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第2話「遭遇」

……前が………………した!! ――――――――ろしたんだッ!

 ガンガンと頭が鳴る。どちらが上でどちらが下かもわからなくなり、それこそ今自分が立っているのかすら曖昧だった。黒い意志が包み込むように自分にまとわりついてくるのを感じる。黒く、また重くのしかかるような重圧の所為で、避けることも叶わず、体が黒く染まっていくのをただ見ることだけが許される。
 聞こえるのは怨嗟の声。今まで自分が出会い、そして死んでいった人たちの声。
 何故殺した。何故守ってくれなかった。何故死なない。

 ――――何故、生きている。

 ああ、そうだと思う。何故自分は生きているのだろう。アレだけ殺して殺して殺して。守るべき人たちも守れず、与えられた目的を果すことも叶わず。かつての上司。正義を掲げる機体に乗るあの男に殺されたと、そう思った。なのに生きている。そして今なお生きようとしている。何故、だ?

『死なせないから。』

 声が聞こえた。自分を取り囲む憎悪を孕んだそれとは違う響きの声が。死なせない。死なせてくれない。生きろという。生きる事はこんなにも辛いのに。いや、違う。だからこそなんだろう。だって彼女の言を信じるならこれは呪いなのだ。死ねない呪い。

 なのに、どうして、俺は、安堵しているのだろう?

 種式竹取物語
 第2話「遭遇」

 目が覚める。柔らかい布団に包まれていたはずだが、寝ている間に蹴ってしまっていたらしく掛け布団は遠く彼方にいってしまっていた。仰向けのまま両手を上に伸ばし、開いて閉じて、また開いてから引き寄せ、両の目に押し付ける。

「なんつう夢だ……」

 寝巻きとして借りた服は汗を多分に吸い重く肩にのしかかっていた。とりあえず冬の朝の冷え切った空気が、汗に濡れた皮膚から体温を奪いきる前に着替える必要があった。

 シン・アスカがこの永遠亭に保護されてから3日程が過ぎていた。まだそれしか経っていないとも感じたし、同時にもう3日もこんな世界で過ごしたのかとも思った。
汲み上げた井戸水で顔を3回ほど洗ってから、大きく腕を上げて伸びをする。胸に巻いた包帯はまだ取れていなかったが、もうさほど痛まなくなってきていた。永琳曰く、落下の際に竹薮に突っ込んだお陰で衝撃は少なくなったらしいが、代償として右の脇腹が抉れていたそうだ。それがもう痛みが消え掛けているのはシン自身のコーディネイターとしての治癒力か、はたまた永琳が作った薬のおかげか。原材料について言及しても、彼女は頑として語ろうとはしなかったのが気になるところであった。
 兎にも角にも数日が過ぎた。その中でいくつかわかったこともある。まずこの永遠亭という屋敷に住んでいるのは、主人の蓬莱山輝夜に薬師の八意永琳。それに永琳の弟子である月の兎とやらの鈴仙・優曇華院・イナバに、地上の妖怪兎がリーダー格のてゐを筆頭に十数匹かもしくは数十匹。以上がこの永遠亭の主な人員であった。
 そしてわかった事がもう一つ。と言ってもこれはなんとなく予想は出来ていたことなのだが。実質、屋敷の主導は永琳にあり、輝夜は何もしていない。脳裏に浮かぶ単語が1つ。CEよりも前の時代にある意味伝説ともいえる問題の言葉。NEET。何でも自宅を守る最強の守護者だなんてアーサー・トラインミネルバ副長は言っていたが、オーブという国に住んでいたシンは知っている。この言葉で指される様な人物は、総じてそんなろくな物ではないという事を。

「というよりは何もやる気がないんかね……」

 呟いてみる。あの自称1000歳以上の輝夜という女性について考えながら。精神年齢は見た目に比例するのだろうか、とシンは勝手に考えている。しかし初対面でいきなり口論になったが、彼女はそれを楽しんでいた節すらあるように感じる。向こうの方が一枚上手な感はあった。その当りは年上の余裕なのだろうか。
 なんだかなと思いつつ、顔の水気を手拭で取り、それを軽く洗ってから振う。パン、と空気を叩く様な音と共に手拭から水が飛ぶ。その音に小気味いい物を感じると共に、痛そうな音だと苦笑してから、その場から離れる。途中すれ違った永琳に、今日は優曇華と一緒に人里で薬を売ってくる、との事だった。普段は優曇華だけで行くらしいのだが、新しい薬を処方したからという理由で今日は永琳も一緒に行くらしい。優曇華と聞いて複雑そうな顔をしたシンを――――あの自分の裸を見た兎耳の少女の事だからだ――――面白そうに一瞥した彼女から、留守をよろしくと頼まれた。

「お客さんに頼む事じゃないかもしれないけどね。」
「世話になってばかりだから、別に俺はいいですけど。客って言うよりは厄介になってるだけですし。」

 実際、恩を受けてばっかりでは居心地がよくないので、その内自分から手伝いを申し出ようかとも考えていたから、これはいい機会であった。

「何をしたらいいんです?」
「そうね。掃除なんかは因幡達……ああ、うさぎ達の事ね。あの子達ががやってくれるから。料理とか……出来ないわよね?」
「何故に否定の疑問で聞きますか。出来ますよ。」
「……え?」

 何か、聞いてはいけないものを聞いたような顔をして永琳が聞き返してくる。

「いや、だから料理位なら出来ますって。」
「……ああ、あなたの故郷では人を私刑にする事を料理するって言うのね……中々上手い言い方じゃないの。」
「何処の極地的な地方かつ暴虐的な民族に伝わる方言だそれは。普通の意味です。食べるものを作る料理。」
「……材料は人肉?」
「どーしてそう物騒な意味になるんです!? 至極真っ当に作られた材料から真っ当に食べられるものを作る料理です!」
「……大丈夫? こんな世界に紛れ込んだからって精神やられてない? カウンセリング位は出来るわよ? 精神安定剤の方がいいかしら?」
「なんでそーなります!? 子供の頃にキャンプとかも結構行ってたから、ここの設備でも飯炊いて手軽な料理くらいなら作れるわ!」

 因みに両親が共働きだったため、物心ついた頃には当然の様に料理はしていた。全ては妹の為である。軍に入ってからはほぼ振るう機会がない技能だったが、こうしてまた日の目を見る日が来るのだから、人生はわからない。決してリンチの為の技能ではない、と心中で付け加えて。

「……ごめんなさい。余りにもイメージからかけ離れてて。」
「皆そう言うんですよねー……もう慣れてるけど。」

 ザフトのアカデミーでのサバイバル実習をシンは忘れていない。正確には、料理を自分が行うと言った時の、親友をはじめとした友人連中の表情とその後の騒動を、だ。アカデミー史に残る不祥事、というか事件だったのだが思い出すのも憂鬱だったので、意識して記憶の底に押し込め更に蓋をする。合言葉はホーク姉妹に飯を作らせるな。

「まあ、今日に関しては大丈夫よ。優曇華に昼食も作らせてるから。」
「作り置きかあ。そりゃ残念。」
「かぐ……姫様がそれで納得するか不安はあるのだけどもね。」

 溜息と共に愚痴っぽく洩らすが、永琳の口元にはそれをさほど苦に感じてない事を示す笑みが浮かんでいた。傍から見ていて思うのは、この永琳という女性と輝夜の関係は、単なる主従関係には見えないと言う事だった。手のかかる妹といやいや言いつつもつい手を焼いてしまう姉のようだとシンは感じていた。

「そういや、聞きたかったんですけど。」
「なにかしら?」
「輝夜がこの前言ってた、1000年生きてるってのは……」
「ああ、本当の事よ。色々あってね。そういう薬があるのよ。」

 ずっと感じていたもやもやだった。嘘を言っているようには感じられなかったし、しかしシンの常識ではそれを素直に受け取る事も出来なかった。だから尋ねてみたのだが、あっさりと肯定されてしまう。

「なに? 貴方も不老不死になりたいの、シン・アスカ?」
「……馬鹿言わないでください。よく話で不老不死を求めてーなんてあるけど馬鹿馬鹿しいったら無いでしょう。」

 この言葉を聞いたら寿命が普通よりも短かった親友はどう思うだろうか。少なくとも喜びはしないだろうとは判っていたが、彼が永遠の命を望むとも思えなかった。

「別れは辛い。置いていかれるのも辛い。それが終わらないで続き続けるんだから、俺は羨ましいなんて思わない。どっちかって言ったら、同情する。」

 自分なんかがこんな事言ってしまっていいのか、とは思いはしたが、他に言葉が見つからなかった。永琳は考え込む素振りをしているかと思えば、すぐに口を開いた。

「貴方にとって生きてる事は苦しみ?」
「今の所は。俺には何も残って無いから。」

 そう、と永琳が頷く。そして互いに黙ったまま数秒。もう一度彼女は頷いた。

「そう。じゃあ、重ねてだけど留守お願いね。」
「了解です。」

 シンが来た方向へと歩き出した彼女に一礼をして、シン自身も歩き出す。とりあえずは兎達とそのリーダー各でもあるてゐに話を聞いておくべきかだろう。その前に朝食を取るべきか、とも思い直し足を向ける先を変えようとして立ち止まる。天を仰いだ。腹が立つくらいに青く澄んだ、雲ひとつ無い蒼を見あげて、そして溜息を1つだけ吐いた。

 優曇華が作った朝食を食べ終わった後、シンはてゐを探して歩き回っていた。優曇華に目を合わすと睨まれるのはどうしようも無いんだろうなあ、などと考えているうちに、普段うさぎ達が寝所にしている部屋にたどり着いた。まだこの屋敷の構図が頭に入りきってないため少々迷ったが、結果的に見つけられたのだから問題は無いと思うことにして。
 てゐがいるかは確実では無かったがうさぎの一匹でもいれば居場所の確認位は出来ると踏んで、ここにきたのだが。

(うさぎと意思の疎通が出来ることに早くも慣れ始めている自分が怖い……)

 まだ三日しか経っていないのにこれであった。この先自分をどんな体験が待っているのか、そしてそれに何時か順応していくであろう未来を想像して薄ら寒く思う。いかん、と首を振り気を取り直して目の前の襖を開け放つ。

「おー…………い?」

 もぬけの空であった。てゐもいなければ他のうさぎ達もいない。

「まあ、おかしくは無いけど……」

 当てが外れたことに落胆しつつ一応部屋の中に入る。すると隅のほうに畳まれていた布団の上に、何か紙片らしきものがおかれているのが目に入った。

「何これ、書置きか?」

 腰の辺りまで詰まれた布団から、その紙を手に取り、そして開く。

『兎探しもとい自分探しの旅に出ます。探さないでください。 by てゐ&因幡勢』
「なん……だと……?」

 眩暈がした。思わず床に膝をつきそうになる。なんとか耐えてもう一度紙片に目をやる。書かれているのは先ほど目にした文章と同じ、少なくとも自分の見間違いである可能性は無くなった。どうしようもない無力感を感じながら紙片を裏向けると、

『P.S. 夕飯までには帰るから後よろしくぅ!』
「ただのサボりじゃねーかッ!! あの詐欺兎!」

 叫び、手に持った紙片を何度も何度もこれでもかと言わんばかりに引き裂き、床に叩き付ける様にして捨て去る。昨晩てゐに騙され、因幡達で溢れている風呂場に全裸で突入した事は記憶に新しい。

「永琳さんたちは……ッ! そういやさっき飯食い終ったくらいに出て行ってたか……っ。」

 舌打ちを1つ。それももう一刻も前の話なので今から追いかけても追いつけるとは思えない。そもそもこの屋敷の周りの竹林は、常人が迂闊に入り込むと確実に迷うようなレベルの厄介さだと言う。そんな所に勢いだけで突っ込んで遭難するなんて馬鹿すぎる話だった。

「どないせーちゅーねん。」

 脱力して呟く。とりあえず状況を冷静に考えなくてはいけなかった。まず永琳に優曇華、他の因幡達は永遠亭に居ない。いるのはシン自身とこの屋敷の主である輝夜の二人のみ。事情を話せば掃除等に手が回らなかったなどは許されそうだが、手伝いを買って出て結果がそれというのも情けない話だった。少なくとも何も食べないという選択肢は無かったので、食堂にあるはずの優曇華が作った昼食を確認しに行くことにした。ひしひしと、胸の内から囁きかけてくる嫌な予感を封殺しながら。

「こういうときの嫌な予感ってさ……大体当たるんだよな。」

 項垂れれる。シンが朝食を食べてる横で、優曇華がせっせと作り積んでいた握り飯の山が、大皿の上から軒並み消えている現状を理解して。更に捜索を続けるも、手間をかけずに食べれるものは見つかりそうになかった。

「持って行きやがったあの野郎ども……っ! もう行くなとは言わんからせめて、何か残しておいて欲しかった……っ!」

今度こそ本当にどうしたものか、と考えて、とりあえずまずすべき事がある事に気がついた。とりあえず頭に浮かべた目的地を目指して足を動かした。

「さて……と。輝夜ー、あけるぞー。答は以下略。」

 目の前の襖に手をかける。ぐっと力を込める。返事が返ってくる様子は無かったが、それでも気にしない。それ位に何故か自分は追い詰められてるらしいのだ。自覚はあるようでなかったが。

「起きろー!」

 スパンと気持ちの良さすら感じさせる音が耳に心地よかった。

「ひゃっ、な、なななな、なに!?」
「……いや、冗談で言ったんだけどガチで就寝中かよ。」

 がばりと跳ね起きた輝夜を見ながら呆れつつ呟く。彼女の方は状況が把握しきれずに目を白黒させていたが、まあ、気にするほどのことではないだろうと判断する。一房、寝癖なのだろう、ピンと頭頂部からたった髪の毛が意外に似合っているとも思ったが、これもよそ事であった。

「おはよう。」
「え? ああ、うん。おはよう……じゃなくてなんでシンが私の部屋に来てるわけ!? 夜這い!?」
「もう結構日が高くなってるタイミングで夜這いって斬新だよな。冗談言ってないでさっさと起きてくれ。」
「えー……まだ寝てたい。」

 いやいやする輝夜を見るとやはり彼女が1000歳を超えているなどとてもじゃないが思えなかった。今でも担がれてるのではないだろうか、と考える事があるが、先ほどの永琳の言からして嘘という事も無いのだろう。兎が人間みたいな姿になる世界なのだから、今更驚いてもい仕方ないだろう。とりあえず事情を説明する。説明したところでこの姫様が手伝ってくれる可能性は低いのだろうなぁと、心中で呟きながら。

「今、この屋敷にいるの俺とお前だけなんだよ。飯作ったりとかしなきゃいけないから手伝ってくれ。」
「えーりんは?」
「優曇華さんと一緒に薬売りに行ってる。」
「他の因幡は?」
「……遺憾ながら自分探しの旅、だそうだ。」

 輝夜の疑問に一つ一つ答える。こんな事が今までにも何回かあったのだろうか、意外と落ち着いていた。

「じゃあ、本当に誰もいないんだ。でも永琳なら、ご飯の用意位していくと思うけど。」
 思ったよりも慧眼だった。確かにその通り、永琳は用意してから出て行ったのだ。だが……

「兎達が全部持ってったぞ。米粒一つ残ってない……」
「……マジで?」
「マジで。」

 沈黙。現状の理解をして、しかし動きたくないでござる絶対に働きたくないでござる、という意志が輝夜の体から通して溢れ出ている。お前のような人間はくずだーいきてちゃいけないにんげんなんだよー。

「……じゃ、お休み。起きてたらご飯できてるわよね。」
「待てコラ。」

 頭の上まで掛け布団を被りなおそうとした輝夜の動きを、同様に掛け布団を掴む事で静止する。さらに、間髪いれずに取り上げようとするが、思った以上に抵抗された。が、男性と女性という違いもあり、力の差は瞭然だった。ぺいっと掛け布団が宙に舞う。

「さあ、寝てる暇があったら働け! 俺とお前しかいないのにやる事山積みとかなんの罰ゲームだこれ!?」
「え~……めんどくさいー。眠いー。おなかすいたー。姫たる私に仕事させるかこの鬼。悪鬼。悪魔。鬼畜。きゃー、犯されるー。」
「お、犯すかぁ!? ってか仕事してくれって言っただけでそこまで言うか!?」

 非常に不本意な台詞に反論している間に、彼女はもそもそと動いて掛け布団を回収しようとする。

「じゃ、後よろしくー。私寝るから。」
「またかちょまてこら、かぐやぁあ! くそっ、飯抜きにするからな!」
「……それは、ひきょうじゃないかしら?」
「ははははははっ! だからどうした。」

 切り札を切る。いくら不死身(?)とは言え、お腹は空くだろうし、もちろん食事はする。そしてこの状況ではシンが何とかしなくては食べる物が無いのだ。これで駄目だったら諦めるしかないのが悔まれる。

「というかあなた料理出来るの? え、変な意味じゃないわよね? ゲェーハハハー、お前もこの俺が料理にしてやろうかーーーー!? とかそんなんじゃないわよね。」
「……なんでみんなそう言うんだろうなぁ……俺、ここに来てなんかしたか?」

 この調子だと優曇華やてゐ辺りにも言われそうだ。うさぎ鍋でも作ってやろうか、と考えて流石に洒落になってないかと思い直す。

「うどん因幡、全裸、パイタッチ。それに目つき悪いし。」
「いや、なんでそれが俺=料理出来ないになるか。後、目つきは生まれつき……じゃないかもなぁ。」

 ルナマリアやメイリン、ヨウランなんかはともかく、レイまでもが昔の自分の写真を見て目を丸くしていたのを思い出す。まあ、仕方ないか、とは思うのだ。納得はいかないが。それにしても自分の思い出ってこんなんばっかか、とシンが頭を捻っていると、

「変態が料理上手いってのも……あと、貧相なんだっけ? 何がかは永琳が教えてくれなかったけど。」
「ごめんなさいごめんなさいすみません、俺がわるうございました。でも別に俺性犯罪者じゃないし、ついでに言うと貧相でも変態でもねえよ!」
「じゃあ、ご飯の用意お願いね。」
「はい、もう全部俺がやるんでってどーしてそーなる!?」

 危なかった。輝夜が指折り数えた事柄に対する、なんとも言えない罪悪感に押し負けてつい納得してしまうところであった。とりあえず永琳は後で問い詰めると心に決めるが、かわされる可能性の方が高い事にシンは気付いていなかった。

「ちっ。」
「仮にも姫が露骨に舌打ちすんなよ……あー、まあ、お前には家事なんて出来そうにも無いしなぁ。」
「そ、そそんな事無いわよ?」

 よくよく考えれば普段から何もしていない彼女に、いきなり家事をしろと求めるのも酷だろうか。一応姫との事だから、逆に何か仕事をする方がおかしいのかもしれない、と考えてシンは笑う。まあ、これは釣りなのだが、と。

「だってあんた普段から何もしてないし。」
「それは姫だし……」

 姫、という単語を聞いて思い出すのはオーブの馬鹿姫と、プラントの歌姫ラクス・クラインだろう。どちらにも碌な思いでは無いが。

「俺の知ってる姫ってのは、全力で前線に出てきて撃ってもいいのですとか言い出すか、なんか昔ゲリラに参戦してたとかばっかなんだが……」
「それは……逆に駄目じゃないの?」
「……だよなぁ。」

 輝夜の返答に頷く。よく考えればカガリ・ユラ・アスハにせよラクス・クラインにせよ、不思議と他人事のように考えている自分がいる事に気付いた。色々とあった事を思えば、おかしな話だったが、しかしこれでいいのだろうと自分を納得させる。少なくとも自分にはあの世界に帰るつもりは、余り無いのだから。

「で、どーするの?」
「へ?」
「いや、へじゃなくて。わたしに何させる気なの?」
「……え、手伝ってくれるのか?」

 少し感傷に浸っていると、痺れを切らしたように輝夜の方から声を掛けてきた。しかも想像もしていなかった内容を、だ。

「そう言ってきたのはあなたでしょう。光栄に思いなさいな、わたしに家事をさせた男なんてこの1000年で始めてよ。」
「……それ、褒めてないよな?」
「当然でしょう?」

 注意して見れば、こめかみに心なしか青筋が立っているように見える。そこまで家事するのが不満なのだろうか、この御仁は。いや、兎にも角にもこうして手伝ってくれると言っている事に感謝しなければいけない、と前向きに考える事にした。

「とりあえず、ありがとう。」
「ええ、感謝しなさいよ。ええと、こういう時はどういえばいいんだっけ? べ、別にあんたのためにやってあげるわけじゃないんだからね?」
「……誰だよ、そんなアホな事教えたの。」
「え、因幡の……ほら、ていだっけ?」
「てゐな。」

 うさぎ鍋、本当につくるかなぁ、などと考えつつ。しかしそれを実行すれば、優曇華との間にある溝が決定的なものにもなりそうだったので想像に留める。

「とりあえずもう昼も近いし昼飯作るか。」

 呟き、輝夜を引きずりながら移動を始める。昼食を作って、それを食べた後、時間があれば掃除をしようと考えながら。同時に、冷静になってきた頭で気付く。今更ではあった、これ永琳にバレでもしたら、自分は殺されるんじゃないだろうかと、脳裏に浮かべた想像は冷や汗となって身体に現れる。

「……まあ、考えてもしょうがないよなぁ。」

 なるようになれ、だ。なんでこんな事になってるのかわからなかったが。

「どうかしたの?」
「いや、何でもない。何でもないんだ。」

 ……本当に。ケセラセラ。なるようになっちまえー、うわーん。

「そういやライターも無いんだよな……マッチとかも無いのか?」
「どうだろ? 永琳なら知ってるかも。」

 いざ料理と相成って、暫くは準備やらなにやらで気付かなかったのだが、当然の様にこの壁にぶち当たる。ガスや電気が通ってる調理環境があるわけもなく。と、なると火を起すのも自分の手で行わなければならなくて、こうして考えると文明の利器というのは凄いものだと気付かされる。ビバ科学。


「……使えねえ奴。」
「な、なによぅ! ちゃんと手伝ってるじゃない!」
「米洗うのに石鹸使うとかベタすぎる。」
「……し、知らなかったんだもん。仕方ないじゃないっ。それにちゃんと教えてもらいながらでも出来たんだし!」

 目を離せば何かしら起きるのだから、付きっ切りで教えるしか無いだろうとは口に出さないでおく。実際、先ほどの大丈夫という言葉が本当だとは思っていなかったのに、勝手に大丈夫だと決め付けていたのは自分なのだ。迂闊さが悔やまれて仕方ない。

「まあ、確認しなかった俺も悪かったしいいけどさ。」
「ほら、わたしは悪くない。」
「うっせ。とりあえず火起こさないとな。」

 何故か踏ん反りかえる輝夜を横目に、しゃがみ込んでかまどの中を覗き込む。木はある。鍋などの調理器具もあったし米も水もある。ついでにいうと味噌などの調味料に野菜なんかもあったので、その気になればちゃんとした昼食を作ることは不可能ではなかった。火さえあれば、だ。料理の基本は火。熱。火力。それを自由に使う事が出来る環境というのは確かに有り難いものだったのだ。失ってそれを痛感するのがもう何度目になるかわからないので、とりあえず溜息。そうして、どうしたものか、とシンが頭を捻らせていると

「はい、火。」
「あ、どうもどうも。助かりま……って、あれ?」

 ずいっと目前に差し出される誰のとも知れない手。輝夜ではない。そして立てられた指先には、小さくとも確かな温かさを伴った火がちろちろと燃えている。

「火が……指に?」

 ありえない、そんな言葉が頭の中で浮かんでは、ここが幻想郷という地だという現実の刃に叩ききられて行く。ああ、そうだ。人のようなうさぎがいて、不老不死の人間がいて、そいつらは空を飛び――――見たことは未だに無いがもう疑うのがもはや馬鹿らしくすらある――――なんか手からビームとか撃ったりするのだ。今更指先から火が出せる奴の一人や二人いても……

「おかしくない……わけあるかぁ!?」
「って、何であんたがここにいるの妹紅!」
「おわっ、何よ、いきなり二人して叫んで。」

 叫ぶ。何故か知らないが自分の背後にいた輝夜すらも同様に。逆に闖入者が驚く結果となってしまう。視線を横に向ければ少しのけぞり耳に軽く手を当て――――火は既に消えていた――――非難めいた視線を送る、一人の少女がいた。髪は白に近い銀、それを腰よりも更に下に伸ばしている。頭頂部辺りの大きめのリボンがやけに目に付いた。

「何がおかしいのさ? 後、輝夜ー。何でって言われたら、何となく来てみたら誰もいなくて、遂に夜逃げでもしたのかなーって思ってたらこっちが騒がしかったから、かな。」
 そこまで言った後、この少女――――輝夜が妹紅と呼んだがそれが名前なのだろうか――――はにししと口の端を歪めた。

「にしても、あんたが料理……ねえ?」
「な、何よっ。」

 じっとりと舐めつけるように、少女が輝夜に視線を送る。今の輝夜は料理するには邪魔と言うことで普段着ている服の裾の部分を、たくし上げていたり、着るのが始めてとかのたまっていた記憶があるエプロンを着ていたりしている。

「いやぁ、べっつにぃ?」
「は、腹立つぅ! こ、こいつ相変わらず腹たつう!」

 今にも怒り狂いそうになっている輝夜とは対照的に、その少女は遂にくすくすと笑いだしてしまう。このやり取りを心底楽しんでいるような、そんな笑い。

「おーい、輝夜さん輝夜さん? お前仮にも姫だろうに人前でそんなんでいいのか? 俺からしたら今更なんだけど。」
「こいつは特別っ! こ、殺したくなってきたっ……!」
「明日は雨か。こんなに晴れてるのに……洗濯しとかないとなぁ。」
「まだ言うかーー!」

 いまだに笑いを続けているこの少女は何なのだろうか、とシンは輝夜を宥めながら考える。親しげ、というにしては妙に物騒な単語が先ほどから頭上を行き交っている気がするのは気のせいだと思いたい、切実に。というか、この少女が何者なのか、それが気になっていた。輝夜と対等の様に会話しているので、少なくともこの屋敷で働いている誰か、なんて事はない様だった。となると、友人なのだろうか。それにしては険悪の様な気もしないでもない。

「で、二人は友達か何かなのか?」
「……友達、ではないわよね?」
「そうだな。まあ、腐れ縁?」

 聞いて見ると言い合い、というよりは輝夜が一方的に叫んでいただけなのだが、それがぱたりと終わる。一瞬視線を交し合ったかと思うと、互いに首を傾げながらこちらの問いに答えた。

「なんで疑問に疑問で返すんだあんたたちは。」
「いや、だってー。」
「最近はしてないけど結構最近までしょっちゅう殺し合いしてたしなー。」

 銀髪の少女の言葉に輝夜がなんでも無い様に頷く。

「……殺し、合い?」

 が、シンとしてはそうではなかった。殺し合い。相手の死を目的とした戦闘行為。

「って言っても、わたしもこいつも殺しても死なないんだけどね。」

 そういえばそうだった。輝夜は既に聞いていたが、この少女もそうなのだろうか。彼女の言葉通り死なない人間。死ねない、人間。だからといって死ぬ事がそんな簡単でいいのだろうか、という疑問は浮かんだが、それについて考える間も無く声をかけられた。

「とりあえずちょっと輝夜の奴借りてっていいかね? すぐ返すから。えーっと。」
「シン、シン・アスカだ。シンでいい。それと別に急いで無いから火も併せて大丈夫。」「了解了解。私は藤原妹紅だ。妹紅でいいぞ。」
「え、わたしが行ってる間にご飯作ってくれないの?」
「いや、折角だし料理くらい出来るようになれよ。」

 全ての家事を、なんて言わないが、1000年間そういうのと無縁に生きてきたのだろう。考えもしなかったのかもしれない。それで問題の無い立場に居たのだから。でも、たまにはこういうのもいいんじゃないだろうかなんて思う。ちらりと見た輝夜は不満そうな視線をこちらに送ってきていたが。

「えええーー。」
「ははははは、いや、おもしろいね! こいつが料理なんて今まで誰も考えなかったからさ。いいよ、凄くおもしろい。ねえ、輝夜。私も教えてあげましょうか?」
「絶対いや!」

 それとは逆に、本当に愉快極まる感の妹紅は、ツボにはまったのか暫く笑い続けていた。

「行ってこいよ。材料見て何作ればいいか考えとくから。」
「じゃあ、悪いね。」

 手を振りつつ、まだ笑いが顔から抜けきっていない妹紅が輝夜の手を引いて厨房から消えていく。シンは何故か脳内に流れた旧世紀の市場に売られていく子牛の悲哀を謳った曲を口笛で吹きながら、

「まずご飯炊いて……お、豚肉あるな。大根に人参に里芋に……味噌も確かあったし。プラントにはあんまり無かったからなあ、こういうの。よし、ここは豚汁で決めよう。うん、いいぞ、悪く無い。豚の生姜焼とかは……豚と豚でだぶってしまうかな。」

 三人分の材料を揃える事に腐心した。

「……で、何の用よ。」
「ん、近くまで来たから様子見に来ただけってのじゃ駄目なのか?」

 ある程度厨房から離れたところで、輝夜は妹紅の手を振り払い、少し不機嫌そうに疑問を口にする。それはここ2~3ヶ月ほど顔を見せていなかった妹紅がいきなり現れた事もあったし、ここまで彼女を連れてきたことも理由の一つであった。

「駄目じゃないわ。でも、そんなのあなたらしくないと思うのだけど。」
「正直私としても驚いてはいるんだ。お前を殺すって以外の目的でここに来るのがさ。」

 肩を竦めて妹紅。妹紅が言うのもその通りであるし、そもそもこうやって輝夜と妹紅の二人が、何もせずにただ話すという状況自体が稀有なものだった。この場に優曇華がいれば目を丸くしただろうし、妹紅の友人である半獣人がいれば奇跡だと感涙したかもしれない。

「今日はさ、ちょっとした報告をと思ったのよ。」
「報告?」
「ああ。最近は人里で警備したり、寺子屋で慧音の手伝いしてたまに真似事とかもしたりしててさ。まあ、結構楽しんでる。」
「……そんな事をわざわざ? 憎んでるわたしに?」

 理解が及ばなかった。彼女と輝夜の関係はそんなものではないはずだった。それが半年前にあった数日に渡る殺し合いの後、少し変化を見せたとはいえ、だ。それからも数度会ったが、今の妹紅からは感じるイメージがその頃と違っていたように輝夜には思えた。なんというか余裕が感じられる。

「それは変わらないけどな。まあ、でも何日もずっとお前とやり合って、最終的に二人してダウンして。それから考えて、そればっかりってのもどうかと思った。それだけよ。」

 もう一度妹紅が肩を竦める。彼女に何があってこうなっているのかは輝夜には果たしてしれなかった。もしかしたら先ほど行っていた寺子屋の手伝いなんかをしているうちに色々と考えたのかもしれなかった。ただ、それとは関係なく、少しだけ寂しく感じてしまっているのは何故だろうか。この、置いていかれるような、感じは。

「こっちからも一ついいか?」
「何よ?」
「あの、シンだっけ? アイツは?」
「ああ、最近この辺りに落ちてきた外の人間。一応、怪我の治療のためって事でうちにいるの。」
「……お前らはそんな奴に家事やらしてんのか?」
「もう大体治ってるらしいからいいんじゃないかしら?」

 呆れたように妹紅が言う。だが、それを言えばこの屋敷の主である自分を、叩き起こし、家事なんかに従事させる客がいるものか、とも思ったが。

「それにね。死にたいって言ったのよ、あいつねー。」
「あー……」
「うわ言だったけど、でもだからこそそれは本心でしょう? そんなの、わたしの前で言うなんて、許せないじゃない。」
「うん、それはシンが悪いわね。あんたの八つ当たりでもあるけど。」

 死ねない、というのはある意味では苦痛なのだ。死ぬような目にあっても死ねないから体が治るまで死ぬような痛みが続くのだし、終わりの無い時間は感覚を鈍らせ心を磨耗させる。これは輝夜にしろ妹紅にしろ、同じ事である。

「まあ、放っといたら死にそうだし、なんか腹が立ったからとりあえず目の届く所に置いとこうって。」
「で、そいつに料理とかさせられてるわけか。」
「……なんでだろーなー。わたしそんなに威厳ない?」
「ない。」
「うぅ……」

 わたしなんて、わたしなんてー、と泣き崩れてしまいたくもあるが、我慢する。

「さて、そろそろ戻ろうか。あんまり待たせるのも悪いでしょ。」
「……ねえ、妹紅?」
「ん?」
「あなたはもうわたしを殺しにこない?」

 なんとなく、聞いてみる。

「どうだろうね。わからないけど。ま、気が向いたら……また盗られるのも嫌だから干し柿でも持って遊びに来るわ。」
「そう。じゃあ、お茶でも用意さして待ってるわ。」
「下剤入りの?」
「ええ、もちろん。」

 顔を見合す。小憎たらしい顔がそこにある。もう何年も自分を殺すと叫び続けた女の顔が。激しい憎悪を刻み続けていたその顔が、楽しげに笑っている。ああ、きっと自分も似たような表情をしているのだろうなんて考えながら、笑う。肩を揺らして、横隔膜を震わせ、笑う。そして――――

 拳が振り上げられる。同じタイミングで自分も同様に拳を握りこんでいた。
 そして、打ち放つ。体重を乗せた己と相手のそれが、見事に互いの頬に直撃する。

「こっちがいい事言ってるのに、なんでお前はそうなのよ!?」
「うっさいわー! なんか今日ずっと思ってたんだけど、妹紅の癖に生意気すぎるっ!」
「譲歩してもうちっとマシな関係になろうと思った私が馬鹿だった!」
「そういう考え方が生意気だって言ってるのよ! やーい、ばーかばーか!」
「こ・の・お・ん・な・はぁあああああ!!」

 苛立たしげに地団駄を妹紅が踏む。これでいい、と思う。これ位で自分達は丁度いいと。こうやって憎まれ口を叩きあって、喧嘩をして、これでいいんだと。妹紅は変わろうとしているが、急激に変化できるほど人というのは上手く出来ていないのだ。だから、少しずつ変えていけばいいと思う。どうせ時間は持て余すほどある。それだけは今までと変わらない。自分たちの関係が変わっても、それは変わらないのだ。
 両手の指をそっと伸ばして妹紅の真っ白い頬を摘む。

「にゃ、にゃにするっ!」
「まあ、好きな時にいらっしゃい。歓迎するかどうかはさて置いて、あなたに閉じる門をわたしは持ってないから、ね?」

 自分も変わるのだろうか。唖然としている妹紅を見ながら思う、この自分の所為で永久を生きる苦しみを得てしまった彼女のように。
 ふと、自分の今の姿を見下ろす。普段はしないような装いだった。今までこんな風に料理をする、なんて事は無かったのだが。シン・アスカ。彼と出会ってまだ三日だが、この1000年と少しという長い時の中で、やったことも無い事をしている。正確にはさせられている、だが。あんな風に自分に家事をさせようとする人物なんて、永琳を除けば生まれて始めてかもしれない。これもまた変化なのだろうか。

「ふぁにふぇんなふぁおひへんふぉよ。」
「何言ってるかわからないわもこたん。」
「もこたんって言うなーーーーー!!」
「ふふふっ。さあ、シンも待ってるだろうし、そろそろ戻りましょうか。」
「こらっ、待て輝夜!」
「あなたも食べてくでしょう?」
「……毒見はごめんなんだけど。」

 まあ、とりあえず、今はこんな感じでいいと、輝夜は思う。



 ぴちょん。水洗いを終えた野菜から落ちる水滴の音がやけに大きく耳に聞こえた。目の前には3人分よりも少し多いくらいの手付かずの食材がある。それを眺めながらシンは呟く。

「俺、忘れられてないか? 別にいいけど。」

 時刻は既に昼を過ぎつつあった。窓から差す日差しの心地よさを感じつつ、相変わらず憎たらしいくらいに晴れている空を眺め、シンは大きく息を吸ってから、溜息を1つ吐いた。

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最終更新:2009年11月23日 20:12
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