「よっす、トリッカトリー」
明日の分の薪を割っていると、背中に声をかけられた。鉈を置き、振り向くと白い髪と上着に赤いモンペとリボンの少女。
藤原妹紅がひょい、と気さくに手を軽く上げている。
「妹紅か、トリッカトリー。つか、珍しいなこんなとこに」
アリスに聞かれると張り倒されそうな発言だが、実際問題もう夜も深いというのに魔法の森をうろつくのはただの人間なら自殺行為以外の何物でもない。
珍しいの一言で済ませられたのは彼女が死ぬことは絶対にあり得ないということを知っていたからこそだが、だとしても。
「夜にこんなとこに来るもんじゃないだろ、危ないなぁ」
シンの言葉に、来たくて来たわけじゃないと前置きすると妹紅は憮然とした表情で肩を竦める。
「あのヤブに茸とってきてくれって頼まれたんだよ」
「ヤブ? ああ、永琳さんのことか。いや、あの人ヤブ医者じゃないだろ、俺あの人より腕いい医者会ったことないぞ」
「いーや、ヤブだねヤブ。輝夜みたいなのに仕えてるんだぞ、その時点で十分ヤブだって」
拗ねたように口をとがらせる妹紅に流石に呆れる。
「なんぼなんでもそれは偏見だろ………つかね、姫さん嫌うのもいいけど、評価するとこは評価しとけって。それじゃただの嫌な奴だろ」
「ご忠告どうも。でもな、それをお前が言うかね? 正味な話お前にだきゃあ言われたかないんだけどな」
耳が痛い。国家元首に対して暴言を吐いた16歳、狂犬と呼ばれても仕方がないような事を繰り返していた自分を張り倒したくてたまらない。
どうしてもっと論理的に話せなかったのか、どうしてもっと個人的な感情を抑えられなかったのか、どうしてもっと自分以外のことに目を向けられなかったのか。
発言自体は後悔していないが、もっとマシな伝え方は無かったのか。あれじゃあただの言い逃げでしかない。
そりゃあまあ確かに、今でもウズミ前代表の行動は到底許容できるものではないが、何だってその娘に対してやつあたりじみたことしか言えなかったのか。
というか、そもそもそんな喧嘩腰の言い方で耳傾けるやついると思ってんのかよこのバカ、無責任にも程があるだろ! そう16歳の頃の自分の耳元で怒鳴れたらどんなに楽だろう。
……そんな黒歴史を思い出し微妙に自己嫌悪に陥っていると、妹紅が怪訝な眼で見つめていたので軽く頭を振る。
「まあなんにしても、永琳さんはヤブじゃないだろ」
「どうだか……つかさ、お前の場合、永琳が巨乳だからかばってるんじゃないかって気がするな?」
「ソンナジジツハゴザイマセンコトヨ?」
分かりやすい男である。
「いやいやいや、そんな胸で女性を判断するなんてそんな、ほら、あれだ、ほら……なんだっけ、い、いけないことだよっ」
「ふーん………ところで胸大きい女は好きか?」
「大好―――愛してる」
本当に分かりやすい童貞である。
「お前って奴ぁ……ま、どーせ私にゃ胸はねーですよ?」
「いやだからな、ホントに胸は関係ないって………」
ため息。二人とも黙りこむ形になり、木々のざわめきや蟲の泣き声だけが辺りを包む。
んー、と喉の奥で唸りながら妹紅は頭をかいていたが、軽く息をつき。
「トリッカトリー」
「ん、おお? トリッカトリー。もうお菓子ないけどな」
「ふぅん。妖精あたりにたかられたか?」
「別に妖精だけってわけじゃないけどな」
朝から本当に忙しかった。チルノや大妖精、ルーミアやら橙といったお子様から始まり魔理沙やら早苗やらetcetcetc。明らかにハロウィンに興味がなさそうな人まで来ていたのはどういうことなのやら。
そういえば、幽香が何か言いたげに一日中こちらを見ていたが何だったのだろうか、まさかお菓子が欲しかったりわけではないだろうが。
最後に来たのは神綺だ。素肌に包帯を巻きつけただけの姿で「シン君シン君、お菓子をもらいに来ましたよ―。あ、アリスちゃんどうこれ? ミイラだよー、マミーだけに!」などと言いつつ家に入ってきたときのアリスの他人を見る目が忘れられない。
つい先ほどまでアリスにもう二度とお母さんって呼ばないと言われ涙目になっていたのは何ともいたたまれない姿だった。……別に、頭を下げるたびに見えそうになるさくらんぼは気にしていない。いないったらいない。
「そういや優曇華院も来てたな」
「んぅ? ああ、鈴仙のことか」
永琳に茸を渡す時にちらりと見えた彼女のことを思い出す。そう言われれば鈴仙・優曇華院・イナバは妙に嬉しそうに………
「……嬉しそうに、パイナップル弄ってたな」
「いやさ、くれって言うから」
そんな理由で乙女に手榴弾渡す阿呆は世界中探しても………いや一人ぐらいはいるかもな、関智一ボイスのが。
「爆発したらどうすんだよ!?」
「バ、バカ、ダミーだ! 本物やるわけないだろ!?」
「ホントかよ………?」
疑わしげな眼で見られる。この男、鈴仙が絡むと鈴仙ともどもどっぷり狂気に浸り合うことがあるので今一信用ならない。
「……まったく、お前ってやつぁ」
「………すまん。今思うとあれは無かった」
「ホントだよ……」
「だよなぁ………」
ぐでぐでとした会話、妹紅と話しているとどうにもこんな流れになることが多い。
れっきとした女性の妹紅には悪いが、男友達と話すような気楽さがあるのもまた事実。
「ま、なんにしてももうお菓子は無いわけだ?」
「おう、完売だ。もう飴玉一つないぞ」
なるほど、と呟いた言葉は今日のことを思うシンの耳には届かなかった。
それにしても、本当に忙しかった。前日前もって用意しておいたお菓子は午後に入るまでもなく無くなり、こいつはやべぇとばかりに午後からは客の応対の合間を縫って簡単なお菓子を自作。
薪を割る暇もなかったのでこうして夜も更けているのに薪を割っているぐらいだ。
「ま、暇なよりはいいんだけどさ。つかどうした妹紅、さっきから黙って」
「ああいや、もっかい聞くけどお菓子は無いんだな?」
「なんだ、食べたかったのか? 明日作っとくから今日は勘弁してくれい」
その言葉を聞き、くすり、と唇を上げる。
「そっか、無いのか。じゃあ」
「いたずらしても、いいわけだ?」
「っ!?」
一瞬で距離を詰められた。普通に話していた先ほどまでとは違い、十センチもない距離に妹紅の顔がある。
まつ毛も赤い眼も―――唇さえもすぐそばに。
「お前さ、ちょいと無防備すぎやしないか。そんなんだから」
ふ、と妖艶に笑う。こんな表情をされると嫌でも千年生きた蓬莱人だということを強く実感してしまう。
「そんなんだから、近づかれるんだよ。こんな近くに、さ」
頭がショートして言葉が思いつかない。何度か息をつき、ようやく口を開く。
「なん、だよ。なんでまたこんな顔近付けて」
「んん? いやいや、言ったろ? いたずらだ、って――――動くなよ」
言われずとも動けない。普段はそのはすっぱな言動で気にすることもないが、紛れもなく藤原妹紅は美少女なのだから。
そんな顔が近くにあるのだ、これでひょいひょい動けるほどシンはジゴロではない。
微動だにしないシンに満足そうに薄く笑い、さらに顔を近づけていく。
「なに、を」
「ホントお前、無防備すぎるんだよな。だからさぁ」
もう、すぐ数センチのところだ。僅かに顔を動かすだけでも唇に触れてしまいそうなほどのすぐそば。
「痕、つけとかなきゃ」
喋るたびに妹紅の息が口にかかる。まつ毛まで触れてしまいそうだ。
あと、ほんの数ミリ。心臓はうるさいほどに打ち鳴らされている、息も自然と荒くなる。初めての実戦でもここまで胸が高鳴ったことは無かった気がする。
視界に映るのは妹紅の紅い眼だけ。そうして、妹紅の唇が、重なる――――
――――直前に、ごっ、と額に鈍い衝撃が走った。
「う、え? え、あ、え、う、うう? え、は、えあ、うぇ?」
痛かったわけではない、ないが意味が分からない。妹紅を見るとぷるぷると震えて―――笑いをこらえていた。
「嘘だ馬鹿。お前、反応面白すぎ……っ」
「……アンタって人は……アンタって人はぁ…………アンタって人は………っ」
がっくりと打ちひしがれる。あそこまでいけば流石にシンも期待する、そういう意味で言うのなら妹紅のいたずらは完全に成功したのだろう。
からからと妹紅は楽しそうに笑う。
「や、悪かった悪かった。だがま、お菓子用意してなかったお前が悪いってことで勘弁してくれ」
手を振り、そのまま森の中へと妹紅は消えていった。
茫然としたままシンは座り込んで動けない。ようやく絞り出せた言葉は。
「……もったいなかったかなぁ」
あともう少し顔を動かせていれば、という口惜しさがそう言わせた。
妹紅とそういう関係になりたいわけではなかったが、それでもそれなりに感じ入ることだってある。妹紅も、もしかしたら。
「いやいやいたずらだって」
首を振って考えを追い出す。少なくとも自分がうろたえまくったのだ、いたずらなら十分だろう。
そう思い直しまた薪割りに戻っていった。
………もし、誰かいたら気づけよとツッコミを入れられただろうが誰もいないからシンが気づくわきゃない。仕方がないね。
「おう、慧音か。わざわざ出迎えることはないだろ」
「まあそう言うな。心配ぐらいしたっていいだろう?」
「物好きだねーお前も。まあいいけどさ」
「……妹紅、どうかしたのか? 妙に顔が緩んでいるが」
「んー? いやいやなんでもないよ……………にへへ」
おまけ
「………と、もう出口か。そう言えばさ、慧音はシンのことどう思ってるんだ?」
「あの少年か。そうだなぁ、真面目で実直、そして心優しい、ってところか。ま、好ましいな」
「へ、へぇー、そうか、そうか……そうかー。あ、あのさ、慧音」
「ん、どうした?」
「………その、卑怯な言い草だとは思うんだけどさ」
「うん?」
「と、とるなよ?」
「(キモッ☆)」
「ど、どうした満月でもないのにハクタク化して!?」
「ああ、済まない済まない、ちょっと押し倒したく、じゃなくてリビドーが抑えきれなくなって」
「……よくわからんが、そうか」
「ああ、そうなんだ」
「………まあ、いいけどな」
「それで、なんだったか。そうそう、心配するな、好ましいのはあくまでも人間性だ、男性としてはそこまで魅力は感じないよ」
「ふ、ふーん、そっか、そっか……そっかー。………や、やっぱ慧音ぐらい胸無いと駄目かな? うう、ここまで蓬莱人なのが悔しいのは初めてだ……」
(うぅむ。あの無関心な妹紅をここまでいかれさせるとは……何をしたんだろうな、あのシン・アスカは)
「が、頑張って揉めば大きくなるかも……髪だって黒から白に変えられたんだし、できないことはない……はず」
(………まあ。妹紅かわいいからどうでもいいか)
おまけ2
「やあシン、トリックオアトリート! どうせお菓子ないだろうから性的な意味でいたずらを、し、しちゃうんだからねっ!?」
「帰れ」
「なんだいなんだい冷たいじゃあない。いわゆるアレ? 放置プレイ? 悪く言っちゃうと、欲棒?」
「ホントキラさん死ねばいいのにね? ……でもま、やられっぱなしはイヤなんで、今回は俺がいたずらをしようと思います」
「え……何この展開。ベーコンなのレタスなの?」
「あっはっは。さあ、そのまま飲み込んで下さい、俺のアロンダイト………」
「………ええと、シン。その手に持ってる対艦刀はなんなのかなー。僕すっごくイヤな予感がしちゃうよ?」
「飲み込んでください」
「………それはもちろん比喩的な意味なんだよね、いやん、シンったら大胆」
「あはは、比喩的な意味なんて込めるわけないじゃないですか? さ、飲み込んで下さい。呑みこまずに」
「いやいやいや、そんな無理無理無理無理大きすぎる……らめぇ! そんなおっきいのこわれちゃうよぉ!」
「いいから飲めっつってんだよ!!」
「らめぇらめぇらめ、いやちょ、まっ、アゴ外れるー!?」
「飲めっ、飲めーっ!!」
「アッーー!!」
「ちょっと騒ぎすぎましたね、アリスから怒られちまったい」
「えーとシンさん包丁ぶっすり刺さってんすけど?」
「まあよくあることですよ。……用は済みました? よし失せろ」
「まだなんにも言ってないのにね? まあいいや、それじゃあまた明日―――」
キラアッーーーーー―――……………!
「………(ガクガクブルブル)」
「アスランの遠吠えだ、今日もまた一日が終わろうとしている」
「現実逃避してるんじゃないわよ。どうすんのよコレ、震えて動かないわよ?」
「あー……すまんアリス、この人泊めていいか? このまま帰すとえらいことになる」
「まああんたの部屋に泊めるんならね。というか、流石にほうっておくと罪悪感が……」
「あ、あの、ごめんね? ホントごめん、ごめん、ホントにごめん、ごめんね、ごめん、ごめん、ごめん……ごめんなさい」
「いやいいんですけどね……相変わらずアスラン絡むと素に戻りますね」
「え、あ、う、うん、ごめん」
「いやいいんですけどね……」
「僕は、君を信じてるから………」
「キラさん……あのすいません、脈絡がないうえに若干キモいです」
「え、う、うん、ご、ごめん」
「いやいいんですけどね……待て! なんかループしてる! ああもう、いいから寝れ寝れ」
「あ、う、うん、ごめんね、ごめんね、本当にごめんね?」
「あれ、素?」
「あれが素」
最終更新:2009年11月14日 21:09