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日々、伝承の隣で

「うーん」

 鉛色の巨大な塊の上に胡坐をかき、そして腕組みをしながらシンは唸っていた。
 季節は秋を通り過ぎてもうすっかり冬となり、冷えて澄んだ空気で満ち満ちている。
 そんな寒空の下、シンは大きな塊の上に居た。
 シンの下にある巨大な塊は、近くで見れば巨大な金属の塊にしか見えないだろう。何故かと言えばそれのサイズが大きすぎるから。少し距離を離してようやく形を見て取れる。
 それは巨大な銃だった。砲ともいえる。
 名称はケルベロス42。長射程ビーム砲の後継に当たる兵装で、二段階に伸びる増加砲身により、”名前”の元になった存在の様に”三”種類の銃口(首)を持つ射撃兵装だ。
 この兵装は複数の砲身以外にもいくつもの武装が組み込まれている。展開も取り外しも可能な実体ナイフ兼ビームサーベル。可動アームに取り付けられた実体盾と、そこに仕込まれた大型ビームシールド発生機。また銃身に更にもう一つサーベルの発振器を持つ。
 これだけあれこれ詰め込めば無論扱い難くもなる。だがデスティニーという機体に与えられた”あらゆる戦況に適応する”という頭の悪い思想。それを実現するためには欠かせない武装であるといえよう。
 さて、その武装の持ち主であり使い手でもあるシンは眉を寄せて未だ唸っている。大砲は普段の様にシン自身が持つのに相応しいサイズではなく、MSとして使用するための巨大なサイズだ。
「う――ん」
 唸る。
 シンの眼前には、持ち上がった鉄板がある。それはフタだった。大砲の各部に設置されたメンテナンス用のハッチが開け放たれているのだ。そもそもそれを開けたいからこそ、大砲を元の大きさに戻している訳だが。
 今現在は普通に開け放たれたメンテナンスハッチ以外に、各部が少し取り外されて内部がそれなりの範囲露出している。
 大型の機械の中身に何があるか。それは小さい機械である。大きな機械は小さな機械で構成されているものだ。
「う――――ん」
 無数の部品が一切隙間なく詰め込まれている、大型ビームライフルの内部。その中を、不可思議な文字と思しきものがぼんやりと赤く発光しながら常時駆け巡っていた。
 見ていて、シンはなんとなく血管を思い出す。
 隙間や部品の上を、細い光のラインがいくつもいくつも這っている。幾筋も幾方へも伸びるそれは、よく見れば文字の様であるし、記号の様でもある。赤く光ってはいるが光続けている訳でもなく、時折明滅している。まるで鼓動しているように。

「どうなってんだ、これ…………」

 深い溜息を吐き出しながら、シンは荒んだ瞳で呟いた。頭を抱えてやや前傾姿勢になり、そのままわしわしと黒髪を掻き毟ってみる。しかしながら現実逃避しても問題は解決しない。むしろ解決が先延ばしになるだけである。
 ライフルの調子に違和感を感じ、何かトラブルかと文字通りフタを開いて見ればご覧の有様である。サイズの変更が利くようになった以外はそれまで通りだった筈の大砲、その中身は何時の間にかとてもファンタジーなモノに変わりかけていた。
「何時からこうなってたのやら……」 
 とはいえ、考えてみればある程度の変化は当然なのだろう。シンがこの機体と共にこちらの世界に流れ着いてから、既に二年が経とうとしている。その間個人で出来る範囲のメンテナンスや調整こそしてはいたが、本格的な整備など一度も出来た事が無いのだ。
 MSは外見こそ武骨な人型兵器であるが、実際は見た目の何倍も繊細である。定期的に整備してやらねば当然機能に支障をきたす。しかし幻想郷にMSを修理調整できる環境など存在している訳がない。それに元々人間の科学水準はそこまで高くない世界である。
「……いや、もうそんな問題じゃなかったか」
 こちらに来てからシンは何回か大怪我をしている。
 生き延びているのか不思議なくらいの規模の怪我を何度か。そしてその度に、それに付き合わされるデスティニーも大破寸前まで追い込まれているのだ。
 それがおかしい。修理できる環境が無いのだから、本当は最初の一回でもう終わっている筈なのだ。実際今シンの下で転がっているライフルだってもう何度も大破している。

 けれど、直る。

 壊れた機体も、武器も。まるで傷が癒えるように、さも当然の様に元通りになる。無論瞬間的にという訳ではなく時間はかかる。それでも大体シンの怪我が治るくらいには並行してデスティニーも直っている。
「今更なんだよな、っと!」
 カバーを付け直してメンテナンスハッチを閉じる。赤い光が大砲の継ぎ目を駆け巡り、大砲自体がその場から掻き消えた。
 そうして何時もの様にシン自身が使うのにちょうどいいサイズになった大砲が、左腕にある。数回軽く振ってみる。何度か適当なモノを狙って照準を付ける。
 何時も通り、昔通り。この辺りはMSだった頃から大して変わっていない。金属音を鳴らしながら砲身が一段階展開した。更にもう一段階。最大展開モード。

 銃口を天に向けた。

 時刻は夜明け前。妖怪の時間と人間の時間の間。どちらでもないし、どちらでもある時間。シンはこういう”間”の時間が割と好きである。理由は静かだから。
 ともかく。実際に撃つつもりは余り無いが、万が一があっても誤射の心配はないだろう。
 発射の用意を開始した。
 熱量が長い砲身に蓄えられ、光の帯を吐き出す為の用意が確実に整っていく。この攻撃手段は一応スペルカード化している。
 ”輝砲「ケルベロス42-フルブラスト」”
 ただ、用意してあるだけで使う事は滅多に無い。一応これが現在のシンの”手札”の中で最強の火力を持つのだが、いかんせん他に比べて圧倒的にタメが長い。
 それにこれが当たったからって平気な顔する連中はここにはわんさか居るのだ。至近距離で撃たれたにも関わらず、そのまま妖気パンチでビームも砲身も突き破ってくる輩が普通に居るのである。動きを制限してまで撃つには少々リスクが高い。
 余計な事を考えている内に、発射の用意は整った。
 後はトリガーを引けば、明るさと暗さが同居する世界に場違いな光の帯を一本作る事が出来る。
 前はここまでだった。
 設定された以上のエネルギーが注がれれば砲身が耐えられないのだから当然だ。でも今は違う。規定値はとうに超えているのに、更に熱量が増加していく。
 むしろここからが本番だと言わんばかりに砲身が震え出す。
 実際に震えている訳ではないが、そう感じさせる。やがて赤い光が漏れ出し、砲身からはらはらと零れ落ちていく。
 またそれとは別に、砲身の周囲で赤光が灯る。それは緩やかな動きによって、宙に何かを描き出す。まず最初は砲身をぐるりと回り、一つの大きな円を描く。それから更に描画は進む。円の端から中央にかけて何本も線が伸び、曲がり、うねり、何かを描く。

 打ち切った。

 光がふいに消える。充填され続けていたものは排出される。光が止むのを待たずに砲身をガチンガチンと音を鳴らして折り畳む。僅かに残った光の残滓を払いのけるようにライフルを握った左腕を数回振った。
「やっぱり出るな……魔法使いになった覚えは無いんだけど」
 シンには魔法の専門知識は無いが、知識自体が無い訳ではない。魔女が棲む図書館でちょっと手伝いをしていた経験があるので、その際に少しだけ目にした程度だが。
 少なくとも、さっき砲身の周囲で描かれようとしていたものが魔法陣――もしくはそれに類するものだとはいう事は判る。
 ただ判るのはそれだけだ。さっきの陣がどういった効果を持つのかとか、何故発生したのか、それらの肝心な事はまるで判らない。
「しょうがない」
 ライフルが溶けるように消えた。背中の翼をシャガリと広げながら、シンは大きく伸びをして、それから目当ての建物がある方向へ身体を向ける。
 分野は判ったのだ。そしてこれ以上シン自身には何も判らない事が判っている。
 ならば。

「専門家に聞いてみるか」



――/日々、伝承の隣で/――



 幻想郷縁起という書物がある。

 主に妖怪への対処法を記し伝えることを目的とするそれが最初に発行されたのはもう千年以上前の事になる。時代が移ろう度にその内容も変化を続けているが、変わっていない物がある。
 それは”執筆者”だ。
 幻想郷縁起をまとめているのは厳密に言うと同じ人間なのである。無論人間の寿命はそんなに長くは無い。伸ばす方法はいくつもあるが、そのどれかを用いている訳でもない。
 転生。
 ”書き始めた最初の一人が死んで生まれを繰り返しながら追記し続けている”のである。最初の一人をから延々と。今の世はその順序で九代目。
 稗田阿求という名の少女である。

「あっ」

 その阿求が小さく声を上げた。最初の一人――稗田阿礼の続きである彼女は、阿礼本人であるとも言えるし、そうでないとも言える。
 同一の存在として生まれ直してはいるのだが、何から何まで阿礼本人と同じと言う訳ではないのだ。共通するのは総てではなく幾つかのみである。
 一部の記憶と、見聞きしたものを忘れないと言う能力。そして転生と言う仕組みに入っているが故に短命であると言う事。
 そしてそれが何かしら及ぼしているのか、阿求はそこまで身体能力は高くない。まだ幼いと言う点を差し引いても、同年代と比べては確実に低い方だろう。ただその分知識は年不相応であったが。
 今現在。
 阿求は道端の石っころに躓いて思い切り前につんのめった。通常ならばそのまま地面に倒れ伏すのだろうが、現状はそうではない。僅かに前傾になった程度を維持している。
 不自然なその光景はさほど時間をおかずに解消された。阿求の身体が後ろに引かれ、転ぶ前の――直立の体勢へと復帰する。
「…………やっぱバランス悪いな、調整しないと」
 倒れかけた阿求の首根っこを”引っ掴んで引き戻した”人物がぼやくように呟いた。阿求が振り向くと、人が一人。黒髪に赤目、服装は和洋と赤黒が入り交じったような何処か中途半端という印象を持った衣服。その上に灰色の外套を羽織っている。外套は防寒着なのだろうか。それにしては着込むというよりもただ羽織るだけのようだが。
「ありがとうございます」
 容姿のみで判断すれば年の頃は少年もしくは青年の辺り。顔立ちは悪くないがあまり良い目つきでない――というか微妙に悪い。
 けれども相手がどんな容姿であれ、助けられたのは事実である。阿求はぺこりと頭を下げながら感謝の意を言葉にした。
「気を付けろよ」
 それだけ言って、少年は踵を返して歩き出した。
「ああ、すいません」
 阿求はそれを呼び止める。
「ん?」
 気のせいか振り向くのが随分と速かった気もするが、阿求は特に気にせず言葉を紡ぐ。
「あまり見かけない方ですが、何かお探しですか?」
「ああ、ちょっと家探してる。稗田――幻想郷縁起出してるとこの家」
 少年の言葉が予想外だったので阿求が目を丸くする。
 その様子に少年は首を傾げた。どうもそのまま歩き出しそうな感じだったので、阿求は心中で少し慌てつつ、けれども平静に言葉を紡ぐ。
「それはまた何故?」
「ちょっと頼み事があるんだよ」
「わかりました。では私が案内しましょうか、助けていただいたお礼の代わりに」
「礼されるほど大したことしてない気はするけど……じゃあ頼むよ」
「ではご案内しますね。用件の方は――家に着いてから、紅茶でも飲みながら改めてお聞きしましょう」
「はあ?」
「申し遅れました。私、”稗田阿求”と言います」
 阿求の言葉に間抜けな顔で間抜けな声を発したシンに対し、阿求はにこやかに笑いながら自己紹介をする。今度はシンが目を丸くした。

「シン・アスカさん――でいらっしゃいますね?」

///

 あれからどれだけ時間が経ったのか。

「宇宙に人が住んでいると?」
「ああ。コロニーって言って、重力とか、酸素とか――まあとにかく人間が生きるのに必要なモノを作り出せる装置を詰め込んだデカイ筒だな。それが宇宙に浮かんでる」
「どうしてそんな物が必要になったのでしょうね」
「宇宙に欲しいものがあった、宇宙でしか出来ない事があったからって所だろ。まあ俺の世界はコーディネイターの隔離というか、区別的な意味もあったのかも」
「こーでぃねいたー?」
「人間は遺伝子ってものに記録された設計図で作られる。髪型とか、性格とか、そういうのは大体遺伝子で決まる。で、それに予め手を加える事で予め高い能力を持たせたり、望む容姿に調整した人間をコーディネイターって言う」
「そんな事まで可能だと。それにしてもやはり随分と技術の高い所から来られたのですね。宇宙に人が住める世界があるなんて」
「そんないいものじゃないぞ。宇宙は見上げるに限る。実際漂ってみれば解るけど、相当味気ないからな」
「ふふ。でも一度やってみたいですね。星空を漂うなんて。なんだか素敵な響きじゃないですか」
「止めとけ止めとけ。星屑に当て逃げされたら、MSでも乗って無い限りそのまま撃ち落とされるぞ」
「もびるすーつというと、この?」
「ああ。アンタの頭の上のそいつが”それ”だな。刹那達の方の基準は知らないけど、俺の世界だとモビルスーツってのは、宇宙で人が活動する為の”服”がそもそもの始まりで――あ、でもアンタこいつが元々どういう姿かってのを知らないから解らないか」
「伝聞で。おおよそですが」
「以外と広まってるのな……まあいいや。ともかくそれがMSにとっては本来のサイズだ。最初は本当にただの服だったけど、それからより大がかりな事が出来るように――ってどんどん膨れ上がっていって、そのサイズまで辿り着いた。人型なのはその名残だろ。まあ、途中からは完全に兵器として認識されてたけど」
「つまり、あなたのそれに乗せてもらえば安全に星空を漂う事が出来るという事ですね」
「いいや無理だよ。デスティニー単体じゃまず宇宙に出れない。それに定員は一名だ。アンタ乗せる空きが無い」
「中は随分広いとお聞きましたよ?」
「………………乗るとこは一人分の空きしか無いんだよ」
「ふふ、わかりました。そういう事にしておきましょう。でも万が一空きが出来た際にはひと声お願いしますね」
「だから宇宙まで単独じゃ出れないって言っただろ。それにデスティニーの世代はもう完全に”兵器”だ。アンタみたいなのが関わるには向いてない」
「家の建て直しを手伝えるのなら、私一人運ぶ程度容易なのでは?」
「……………………………………何で知ってんの」
「さあ何故でしょう。紅茶を淹れてきますが、お飲みになりますか?」
「いらない」
「解りました。お砂糖は一つですね」
「意見聞く気が無いなら最初っから聞くなよ!!」

 頭の上にフルメタルプラモデルを乗せた小柄な後ろ姿が見えなくなった所で、シンは短く息を吐く。上を向いて右手でぐりぐりと目頭を揉み解し、それから視線と腕を再度下に落とす。
 デスティニーはさも当然のように少女の頭の上に乗ったまま付いていった。普段はシンの頭でそれなりの重量を発揮しつつ乗っかっているが、近くに誰かいると居場所を移動したりする。ちなみにアレはシン以外の人間の頭に乗ったりする際には自重を酷く減らすというとても厄介な特性を持っていた。
 解りやすく言うとシンの頭の上に居る時は鉄製で、他人の頭の上ではプラスチックだ。全くメカの癖に酷い捻くれ者である。一体誰に似たのだろう。机の上に置かれた本――というより書物とでも言うのかもしれない。それの頁を右手でぺらぺらとめくる。その速度は流し見しているには遅く、じっくり読んでいるというのには速すぎた。
 室内にはぺらりぺらりと紙をめくる音のみが残る。
 シンの手元にあるのは稗田家が長くに渡ってまとめてきた資料、その一端である。同類のものはシンの両脇にもいくつか塔の様に積み上がっていた。右側が未読で、左側が既読である。
 シンが今読み進めているものも、また傍らに置かれているものも、総て内容は妖怪に関するものだった。元々まとめ始めた理由が妖怪に対する対処法の伝聞なのだから、当然かもしれないが。
「…………」
 別に何か呟く事も無く、シンは黙々とそれに目を通し続ける。内容は酷く多彩だった。ともかくひたすらに書き留めてあるだけで、整理されている様子はまるで無い。それも構わずに読み進められていく。何も全部を完全に読み込む必要は無いのだ。基本は流し、知りたいものに出会った時だけしっかり読めばいい。
 そんな風にまた一冊読み終えて、持っていた本を左側の塔の一つに積む。そして右側から別を一冊手に取った。眼前の机に置き、先ほどまでと同様に右手でぺらぺら頁をめくる。

 しかしまあ、なかなか奇妙な状況だった。

 そんな事を資料に目を通す行為と並行しながらシンは考える。
 元々この家を訪ねたのは、資料を見せてもらうのが目的だった。ちょっと訳あって今のシンは運び屋休業モードなのである。空いた時間を生かす、というか潰すために何かないかと考えた結果がそれだった。
 経歴上全く未知の存在である妖怪、その生態について知っておくのは損ではないだろう。それにこういったデスクワーク的な物は動き回る事よりも苦手なので、時間が潰れると踏んだのである。
 資料の閲覧も特に支障なく許可は下りた。無論見せられる範囲でとの事だが、それは別に構わない。
 ただ誤算はいくつかあった。シンが今居るのは阿求という少女の書斎――ある意味仕事場ともいえる部屋となる。此処に居る事が条件のようなものだったからだ。
 資料を見る許可は下りたが、持ち出す許可は下りなかった。これはまあ想定していた。きちんとした家でもあれば別だが、シンは基本野宿である。借り物である資料を破損したり紛失するのはよろしくない。ただじゃあどうするかというと、どうしようもなかった。人里にも宿の類はあるから、そこで部屋でも借りればと思いつきこそしたものの、そんな金は持っていない。
 さてどうしようかと呟くと、阿求から一つ提案を持ちかけられた。資料に加え、それを読む部屋を貸すので、代わりにシンから話を聞きたいと。
 何故阿求がそんな事を言い出したのか、その本意はシンに解る筈もない。根拠のない推測だが、純粋に他の世界について興味がある、もしくは幻想郷縁起を出している人物であるが故の好奇心、そんな辺りだろう。
 とはいえ最初そう言われた時、シンは返事を渋った。
 そこまで世話になるのは気が引けたからだ。とはいえ他に代案も無く、更に阿求は追撃変わりに一冊資料を取り出して、広げて見せた。

「読めますか?」
「……その位なら何とか」
「難解な表現も無数にありますが、わかりますか?」
「…………………………」

 そして今に至る。
 貸してくれる部屋というのが阿求の書斎だとは思わなかったが、その後の質問攻めから察するに別の世界に余程興味があったのだろう。
 とはいえ確かに渡された資料はシンには少々難解であり、解説役がいなければ興味深い記述のほとんどが読めなかったに違いない。
 その点を考えると、今の状況は合理的だといえた。阿求にしろシンにしろ、互いに聴きたい事がある訳だから。
 以降は阿求と会話しながら延々と資料を読み耽る日々である。
 会話し通しかと言うとそうでもない。阿求も何かしらやる事があるのだろう。ただ作業が一段落し、口を開けるようになるとあれやこれや聞いてくる。故に経った日数の割に話した内容はさほど多くは無い。ただ話した時間の割に喋った内容は多かった。
「……随分速いな」
 床の軋む音がした。おそらく阿求が戻ってくるのであろうが、それにしては速すぎる。今迄から考えるにもう数分はかかる筈だった。
 大体シンの予想通りのタイミングで阿求が向こうからひょっこりと顔を出した。同時に阿求の頭の上に居たフルメタルプラモデルがこっちに向かって突進してくる。
 右手を突き出し、空中で鷲掴む。この位は避けれるが、避けたらふすまに突き刺さる。
「すいませんが少し出かけてきます。お茶は待ってもらってよろしいですか?」
「そもそも俺いらないって言った気がするんだけど」
「少し用事を思い出しまして。直ぐ戻りますので」
 シンの言葉は聞こえているのか、聞き流しているのか、それとも聞く余裕が無いのか。阿求は少し急いだ様子で何かをせっせとまとめ、風呂敷で包んでいる。
 何処かに届け者だろうかとシンが思っていると、奇麗な結び目でもって荷物をまとめ終えた阿求はそれを両手でわっしと掴む。傍から見た感じそれなりの大きさ、重さもありそうな包みで、持つ阿求は小柄である。
 何となく展開が予想できたので、シンは資料に栞を挟んで、傍らに置いた。
「で、……は、……ちょっと……行って…………きゅぅぅぅぅ!!」
「そうだと思った。俺持つわ」
 寸分も動かぬ荷物を懸命に引く阿求は、何処か生まれたての小鹿辺りを思い出させた。

◆◆◆

「とっとと失せろよ野良犬野郎」(まあ、随分久しぶりですねー)
「お前もう素直に暴言吐けよ」

 輝くような笑顔と共にそう言ってのけた司書に対し、シンはうんざりした様子で言い返した。シンの前に居るのは両手で数冊本を抱えた。長い赤い髪の少女である。頭からぴょんと蝙蝠の羽の様なものが飛び出ている。それが示す通り、彼女は人間ではない。小悪魔と呼ばれる種族だった。ちなみに正式な名前は知られていない。彼女を呼ぶ際は種族名である『小悪魔』か、もしくは短く縮めて『こあ』である。
 彼女はパチュリーという名の魔女が召喚した存在である。そのせいか否か、こあはパチュリーに心酔していた。もしかしたら契約の主従以外にも心酔する理由はあるのかもしれないが、シンは知らないし知る気も無い。
 ただその心酔というのがちょっとアレな方向であり、ともかくこあはパチュリーにシン――というか異性(男性)が近付くのがとても気に入らないらしい。それは交友的な意味は無論、物理的に距離が近付くだけで警戒レベルを目に見えて上げる程である。
「パチュリー様に近付く男とか滅べばいい」(今日は何の御用ですか?)
「……ああ、そう」
 さて、相手の動きを先読みする際に重要なのは態度の端々から漏れる感情の欠片である。恐らくこあはシンに対し表面上だけでも態度よくしようとしている。
 表情及び仕草から、シンはこあが本当は何を言おうとしているのかを何となく感じ取っていた。だが、こあの唇から出てくるのは”言おうと思った”事でなく、”思った事”がダイレクト。本音と建前が逆転しているというか、本音が駄々漏れている有様である。
 その食い違いから発生する違和感に肩を落としつつ、シンは意思の疎通を諦めた。
「とりあえず今日はパチュリーさんにちょっと聞きたい事があるから」
 普段ならパチュリーに用があっても直に会う必要は無い。別に目の前のこあなり門番の美鈴に頼めばいいのだ。というかわざわざ出向いてこあを刺激するのが嫌だった。
 ただ今回はパチュリーの知識に用があるのだから直に会わないといけない。シンはこあの横を通り抜けて図書館の奥へと歩を進める。
 こあは当然パチュリーの居場所を知っているだろう。でもシンに素直に教えてくれるとは到底思えないし案内を頼んだらとんでもない場所へ誘導されるような気もする。

「どーも」
「……珍しい」

 大体二分後。本に囲まれたパチュリー・ノーレッジを発見した。
 背丈は小柄で、服装は上の帽子から下のワンピース共に薄紫。また長く伸びる髪は濃い紫で、基本的に紫が多い。反して身体の各部に散るリボンはカラフルだった。
 周囲にうず高く積まれた本も、機嫌の悪そうな半眼も何時も通り。パチュリーは片手を上げながら挨拶するシンに一度だけ視線を向け一言呟くが、また直ぐに手元の本へと視線を落とした。
「また何か見つけてきたの?」
「いや、そうじゃないです。見てもらいたいものがあるってのは同じですけど」
 基本的にパチュリーがシンに依頼をしてくる事は皆無だ。ただシンはあっちこっち飛びまわる際に、稀に拾い物をする。それらは殆どの場合香霖堂行きだが、何処となく魔術なり魔法なりが絡んでそうな品はパチュリーに渡す事がある。
「見てもらいたいもの?」
「これなんですけど」
 ガシャリと音を立てて、ケルベロス42を虚空から引き抜くように出現させた。シンの左腕に出現した大砲にちらりと視線をやってからパチュリーは小首を傾げる。
「それは私の専門外な気がするけど。河童とかの出番じゃないの」
「ええまあ。俺も数日前まではそう思ってたんですけど。ちょっと失礼。本当に撃ちはしないんで」
 ガチガチと砲身を伸ばす。ひょいと大砲を上に向け、先程のように発射のための準備を開始する。そうして魔法陣の描画が始まり、少し進んだ辺りで発射動作を中断した。
「こんな感じで、何か変な魔法陣出るようになったんですよ。パチュリーさんならあの陣がどういうのか解るかと思って」
「見たこと無い系統。そもそも今まで見てきたものと”造り”がかけ離れている、と」
 興味を引かれたのか、パチュリーは身を乗り出して、シンの腕に保持されたままの複合兵装をしげしげと見やる。
 シンは一旦左腕から大砲を外して、それをシンとパチュリー二人の中間辺りに置く。
「……魔法陣が完成するまで進めた事は?」
「無いですね。どうなるかわからないんで」
「一回完全な形を見ておきたい――構築を進める事は出来る?」
「それは出来ます。というか一旦始まったら止めない限り進むんで……あ、そうだ。これだけじゃなくて何か中身も変な文字がビッシリです」
「それも見ておきたい――これは”撃つ”、そのための仕掛けで合っている?」
「はい。他にも色々くっついてますけど、撃ち出す事が本質だと思います」
 片手間でも調べてもらえれば御の字だと思っていたシンの予想は外れた。パチュリーは見る角度を変えたり、つついたり、何かを呟きながら触れたりと、大砲に接触している。そうして一段落ついたのか少し離れて軽く息を吐いた。
 何かわかったのかと思い、シンはパチュリーの言葉を待つ。パチュリーが喋り出すまで周囲は無音に――

 ――しゃーこ……しゃーこ……しゃーこ…………

 微妙にならなかった。後方から微かに聞こえてくる何かが擦れ合うような音、きっと誰かが砥石で包丁チックな何かを研いでいる音に違いない。
 誰が何をやっているかは大体想像も付くし、位置も大方特定できている。シンの射程距離ギリギリの辺りでそれをやっている辺りあの司書は侮れない。
 加えてシンの背中には突き刺さるような視線。もし視線に斬撃判定があったのなら、シンの身体は今頃メッタ切りにされている事だろう。
 それでもダイレクトアタックをしてこないのは、パチュリーがシンの持ち込んだものに興味を示している事をちゃんとわかっているからか。
「………………駄目ね、さっぱりわからない」
「そうですか」
 感情の起伏の無い声での答え。それはシンの望んだものではなかったが、元々大きく期待をしていた訳でもない。前提としてシンはこの問題にさほど興味が無いという事もある。詳細がわかればよし、わからなくてもよし。その程度だった。
「でもそうね、確かに私の専門分野。貴方の判断は正解だと思う」
 ただ、持ちかけられた方はそうではなかったらしい。パチュリーはいつものむすっとした顔ではなく、口元を歪めてくすくすと笑っていた。時折思い出したように何かブツブツと呟き、そしてまたくすくす笑う。
 見た目は年端もいかぬ少女。でもシンの目の前に居るパチュリーは、魔女と呼ぶに相応しい不気味さを放っていた。

「調べるわ。面白そう」

 大砲を指差して放たれた言葉は『調べさせろ』でもなく、『調べたい』でもなく、断定する表現だった。パチュリーの様子を見るに、これを断ったら決闘開始だなとシンは思っていた。とはいえ調べてくれるのなら文句は無い。
「どうぞ。壊さないでくれると有り難いです」
「まずは何処から――」
「じゃあ終わったら教えてください。俺仕事探しに行くんで」
「持ち主の貴方が居ないと始まらない事が多々あるわ。勝手な行動は許さない」
「……ああ、まあそうなりますよね。別にいいいんですけ」

「パルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパル」

「………………いやっ、やっぱ駄目かもしれないっ」
 終わるまで後ろにはいつも以上に気を付けようと決意して、シンは自室へ歩き出したパチュリーに付いて行った。

///

 生まれたての小鹿を救うべく、シンが荷物持ちに名乗りを上げてから数分ほど経つ。
 街の中を荷物を携えて歩く。確かに荷物はそこそこ重くはあるが、片手で持てる程度の重さしかない。シンは割と細見だが、力は決して弱い訳ではないのだ。無論人間の基準での話でになるが。とりあえず今はデスティニーを動かすまでも無いだろう。
「……すいません」
「別にこのくらいいいよ。むしろこういうの本職だしな。休業中だけど」
 右側に荷物を提げているせいか、どうにも偏るバランスを微調整しつつ歩く。
「あ、少し待っていてください」
「もう着いたのか?」
「いえ」
 シンの言葉に短く返すと、阿求は小走りで何処かへ走り出した。何だろうかと思うも、別に気にする必要も無いかと思い直す。ともかく他の通行の邪魔にはなりたくないので道の端に寄った。
 特にする事も無いので、シンは目の前の光景をただ眺める。
 ここは人間の里なのだから当然人間が住んでいる。幻想郷で数少ない、人間の安全が保障されている場所なので”人口”密度は他と比べるまでも無い。
 どちらを見ても必ず誰かが目に入る。音も人が独占している。人間が生活の為に発生する音や話し声で満ちている。
「やっぱ駄目だな、ここは」
 呟きが意思に反して勝手に漏れる。シンは道の端に避けているし、シンを特に注目している人も居ないから、呟きを誰かに聞かれる心配は無い。
 シンは妖怪の事をどう思うかと聞かれたら、きっと怖いと答えるだろう。
 シンは人間の事をどう思うかと聞かれたら、きっと嫌いと答えるだろう。
「人間が多すぎる」
 妖怪は災害の類。事実はともかくシン自身ははそう認識している。妖怪が人間を襲うという事は雨風に吹かれるとか、暴風に煽られるとか、そういうものと同義なのだと思っている訳だ。
 だからそこに恐怖はあっても嫌悪は無い。彼等はただ持って生れた命題を実行しているだけに過ぎない。付き合わされると至極大変だが、それに文句を言うのは自然に喧嘩を売るようなものだから、正直無駄な事だ。ただ無駄だからといって、文句を言っていけない決まりはないので可能な限り吠えはするが。
 でも人間は違う。私利私欲に則って、多種多様な理由と手段で、他を傷つける事の出来る生き物。それが人間だと、”今の”シンは結論付けている。
 人間総てがそうだなんて思っている訳ではない。何事にも例外はあるし、事実その認識に当てはまらない善性の人間をシンは何人も知っているのだから。
 ただ短い人生ながら”見てきた”中でその”例外”が圧倒的少数だった事もまた事実である。戦い抜いたという事は、死んだ人間より長く世界を見たという事である。相手を計れる様になったという事は、その本性を推し量る事が出来るという事だ。
 それらの経験が――多量の悪意に触れた末に導き出したシンの結論は、今となってはそう容易く覆せるものではない。それに下手に覆していたら生き残れないと解っていたから、覆す事が出来なくなってしまったともいえる。

 泥水に適応した魚にとって、奇麗な水は苦痛になる。

「………………気が狂いそうだ」 
 シンの前を子供が二人走って通り過ぎて行った。まだ小さな男の子と、それよりもう少しだけ小さい女の子。兄妹か、それともただの遊び友達なのか。
 頭の中で死体が三つ加算された。殺す場合の想定で二つ、殺される場合の想定で一つ。今が初めてでは無く、誰かとすれ違うたびに勝手に頭の中で積み上がっていく。
「あ゛――……」
 うめき声を上げながら天を仰ぐ。可能ならば今すぐ人気のないところまで飛び去りたいが、生憎頼まれごとの真っ最中である。苦し紛れに目頭なり揉み解そうとして、右手が荷物で塞がっている事を思い出した。
 気が狂いそうになるのは信用できない生き物が無数に居るから。それと何時まで経ってもそんな事を止められない、自分自身に対する嫌悪も相当の影響を及ぼしている。
「……妖怪相手だと、もうちょっとマシなんだけど」
 耐久性の違いを考慮すれば、妖怪相手はどう殺すかよりもどう追い払うかで考えた方が効率がいい。だがどうも、人間相手だと未だに殺す事に直結する。それを直結させるためにますます頭の中が活発になっていく。嫌な記憶も多量に掘り返される。それがとても不快だった。
 今となってはもう止める術もなく、ただその苦痛を当たり前と認識するだけに留まる。それに苦痛をもたらすとはいえ、元はシンが必要だからと欲したものだ。要らなくなったからと言って放り出すのは無責任だろう。

「珍しいなあんちゃーん!!」
「仕事はどうしたんだー!?」
「おー! あんちゃん失業したのかー!?」
「失業かー!?」
「クビになったのかー!?」

「ちげーよ。休業中なんだよ休業中ー」
 これが生き地獄かと呟くシンの前を、顔見知りの子供何人かが叫びながら通り過ぎる。言いたい事を言いいながら走り抜けていった連中の背に向けて一応ひと声かけるが、あの様子では聞こえているか怪しいものだ。
 少し先に小石が見えたので、転ぶなよーともう一声かけておいた。
 走り去った子供の一群をそのまま眺めていると、先頭の一人がつまずいて転び、後続も巻き込まれるように転倒した。
 いてええええええ! と威勢の良い悲鳴を上げながら転がるも、即座に起き上がって再度走り出していた。呆れる程の立ち直りの速さである。
 だが、それで正しいのだろう。
 世界は思ったよりも前向きな考え方で満ちている。それだけの事だ。
「お待たせしました……あら?」
「別に待ってないけど」
「何かいい事でもありましたか? 笑っているように見えますが」
「んー、まあ。大したことじゃないよ。気にしないでくれ」
 戻ってきた阿求の問いかけに適当に返す。
「で。何してきたんだアンタ」
「はいどうぞ」
 シンの言葉に対し、阿求は手にしていた物をシンの眼前に差し出した。
 串に刺さった団子である。阿求がそれを持っていたのは知っているが、何故それを今シンに差し出しているかはまるでわからなかった。
「荷物を持って頂いたお礼にと思いまして」
「………………えー」
「まあそう言わずに。美味しいですよ」
 表情を歪めたシンが可笑しかったのか、阿求は苦笑しながら団子をシンの口の前に差し出した。荷物を降ろそうとして、けれども下ろしてもまた持ち上げるのだから意味が無いと気付く。
「どうぞどうぞ」
 少々行儀は悪いが、身を屈めながら差し出された団子にそのまま食らいついた。意図してかせずか、それがしやすい位置にあった事だし。阿求が手を離したのでそのまま身を元に戻して、くわえながらもごもごと咀嚼する。
「ふふぁいふぁ」
 シンは『美味いな』と言ったつもりである。でも団子の串をくわえながらの言葉だったせいか、とてもフガフガした事になってしまった。
「…………ああ」
「ふぁ?」
「いえ、その……ふざけたつもりだったのですが、本当にそんな風に取られるとは思っていなかったので……」
 顔を若干赤く染めつつ掠れる様な声でそう言う阿求を見て、じゃあやるなとシンは言おうとする。でも今はまともな言葉にならないだろうから、何も言わない事にした。

「……何やってんの。珍しい組み合わせで」

 呆れた様な声がかけられる。声の方向へと顔を向けると、少女が一人。腰まで届く白く長い髪はそれだけで目を引くのに、更にそこに無数のリボンが取り付けられているせいで更に目立っている。服装はもんぺと呼ばれるもの。シンが初めて見た際に変わったズボンだと思ったそれには、あちこちにお札のようなものが貼り付けられていた。
 鋭く尖った赤い瞳は臨戦態勢を思わせる。たぶんシンが居るからだろう、普段はもう少し穏やかだった筈だ。

「ふぁーふぉふぉうふあふぇーふぁ。ふぉふぁふぇふぉんふぁふぉふでふぁにふぃふぇんふぁ。ふぇふらふいふぁ」
「…………団子を離せ!!」

 口に団子をくわえたままフガフガ言語を吐き出し続けるシンに対し、少女――藤原妹紅は吠えるように吐き捨てた。
「ふぁーふぁふいふぁふい」
 シンは右手の荷物を下ろそうと身を屈めようとする。眼前に小さな手が見えた。
 阿求がシンの口から出た串の端をつまみ、シンは団子から口を離した。
「よー、妹紅じゃないか。お前こんなとこで何やってんだ。珍しいな」
「こんにちは妹紅さん」
 右手の荷物をぐいーんと上げて声をかけるシンと、両手の団子をにょーんと掲げながら挨拶してくる阿求。そんな二人を見て妹紅は顔を少しだけ歪めた。
「そっちの子はともかく、人里ではあんた初めて見たわ」
「俺もお前は始めて見るけどな。てか人里に顔出さねえのはそっちも同じだろ」
「……うるさいな」
「それにしても珍しいな。居るのはともかく、そっちから声かけてくるってのが」
 シンの言葉に、妹紅は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
(やっぱ俺嫌われてんなあ)
 心中で事実を再確認した後、シンはまあいいやと思い直した。
 嫌われて当然の事をした自覚はある。でもシン、もしくは妹紅のどちらかが考え方を変えない以上はずっとこんな険悪な雰囲気なのだろう。
「…………別に。ただ何してるか気になっただけ」
「ふーん」
 視線をシンと合わせない妹紅の横顔を眺めながら、状況や妹紅の性格を諸々含めて少し考えてみる。数秒ほどうーんと唸る。ちらりと横を見やると、シンと妹紅を交互に見ながら思案している阿求が居る。ちなみに団子を食べながら。思いの外食べ進めるペースが速かった。
「どうせ心配だったんだろ、阿求が。俺みたいなのと一緒にいたから」
 妹紅がシンに抱いている印象は最悪だと思うし、実際その通りなのだろう。そんなヤツが、特殊な生まれであるとはいえ年端もいかぬ少女と連れだって歩いている光景。妹紅はそれが気になったから、シンに話しかけるという事を断行にしたいに違いない。
「やっぱお前根が優しいよな。もうちょっと突っぱるの止めた方がいいんじゃないか」
「ちが……ッ」
 キュボッとか聞こえてきそうな程高速で妹紅がシンに振り向いた。照れ交じりの赤い顔を見るに、図星なのだろう。
「わかりやすいやつは嫌いじゃないぞ」
「うるさいッ! 私はお前が嫌いだ!!」
「知ってるよんなもん」
 怒鳴る妹紅に対して、シンは僅かに口元を歪めて言い返した。一触即発とはこういう状態をいうのだろうか。既に互いの間合いの中。後は些細なキッカケでもあれば爆発しかねない状況だった。
「少なくとも街中では止めてくださいね、お二人とも。でないと」
 阿求が呆れた様に呟いた。何時の間にか自分の分の団子を食べ終わっている。もしかしたら食べ終わったから発言したのかもしれない。

「慧音さんを呼びますよ」

 その言葉でシンと妹紅は揃って凍りついた。さりげなくジリジリと詰められていた距離もピタリと止まる。その隙に阿求はシンと妹紅の間に割り込んで、ちょうど中間に立つ。
「妹紅さん。折角お会いしたのだから、少し付き合ってもらっても構いませんか」
「別に……いいけど」
「俺が言ったら絶対断ってたな」
「蒸し返さないでください」
「あいて」
 ボソリと呟いたシンの脇腹を阿求が軽く小突いた。シンはわざとらしく呻いてから首をすくめて頭を振る。降参の意思表示代わりだった。
「少し用があるのですが、直ぐ終わりますので。そのあと茶屋にでも行きませんか?」
「場所教えてくれりゃあ俺が一人で言ってくるけどな。お前は先に妹紅と行ってればいいだろ」
「いえそれでは駄目です」
「何で?」
「あなたはそのまま居なくなりそうなので」
「……それで別にいいと思うけどなあ」
「人数が多い方が少ないよりも楽しいですよ」
「ああ、そ」
 笑顔の阿求に適当な返事をしつつ、妹紅を見た。若干不満げな表情をしてはいるが、それでも無理やりにでも拒否をするつもりはないらしい。シンの方も騒ぎ立ててまで拒否をする理由は無い。
「そういう訳で行きましょう。もう直ぐそこですので」
 先陣を切って歩き出した阿求の後を付いて、シンも歩き出した。妹紅もそれに付いてくる。ただ阿求と並ぶ気も無く、当然シンと並んで歩く気も無いらしい。妹紅はシンの少し後方、最後尾を歩いていた。そのまますたすたと3人縦に並んで歩き続ける。
「……あ、れ。ちょっと、待って、お前」
 後ろからそんな声が上がったかと思うと、妹紅が歩く速度を速めてシンに追い付いてきた。シンの左側に妹紅が並ぶ。
「……それ、どうしたの」
「預かってる荷物だけど?」
 妹紅が何か驚いた様子でシンを指差している。提げた包みの事だと思い、答える。けれども妹紅は頭をふるふると振って否定の意を示す。

「違う、そっちじゃなくて、”左”の方」

 ◆◆◆

「ものの見事に暴発したわね」
「ものの見事に暴発しましたね」

 紅魔館のに広がる湖の畔で、シンとパチュリーは空を見上げながら会話する。
「結局陣が完全に出来上がるまで進まなかった。陣を正常に機能させるための機能がまだ不完全なのかもしれない。廻っている力を制御しきれていないのが暴発の原因に思えるから今度は制御を補助する術式を組み込んでみようかしら」
「そんな都合のいい術式あるんですか?」
「今ちょうど出来あがった所」
「すげー」
「初歩よ」
 空に漂っていた雲に出来た巨大な切れ目を見上げながら、シンとパチュリーは陽光降り注ぐ中会話を続ける。
「ともかく陣の完成を優先するから、見た目は考慮せずに適当に外付けするわ」
「その事なんですけど。次はちょっと待ってもらっていいですか」
「どうして?」
「物理的に無理です」
 シンは右手で足元を指差した。パチュリーもそれに従って足元を見る。
 そこには鉛色の残骸が転がっている。
 長過ぎる砲身はその三分の一が溶け落ち、完全に消失していた。残った部分も”おおまかな形”が残っているだけ。まるで出来そこないの飴細工の様な、ぐにゃぐにゃとした塊がそこにあった。
「ものの見事にスクラップね。確かに直さないと次は無理――でもその間に改良と調整の手段を講じればいい。どのみち今のままでは陣の完成は見られないし」
「そうですね。改良なり調整なりは大歓迎ですね。そうしないと」
 シンは自分の左腕、上腕辺りに視線を向ける。そこにあった真黒なものが地面に落ち、その衝撃で形を崩しつつ地面に転がった。

「危ねえよ、これ」

 地面にあるのは炭の塊。少し前までシンの左腕だったもの。
 暴発に耐えきれなかったのは二つ。大砲本体と、それを保持していたシンの左腕だった。

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最終更新:2010年01月20日 15:40
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