハラですよ!」
「?」
ニヤニヤする茜に怒る由夢。つかさは茜の発言の意味が分かっていない。
「ま、お年頃なんだししょうがないって~」
「違いますっ!」
(全部兄さんのせいよ。兄さんが…)
由夢は夜中に目が覚め何か飲もうと一階へ向かおうとした。その際シンの部屋の前を通ったら、
(うなされてるんだもの…。誰よ、マユとかステラって…)
シンは過去を一切話さない。由夢たちは初音島に来る前は宇宙にいたという事しか知らないのだ。
(さくらさんは何か知ってるみたいだけど…)
聞き出そうとしたのだがはぐらかされてしまった。人の過去を詮索するのは褒められたことではないのは分かっているが、あれほどうなされるようなことがあったとなれば気になってしょうがない。だが知るのが怖いと思っている部分もある。何よりそれを知ればシンがここからいなくなってしまう予感があった。
(それは…困る)
「あ、シンちゃんだ」
「待ってるなんて感心だねぇ~。誰か一緒にいる?」
由夢がアレコレ考えているとつかさと茜がシンを発見する。どうやら誰か一緒にいるようだ。由夢もそちらに目を向ける。金髪で赤い服を着た人物がシンと向かい合っている。
「うを!? 金髪! もしや女の人だったり?」
茜が何か言っているが由夢の耳には入らない。
(なに、この感じ? すごく嫌な予感がする…)
「…いや、レイじゃないな。レイならそんな目立つ格好でこんなところに来ない。アンタは俺の気を引くためにそんな格好してるんだろ?」
「ほう…。ただMSに乗っていただけではないようだ」
「アンタ誰だ? 俺に何の用がある?」
シンは警戒する。相手の正体は分からないが少なくとも一般人ではない。何かと不自由になった体だが本格的な戦闘訓練を受けていない人間ぐらいなら叩きのめせる、そう思いちょっと強気に出てみる。
「そう怖い顔をしないで。たとえあなたが元の体だとしても戦闘用に作られた人形には敵わないわ」
「!?」
言うとレイの顔が長髪の女性のものに変化する。シンはその顔に見覚えがあった。
「アンタ、スカリエッティの所にいた…」
「ドゥーエよ。久しぶりね、シン・アスカ」
「もう会うことはないと思ってたんだがな」
「つれないわね。こっちはあなたのために色々用意していたのに」
「用意?」
「ええ。今日の統合軍の式典に関係することよ」
(式典…。じゃあ真弓に写真を渡したのは…。でもこいつらに魔女っぽい奴なんていたか?)
真弓に接触したのはドゥーエではない、そんな気がする。
「さて、あなたのお友達も来たようだしこれで失礼するわ」
「!」
見れば由夢たちがこっちに歩いてくる。
「用事があるんじゃなかったか?」
「もうすんだわ。勘が鈍ってるんじゃない?」
「!?」
ポケットに何か入っている。いつ入れられたのかわからなかった。ドゥーエは手をひらひら振って去っていく。
「兄さん、今の人知り合いですか?」
「あ、ああ」
「何を話してたんですか? 兄さん顔が強張ってましたけど…」
由夢が若干焦ったかのように聞いてくる。しかし相手の顔が変わったことには気付いていないようだ。
「昔の知り合いだよ。ちょっと気難しい奴でさ」
「~っ」
まだ何か言いたそうだが言わない由夢。シンはいぶかしむが追求はしないことにした。
『なのは、こっちは定刻に着けるよ』
「了解。こっちも会場の設営は完了してるよ」
式典会場脇の官制室―本来は軌道エレベーター運用に使用される―にてなのははキラ、ラクス、カガリを迎えにオーブ本国まで行っていたフェイト・T・ハラオウンと通信をしていた。現在海のど真ん中を飛行中らしい。
「アスランさんはもう日本に着いてるって」
アスランはプラントに行っていたため今回別ルートで会場入りをすることになっていた。
『分かった。じゃ、会場でね』
通信終了。作業は完了しているのであとは警戒を怠らないようにしていればいい。が、それも実際に警備についている者の仕事なので実はなのは自身はヒマだったりする。
「…。外行こ」
時間のつぶし方を知らなかった。
「くそっ! スカリエッティ…!」
シンは自転車で全力疾走していた。向かう先は電車の駅。帰宅して開いた手紙には、
『親愛なるシン・アスカへ、
我々は本日行われる新型MSお披露目式で事件を起こす。目的はモチロン新型MSをGETすることである。実はこの騒動、キラ・ヤマトやラクス・クラインは知っている。なにしろ彼らの方から私に接触してきてね。どうやら彼らは本格的に世界から争いを無くしたいらしい。私としてもこんな世界にケンカを売るという真似は大歓迎なので了承させてもらった。ただ、彼らの思惑通りというのは芸がない。よって私はちょっとイレギュラーなことをしてみようと思う。彼らとて私を完全に信用しているわけではないだろう。しかし今の堕落した世界では私たちを止められるはずもない。
そこで君には私たちを止めてもらいたい。一方的なゲームは私の望むところではないのでね。デモンストレーション終了後、我々は行動を起こす。是非私たちに制裁を加えて欲しい。
世紀の大天才 ジェイル・スカリエッティ』
「どうやって止めろっていうんだ…!」
もう自分には戦う術も力も、そして意思もない。ではナゼ自分はこんなにも焦っているのか。
(白河たちが行ってるから…いや、違うな)
自分にとって彼女たちは単なる友人、それもまだ知り合って日が浅い。体を張って守ろうという存在ではない、
(ハズ、だよな…。それに会場には…)
キラ、アスランという最強の二人がいる。彼らならきっと誰一人死なせないだろう。かつてと同じように。何より自分たちでまいた種だ。
(だったら俺はいらないだろ。なのに、何で…)
そう思った矢先、視界に一人の女性が入る。まるでシンの視界には彼女しかいないかのように一瞬で認識できた。その女性の姿を見るのは初めてのはずなのに、頭が知っていると告げていた。シンは自転車を止め女性を見る。それは真弓の言っていた『メガネできょにゅ~の妖しいお姉さん』だった。蒼い燕尾服のような物を着ているがその雰囲気はまさに『魔女』。女性はまるでついて来いというように路地裏へ入って行く。シンは自転車を停めて付いて行った。
「あ、あれ、うちの自転車だ」
音姫がシンの停めていった自転車を発見する。未だ帰宅していないさくらを除いた芙蓉家の住人は突然飛び出して行ったシンを追ってきたのだ。
「シン君はどこに?」
楓がいつになく慌てた調子で言う。それだけシンの様子がおかしかった。
「はりまお、分かる?」
プリムラは足元にいるはりまおなる犬っぽい生物に顔を向ける。はりまおは地面をクンクンする。こうやって匂いを辿りここまで追ってきたのだ。
「シンのパンツを一枚だけ洗わずにいた楓のおかげですね」
※「着替えでもいいじゃん」というツッコミは受け付けない
「え、ええ。アリガトウゴザイマス…」
「「…」」
由夢とプリムラは何か含んだ顔をする。そのパンツは現在音姫が握っている。もっさりした空気の中はりまおが移動開始。シンの匂いを発見したようだ。
「さぁ、行きましょう」
一同ははりまおを追って駆け出す。
「…いない。でも一本道だし見失うはずは…」
路地裏に入ったシンだが女性の姿は見えない。脇に扉もない完全な一本道にも関わらず。とりあえず先へ進む。
「ん? なんかあるな…」
道の向こうに何か建っている。妙ではあるがあり得ないことでもない。シンはどんどん近づいていく。そしてその建物の大きさに驚く。
「こんな大きいものが…。どうやってこんな所に建てたんだ」
体育館ほどの面積で高さは十階分ぐらいだろうか。何で出来ているか分からないが、かなり不気味な雰囲気を醸し出している。
「看板がかかってるけど…読めないな…」
どこかで見たことのある文字だが読めない。少なくともZAFTでは習わなかった。
(入るべきか、どうするか…)
シンは悩む。スカリエッティの予告時間までは多少余裕がある。しかしこの店に入るにはかなり度胸が必要だ。臆病とかそういうのは関係なしに。
『―』
「?」
何か聞こえた。周りを見回すが路地の壁しかない。
(気のせいか? ……迷ってても仕方ない、入ってみよう)
入った瞬間何かが変わるわけでもない、そう思いシンはドアノブに手をかけ…開けた。
パンッ! パンパーンッ!
「ぅひゃをうっ!?」
表記するのが難しい声をあげ飛び上がるシン。入った瞬間クラッカーが炸裂、シンにヒラヒラした紙(クラッカーの中身)が降り注ぐ。そして割れたくす玉から‘祝! 一番乗り’
と書かれた幕が下がっている。
「やあいらっしゃい。そしておめでとう。キミが最初のお客様だ」
先程の女性が声を出す。両手にかなりの数のクラッカーを持っている。
「いや~、オープンしたはいいが全然客が来なくてね。やっぱり立地が悪すぎるかな?」
「…」
「ん? どうしたんだい? 元軍人がこのぐらいで腰を抜かしたなんて言わないでおくれよ」
「! アンタ、何者だ…?」
「フフフ…。ボクはナイア。この本屋、いや、古本屋の店主さ」
「古本屋…」
シンは店内を見回す。うす暗く外装同様不気味だ。店内には確かに無数の本が並んでいる。シンはこれほどたくさんの本を見たのは初めてだった。
「すごいだろう? ここには世界のありとあらゆる理がある」
「ことわり…?」
妙な言い方だ。
「ホラ、この本を見てみるといい」
言ってナイアが手をかざすと棚から白っぽい本が飛んでくる。
「な、なんだ…、魔法なのか…?」
「そうだよ。コーディネーターのキミにはあまり縁がないかもしれないね」
例外はあるがコーディネーターはナチュラルに比べて魔法適正が低く、研究にも積極的ではない。シンもネリネやさくらが使うため大分慣れたが、初音島に来るまでは戦場で敵が使うものしか見たことがなかった。
「これからはそうでもないだろうけど…」
「どういうことだ?」
シンは訝しみながらも本を受け取る。文字はひとつも読めない。だが手に取った瞬間言いようのない何かを感じた。
「何だ、今の?」
「へえ、魔導書の力を感じられるんだね」
「魔導書?」
「詳しく話すと長くなるから省くけど、魔法の力を秘めた特殊な本さ」
つまり詳しく知りたければ「ググれカス」ということらしい。ナイアは続ける。
「契約すると強力な魔法が使えるようになる…こともある。本人の力量しだいかな」
「契約?」
「やり方は千差万別。血を捧げるとか」
「や、やばそうだな…」
シンは軽く引く。オカルトは嫌いではないが血がどうのというのは呪いっぽくて勘弁してほしい。こちとら人に恨まれることをして生きてきたのだ。
「おっと、そういえば急いでるんじゃなかったのかい?」
「あ、そうだった! いや、でも俺には…」
「知っているかい? 人にとって一番知り得ないのは自分の心さ。他人の心はその言葉から予想できる。感情が昂れば本音ももれる。けど自分の心はいくらでも偽れる。気付かないフリをすればいい。そしてそれが当たり前になるといつしか自分で自分の本心が分からなくなってしまう」
ナイアはシンに目線を合わせて言う。その瞳は全てを見通しているかのようでシンは目をそらす。
「人は、いざとなれば自分さえも裏切る。キミの友人がそうであったようにね」
「!? アンタは…」
「さて、キミの家族が迎えに来たようだ」
「家族…、楓たちか?」
「愛されてるね~。じゃ、ボクは失礼するよ」
ナイアがそう言うと彼女と景色がかすんでゆく。
「待ってくれっ。俺はまだアンタに聞きたいことが…」
「その魔導書はキミにあげよう。初来店のサービスだ」
「お、おいっ!」
「悲劇を止めたければ桜公園に行ってごらん。そこで新たな『衝撃』がキミを待っている」
「シ~~ン」
アイシアが立ちつくしているシンを発見し呼ぶ。シンもこちらに気が付き振り向く。
「みんな…。どうしてここが…?」
「はりまおで匂いを追ってきた…」
プリムラが足元にいるはりまおを見る。はりまおは何かを一心ににおっている。それは黒い本だ。
「これ、魔導書か? 消えずに残ったのか…」
それはシンが持っているものと同じく謎の文字で書かれている。
「ナコト写本って書いてある」
「プリムラ、読めるのか?」
うなずくプリムラ。
(そういやプリムラも少し魔法が使えたな。魔法が使えると読めるのか?)
そう思いアイシアに白い魔導書を見せる。
「アイシア。これ何て書いてあるんだ?」
「…読めません。暗号ですか?」
違うらしい。
「キタブ・アル・アジフ」
プリムラが特別なようだ。
「その本どうしたの? それになんでこんな所に…?」
周囲を見回す音姫。すでに本屋は消えただの小さな空き地になっている。
「それは…」
どう話すか迷うシン。式典会場襲撃も話すべきかどうか考えようとしたところで思い出す。ナイアは桜公園に行ってみろと言っていた。
(新たな衝撃ってなんだ? けど行ってみるしかない)
スカリエッティを止めるにしても今の自分には戦う術がない。
「ごめん音姉。俺桜公園に行かないと…!」
そう言ってシンは走り出す。
「あっ、ちょっと弟くーーーーんっ!?」
他に人がいないとしても大声でその呼び方は恥ずかしい。
「やべぇ、緊張してきた…」
会場に着いた純一一行。案内の人に通されたのは客席ではなく部屋だった。飲み物やら果物が置いてある。正面の大きなガラスからは会場が一望できる。
「すごいです~。VIPになった気分です♪」
「シクシク」
「瑠璃さんって本格的に偉い人だったんですね…」
「めそめそ」
「そんな…。偉いのはおじい様で私は別に…」
「よよよ」
「真弓ウザイ」
さっきから部屋の隅で悲しんでいる真弓を一刀両断する眞子。
「だぁ~ってぇ、カメラ禁止なんて聞いてないぃぃ…」
そう、真弓は入口で「写真撮影はご遠慮願います」と言い渡されたのだ。しかも真弓が大人しく言うことを聞かないと見抜いたのかカメラを没収されてしまった。
「当然だろうな」
杉並も没収されていた。
「TV放送されるのになんでダメなのよーっ!」
「間近だとTVでは分からない機密などがバレる可能性があるということだろう」
「くっそ~。これならアスカ君も誘えばよかった」
「なんでアスカ?」
「アスカ君ってメカに詳しいし、超小型カメラとか用意してくれそうじゃない?」
「…」
真弓たちの会話に耳を傾ける瑠璃。その表情が真剣なことには誰も気付かない。
「白河さん、どうしたの?」
「萌先輩。人がたくさんいるなって…」
ガラスから会場を眺めていたことりに萌が話しかける。式典開始時間が近づいているためことりの言うとおり会場には多くの観客が集まっている。
「そうね~。初音島じゃこんなにたくさんの人を見ることはないわねぇ。…で、白河さんはそこから何を思っていたの?」
「え…?」
萌は幾分真剣な顔でことりにたずねる。萌は普段の言動からは考えにくいが意外と鋭いところがあった。ことりもそれは知っているので正直に話す。
「…あの人たちは何を思ってここに来ているのかって。ここで公開されるのはただの機械じゃない、兵器なのにどうしてみんな楽しそうにしているのか不思議に思ってました」
「…白河さんは兵器が嫌い?」
「兵器っていうか…『力』そのものがよく分からないです。『力』が無くちゃ自分さえ守れない。けど、きっと、『力』で守ったら…」
「守ったら…?」
「…誰かを傷つけてしまう。そうしたら相手も自分を守るために『力』を使う。そうなったら終わりのない戦いが、戦争が始まる。守るための『力』のはずなのにそれが原因で多くの命を奪うことになっちゃう。なら『力』って何なのか、何のためにあるのか分かりません…」
「でもラクス様たちは戦争を終わらせたわ、『力』を使って。そして今は平和よ?」
「こんなこと言うと不敬罪とかになっちゃうんでしょうけど…私は…」
「む、あれはラクス・クラインではないか?」
杉並の言葉に会話を切ることり。見ればピンク色の髪をした世界の女王とも言うべき女性が会場へ入ってきていた。
「白河さん…」
「何もありませんね」
桜公園に着いた芙蓉一家(?)。由夢が周囲を見て言う。公園自慢の巨大な桜の木には少しだけ桜が残っている。
「っつか何で付いて来てるんだ!?」
「こんなもの見ちゃったら放っとけないよ。あとスカリエッティって誰?」
自転車から降りた音姫がシン宛ての手紙を見せる。シンが走り去る際に落してしまったものだ。それを読んだ音姫たちはシンを追って来たのだ。
「誰って…何なんだろうアイツ…マッドサイエンティスト?」
実はあまりよく知らないのでイメージで答える。
「コーディネーターって私たちと比べ物にならないほど運動できると思ってたけど…」
「お前らが早すぎるんだ。最近のナチュラルはすごいな」
肩で息をするシンに自身の汗を拭きながら由夢が言う。実際シンは結構なスピードだったのだが二冊の本が重いのと古傷のせいで現役時に比べれば遅く、由夢たちの運動能力が高かったことと合わさりアッサリ由夢、楓、プリムラはシンに追いついた。
「プリムラとかケロっとしてるし…」
「?」
無表情な顔をシンに向ける。実はプリムラはナチュラルではないのだが今はそれに触れない。
「と、ところで…シン。ここに…何の…用事が…?」
フラフラのアイシアが質問する。体力が足りなかったようだ。
「いや、何か新しい衝撃がどうのって…」『―』
「衝撃?」
「ああ。で、二行前に何か言ったか?」
「言ってないよ?」
シンには何か聞こえた。本屋の前での感覚と同じだ。
「それ…」
プリムラがシンの持っている魔導書を指さす。
「しゃべった…気がする」
「本がか?」
二冊の本を持ち上げるシン。別に変化は……、ボンっと煙を噴き上げた。
「うわっ!?」
「シン君!?」「弟くん!?」
煙に包まれるシン。楓と音姫が駆け寄る。煙が晴れると、
「「な、な、な…」」
倒れたシンと覆いかぶさった白い服をまとった少女の、
「何してるの~~~っ!!」
唇が重なっていた。音姫はガラにもなく大声を出す。
「早く離れなさい!!」
少女を引き剥がす楓。どうやら少女にも予想外な出来事だったらしく顔を赤くしてプルプルしている。主に拳が。
「何なのあなたっ!? いきなり現れてっ!」
激昂する楓。言葉使いが別人。目の辺りに影が入り怖い。アイシアと由夢とはりまおは怯えている。
「その子はアル・アジフ。魔導書『ネクロノミコン』の原典『キダブ・アル・アジフ』の精霊よ」
背後から聞こえる落ち着いた声。そこには白い少女との激突で目を回したシンの上に座る黒い服を着た少女がいた。
「私は『ナコト写本』の精霊エセルドレーダ。エセルと呼んで頂戴」
「精霊…?」
意外と冷静な音姫が聞く。エセルが口を開こうとすると、
「詳しく話しているヒマはない。ナコト写本、そこをどけ」
アル・アジフというらしい白い少女が立ち上がる。シンに向かって歩こうとすると楓が立ち塞がる。
「なんじゃ、娘? 今は汝(なれ)にかまっている場合ではないぞ」
「こっちは黙っていられる場合じゃないのっ! あなたは…はぅ」
アル・アジフが指を鳴らすと楓がその場にパタリと倒れる。
「楓…!」
今まで傍観していたプリムラが駆け寄る。どうやら眠っているだけのようだ。
「これぐらいならば使えるか…」
「本来の50分の1ぐらいかしらね」
「ちっ、厄介な。まぁよい。さっさと起きんかっ!」
シンを思いっ切り殴るアル・アジフ。小さな拳からは想像出来ない音がした。
「な、何だ!? シ○プリの再放送の時間かっ!?」
「弟くん、それは深夜だよ…」
「ビデオのセットもしてた」
音姫とプリムラが言う。
「さっさと立て。そしてついて来い」
アル・アジフが歩き出す。シンはその後に続く。音姫たちも顔を見合わせ楓を背負って後を追った。
―いやぁ、ちょっと出番が早すぎたかな。でも魔導書ぐらい持ってないとフェアじゃないしね。ナコト写本まで彼を選んだのは嬉しい誤算かな。さて、シン君は自分と同じ亡霊の質問にどう答えるのか、そして平和と戦うのか受け入れるのか…楽しみで仕方ないよ―
最終更新:2009年11月05日 22:22